第5話『サッカーゲームを作ろう』
スポーツとは、ある一定のルールの下で競い合う物である。
昔からコンピューターゲーム内で、様々なスポーツがデジタル化され、ゲーマー達のコントロールによって競い合われていた。
それは本来のスポーツとは違うだろうが、ウォーゲームが戦争を仮初とはいえ仮想体験できるとすれば、スポーツゲームもまた、デジタルを通してスポーツを簡単に仮想体験できる。
そして運動よりも疲れず、場所をとらず、無力な者でも強者ぶれる。スポーツゲームとはそんな楽しみに満ちている。
そして様々なスポーツゲームの中でも、ボールがあれば一人でも楽しめ、準備が簡単で、世界中で行われるサッカーは人気が高かった。
エンドからネガティブ・パーソンズ2と呼ばれる男が会社から帰宅し、シャワーを浴びて文字のニュースを見ながら寿司でも食べていると、パソコンに連絡が入る。
立ち上げて、空中に画像を映し出すと、例のテストゲームプログラマーから、次のβ版ゲームが送られてきた。
「サッカー、ゲームか」
前回のウォーシューティングゲームの改善版でも送ってこられるかと思ったが、どうやらそちらはいまだに改修工事中の様だと男は考え、少しガッカリしたが次に楽しみを回す事にした。
男にとってゲームは暇潰しである。周りからはクソ真面目で融通の利かない男だと思われているが、むしろ仕事を真面目にやらない人間の方が男には理解できなかった。
そんな彼が唯一、ふざけられるのがゲームだった。男には似合わない、子供っぽい趣味だと思われても、他の趣味が合わないのだから仕方ないと男は考えている。
ゲーム内では略奪も殺しも許される。ゲーム内で千人殺しても、現実の人間は一人も死なない。
その事実が男の心を捕まえて、離さなかった。
エンドからの申し出に、面白半分と軽い気持ちとで即了承した。
だが今思うと、男は逸ったかと後悔し始めている。
何かがわからないが、この話はきな臭いと男は疑っていた。
(個人の作成だとか電話で話してたが、こんな短期間で二つもVRゲームなんて作れるか? そもそも前回のあのクソゲーっぷりはなんだ? FPSを少しでも齧っていたら、おかしいと思うだろう。納期が短いとか、職場の人間問題とか、そんな理由があるなら話は別だが)
己自身は適当なレビュアーから選ばれた、ただのテストプレイヤーだと考えていたが、何かがおかしいと男は考える。
だが考えても、その裏にある物が、狙いが全く見当がつかない。
(……断るべきか?)
相手のプログラマーからは、いつでも契約を切っていいと電話で言われている。ならば身の安全の為にも、早く縁を切るべきではないかと理性は訴える。
しかし、それが男にはできなかった。
(ゲームじゃなかったら、さっさと撤退するんだけどなあ)
男にとってゲームはただの暇潰しである。だが、他の趣味では暇が潰せなかった。つまるところ男にとって、ストレス発散できるのがゲームしかなかった。
おそらくこの相手は、一度縁を切れば二度と連絡してこない。ただの勘だが、男はそう見ていた。
男にとって、ゲームとの縁だけは切れない。
文字のニュースで、また別の国の軍事工場で爆発があったと報道される。テロの疑いが濃厚だと、書かれていた。
それを見て男はため息をつき、気分の悪さを吐き捨て、寿司を飲み込むように食べ終えた。
(奪うだの、殺すだの、本当に現実はつまらないな)
男はニュースを消すと、さっそく送られてきたゲームをするために、ベッドに横になってヘルメット型のゲーム機である「アグリゲーション」を被り、起動させた。
(さて、今度はどんなクソゲーかな?)
男はそんな風に思いながら、ゲームをスタートさせた。
実際クソゲーだった。
次の日、予定通りネット世界に集まってきた、七人のシルエットことネガティブ・パーソンズ達。
青空に浮かぶ世界の中、ゲーム制作者であるエンドが七人を出迎える。
「おひさしぶりですね、皆さん。それで今度のゲームはどうでしたか?」
挨拶もそこそこに、言外に面白かったでしょ?と言いたげな口調のエンド。
ネガティブ・パーソンズ2が、一歩進み、代表して言った。
「それは嫌味で言ってるのか?」
「はい?」
口を引くつかせるパーソンズ2に、言葉の意味が分からないとエンドは問い返す。
「前回のゲームが難しすぎて、クリアできなかった俺たちに対する嫌味か?」
「あんな接待ゲー、面白いわけないだろ!!?」
内容はサッカーのVRゲーム。
自分の視点で、サッカー選手の一人として、実際のコートの中、走り回る事が出来た。
前回のウォーゲームと同じく、選手のクオリティは素晴らしく、ほとんど現実の人間と同じような動きを行った。
相変わらず見た目は良いなと思いながらも、選手としてゲームをプレイする。キックオフで、自身にボールが回ってきた。
前回と同じく、チュートリアルもなしかとプレイヤーは考えつつ、選手の動作確認をするために、ボールを前に蹴ってみる。
凄まじい勢いのボールが、相手選手とゴールキーパーを吹き飛ばしながら、敵陣のゴールに吸い込まれた。開始五秒でプレイヤーは一点を取る。
その後も。
タックルしてきた相手選手が勝手に吹っ飛ぶ。
歩けば、超速度で三秒でコートの端から端に動ける。
相手選手とぶつかりそうなら、自分以外の動きが超スロウになる。
パスはシュートになり、勝手に相手のゴールネットを揺らす。
真横に蹴っても、真後ろに蹴っても、凄い急カーブを描きながら相手のゴールネットを揺らす。
トドメに審判が自分に対して、とても甘い。甘いというか完全にスルーで、何をやってもファウルにならない。
試しに両手でボールを持って走ってみたが、審判は笛を吹かないし、それを咎める人間など一人もいないのである。
「30点取ったとこで、アホらしくてやめたわ」
無表情でパーソンズ4が言う。
「とりあえず何点取れるかだけ試して、500点取れた」
パーソンズ6が無表情に言う。
「勝った、俺715点」
別に競ってないし、それを理解したうえでパーソンズ1が答えた。いくら点を取れるか、それぐらいしか遊べるポイントがこのゲームに無かったのである。別に楽しかったわけではないのを、その無表情が物語っている。
「なんだか、ただのノンプレイヤーキャラクターだってわかるけど相手選手が可愛そう」
こちらも無表情でパーソンズ3が言う。
「チートを使わずチートを楽しめるゲームだったわねぇ」
こちらも無表情でパーソンズ5が言う。
「つまらない、死ね」
パーソンズ7が淡々と答えた。
なぜこんなに皆に熱がないのか、エンドには理解できなかった。
「どうしたのです? 人は勝利を求め、特別を求め、ストレス発散を求めるのではないのですか?」
「歯ごたえ、っつーのがあんだよぉ!!」
エンドの本当に理解できてない発言に、パーソンズ1がキレた。
「世の中、絶対に勝てる無力な相手に勝って嬉しい人間なんて、そういねえんだよぉ!」
「無抵抗ではなかったはずですが? 相手選手は最後まで挑んできたでしょ?」
「むしろ痛々しいわ!」
エンドは前回の難易度が高くてつまらないという意見を受けて、圧倒的に勝てる状況を、絶対に勝てるゲームを作ったのである。
なぜ人間たちがこうも無表情で、パーソンズ1が怒っているのか、理解できなかった。
「君は」
パーソンズ2がパーソンズ1を抑えて、エンドに話し出す。
「君は、ゲームの喜びがわからないのか?」
「喜びですか?」
「君だってサッカーゲームをプレイした事があるだろう? 相手選手をドリブルで避け、パスを回し、シュートを放ち、何度目かのシュートでゴールした時の喜び、快感というものがあるだろう」
その言葉に、かつてギャンブルにド嵌りしていたパーソンズ5が頷く。
何度も挑戦し、手に入れた成功。そこまでの失敗は無駄では無かったと、ここに至った自分は間違っていなかったと、そんな気持ちに浸らせる感覚を。
すぐに、一文無しになって妻に殺されかけた事を思い出し、パーソンズ5は頭からそれを振り払う。
「君のゲームは映像はとにかく素晴らしいから、他のサッカーゲームを真似して作れば、世界一のサッカーゲームを名乗ってもおかしくはないぞ」
パーソンズ2は、常識を込めてエンドに告げた。
「他のゲームの真似なんて嫌です。そんな目的でプレイもしたくない」
エンドの返事に、パーソンズ達が凍った。
エンドはゲームより生まれた電脳生命体である。ゲームを作るために生まれ、人間よりも遥かにゲームに近い存在である。
そんなエンドには、ゲームに関しては圧倒的な自負があった。
ゆえに、他のゲームなどプレイしていないのである。
もちろん情報としては知っている。世界中のネットの海から、ゲームのデータを取り込み、体には蓄えている。
だがそれはあくまでゲームを構築するための物であり、どんなものかを漠然と知るための物であり、実際にプレイするつもりは全くない。
実際、一年間のレビュアー探し中も、レビューは見てもゲームをプレイする事は一切無かった。
「大抵の事はまず真似から始まるんだぞ!」
パーソンズ1の言葉に、しかしエンドは受け入れない。
「他の人のゲームをプレイしそれを真似る? そんなことしたら私のオリジナリティが損なわれてしまいます」
その言葉を聞いたパーソンズ4が頭を抱える。
「メシマズ理論じゃないの、それ!」
メシマズ理論とは、不味い飯を作る人間によくある性格という理論。基本が全くできてないのに、オリジナリティをやたら入れたがるのも、その理論の一つであった。
パーソンズ2もまた、頭を抱えたうえで、エンドの正体に当たりをつける。
(こいつはゲームプログラマーじゃない! おそらく、どっかの金持ちのガキだ!)
ゲームを別段プレイもしないが、自分の作ったゲームを皆に賞賛されたい。そのうえで一流のゲーム製作スタッフを雇えるだけの財力か権力を持つ者。おそらく電話に出た者も、雇われた部下か何か。
パーソンズ2はエンドの正体をそう推測した。
「そ、そういえば前回のゲームはどうしました? 改善は進みましたか?」
空気を換えるために、パーソンズ3が聞く。どんなゲームも改善されればマシになる、前回のあれはパーソンズ3はヤル気は無いが、それでも難易度を下げれば傑作たるゲームだというのは、少女の頭でも理解していた。
「改善なんてしてませんけど?」
だがエンドはその空気をさらぶち壊した。
「いずれ手を入れるつもりはありますが、先に枠組みを完成させましょう。全ジャンルのゲームを先に完成させるのです」
胸を張るようなポーズでエンドが言う。
困惑するパーソンズ達のうち、先に立ち直ったパーソンズ5が手を挙げて発言する。
「あのぉ、前回のゲームと今回のゲーム。明らかに違うんですけどぉ。どうやって同じゲームにするの?」
「サッカーで負けたチームは、戦争の最前線に送られます」
「思ったよりディストピア設定!?」
パーソンズ2は思う。もはや手を切った方がいいのではないか? ゲーム監督がこの体たらくでは、このゲームの完成など何十年かかるか分かったものでは無いと考える。
(お金については最初から期待してないが、ただのガキのワガママに付き合って、時間を無駄にするのもなあ)
しかし、そう考えてもなぜかパーソンズ2は断る気にはなれなかった。
パーソンズ7が言う。
「断言する、これはクソゲーにしかならない」
パーソンズ6が続ける。
「もしかしたら僕たちは、稀代のクソゲーの集合体の完成を見届ける羽目になるかも」
パーソンズ5がそれに答えるように言った。
「別にぃ、いいんじゃない? たかがクソゲー、人が死ぬわけでもないしぃ?」
(……そうだな、人が死ぬわけでもない)
馬鹿に付き合っても時間の無駄で、完成されるゲームも確実にクソゲー。だがパーソンズ2にとって、それでもそこには略奪も殺戮もないのだ。
無駄なマラソンだが、ゴールは確実にあり、被害も時間の無駄以外は無い。パーソンズ2にとってゲームだけが、現実から離れた唯一のストレス発散である。ならばゲーム制作だってそれに入るだろうと思い直した。
(だがそれでも、現実に近い行為ではあるんだから、俺は真面目にやらせてもらうぞ)
電脳世界へのダイブ時間の終了予定時間になった頃、パーソンズ2はメンバーにある提案をした。
それはメールアドレスの交換。
パーソンズ7だけは拒否したが、他のメンバー六人は了承し、アドレスを交換しあった。
その了承の為に、もし迷惑染みた内容や頻繁なメールを行った者は、エンドから契約解除とメンバー追放の罰を与える約束をした。
(まずはスタッフの意識の疎通。そしてあくまでもゲームに関する話題だけをメールし、あまり相手個人に対し踏み込まない事。この2つの順守)
去り際に、パーソンズ2はエンドに言う。
「それでは次のゲームを期待しています」
「はい、任せてください」
その返事に、今回のサッカーの改善は無いのだとパーソンズ2は理解した。
(プログラマーの作ったゲームのβテストではなく、ただのガキのお遊び。プロ意識なんて一切無い。俺たちはそれを遊ばさせられ、称賛させるためだけの適当に選んだ人間)
(本来なら、さっさと付き合いをやめるのが吉だが、俺はゲームを捨てられない)
(だったらまずは徹底的に叩き、その後に煽てて、完成の方向に誘導させるのが手だろうな。そのためにもメンバーと口裏を合わせないと)
こうしてネガティブ・パーソンズ7を除くメンバー達は、ゲーム完成の為に一致団結する事となった。
だがパーソンズ達は知らない。
メールどころか電話、電気関連の使用すらもエンドには全て筒抜けである事を。
今回のゲーム『サッカー(β)』。
今までのゲームと同じく、無料体験コーナーに置かれたそのゲーム。
前回のウォーシューティングとは打って変わって、勝利しかないというゲームだった。
どうあがいても勝利してしまうために、プレイヤー達は「どうやったら負けられるのか?」をいつしか追求し始める。
自キャラで味方に体当たりをしまくり、邪魔をし続ける事で相手選手をフォロー。絶対に相手選手やボールに触れないようにプレイする。
そうする事で三点取られるのに成功した。
ところが残りタイムはロスタイム含めて三分という時間にそれが発生した。
なんとボールが、サイコキネシスでも受けたかのように勝手に動き、敵ゴールネットに突っ込んだのである。
そしてすぐに相手のキックオフが始まり、またもボールが空中に浮き、勝手にゴールネットに突っ込む。
そして四点取った所で試合終了。プレイヤー側の勝利となる。
この今までにない接待サッカー。ネットに上げられたその試合動画を見て、プレイヤー達は唖然。
『絶対に負けられない戦いがここにある』というフレーズと共に、一部界隈を賑わせた。
レビューはマイナス評価がちょっと。どう評価すればいいのかわからないと、プレイヤー達が困惑してしまっていた。
また前作と合わせて、謎のゲーム制作会社として、ネット上でチラホラと話題に上がるようになった。
「反省会だ」
「簡単でもダメとか本当にワガママだな、人間は」
「次は恋愛シミュレーションとやらでも作るか。恋愛とは何かから調べないと」
ちょっと今までの小説に、付けたししました。
あと20話以内には終わらせる予定です。