かけらひろい
冷たい水が気持ちいい。
川に戻ったみたいだ。でも、ちがう。蛇口と呼ばれるところから、魔法みたいに水が出てきている。
何故だかぼくは、人間に体を洗ってもらっている。その人間は、普通の人間とサイズが小さい。きっと、子どもなんだろう。黒髪を二つにくくっている。口からは、歌が出てきている。 まるで、蛇口から出てくる水のように。
道端に転がっているぼくを、拾ってくれて、体を洗ってもらった。タオルできれいに体を拭いてももらった。
「いしさん、いしさん、まんまるいしさん。これから、ずっとわたしといっしょだよ。いしさん。いしさん。きれいないしさん……」
きれいな石? このぼくが?
「えっと……、ありがとう」 ぼくは、一応お礼を言った。でも、返事は返ってこない。ああ、そうだった。ぼくがしゃべるのは、石の言葉だから、通じないんだ。でも、どうして、ぼくはこの子の言っていることが分かったんだ?
「──────」
「……へ?」
あの歌以外、この子の言っていることが分からない。
どうしてだろう。
どうして、歌が聞こえるんだろう。
今までに、聞いたことはないはずなのに。
その子は、ぼくを机の上に置くと、引き出しを開けて、なにやら探し始めた。
ぼくはじっとその様子を見る。
やっと、取り出したのは、赤いペン。
まさか……。
「────」 その子は、なにか言うと、ぼくの体を赤く塗りはじめた。
「ちょっと、待てっ! やめろ!」 ぼくは叫ぶけれど、通じるはずがない。
真っ赤になっていくぼく。
なんてことだ。
まさに、天国と地獄。
まさに、血がないのに怪我した石。
ぼくは、形がいびつな真っ赤なりんごになった。
「────」 何を言っているか分からないけれど、笑っている。そして、あの歌を口ずさんでいる。
「いしさん。いしさん。きれいないしさん……」
きれいな石のはずがない!
ああ、なんなんだ。
ぼく、なにか悪い事をした?
天罰をくらったのだろうか。
その子は、引き出しから黒いペンを取り出した。
今度は何をするつもりなんだ。
ぼくは、身構える。
「────」
線を三本書かれた。丸を二つに割って上半分だけを残したやつ二つと、下半分のが一つ。逆三角形に書かれている。
自分の顔だから、よく見えないけれどもしかして……。
顔? 笑っている顔なのか?
「そうか、そんなに嬉しいのか」
その子を思いっきり殴りたいと思ったけれど、黒いペンで無理矢理笑わされているので、そんな気も失せる。
第一、ぼくには腕がない。
その後、ぼくはずっと、その子の机の上にいた。
たまに、その子は、ぼくに話しかけてきてくれたり、歌を歌ったりしてくれた。
でもそれは、少しの間だけだった。
ぼくの体は、嬉しいことに赤が少し、色あせてきている。風も、人が通ることも、雨も、ない。転がる心配がない。結構いい環境だ。
でも、その子はもう、あの歌を歌ってはくれない。
その子はもう、普通の人間サイズになった。もう、子どもではないかもしれない。二つにくくっていた黒髪も、今は茶色になっている。髪は、大人になると色が変わるものなのだろうか。ぼくには、髪がないのでそれは分からない。
ぼくは、机の上の物に埋もれて、半径三センチ以内の環境しか状況が分からない状態になった。
はっきり言って、つまらない。
そう。
いい環境のわけがない。
もう、雲の動きを見ることも、草の喧しい話を聞くこともできないのだ。
ひまといっていた自分がバカらしい。大人になったと思っていたけれど、まだ、子どもだったな。
今も、まだ子どもかもしれない。
「いしさん。いしさん。まんまるいしさん……」
声が聞こえる。あの歌だ。
なつかしい、歌声が。
ぼくは、きれいになった机の上から空中に浮く。指でつままれたのだ。
「────」 何を言っているのかは分からないけれど、いやな顔をしていた。
そんな顔で歌わないで欲しい。
ぼくの歌。
ぼくが、聴きたい歌。
外に、投げ出された。
捨てられたんだ。ずっとわたしといっしょだよって言っていたくせに。
赤く塗られたけれど、きれいな石って言ってくれたのに。
「……まあ、いいや」
久しぶりの空だ。
桜が咲いている。春なんだ。ぼくは、桜の花びらの上に着地する。
風が強い。
ぼくは、コロコロと転がった。
久しぶりなので、体が痛む。でも、すぐに慣れた。
気分がいい。
何もかも久しぶりで、新鮮だ。
そのとき、大きな犬が、ぼくの前に来た。
風に任せて転がっていたので、止められない。
犬は、黙ってぼくを見ている。
近づく。
でも、何でこんなに見られているんだろう。ぼくは考える。
そして、気づいた。思い出したのほうが、正しい。
ぼくは、今色あせてはいるものの、赤だ。赤色の体をしている。
ボールか何かと勘違いしているに違いない。
本当に、ぼくはなにか悪いことをしたのだろうか?




