嫉妬
中学に僕にとって邪魔な存在の男子がいる。
同じクラスのX。
勉強もスポーツもできるし、明るくて面白い。
それに、僕はそうは思わないがイケメンらしい。
奴の周りにはいつも人が集まってワイワイやっている。
先生だってなにかと奴に話しかけるし話題にもあげる。
しかも家も金持ちらしい。
別に羨ましくもなんともないけど、なぜか邪魔だ。
ある日、うちの母ちゃんの電話の話し声が聞こえてきた。
話の内容からPTA関連で、友達の母親と会話しているらしかった。
「この前の会合で、X君のお母さんが余計なこと言ったから、
次の会議までに面倒な準備をやらされることになちゃった。」
「そうなのよ、自分達でやれば良いと思うんだけど。」
「ここだけの話、あの人なんかやりにくいのよねー。」
うちの母ちゃんはXの母親を良く思っていないらしい。
Xは母親も嫌な奴らしい。
これは、もはや僕だけの問題じゃないということだ。
Xの家族とうちの家族、いや世の中との問題ということになる。
そうなると、通学途中に奴の家の前を通るだけでも嫌な気持ちになる。
この家の中にいる奴らはとんでもなく自分勝手で嫌な奴らで、
周りに迷惑をかけるだけの存在だ。
そういう家に住む奴には、下駄箱の靴をゴミ箱に入れられるくらいのバチが当たっても仕方ない。
奴の給食のスープに消しゴムのカスが入れられるくらいだってバチとしても相応だ。
でも、奴は特に気にすることもなく、「なんでだよ~」と笑う。
周りの奴らも一緒に靴を探したり、新しいスープを持っていったりしてる。
どうやらうちの母ちゃんもXの母親からさらに嫌がらせを受けているらしく、
電話での会話の内容が以前にも増して嫌悪感が滲み出ていた。
「なんか、この機会にPTAの役員間の仕事量を平準化するとか言ってるのよ。
他のお母さん達も、先生までもがその口車に乗せられて、彼女を持上げる始末だし。」
「私から言わせると、自分がやりたくないから、他にやらせてるだけよ。」
「ねぇ、どうにかして追い出す方法ないかしら。」
これは、完全にXの家族みんなを懲らしめる必要がある。
誰かがやらないと行けないことだ。
ふと普段ならなんでもないことを思い出した。
奴が弁当の日に、魚肉ソーセージをそのまま1本持ってきていたことだ。
魚嫌いのXのために、ほぼ何らかのおかずに魚肉ソーセージが入っていると言っていたことも。
そこで僕は作戦を考えた。
奴の家にいつもある魚肉ソーセージにヤバそうな薬を入れて、
家族の具合が悪くなるくらいのバチを当ててやる。
早速ヤバそうな薬を探してみたけど、家には洗剤とかしかなく、トイレとかなら
汚い奴らにはもってこいと一度は思ってはみたものの何か物足りない。
休みの日にふと隣の家の方を見ると、半分開いた物置の棚に「ネズミ駆除剤」
と書いてあるボトルが偶然目に入った。
ネズミのように汚くて邪魔な奴らにはこっちのほうが似合ってると思い
隣が不在の時に、小さいペットボトルに入るだけ入れた。
そしてそれを注入するための昆虫採集用の注射器も家の押し入れから探し出した。
Xの母親が行くスーパーは既に調査済みで近所のスーパーだ。
塾をサボり、勉強道具の代わりに水に溶かしたネズミ駆除剤が入ったペットボトルと、
注射器をカバンに忍ばせて、そのスーパーが見える公園でXの母親が来るのを待つ。
買い物の時間までは調べられなかったので、何日か公園で待ち伏せしていると、
3日目の夕方にXの母親がやってきた。
注射器にペットボトルの中身を吸い上げて急いでスーパーに入り、ソーセージ売り場に先回りして、
5本束になった1本1本に注射器を刺して薬を注入した。
そして急いで店を出てできるだけ遠くへ走った。
塾が終わる時間までブラブラと時間を潰した。
歩きながら、ちょっとだけ後悔の気持ちが湧いてきた。
今更ではあるが、あの薬を人間が口にしたらどうなるのかを調べたけど、
ペットや小さい子が食べると危険とあった。
中学生以上なら大丈夫だろうと少し気が楽になったが、もしXの母親以外の人が買って、
そこに小さい子がいたりしたら・・・。
それ以上は考えないようにした。
家につくと母ちゃんは居なかった。
テーブルに「PTAの会合に行ってきます。先に食べててください。」の置き手紙。
なんだよ、だったら塾に行ったように見せかけなくても良かったなと思いながら、
ご飯と味噌汁をよそって、テーブルの上のおかずに掛けられているラップを取って、
テレビのスイッチを入れて食卓に座った。
そして、お笑い番組を観ながら夕食を食べ始めた。
そんな僕は今、病院のベッドの上に居る。
この前、Xがクラスメイトとお見舞いに来た。
「大丈夫か。元気になって学校に来るのを待ってるからな!」と奴は言った。
でも僕は何も言い返せなかった。
やはり、こいつは僕にとって邪魔だと前よりも強く思った。
前にも増して僕が持っていないものを持つようになっていたから。
奴は話すことができて、手も足も動く。
あの日、お笑い番組を観ながら夕食を食べていたはずが、気がついた時はこの状態だった。
今思えば、テレビを観ながら食べていたポテトサラダに魚肉ソーセージが入っていた。
これは絶対に嫉妬なんかじゃなく、奴さえ居なければこんなことにはならなかった。
今警察が病室に入って来たのが、唯一動く目に映った。