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伏見城

もうすぐバレンタインデー。

友チョコ?本命チョコ?いいえ俺は自チョコです。

ため息をつくのはお梶の方である。


もう間もなく大垣から淀城に到着するのである。


淀城と言えば家康の他の側室達が居るところであった。


秀忠は


「このお家の一大事に女子なぞに構っておれん、お梶一人でも手間取ったではないか。全て撫で斬りにしてしまえ。」


と冷淡に指図した。


そこにいる全員が冷や汗をかき秀忠の残忍さを再確認した。


しかしこの命令には次郎三郎も黙ってはいなかった。


「後世、殿は女性を簡単に斬る男であったと伝えさせるくらいなら、此処で影の役目を返上いたします。」


眼が本気だっただけにこれには弥八郎正信も平八郎忠勝も焦って次郎三郎を止めた。


秀忠が


「良かろう、機会を与えんでもない、上手くまとめて見せよ、しかし、こじれた場合わかっておるな?」


柳生宗矩が柳生衆を引き連れ秀忠の傍にいた。


これを聞いたお梶の方は戦慄した


「中納言様は上様の冷血な部分を色濃く受け継いだ御方。やるといったらしつこくやるであろう。」


お梶の心境には微妙なものが宿っていた。


「他の側室が居なくなれば次郎三郎は妾だけのもの、しかしその企てをした妾を次郎三郎は生涯許さないでしょう。」


お梶の顔は憂いを帯びてもまた美しかった。


「梶?」


次郎三郎の呼びかけで我に返ったお梶は


「おふうを先駆けとして淀城に遣わしましょう」


次郎三郎が尋ねる


「おふうを?」


「そうです、おふうに妾の手紙を阿茶様に届けさせるのです。」


次郎三郎は阿茶の局を思い出した。


阿茶の局は聡明女性であり、お梶を怜悧な刃のような美女と例えるならば、阿茶は皆の信頼を得るお釈迦様の様な女性であった。


対面は淀城の奥で行われた。


次郎三郎とお梶の方には密約があった。


「もし阿茶様が対価を求めた場合殺害した方が良いでしょう。」


次郎三郎が驚き


「何故だ?」


とお梶に問い返す。


「対価を求めるものは必ずどこかで裏切ります。」


お梶の真剣な言葉に次郎三郎も納得し対面に臨んだ。


阿茶の局が口火を切る。


「まぁまぁ、本当に殿にそっくりですね」


この場に居合わせた側妾が何人か足りなかった。


次郎三郎の不思議そうな顔を見て阿茶が畳みかける。


「勝手ではありますがお仙の方とお竹の方は腰元諸共解雇し親元に帰しました。彼女たちは口が軽くて性根が軽いゆえ」


懐妊中のお亀の方には次郎三郎の事を知らせない事にした。


これは血の道が上がる恐れがあるためだ。


「お万の方、お夏の方は既に承知済みでございます。しかしながら・・・」


しかしながらとは恐らく交換条件なのだろう。


お梶の方の暗殺の準備に右手が強張った。


暗殺の合図は、右手に持つお梶の扇が開き切るというものであった。


屋根裏の風魔くノ一衆にも緊張が走る。


そんなこと知ってか知らずか阿茶は包み込むような笑顔で言う。


「一つだけ、お聞き届け頂きたい事がございます。」


次郎三郎が冷や汗をかきそうになりながら


「それはお万殿、お夏殿もか?」


そう問うと阿茶はゆっくり首を横に振り


「いいえ違います、我らの願いでございます。それは残った側妾4名平等に愛して頂きたく存じます。」


次郎三郎はこの交換条件はこの条件は飲める、しかしお梶にとっては危ない条件だとお梶の顔をふっと見た。


大津城から昼となく夜となく睦み合っていた二人にとって、お梶から次郎三郎が離れられない、それよりもお梶の方が次郎三郎を他の女に渡すのを本能で拒否するほど深く愛してしまっていたのだ。


にこにこと笑顔で二人を見つめる阿茶の局。


「次郎三郎はここにきて阿茶の局の恐ろしさを改めて知った。」


このお梶が青くなっている中、笑顔でいられる全て筋書き通りなのだろう。


お梶は悩みに悩み、扇子を開きかけ風魔が動こうとした刹那、扇子を閉じ、扇子を置き阿茶に伝える。


「阿茶様の仰る通りです。そうで無くては奥の安らぎはござりませぬ。」


こうして全ての側室は次郎三郎側の人間となったのだ。


その日の夜。


お梶の部屋の前を通り過ぎる次郎三郎はお梶に向かい言葉をかける。


「わしが誰と寝ようと、愛している女はお梶ただ一人である事を忘れないで欲しい」


そう言い、立ち去る次郎三郎の影を見てお梶の方は久々に泣いた。


この日から4日に一回しか会えなくなったお梶の閨は殿井の風魔くノ一衆すら感じてしまうほどの乱れようであった。


とある晩、次郎三郎は長年の友である正信を呼び出し酒を酌み交わした。


「側室達の件は見事な采配だったなぁ、流石、次郎三郎というべきかお梶殿というべきか。秀忠様が皆殺しにし、石田方の残党に見せかけよなどと言った時はわしは肝が冷えたよ。」


次郎三郎が答える


「弥八郎、女性は強いよ女には女にしかわからない戦いがあるのやも知れんな。」


正信が安堵し口にした


「次は征夷大将軍と幕府か。」


次郎三郎は正信の顔を正面から見て真面目な顔をして言う。


「わしはならんよ」


正信が驚き訊き返す


「おぬしまさか逃げるつもりではあるまいな!?」


次郎三郎が手をひらひらさせ


「いや弥八郎、ずっとならん訳ではない」


正信が次郎三郎の顔を見つめ問い返す


「中納言様の不為になる事は赦さんぞ?」


次郎三郎が障子に向かい歩き出そうとした。


「おい!」


正信が制止させる。


「わしは今、長年の友の本多弥八郎正信と会話していた、しかし徳川家の本多弥八郎正信殿に影武者程度が何を言えよう?」


正信がいつの間にか自分が驕っていた事を気付き次郎三郎に


「すまぬ、いつの間にか熱くなりすぎておった。しかし何故ならん等と言い出す?成るも成らぬも畏きも勅命だぞ?」


次郎三郎は腰を落とし正信に打ち明ける。


「わしは暫く後、病になる。」


正信が笑いながら


「病になれば医者が来るではないか?」


と次郎三郎に問い返す


「医者なんぞに何がわかる!これが殿の口癖では無かったか?」


次郎三郎は家康の真似をしてい言い放った。


正信は驚き、


「しかし、病もいつかは癒えよう!?一体何をするつもりだ?」


次郎三郎は


「時を稼ぐ」


正信が「時を?」と聞き返した


「時を稼いでその間、黄金を溜める。」


正信がその話を聞き誰の入れ知恵だ?と問うと


「殿だよ」


正信は目を丸くする、


「殿は関ヶ原で討ち死にしたではないか?」


そう聞くと次郎三郎は答えた。


「迷う事があると殿の声が聴こえる様なんだよ。次郎三郎よ、ここはこうせい、お、そこはそうせいってな具合でね。」


そのしぐさが余りにも家康に似ていたので正信の目頭に熱い涙がこぼれ出た。


次郎三郎が


「すまぬ」


と正信に謝る。


「毛利・島津との交渉を長引かせるくらいしかわしには出来んぞ?」


次郎三郎が


「ありがとう」


と正信に伝えた。


淀城を出た後、次郎三郎一行はいよいよ伏見城へ入るのである。


難儀な命を請けたものだ。


甲斐の六郎は心の中でそう呟いていた。


この間は潜入も比較的楽な大垣城であったが、今次郎三郎は淀城、淀城から伏見城に居を変えていたのだ。


伏見城は関ヶ原の前哨戦で鳥居元忠が城兵と共に玉砕した城である。


この城は太閤の普請で行われた城であり、三成方が落城させたが、次郎三郎はこの時伏見城と二条城の再建を開始させていた。


伏見城は大坂への心遣い、二条城はこれから天下を取りに行くという徳川家の気概の表れであろう。


徳川家の方針は次郎三郎を抜いた会議であらかた決まっていた。


それは今は亡き家康がある日、口にした征夷大将軍という言葉である。


これは家康が天海と談話した時に出た話でもあるのだが、天海は家康に信長公は「乱世を納めるは武家の棟梁足らんと申しておった」


と家康を言葉巧みに将軍になる様に薦めていた。


征夷大将軍は源氏の長者であり、関白・太政大臣は平氏の長者であった。


織田家は元々平氏の家系であり信長は征夷大将軍なんてものは目指していなかった。


その事も天海は知っていた。


信長の目指していたモノは彼が亡くなった今では想像すらつかないが、天皇家の解体すら呼吸をするように行うであろうと思われるモノであった。


そこはさすがの光秀信長は世界に打って出る心積もりであったのだ。


晩年、豊臣秀吉によって行われた文禄の役・慶長の役は49歳の信長の脳内にはリアルに描かれていたのである。


その行為を天皇家が邪魔するようなら、弑逆、禅譲、解体のどれかを突きつけていたはずである。


明智光秀という武将は伝統と格式を重んじ、そして良心を知る人物であった。


この話を当時の羽柴秀吉に聞いた時彼は怒り、その不満は態度に出てしまい信長の不興を買い本能寺にて信長を討つことを決めたのだが、全て秀吉の策略と知って後、彼は命からがら高野山に上り、明智光秀という名と良心を捨て南光坊天海となったのである。


天海は自らの手足になる天海衆を作り、家康を殺害する事には成功したが、あのただの影武者が実力者である事を知らなかったのだ。


彼こそ信長を初めて撃った男である。


この事実を知っていれば二人とも殺していたであろう。


影武者と中納言など簡単に操れると思っていた天海の読みが外れ天海は歯噛みしていた。


秀忠は秀忠で短絡的に次郎三郎を殺害すれば自分に天下が転がり込むと考え柳生衆を囲っていたが、彼は彼で次郎三郎を全く知らなかった。


今の徳川家は次郎三郎派閥と天海衆と秀忠派の三つ巴の様相を呈していたのだが、次郎三郎派も秀忠派もこの時天海衆なるものがあるなど知る余地も無かった。


伏見城では次郎三郎に幾つかの仕事があった。


まずは大名の論功行賞である。


これは徳川方に付いた大名衆の加増移封であったり、三成方に付いた大名の取り潰しや減封である。


これらの事前詮議には次郎三郎は形だけでも参加していた。


徳川の将たちが忙しくしている中で次郎三郎はぼそっと金山銀山が欲しいと秀忠に告げた。


当時の金山、銀山からの産出量はさほど多くはなく、秀忠は「影武者に良い小遣いじゃないか」井伊・榊原は「出自の卑しいものは・・・」などと気にも留めず次郎三郎に金山銀山を与えた。


正信だけが次郎三郎の真意を知っていたが秀忠に忠言する事も気も無かった。


この行為が後々、秀忠の首を真綿で絞める様な事になるとはこの時の秀忠は夢にも思わなかった。


関ヶ原より少し後の事である。


リーフデ号というオランダ船が日本に漂着した。


そこに乗っていたイングランド人航海士「ウィリアム・アダムス」とオランダ人航海士「ヤン・ヨーステン」いう紅毛人を傍に置き、金山銀山からより多くの金銀を生成する「灰吹法」なる南蛮渡来の技術を学んでいた。


ここで少し解説させて貰おう、昔からヨーロッパ周辺から来る人々を南蛮人と言っていたが、この頃は南蛮人は「スペイン・ポルトガル等」紅毛人という「イギリス・オランダ等」の二つの勢力に変わっていた。


この二者の違いは宗教であると思われる。


南蛮人がカトリック、紅毛人がプロテスタントと考えれば覚えやすいのではないだろうか。


話は戻り、灰吹法を任せる人材がいない次郎三郎にお梶の方が大久保十兵衛長安おおくぼじゅうべえながやすという人物を推薦してきた。


大久保長安は元々猿楽師さるがくしの家系であり大久保の姓を捨て武田家の土屋昌続つちやまさつぐ仕えていたが武田家滅亡後、三河に戻り能の大好きな大久保忠隣に取り入り、忠隣の叔父、忠佐ただすけより大久保の姓を貰い、以後、大久保十兵衛長安と名乗っていた。


元々は村の税の取り立てなどをやっていた、うだつの上がらない大久保長安は「怪物」の異名を取り6万石とも13万石とも謳われる尋常ならざる大出世の陰には次郎三郎が石見銀山の奉行に推薦したところから始まったのだ。


長安の出世は様々な金山銀山からの産出量を10倍にもしたとされ、妥当なものであった。


長安自身は、「新たな鉱脈が見つかった。」などと幕府には嘘の報告を届け出ていたが、裏で長安はアマルガム製煉法(水銀ながし)法という海外よりの新たな製煉方法を取り入れていた。


これもすべて次郎三郎より指示され、行動した結果であり、長安は次郎三郎の個人財産をも莫大に溜めていくのである。

ここまで読んで頂き誠に有難うございます

誤字脱字等ありましたらご指摘いただければ幸いです。

これからも【真・闇に咲く徳川葵】よろしくお願いします

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