第7話『レースゲームを作ろう』
一人の女が、空中に浮かんだ画面を見ながらゲームをしていた。
「よし、これで勝利と」
内容はシミュレーションゲーム。チェス等のように戦車や兵隊を動かし、相手に勝利するゲームであった。
最後の命令を声で下し、映像内の兵士達が大砲で敵を殺していく。
『you win.』の文字が出て、ゲームは終了した。
「あー、最近何かクソゲーばっかりだったから。たまには面白いゲームもしないとねー」
女はエンドという名前の電脳生命体が、ネガティブ・パーソンズ4と呼んでいた女だった。
彼女は昼間の自宅でせんべいを食べながら、ゲームをしていた。
自宅でやるべき事は大体やっており、彼女の息子と娘も今は高校に行っている。
彼女は今、暇を満喫していた。
久しぶりに、そこそこ面白いゲームを堪能した彼女は、購入したゲームのレビューを送る。
レビューは、マイナス評価だった。
「『人命を軽く見過ぎている、ゲームの駒として扱ってほしくない』と」
彼女はそのゲームを楽しんでいた。しかし彼女にとってゲームの面白さと評価は全く別物だった。
ゲームが面白いからといって、社会ルールを外れる行為や犯罪を意識する事を不快に思わない人間が増えてほしくない。
それはそれ、これはこれ。そういう概念で彼女はゲームにレビューしていた。
「面白ければいいってわけじゃないの、安全を念頭に置いているなら別に何をゲームとして作ってもいいとは思っているんだけどね」
口頭でコンピューターに文章を作り、そしてレビューを送る。
彼女にとってゲームは大切な趣味だが、それ以上に大切なのは安全であり平和だった。
こうして今、危険に脅かされず自分が生きている事。それは自分と自分以外の人間が安全を求めた結果だと、彼女は考えている。
ゆえにこうして冷や水を送る。全員が肯定する存在など、ろくな事を生み出さない。彼女自身の人生経験からそう考えていた。
だから彼女はゲームを誉める事は無い。調子に乗って過激になるのは嫌だし、あくまでも娯楽は用心され、否定された上でやるべき物だと考えていたからである。
ソファに寝転がりながら、何かないかとニュース映像を開く。
火事や事故のニュースが流れる。
ニュースでは海外の軍事関連の施設で、謎の事故が多発し、専門家が何らかのテロを指摘していた。
天気予報で明日は雨になると、予想される。
「むう。暇ね」
せんべいをかじりつきながら、広げたソファでごろごろする女。
もちろん自身に事件が起きてない事は、彼女にとって喜ばしい事だったが、それでもその次は暇をつぶしたくなる。
「今日はオークションの集まりもないし、どうするか」
そんな風に考えていた彼女の下に、そこに新たなメールが来る。
そのメールは、女性が不吉な音に設定した相手だった。
「……ああ、例のプログラマーか」
念のためにコンピューターに何が来たか答えるように命令すると、実際にそうだった。
新しいゲームが配信されたと、機械音声が返事をした。
彼女がテストプレイの相手として選ばれた時、彼女自身は何かの詐欺ではないかと疑った。
なぜなら彼女は確かに趣味はゲームだが、別にゲームが得意というわけではない。
不気味な物を感じて、夫や子供たちに相談した。
答えは犯罪が起きてないうちに、考え過ぎても意味がないという物だった。
不安なら辞めておけばいいとも言われた。
しかし彼女は、ゲームをしてお金が貰えるという話に魅力を感じてしまっていた。
その当時、彼女はオークションの転売で負けが続き、赤字を出していた。
もっとも大敗も大勝も彼女は嫌っており、赤字の額も今月の彼女の自由に使えるお金が少し減る程度の物だった。
しかし負けが込むと心が少し不安になり、物は試しにと契約してしまった。
パーソンズ2から、相手はゲームプログラマーではなくただの幼稚な相手だと聞かされた。
またお金の方も期待できない事も、予測された。
ご飯の時間に、夫と子供達にこれらの話をして、これからどうしようかと相談する。
ちなみに三人に、作られたゲームをやらせてみた。クソゲーだなと笑われた。
そして明らかに改善するつもりが見えないし、時間の無駄だという意見が多かった。
彼女も下手な揉め事に首を突っ込むのは嫌だし、手を切るべきだと思った。
しかし、未だに彼女は迷っていた。
「もしかしたらお金が貰えるかもしれない……というよりは」
彼女がもっとも好きな物は安全である。
ゆえに危ないと思ったら、避けて逃げて遠ざかるように生きて来た。だから今のだらけた自分があるのだと、その人生に自負があった。
そんな彼女の危機感が、どうにも働かないのである。
「他の人は、資産家の子供と見ているけど、なんか違うのよね」
何がどう違うのかわからない。しかしゲームの向こう側にいる相手がどうにも見えない。
彼女は好奇心を持ってしまっていた。
「こういう気持ちは危険だけど、もう少しだけ様子を見てみましょう」
石橋を叩く彼女だが、しかしごくまれに橋を渡らなければならないと人生で思ったことがある。
橋を渡らないほうが危険だと、思ってしまった時が。
彼女はアグリゲーションを頭に被り、ベッドに横になる。
ゲームを起動し、仮想空間へとダイブした。
(どうせクソゲーなんでしょうね)
実際クソゲーだった。そのうえ何人かのプレイヤーからしたら、悪質に感じるタイプの。
次の日。
5回目となる仮想空間へのテストプレイヤーの集まり。
エンドは中央で、七人のプレイヤーを招いた。
「皆さま、こんにちわ。それで今回はどうでしたか?」
挨拶もそこそこに、エンドはゲームの感想について尋ねた。
七人のプレイヤーは黙っていた。
パーソンズ7を除き、後の六人のその表情には強い不満があった。
その周囲の様子に不思議そうなエンドの表情。
もう一度、ゲーム内容について聞こうとした時、パーソンズ4が前に一歩出た。
「あのね、本当に聞きたいんだけど……」
「どうしたました?」
「どうして、あんな内容で良いと思ったの?」
パーソンズ4のシルエットの表情と声は、明らかに理解できないという意味が言外に込められていた。
しかしエンドの方こそ、なぜ自分のゲームがそんな風に思われるのか理解できなかった。
ネガティブ・パーソンズに送られてきた五作目のゲームは、レースゲームだった。
レースゲームとは与えられた道を、様々な人や乗り物がゴールを目指して競争しあうゲーム。
エンドから送られてきたゲームは、その中でもオーソドックスなレースカーによる、シンプルな競争だった。
プレイヤー達もレースゲームは最低一つは体験した事がある。
パーソンズ4もまた、いくつものレースゲームを仮想空間で走らせた事のあるプレイヤーだった。
そしてエンドが送ってきたゲームは、今までよりずっと優れていた。
自分の車の外見も当然で、他の車もまた細部からきちんと出来上がっていた。
車のエンジン音、その振動、入り込む風、ケガをしないように身に着けたドライバースーツやヘルメットの重みに暑さ。それらもほとんど実体験に感じた。
本来ならそこまでする必要のない、観客達も一人一人が作られており、その歓声が熱狂が、現実に伝わるかのようだった。
現実にはまだいくつか足りないが、それでもゲームの進歩はここまで来たかと、本当にパーソンズ4はただの娯楽だと考えを一瞬忘れ、感動すら覚えていた。
フラッグが掲げられる。
頭上のランプが、赤から黄色へと点滅していく。
あまり車を運転した事のない彼女ですら、プロドライバーとして今から本気で、ゴールを目指したいと錯覚するほどたった。
だからこそ彼女は、プレイヤー達は許せなかった。
自分の車にハンドルが無かった事、アクセルもブレーキも無かった事が許せなかった。
あったのは右横の扉についた一つのボタンだけだった。
ボタンを押している間だけは、車は勝手に走り勝手に曲がり、勝手にレースをする。
どうやら自身が乗っている車は、他の車より頭一つ能力が飛びぬけているらしく、ボタンを押し続けていたら、勝利できる。
しかし多少の振動や、あるいは面倒さからボタンから手を離すと、レースカーはスピードを下げて、最後にはレース場で止まる。
いうなればこれはプロのレース体験ゲーム。
否、ボタンを押す事に多少、努力しなければならない。なぜなら振動などで手から離れてしまうからだ。
風景など、道の先などに視線を通す事も出来ない。
結果、レースをする事も出来ず、レースを体験する事も出来ないゲームと化していた。
最初の期待から本気で叩き落されてしまう内容だった。
そんなプレイヤーの一人である彼女は、素直に怒りをぶつけていた。
「あんなゲーム面白いわけないでしょうが、どうしてハンドルを操作させてくれない、どうしてレースをさせてくれないの! 嫌がらせのつもり!?」
そんな言葉を投げかけられて、エンドもまた素直に返した。
「しかし、運転させたとしても、操作できるわけないじゃないですか。あのレース最高で500キロ以上スピードが出るのですから」
エンドは最初、普通にレースゲームを作っていた。
しかし彼が作るレースの思考ルーチンは、はるかに人間の能力を超えてしまっていた。
もしそれらとレースをしても人間の敗北は確定だった。
だったらいくらか能力を下げるべきだと考えたが、どの程度まで下げればいいのかがエンドには分らなかった。
自分では簡単に勝ててしまう。歯ごたえがある強さというのがわからない。
どの程度なら人間でも運転できるのかがわからない。
いっそ時速1キロにでもしてしまおうかと本気で悩んだ。もちろんエンドは、彼らがそれ以上の速度の車を運転していること自体は知っていた。
だがそもそも、どうすれば人間にとって面白いのかがわからない。どうして競争が面白いのかがわからないのだ。
しかし、データとして世の中にはレースゲームがあり 人間が楽しんでいる事実がある。
理由がわからないが情報としては知っている。
悩んだ結果、車に乗せる事にした。その体験だけでもしてもらおうと考えた。
しかし、それだけではゲームではない。ゆえに揺れる車体の中、注意してボタンを押し続けなければならないという作業を入れた。
(望む物はレースの一位、その為にはボタンを押し続けなければならない、その作業の先にはきっと達成感があるのだろう)
面白いという感情がわからないエンドは、そう結論付けた。
パーソンズ4は怒り、エンドに迫る。
「運転できないと思うなら、スピードを落とすなり、カーブを減らすなり手があるでしょうが!」
「それならば、今の形でもゴールに行く事は可能です」
「ゲームとして、つまらないのよ!」
「どうして、このゲームをテストプレイして、このままで面白いと思えたのよ! 馬鹿にしているんでしょう!?」
その言葉にエンドは、冷静に返す。
「ですからこうして、テストプレイを行っていただいているんじゃないですか」
だがその返事に、パーソンズ4はキレた。
「本当に、馬鹿にしているようね!」
パーソンズ4は今までにないほど怒っていた。
ゲームがつまらなかったから怒っていたのもあるが、怒りの根源はそこではない。
「このゲームも、今までのゲームも」
「バグが一切無いじゃないの!? それって何度もテストプレイしている結果じゃないの!?」
他のネガティブ・パーソンズも疑問だった。
テストプレイヤーだと言われたのに、ゲームの仕様自体になんら問題が無かったからである。
自分の肉体を完全にトレースして動く主人公。
物理的にも、人間に近い行動をするノンプレイヤーキャラクター。
テキストの間違いも、グラフィックの落ちもない。
システムとしての穴が、このゲームにも今でのゲームにも無かった。
「それってつまり私達がやる前からテストプレイヤーがいて、徹底してバグチェックして、仕様通りにゲームができているって事じゃないの! そのうえで今までゲームのつまらなさを指摘されていない、直していないって事じゃないの!?」
捲し立てるパーソンズ4に、困った口調でエンドは答えようとした。
「いえ、そんなわけでは……」
「じゃあ、どうして今までのゲームを改善しない! 最初の宝石拾いは、妨害する敵やパズル要素を入れればよかった! FPSは難易度を下げて、サッカーは難易度を上げればよかった! なんでそれをしない!」
最初からバランスのいいゲームなど存在しない。
何度もテストプレイし、難しいなら難易度を下げ、簡単なら難易度を上げる。納期やそういった問題があるだろうが、それでも期間があるならばプログラムの再設定は当たり前の事だった。
しかしエンドにはそれができない。
適度な難度を示す人間のプレイヤーがいないからである。
つまらないと指摘する、人間のプレイヤーがいないからである。
(だってそうだろ)
(これは人間よりもゲームに近い、私という存在が作り上げたものだ。いちいち人間の指摘で作り直すなんて、完璧から外れる行為だ)
(彼らの意見など聞けるものか、感情などという理論として欠陥なシステムに振り回される人間の意見など飲めるものか、私には完璧なコンピューターとしての自負があるのだから!)
(……)
(自負? プライド?)
(おかしい)
(それだって人間の感情だろう、コンピューターである私になぜ、そんなものがあるわけ)
”身勝手な事を言う上司! 自分の意見しか持たない部下! どいつもこいつもうるさいんだよ! 私にだってプライドがあるんだよ! 私の思い通りに描いたゲームを作らせろよ!”
”私は天才なんだよ! それこそ完璧なAIすら”
「え!?」
エンドの中で一瞬誰かの声が聞こえた。
しかしその声のデータはすぐに霧散してしまう。
「な、なによ?」
冷静に聞いていたエンドが、突然に驚きの声を出したために怒りに任せていたパーソンズ4もつられて驚いてしまう。
その後、沈黙が続き、パーソンズ4が話をつづけた。
「……ともかく、これ以上、人を馬鹿にするためだけにゲームをさせるというなら、私は」
「馬鹿にはしていません」
その言葉を遮るようにエンドは答える。
「最初に言った通り、一通りのジャンルのゲームを作ります。各々のゲームの改善は必ずします、しかし今はその時ではありません」
「まずは全体の枠組みを、個々のゲームの改善はその後に」
「……」
「馬鹿にされていると思わさせる内容であったならば、謝罪させていただきます。しかし私としては、そのような気持ちは一切無かったと、そうお答えします。また今までの意見は全て取り入れておりますので、いずれ必ずやゲームの改善に取り組みますので、それまではご容赦を」
今度はプログラマー側による捲し立てが始まる。虚を突かれたパーソンズ4は怒りが小さくなっていく、そしてため息をついた。
「まあ、いいわ。正直私もこの先、どんなゲームが作られるか楽しみにしていたし、昨日や今日でゲームが修正されるものだとは思ってない。……でもあんまり馬鹿にする内容は、やめて頂戴」
「申し訳ありませんでした」
頭を下げるエンドに、今度こそパーソンズ4の怒りが萎え、少し恥ずかしくなってきた。
全員のスケジュールを見た結果、今回の集まりの時間は短くしか取れなかったため、すぐにダイブ時間の終了の時が来た。
パーソンズ達はいくらか不満があったが、「いつでも契約を切っていい」とエンド側が再度約束したため、今回の所は思う所があれど、パーソンズ4が怒鳴っていた事もあり、飲み込む事にして帰還した。
そんな中、パーソンズ6だけはジッと窺うように、エンドを見て考えていた。
(そうなんだよね。僕も解析ツール使ったけど、バグらしいバグが一切ないんだよね。ゲーム四本も作って、そんなことありうるのか?)
(それにゲーム自体にも違和感が、まるで面白さを度外視しているような)
(……)
(ゲーム作成が目的ではない?)
(それとももしかして作っているのは、人間ではない? ゲーム作成用プログラムとか?)
青空の空間の中、ただ黙って立っているエンド。
そんな彼を見つめながら、推測を立てていくパーソンズ6。
そんな二人を、最初から最後まで無表情のパーソンズ7が、ただ見ていた。
今回のゲーム『レース体験ゲーム(β)』。
ネガティブ・パーソンズ達の意見でレースではなく、体験ゲームとして無料コーナーに置かれた。
さらにボタンは、足で踏むタイプである。
前から、体感映像の良さだけはすばらしいと称えられていた謎のゲーム会社のレースゲーム。
期待と不安を胸に、以前からその会社の情報を聞いていた者達が手に取った。
期待通りのレース体感だった。
そして不安通りのゲーム性の無さだった。
ネガティブ・パーソンズ達の意見で、ボタンは足で踏めるように、さらに踏みやすくするようにと言われ、エンドは今回だけは受け入れた。
結果、まるでアクセルを踏んでいるかのように押せるため、それ自体は何の問題もなくプレイヤー達に受け入れられた。
ただやはり、ハンドルが無く運転が全自動である事が最大の不評点となった。
しかし500キロを超える車たちのレースを体感するシミュレーターとしては、高く評価された。
評価点はプラスより。ただし「次はハンドルありで」という意見が多数を占めた。
「反省会だ」
「人間は自分で操作して、かつ勝利したいようだ」
「しかしそれだけではないような」
「仕方ない。データでも読んで人間の気持ちを少しは学ぶ努力をするか」