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城崩し  作者: 工藤泰志
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一、

 何か見えかけたものがまた遠ざかっていった。見えかけたと思っていただけかも知れない。本当は何も見えていなかった。

 今しがた、一つの物語を書き終わった。今回も駄作である。なぜ私には物語がかけないのだろう。単純に技術がないのか、作家としての声がないのだろうか。それさえもわからない。自分の作品の何に不満であるかもわからない。しかし、書き終わってしまったのだ。

そして、私はその事に後悔している。しかし何かの新人賞に応募しなければならない。またはネットの投稿サイトに投稿するか。とりあえずは世間に公開しなければ。だが、そもそもなぜ作品を書いたら、公開しなければならないのだろう。それはもう昨日考えたことだ。私が仮にも作家であるからだ。それで生活できていけるのかと聞かれれば、否定せざるをえないが。

 とりあえず、ぐずぐず考えていても仕方ない。何かしら公開して、お金を得るか、知名度をあげなければ。バイトの時間も迫っている。とりあえず、財布の中身を確認してみる。今回の原稿は原稿用紙で約100枚であるから、コンビニで印刷すれば1000円だ。なんとか財布には5000円札が一枚あった。それに小銭が数枚。外出用のジーンズには百円玉と十円玉が2、3枚。多分、SUICAにも数百円あるはずだ。明日、明後日までの食費はあるだろう。明々後日になれば、バイト代が入るはずだ。そうすれば、水道、電気、ガス代のたまった請求書も片付けるだろう。

 スウェットをジーンズに履き替えて、財布をポケットに入れる。いつもポケットに入れているので、財布はつぶれて、端の方は擦れて色が剥げている。この財布は五年前の自分の誕生日にアキに貰ったものだ。アキとは大学二年の頃から付き合い、大学三年の秋に別れた。何のこともない、普通の恋愛であった。振替ればそう思えるが、あの時はまるで世界の中心にいる気がした。だが今思えば、なんて事もない、ブックオフに行って108円の恋愛小説に腐るほど書いてるような恋愛だ。だが今はそんな蔑むような行為さえできない。財布を見ただけで嫌な思いがしてきた。こんな財布なら変えてしまえばいいものの、なぜか捨てられずにまだ使っている。そんな自分に更に嫌になる。今日はなぜこんなにも後ろ向きで嫌な気持ちになるのだろう。それに理由が欲しかった。

 穴が三つも空いたスニーカーを履いて、アパートのドアを開けた。すると、雨が降っていた。よかった、気持ちが落ち込んでいるのは雨のせいなんだ、と自分を納得させることができ、少し雨に感謝した。だが、傘を差さなければならない。コンビニまでは少し歩くので、折角印刷した原稿が濡れてしまうかもしれない。結局、また落ち込むこととなる。だが印刷しなければという義務感が勝って、なんとか部屋をでた。ビニール傘の柄も少し曲がっている。また落ち込む。わかった、自分は少し落ち着く必要があるようだ。アパートの一台も止まってない駐車場で一度歩くことをやめる。ジーンズの財布の入っていない方のポケットに入れておいたタバコの箱を出す。ソフトケースに2、3本しかタバコは入っていないから、出した紙巻タバコは真っ直ぐではなく、曲がっている。湿ってはいないから、問題なく火はついた。雨の日のタバコは良いものである。理由はわからない。雰囲気にながされているだけかもしれないが、確実に人生の中でも美しい瞬間だ。ビニール傘の中に、煙が少したまっている。しかしそんなことは気にせずに、またタバコに口をつける。近所のおばさんが犬をつれて散歩をしながら、自分を見ている。おばさんが見ているので、タバコを駐車場に捨てることを躊躇したが、今更どうしようもない。タバコを地面に落として、自分の足で火を消そうとするが、雨の日なので、踏む前に火はすぐに消えた。


二、

 コンビニでコピー機の前に立ち、タッチパネルでUSB印刷を選択する。今回書いた原稿を選択して、印刷を始める。原稿用紙にして100枚。多分単行本になったら、50ページくらいの物だろう。今のコピー機の印刷スピードがいくら早いとはいえ、少し時間がかかる。他に印刷しに来る人がこなければいいが、と考えていた。しかし、こういう時に限って誰かしら来るものだ。サラリーマン風のスーツを着た男性が自分の後ろで待ち始めた。そして、こちらが大量に印刷している事に少しずつイラつき始めている。私は彼に店内でもブラついたりトイレでも済ませておけば、こちらも気兼ねなくいられるのだが、とも思うが、赤の他人にそんな提案はできない。後ろの男はただただイラついている。革靴でかたい床を連続で叩く音が聞こえてくる。彼の余裕のなさに少し呆れるが、自分も印刷しなければならないので、聞こえないふりをして印刷が終わるのを待つ。その時間は本当に長く感じるものだ。なんとか印刷が終わり、原稿をもってきた封筒に入れる。そして、出口の方へ向かうため体の向きを変えると、男の視線が感じられた。それはあまりに冷たいものだった。自分の印刷したいものをただ印刷しただけである。すこし急ぎ足でコンビニをでた。

 雨であったからか、嫌な思いをしたからか、自分の部屋に戻る足取りはとても速かった。早く自分の部屋に戻り、ゆっくりしたかった。自分の部屋は世界一、好きな場所だ。

 部屋に帰って、自分のパソコンを開く。特に見るものも無いから、ヤフーのニュースを見てみる。世の中の事件・事故や景気動向など、多くのニュースが並ぶ。その中で九州地方の地震で崩れたお城の再建が進んでいるというニュースがあった。それをクリックして、記事の本文を流し読みしていくと、被災直後の城の様子と現在の城の様子が写真で載っていた。そこでなぜなのか、わからない。整然と並んでいたはずの崩れた瓦、元は石垣であったと思われる無数の石、不完全な石の上にしがみついているような天守閣。不謹慎でありながら、それらに魅せられてしまった自分がいる。長らく味わっていなかった快感であった。

 今度は検索欄に「地震 城」と検索してみる。いろいろな角度から取られた、崩れた城の画像がでてきた。その地震で数多くの死傷者がいること、まだ復興が進んでいないことも知っている。だが、それらは私の心にここまで大きな動きを与えなかった。

 私は何かを生むことで人は幸せになれると思っていた。そんな完璧な瞬間が、努力して進んでいれば、訪れるものだと勘違いしていた。しかし今わたしは、過去の人が築き上げた建築物が壊れている様をみて、異様な興奮を覚えている。いや、違うのだ。自分は権威の象徴である城が崩れた事に、私の反体制的な心が芽生えたのだと思いたい。しかしこの思い・興奮はそんな高尚な、大きな理想をもった、かっこいいものではなかった。一度軽い気持ちで行った就職活動で述べた、論理的に説明がつく、とても綺麗な動機とはまったく真逆の、より直観的でいきなり現れた、黒くドロドロとした汚い塊に私は捕らえられてしまった。



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