ひろいせかい
ぼくは今、土の中にいる。
犬にくわえられて、犬が掘った穴に入っている。
犬は忘れてしまったのだろう。もう、ずいぶん経った。きっと、もう赤色も取れて、普段のぼくに戻っているはずだ。
灰色のぼく。
土に汚れて。
犬がもし、ここを掘り返したとしても、石には目もくれないだろう。
忘れるところだった。ぼくは、ただの石。川の中に沈んでいるはずだった石。
はあ。
何もすることがない。何も見るものがない。
目を瞑ってみたけれど、状況はまったく変わらない。
昔の映像が再生されただけだ。
いやな思い出しかない。
いやだと思っている思い出しかない。
あーあ。
ずっとこのままなのだろうか。
ずっと光が届かない、土の中に。
となりに埋まっている物がうっとうしい。きっと犬が埋めたのだろう。ぼくの体にさわさわ当たって。前はそんなことなかったはずなのに。
ぼくは、目を横に動かした。
それは、ぼくの体から出ていた。
「……あ」
それは、芽だった。
川から飛び出して、地面に当たったときにできたぼくのひびから、芽が出ている。
種が挟まっていたんだ。
それは、地上に向かって伸びている。
芽が伸びているすき間から、かすかな日の光が。
ぼくは、久しぶりの光に目を細めた。
きっと、きれいな花を咲かせていることだろう。
ぼくは目を瞑って、想像した。
風に揺れている花。
きっと、赤色だろう。あのペンと同じ色。
見てみたいなあ。きっと無理だろうけれど。
「…………」
……なんか、きついな。
さっきから少し思っていたけれど……。
芽と根がぼくを押している気がする。
これは、まずい。ひびがひりひりと痛み出してきた。このままじゃ、ぼくは土の中で粉々になってしまう。花が咲いたことは良いけれど、実際のところ花よりぼくの体のほうが大事だ。
「痛いっ!」
痛い。全身が割れるように痛い。下に伸びている根が、ぼくを割って土の中を進もうとしているようだ。
ぼくは、全身に力を入れた。
粉々になってたまるもんか。
土の中はつまらないけれど、ぼくはまだまだ生きていたい。
でも、根はものすごい力で押してきた。生きようとしているんだ。ぼくもこの花も。
負けたらダメだ。負けたら……。
そのとき、根の力がスッと抜けたような気がした。
おかしいな。
休戦か。それとも、ぼくを油断させる作戦なのか。
「……ん?」 それに、瞑っていても分かるほどに、光が強くなっている気がした。
これは、何かあったに違いない。
ぼくは、瞑っていた目を開けた。
そこには、闇じゃなく、太陽の光が降り注ぐ地上があった。
ぼくは、宙に浮いていた。
「なんで?」 夢でも見ているのだろうか?
それとも、もうぼくの体は粉々になってしまったのだろうか。
……違う。
人間が抜いたんだ。
花だと思っていた、雑草を。
なんだ。雑草だったのか。どうりで力が強いはずだ。
「────」 人間は何かをしゃべりながら、ぼくを引っ張った。
ぼくの体から、根がスルスルと抜けていく。結構入っていたんだな、ぼくの体に。もう少ししたら、負けていたかもしれない。
ぼくは、人間の手によって、投げられた。
思い出す。父に投げられたときの事を。
今度は、ひび割れではすまないかもしれない。年を取ったし、根によって穴もあけられた。
地面に着地。
ほらね、粉々だ。
跡形もなく。
悲しいもんだね。
引き分けだな、雑草。
「いしさん。いしさん。まんまるいしさん。いしさん。いしさん。きれいないしさん……」
ん? あの歌か。
でも、あの子の声じゃない。もっと昔に聞いた、懐かしい声……。
ああ、そうだ。母の声だ。
母がいつも歌っていた声だ。へえ、人間の歌を歌っていたんだ。だから、あの子が歌っていたのを、ちゃんと聞き取る事ができたんだ。
どうして? 今頃になって、母の声が聞こえたんだ?
もう、周りを見渡す事はできなくなった。真っ暗の中に、ぼく一人。いや、一石……。
近くにいるかも知れない母を探すこともできない。土の中にいた頃とおんなじだ。
ぼくの欠片の一つは、道路に飛び出し、車にひかれた。
もう一つは、また土に戻っている。
たくさんのぼくが、あちこちに散らばっている。
その中の一つ。
一番大きい塊は、近くにあった水溜りの中に入った。
そして、そのとき。
分かった。
分かってしまった。
やっと、分かる事ができた。
父がぼくを投げたわけ。
いや、違う。
投げてしまったわけを。
父はずっと我慢していたんだ。ぼくが、居場所を見つけるまで。ずっと、雨がどんなに降り注いでも、じっと我慢して、最後にはしゃべれなくなるほどになって。本当は、あふれたくてどうしようもないのに、ぼくが、父といっしょに泳いでいたから、ぼくが、ケガをしてしまうと思って、割れてしまうと思って。そして、ぼくが居場所を見つけたとき、他の石と手をつないだとき、もう大丈夫だと思ったんだろう。
一気にあふれたんだ。
うん。
今なら、はっきりと思い出せる。
そのときの、父の表情、その言葉を。
驚きの中に悲しみの表情。
「ごめんな。守ってやれなくて」
ああ、忘れていたはずなのに。
でも、もういい。
思い出したのは、ぼくの中の少しの欠片に過ぎないのだから。他のぼくは、そんな事を知らずに、石として、砂利として生きていくのだろう。
ぼくも石だ。そして砂利でもある。
うん。
きっと、そうに違いない。
━あ と が き━
こんにちは。葉崎です。
今回は石の話でした。楽しんでいただけたでしょうか。
例によって例のごとく某賞へ応募の後、落選したものです。感想、評価などを送ってくれたらうれしいです。
明日は、賞に応募したのではなく完全オリジナルで行きたいと思います。
では、また明日。




