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かけら  作者: 葉崎あすか
3/3

ひろいせかい

 ぼくは今、土の中にいる。

 犬にくわえられて、犬が掘った穴に入っている。

 犬は忘れてしまったのだろう。もう、ずいぶん経った。きっと、もう赤色も取れて、普段のぼくに戻っているはずだ。

 灰色のぼく。

 土に汚れて。

 犬がもし、ここを掘り返したとしても、石には目もくれないだろう。

 忘れるところだった。ぼくは、ただの石。川の中に沈んでいるはずだった石。

 はあ。

 何もすることがない。何も見るものがない。

 目を瞑ってみたけれど、状況はまったく変わらない。

 昔の映像が再生されただけだ。

 いやな思い出しかない。

 いやだと思っている思い出しかない。

 あーあ。

 ずっとこのままなのだろうか。

 ずっと光が届かない、土の中に。

 となりに埋まっている物がうっとうしい。きっと犬が埋めたのだろう。ぼくの体にさわさわ当たって。前はそんなことなかったはずなのに。

 ぼくは、目を横に動かした。

 それは、ぼくの体から出ていた。

 「……あ」

 それは、芽だった。

 川から飛び出して、地面に当たったときにできたぼくのひびから、芽が出ている。

 種が挟まっていたんだ。

 それは、地上に向かって伸びている。

 芽が伸びているすき間から、かすかな日の光が。

 ぼくは、久しぶりの光に目を細めた。

 きっと、きれいな花を咲かせていることだろう。

 ぼくは目を瞑って、想像した。

 風に揺れている花。

 きっと、赤色だろう。あのペンと同じ色。

 見てみたいなあ。きっと無理だろうけれど。

 「…………」

 ……なんか、きついな。

 さっきから少し思っていたけれど……。

 芽と根がぼくを押している気がする。

 これは、まずい。ひびがひりひりと痛み出してきた。このままじゃ、ぼくは土の中で粉々になってしまう。花が咲いたことは良いけれど、実際のところ花よりぼくの体のほうが大事だ。

 「痛いっ!」

 痛い。全身が割れるように痛い。下に伸びている根が、ぼくを割って土の中を進もうとしているようだ。

 ぼくは、全身に力を入れた。

 粉々になってたまるもんか。

 土の中はつまらないけれど、ぼくはまだまだ生きていたい。

 でも、根はものすごい力で押してきた。生きようとしているんだ。ぼくもこの花も。

 負けたらダメだ。負けたら……。

 そのとき、根の力がスッと抜けたような気がした。

 おかしいな。

 休戦か。それとも、ぼくを油断させる作戦なのか。

 「……ん?」 それに、瞑っていても分かるほどに、光が強くなっている気がした。

 これは、何かあったに違いない。

 ぼくは、瞑っていた目を開けた。

 そこには、闇じゃなく、太陽の光が降り注ぐ地上があった。

 ぼくは、宙に浮いていた。

 「なんで?」 夢でも見ているのだろうか?

 それとも、もうぼくの体は粉々になってしまったのだろうか。

 ……違う。

 人間が抜いたんだ。

 花だと思っていた、雑草を。

 なんだ。雑草だったのか。どうりで力が強いはずだ。

 「────」 人間は何かをしゃべりながら、ぼくを引っ張った。

 ぼくの体から、根がスルスルと抜けていく。結構入っていたんだな、ぼくの体に。もう少ししたら、負けていたかもしれない。

 ぼくは、人間の手によって、投げられた。

 思い出す。父に投げられたときの事を。

 今度は、ひび割れではすまないかもしれない。年を取ったし、根によって穴もあけられた。

 地面に着地。

 ほらね、粉々だ。

 跡形もなく。

 悲しいもんだね。

 引き分けだな、雑草。

 「いしさん。いしさん。まんまるいしさん。いしさん。いしさん。きれいないしさん……」

 ん? あの歌か。

 でも、あの子の声じゃない。もっと昔に聞いた、懐かしい声……。

 ああ、そうだ。母の声だ。

 母がいつも歌っていた声だ。へえ、人間の歌を歌っていたんだ。だから、あの子が歌っていたのを、ちゃんと聞き取る事ができたんだ。

 どうして? 今頃になって、母の声が聞こえたんだ?

 もう、周りを見渡す事はできなくなった。真っ暗の中に、ぼく一人。いや、一石……。

 近くにいるかも知れない母を探すこともできない。土の中にいた頃とおんなじだ。

 ぼくの欠片の一つは、道路に飛び出し、車にひかれた。

 もう一つは、また土に戻っている。

 たくさんのぼくが、あちこちに散らばっている。

 その中の一つ。

 一番大きい塊は、近くにあった水溜りの中に入った。

 そして、そのとき。

 分かった。

 分かってしまった。

 やっと、分かる事ができた。

 父がぼくを投げたわけ。

 いや、違う。

 投げてしまったわけを。

 父はずっと我慢していたんだ。ぼくが、居場所を見つけるまで。ずっと、雨がどんなに降り注いでも、じっと我慢して、最後にはしゃべれなくなるほどになって。本当は、あふれたくてどうしようもないのに、ぼくが、父といっしょに泳いでいたから、ぼくが、ケガをしてしまうと思って、割れてしまうと思って。そして、ぼくが居場所を見つけたとき、他の石と手をつないだとき、もう大丈夫だと思ったんだろう。

 一気にあふれたんだ。

 うん。

 今なら、はっきりと思い出せる。

 そのときの、父の表情、その言葉を。

 驚きの中に悲しみの表情。

 「ごめんな。守ってやれなくて」

 ああ、忘れていたはずなのに。

 でも、もういい。

 思い出したのは、ぼくの中の少しの欠片に過ぎないのだから。他のぼくは、そんな事を知らずに、石として、砂利として生きていくのだろう。

 ぼくも石だ。そして砂利でもある。

 うん。

 きっと、そうに違いない。


 ━あ と が き━


 こんにちは。葉崎です。


 今回は石の話でした。楽しんでいただけたでしょうか。

 例によって例のごとく某賞へ応募の後、落選したものです。感想、評価などを送ってくれたらうれしいです。


 明日は、賞に応募したのではなく完全オリジナルで行きたいと思います。


 では、また明日。

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