(5)
白い絹のクッションの上に置かれていたのは、細い金の鎖に小さな飾りのついたペンダントだった。
しかし、二人が驚いたのは、細工の見事さではない。
この国で特別な意味を持つ、『大いなる青』を中央に抱いた薔薇の意匠にだった。
しかし、宝飾工の長はそのことに気付かない。
皇帝陛下がペンダントの仕上がりに驚嘆しているのだと理解し、満足げに口ひげを撫でながら説明を始める。
「中央の『大いなる青』は小粒ながらも、最上級の猫目石でございます。丹念に削り、磨き上げましたので、深い藍色と至上の輝きを放っております。周囲の薔薇は、これほど小さく作ったのは初めてでしたので、職人たちがたいそう苦労しておりましたが……いかがでしょう? 細部に至るまで何一つ欠けることなく、皇帝の薔薇を再現してございます」
「あ……ああ、見事なものだ」
衝撃から立ち直れないまま、フレデリクが曖昧に相づちを打つ。
「私ども宝飾工が、全身全霊を込めて作り上げましたこのお品は、ブラウヒューゲルの新しい国宝となりますでしょう。……しかしながら」
ここまで言ってから、侯爵は声を落とした。
「本当にこのように小さなもので、よろしかったのでしょうか? 本来なら、陛下のものより一回り小さい程度に造るものではないかと……」
侯爵の視線が、フレデリクの首もとに向けられた。
幾重にも重ねられたジャボの上に輝いているのは、大粒の『大いなる青』を金細工の薔薇の花びらが取り囲む、大型のブローチ。
目の前のペンダントと同じ意匠——ブラウヒューゲル皇帝の紋章だ。
「大きければ良いというものでもないだろう」
フレデリクが箱ごとペンダントを取り上げると、侯爵は「左様にございますね」と相づちを打ちながら、青い布を畳み始めた。
そして、ふと手を止める。
「先程、カルヴィーン卿とすれ違いましたが、卿にまで、この件を伏せておられたのですね。何もご存じないようでしたので、陛下に試作品をお見せするのだと、ごまかしたのですが……」
「そうか。助かる」
「やはり、それは春の式典でお使いになるので?」
含みのある物言いに、フレデリクが冷え冷えとした目で侯爵を見下ろした。
「妙な憶測をするものではない」
「は……これは、無礼を申しまして……」
「良い仕事をしてくれたことに礼を言う。もう、下がって良い」
侯爵はうなだれた様子で執務室を後にしようとしたが、皇帝の不興を買ったまま戻る訳にはいかないと思ったのか、遠慮がちに振り返った。
「実は、最近気になることがございまして……。ぜひ、皇帝陛下のお耳に入れたく」
「なんだ」
早く侯爵を追い払ってしまいたかったフレデリクが不機嫌そうに答えると、侯爵は深刻そうに眉を寄せ、声を潜めた。
「実は最近、採掘工らが、酷く疲弊しているようなのです。先日も、過労で倒れた者がいたと聞きます。しかしながら、私どもに入ってくる『大いなる青』の量は以前と変わりませんので、もしかすると、石があまり採れなくなっているのではないかと……」
確かに『大いなる青』の産出量が減っているのなら、同じ量の石を採掘するのに、以前より労力がかかるはずだ。
しかし、もしそれが事実なら、宝飾品が主力産業であるこの国にとっては深刻な問題だから、いくらお飾り皇帝とはいえ、耳に入らないはずはない。
「そんな話は聞いていないが、カルヴィーン卿は何と言っている?」
「卿と採掘工長に確認してみたのですが、そのようなことはないとおっしゃるので」
「『大いなる青』に関わる仕事に携わる者たちは、国が手厚く保護をしていますから、過労で倒れるなんてことはないはずですよね」
横から口を挟んできたゲラルトに、フレデリクが頷いた。
「そうだな。一度調べてみることにしよう」
「あの、カルヴィーン卿には……」
摂政をどれほど恐れているのか、皇帝に告げ口をしたような格好になった侯爵が不安そうな顔を見せる。
「案ずるな。卿が否定していることなのだから、極秘で調べさせよう。オーレンドルフ侯爵も、くれぐれも内密に頼む」
フレデリクが豪華に装飾された細長い箱を軽く持ち上げて目配せすると、侯爵は「御意に」と顔を伏せた。
侯爵を出口まで見送ったゲラルトは、扉が閉まったとたん、早足でフレデリクの前に戻ってきた。
これまで押さえに押さえてきた疑問を、強い調子で口にする。
「一体、どういうことなんですか。それは!」
「知らん。あいつが依頼した物なんだからな。お前が知らないことを、俺が知っているはずがない」
フレデリクは素っ気なく言うと、箱からペンダントを取り出し、極小の皇帝の紋章を指先でもてあそび始めた。
「このタイミングということは、まさか、リーゼに贈るつもりで……?」
「そんなはずはない。あの話を棚上げし、他国との縁談を模索することは、あいつだって了承しているんだ。だいたい、こんなちっぽけなものでは、お前の親父は納得すまい?」
「確かに、そうですが」
「同じ理由で、他国の姫君に贈るはずもない。ブラウヒューゲル皇国に侮辱されたと、外交問題にも発展しかねないからな」
「だったら、これは誰に?」
「さあな。本人に聞いてくれ。俺たちにすら黙っていたのだから、簡単には教えてくれないだろうがな。だが、『青を抱く薔薇』はブラウヒューゲルの権威の象徴だ。これを身につけることが許されるのは、皇帝と……あと一人」
フレデリクは細い鎖に下がった飾りを、光にかざした。
取り込んだ光を内部で一直線に輝かせる、この上なく深い青の色は凛として。
周囲を幾重にも取り囲む黄金の薔薇の花びらは、繊細ながらも気高い。
小指の先ほどの小さく慎ましい形に秘められた、強い想いを感じ取る。
「見事なものだ。これが、あいつの本気……か。面白いことになってきたな」
フレデリクがくっと笑って、ペンダントを丁寧に箱に戻す。
「面白がらないでください。これは、大問題なんですよ。それなのに、どうして我が君は私に何も話してくださらなかったのか……」
「そりゃ、お前が頼りないからだろ?」
そっけない言葉にゲラルトはがくりと膝をつく。
「そんな顔するな、鬱陶しい。きっと、誰にも明かせないような相手なんだろう。あいつなりの考えがあってのことだろうよ」
「そうかもしれませんが、貴方はそれでいいんですか? いろんな計画が狂うかもしれませんよ」
「あぁ、ワクワクするねぇ!」
「ったく、貴方って人は……。それで、そのペンダントはどうするつもりなんですか」
「あいつに渡してやるしかないだろう。まだ完成しないのかと侯爵に催促されたら、厄介なことになるからな。とりあえず、しばらく様子を見よう」
「はい」
ゲラルトは深い溜め息をつくと、箱を受け取った。




