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第8話『経営シミュレーションゲームを作ろう』



 エンドから裏でパーソンズ5と呼ばれている男は、七十五歳の老人であった。

 結婚していたが十年ほど前に妻は病死、今では実家で一人暮らしをしている。

 趣味はコンピューターゲームで、腕前は大した事がない。年齢のせいか反射が遅くなっており、アクションゲームの類は特に不得手だが、ボケ防止の為にやっている。

「さて、今日もオンラインRPGでもやるか」

 白髪の男は、毎朝の体操を終えた後にニヤリと笑う。

 そしてアグリゲーションを頭に被り、ベッドに横になった。




「えへへぇ、手伝ってくれて、ありがとう」

「いや~、気にしないでよ、俺が好きでやっている事だから」

 猫耳の女剣士グラのプレイヤーと、男戦士プレイヤーが会話していた。

 ある素材を集めるために戦っていた女剣士を、男戦士が手伝ったのである。

「でも、もうしわけないです、手伝ってもらうばっかりで」

 猫耳をしょげさせる女剣士。

「いやいや、本当に気にしないでいいって! 俺、君と一緒に冒険していると楽しいしさ」

「……そうだ! 今度はそちらの必要なアイテムとか、クリアしたいイベントとかあれば言ってください、私、頑張って手伝いますから!」

 そう言って、男の触れる寸前まで近寄る女剣士。男戦士はどぎまぎした。

「それとも、迷惑ですか?」

 笑みから、拒否されたらどうしようかと不安の顔になる女剣士。

「い、いやいやいや、うんわかった、じゃあ、手伝ってもらうよ!」

「本当ですか! 私、頑張ります!!」

 また満面の笑みへと女剣士の表情が変わる。

 こうして二人は次のイベントへと共に、旅立っていった。


「あなたと一緒にゲームしていると、本当に楽しいです」

「ああ、俺もここまでゲームの趣味が合う人と一緒にプレイできるなんて、やってて良かったよ」

「ええ、私も、本当に」



(面白いのう)



 この女剣士の中身はジジイだった。

 パーソンズ5こと七十五歳の老人である。



 彼は別に男が好きだから、ネカマプレイをしているわけではない。

 金品を目的としているわけでもない。

 実際に、男プレイヤーからアイテムを渡されても、それがレアアイテムなら全力で拒否している。

 

 目的はただ一つ、面白いからである。




 彼は子供の頃から、イタズラ好きだった。

 よく言えばムードメーカー、悪く言えばトラブルメーカー、一部の人からは外道と呼ばれた。

 実損を伴う事はやらないが、それ以外ならやりまくった。

 つまらない事に彼は耐えられなかった、生まれてきた以上、楽しまなければならないと自身に定めていた。


 そのせいでご近所からも、例のじいさんと危険人物扱いされている。

 昔は泣かせていた息子娘からも、よく叱られている。

 以前も孫にお年玉をやると言って、破れない紙に糊付けと切れにくいガムテープで封をし、一時間かけて孫が開くと、そこにはただの紙きれが入っていて泣かしたりしていた。


 目的などない、ただ面白ければそれでよい。それがこの老人の生き方だった。



 いつ男である事をバラそうかと考えながら、女剣士が歩いているとメール音がした。

 男戦士に断りを入れて、メールを確認すると例のゲームだった。

「ごめんなさい、アルバイト先から連絡が入ってきて、リアルに戻らないとならないの」

「え? そうなんだ」

 残念そうな男戦士に、本当に済まなさそうに頭を下げる女剣士。

「本当にごめんなさい。でもあなたと一緒にいると楽しいから、これからも仲良くしてね?」

「ああ、もちろんだとも!」


 手を振りあい、笑顔で別れる二人。

(お前に正体をバラす、その時までなあ!)

 消える瞬間、女剣士が不気味な笑顔になった事を、男戦士は気付かなかった。




 現実に戻った老人は、さっそくエンドから送られてきた新作ゲームをコンピューターのデータで確認する。

「都市経営シミュレーションか」

 一緒に追送されてきた文章には、ある場所の市長となり、建設や誘致などを進め、町を大きくするゲームだと書かれていた。

「シンプルなタイプだな。正直VRでやる必要性を感じないのだが」


 老人は今までのゲームを思い出す。宝石探し、サッカーゲーム、恋愛ゲーム、レースゲーム。

「どれもつまらなかったなあ、どうしてここまでつまらないゲームを作れるのか?」

 老人には不思議だった。どれもこれも調整すれば面白くできそうだったのに、なぜそうしないのかと。

「もしや、昔、儂が騙した男が、復讐のために? だったら、いつでも止めていいと言わんよなあ」

 首をかしげる老人。

 そして老人は考える。果たしてこのまま、つまらないゲームをやり続けていい物かと。

「だが」

 老人はアグリゲーションを被り、ベッドに横になる。

「このままゲームをし続けていくと、何か楽しい事に巻き込まれる予感があるんだよな」

 そしてゲームを起動させた。






 次の日。これで六度目となる青空に浮かぶ、会議室での集会。

「さて皆さん、お久しぶりです」

 エンドが集まった七人に対し挨拶をする。

「それで、今回はどうでしたか?」

 ゲームの内容を聞くエンド。


 しかし誰も答えない。

 怒っているわけでもない、無表情でもない。


 七人のネガティブ・パーソンズは、パーソンズ7を除き疲れていた。



 誰もが、答えに関して悩んでおり、エンドに返事ができない状況。

 すると一人が咳払いして、前に一歩出た。

 影のシルエットで姿がわからない。エンドがネガティブ・パーソンズ5と名付けた相手だった。


「最初に言っておくけどぉ、今回のゲーム、出来はかなり良かったわ」

 女性言葉で話す男の老人。

 声は機械音声であり、女性系の声を選んでいた。

 ちなみにパーソンズ2、4、6は何となく男だと気づいている。


「仮想空間の映像の良さは最高よ。また建設できる建物も、住居含め100種類以上、多様性は素晴らしかったわ。またライフラインが何が足りないのか、その都度アドバイスしてくれる設定はグー。部下や住民の個人個人の能力などが細かく設定されていたのは、面倒だと思ったけど、経営シミュレーションとしては有りかな? 食料の残存や種類、水の供給状態や質、電気の質、天気の状況、他所との交流、建てられた建物がランダムで質が変化する、それらの細かすぎる設定もあまりない試みだったわ」

 誉めていくパーソンズ5に、エンドは喜ぶ。

「でしたら、今回は成功ですか?」


「一つのシステムを除けばねぇ」

「?」

「私、一晩プレイしてぇ、結局二年以上進めなかったわ」

「それは」

「……部下の裏切りよ」



 エンドは過去のデータなどを見て、考える限りの設定を都市経営シミュレーションにつぎ込んだ。

 食料の種類も全て、起こる災害も全て、感染系の病気も全て、そして犯罪も全て。


 この犯罪がパーソンズ達にとって問題だった。


 収支を改ざんし、経営資金を盗み取る横領。

 企業と癒着し、建設に際し口利きをする談合。

 権力を盾に、暴力行為やセクハラなどを行う威権。

 それらを市長直属の部下達がやるのである。


「大体、おかしいでしょう!? どうして月に三人は犯罪行為をするの?」

 エンドは普通に返事をした。

「そっちのほうが面白いと思いまして」




 最初、エンドは考える限りのデータを入れた普通の経営シミュレーションを作ろうとした。

 しかし出来上がった際に、考えてしまった。

 これは果たして面白いのかと、悩んだ。


 エンドから見れば出来上がった物は、ただ都市を経営するだけのゲームであった。

 つまるところ、エンドからすれば、もっとも最初に作った山や森を歩くゲームと変わらないように見えた。

 つまりゲームではない。


 どうにかしてゲーム的な何かを入れようとエンドは考えた。オリジナリティこそを大事にしなければと悩んだ。

 結果が、犯罪を起こしまくる部下だった。




 エンドはパーソンズ達に答える。

「確かに市長の部下は、犯罪を起こします。しかし、よく見れば犯罪は防げます。横領は収支の決算を毎回確認すれば、談合は同じ建設会社ばかり公共施設を建てていたり、それ以前の部下の行動を観察すれば、もちろん権力を盾にしたセクハラなどの行為もよく見ていれば」

「市長一人で出来る話じゃないでしょう!?」

 パーソンズ5が机をたたいた。

 以前の集会で叩くための机が欲しいと頼んだ結果、エンドが大きな丸机を作成したのである。

「犯罪者が出る度に市長の支持率が下がる、下がり過ぎれば町の人々が市役所前に集まって市長のリコールを訴える!」

「それは仕方ありません。犯罪者が続出するのは市長の経営責任の問題になりますから」

「あれリアル映像だから、精神的に辛いのよぉ!」



 VRで市長の机に座るプレイヤー。

 窓の外にはたくさんのプラカードを持つ市民。

 書かれた横断幕には「市長はいますぐ解任を」の文字。

 精神的に追い詰められたプレイヤーは、なんとか信頼回復に勤しんだり、場合によってはリセットしてやり直す。

 だがそれをしても毎回、足を引っ張るのが部下達である。


「目を皿にして犯罪が起きないようにしないとならない、しかも場合によっては市長も共犯として逮捕されゲームオーバーになる、経営なんかに集中できない!」

「監視役の部下も雇えますけど?」

「その監視役も罪を犯すのよ!」


 ゲームとして完成度が高いため、最初は面白く感じる。だがやればやるほど、部下の存在がプレイヤーを苦しめる。

 何より厄介なのが、本当の意味での味方がいないのである。所詮はノンプレイヤーキャラクターなので、会話したりなどでその心底は見えず、裏切るか裏切らないかの予兆が全く見えない。


「結局、自分の名誉の回復の為に何度もプレイしたわ。でもダメ、どんなに頑張っても見落とすし、気がついた頃には手遅れよ。ノイローゼになりそうになって、最後には全員をクビにしてやったわ」

「でもそれだと」

「わかってる。市長失格でゲームオーバーでしょ?」



 シルエットながら、疲れ切った表情のパーソンズ5。

 実際、中毒性はあった。ここにいるパーソンズ達は何度もプレイしたからである。

 しかし、最終的に残ったのは疲労した精神だった。

 そしてプレイヤー達は理解した、これは決して経営シミュレーションゲームなどではない。自分を失脚せんとするスパイとの終わらない闘い、永遠に続くモグラ叩きゲームなのだと。


「ここまで完成度の高い、クソゲーは初めてよぉ」

「結局クソゲーですか」

 エンドは悩んだ。何が悪いのかがわからないからである。


「そういや」

 ずっと黙っていたパーソンズ1が念のために聞く。

「前回のレースと今回のシミュレーション。今までとの合わせて一つのゲームにするんだろ?」

「はい。主人公は学校卒業後、レースに参加し、その後サッカー選手に。戦場に出た後、帰国し市長になります」

「……なかなか波乱だな、おい」


 その後、疲労感からか、大した会話がなされる事は無かった。

 ダイブ時間が終わり、そのまま会議は終了した。



 誰も信用できないゲームに精神を痛めつけられた、パーソンズ5の中の老人は思った。


 もう少し、他人に対し信頼できるような優しい人間になろうと決めたのであった。







 今回のゲーム『経営シミュレーション(β)』。

 改善なく、そのまま無料ゲームコーナーに置かれる事になった。

 作成した謎のゲーム制作者の話題を知っていたプレイヤー達が、さっそくゲームをインストールしプレイする。

 そのゲームの細かい設定に驚き。

 そしてネガティブ・パーソンズ達と同じく、精神を疲労していく事となった。


 相次ぐ部下達の裏切り、監視役を雇ってもそいつも裏切る為、事前に防ぐ手段は皆無。

 信じられるのは己のみ。犯罪を行っていないか毎日チェックし、本質だったはずの経営部分はおざなりにプレイする事になる。

 『会議ゲームじゃなくて、懐疑ゲームだ!』とプレイヤー達はノイローゼ寸前になるまで追い詰められてしまっていた。


 評価はマイナスより。「心を壊したくないならやるな」と皆コメントする。

 経営ゲーム部分は素晴らしいため、クソゲーと判断するべきかどうかで論争となった。








「反省会だ」




「裏切り行為が駄目だったのか? もしかしてFPSの時の不評もそれが原因の一つ?」



「う~む。権力に裏切り話は付き物ではないのか? 私が目を通したストーリー物も一度は味方の裏切りを味わっていたが」



「人の心というのは私にはわからん。もう少しストレートに行ってみるべきか」



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