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うるさい 後編

イソネと出会いブレスレットを貰ってから3日経った。

その日から私の周りは凄い静かになった。

例えば人混みから流れる雑音も

例えば街中どこに聞こえれば騒音も

例えばしつけをちゃんとしてない番犬も鳴き声も今まで私がうるさいと思っていた音が全然聞こえなくなった。

とっても満足だ、こんな生活に私は憧れていた、求めていた。

一見するとそんな音がない生活なんて不自由だと思ったでしょ?ううん、実は全くそんなことはない。

音は聞こえないとは言ったけど全く聞こえないわけじゃないんだ。

家族や友達、学校の先生の声はちゃんと聞こえるし、テレビや私の好きな音楽もバッチリ聴こえる。

まあ一言で言ってしまうと私にとって都合のいいことだけ聴こえる。

私に都合のいい言葉

私に都合のいい音

私に都合のいい雑音

それだけが私の耳の穴から流れる。だから今まで感じてた不協和音なんて感じない、心地よい音色だけが聴こえる。



「・・・。」


お母さんが何か私に喋りかけている、だけど私には音量を0にしたテレビに映る芸能人にみたいに口をパクパクしてるようにしか見えない。きっと私にとって都合の良くないことを言ってるんだ、だから私には何を言ってるかさっぱりわからない。

だけど通学前の朝っぱらの忙しい時間に言うことなんてどうせ「早く支度しなさい!」とか「さっさと朝ごはん食べなさい!」とかしかない、それはどこのご家庭でも一緒でしょ?

前者しろ後者のどっちにしても「わかったよ」と言えば聴こえなくても完結する。

あとは状況を見極めて行動すればいいだけだし。

一見不便に見えるけど馴れれば案外快適なんだよ。


「じゃあ行ってくる!」


「気をつけて行ってくるのよ!」


「わかってるって。」


ほらね、今度はお母さんの声がちゃんとしっかり聴こえる。




ブレスレットを貰ってから外の世界もガラッと変わった、とても静かになった。

今は私の耳に入ってくるのは信号が変わった時になる鳥の鳴き声くらいなんだもん。

ブレスレットをもらう前は雑音で全然聴こえなかったけど今はよく聴こえる。あとそれから


「おはよ~!」


「うん、おはよ!」


友達の岬の声。

彼女は同じ学校の同じクラス、転校してきてクラスに馴染めなかった私に最初に話しかけてくれたのが彼女だ。コミュニケーションお化けな彼女のおかげで徐々にクラスに溶け込むことができた。だから私にとって岬は友達に救世主みたいな 存在なんだ。

それに彼女とは家が近くなのもありこうしてよくバッタリ出くわして一緒に登校することもある。

それがここに来てから数少ない私の楽しみになっていた。


「岬と会えるなんてなんて素晴らしい日なんだ!」


「素晴らしいって昨日も一昨日もあったよね?」


「あれ、そうだっけ?」


「そうだよ~、忘れてたの~?」


「まさか忘れるわけないじゃん!」


「ったく…!」


こんなしょうもない会話をするのが好きだった、幸せな空間だった。

だけどそれを雑音が邪魔をしてた、私の空間がそれを壊した。

前住んでいた所は田舎でなにもない場所だけど朝も夕方も変わらず静かで風と虫と音しか聞こえなくて、あとは通り道にある酒屋のおじさんの声かけくらいかな?

今はそれは全く同じとはいえないけれどある程度は再現できてる、とても懐かしい、ほんの少し前の話なのに。


「にしてもあんた最近元気だよね?」


「そう、私いつもと同じだよ?」


もちろん嘘、引っ越しや雑音のストレスでイライラしてたりふてくされてたのは自分だって分かってる。

分かってるからこと今の自分も明るくなってるってことも分かってる。


「絶対嘘、ちょっと前までぷくーとしてたし。」


「ははは、バレてましたか。」


「バレバレだよ、だってあんたは・・・だから。」


あれ?


「どしたの?いきなり立ち止まって? 」


雫が心配そうに私を見つめる。



「ううん、なんでもない。ほら、早くしないと学校遅れるよ!」


私はとっさにマンガでありがちな台詞を口にだす。


「あっ、ヤバいヤバい早く行こう!」


雫もテンプレ模範解答を言って私達が学校に向けて走り出す。

あの時雫はなんていったんだろう?今まで彼女の言葉はちゃんと聴こえた。

雫は私が不快に思うことなんて言わなかったのに今日初めて「それ」を言ってしまった。だから私には「それ」が聴こえなかった。

けどまあたまにはそういうこともあるだろう、だって人間だもの。

どんなことを言っても私と雫の関係は変わらない、変わるはずはない。

きっとそうだ、そうだよね。







授業はぶっちゃけ退屈以外の何者でもない。自慢に思われるかもしれないけど私はこう見えて頭がいいんだよ。

授業なんて聞かなくても教科書を読めばだいたいの英単語は覚えられるし、難しい数式も理解できる。

だけど今もこうして先生の声がはっきりと聴こえる。と言うことはだよ、授業は私のにとって役立つことにはかわりない。

分かりきった内容でも聴いといて損はしない。

そんなこんなで今日も私は机に頬付きをしながら授業を受けている。

今は国語の時間、先生は教科書に書かれている文学について冷静に解説しているけど今は4時間目、みな空腹と疲れから集中力を欠いている。

しかも追い討ちをかけるかのように先生がその文学を読み上げるからそれが子守唄に変わりクラスメイトを夢の世界に誘い込む。

私は特にそんなことはない(元々どの真面目に受けてない)から現実の世界に留まってる。だから分かる、先生がこの空間にイライラしていることに、早く手を打たないと、誰か一人墓穴を掘ったらめんどくさいことになることに。

だけど周りを見渡してもそれをできそうなのは私以外にいそうもない、みんなもう集中力なんて言葉忘れてる。

こうなったらしょうがない、適当に質問をして先生の機嫌を…。


あれ?急に静かになった。

いや、今までも静かだったんだけど唯一聴こえていた先生の声も聴こえなくなってる。

ということはまさか先生は今都合のよくないことを喋ってる…?

でも何?私の都合のよくないことって?いったい先生は今何を喋ってるの?

今の私には先生を餌を待ち構えて口をパクパクさせてる鯉にしか見えない、それがとても不安でしょうがなかった。

何を言ってるかわからないんじゃ機嫌のとりようがない、その時初めて音が消えた世界に不安を覚えた。


「ねぇねぇ。」


後ろから私の背中をツンツンと叩いてそう囁いたのは真奈美さん。よかった、彼女の声はちゃんと聴こえる。


「ほら、早くしなよ。」


真奈美さんはなんか焦ったように私に言った。


「早くってなにを?」


「聞いてなかったの?先生が教科書読めってあなたを指名したのにスルーしてるから、ほら先生お怒りだよ!」


「えっ…。」


私はとっさに先生の方を振り向くとイライラとムカムカが今にも吐き出されると言わんばかりの形相をした先生が私のことを睨み付けていた。

それだけじゃない、さっきまで机にヨダレを垂らして寝てたり授業なんか聞く耳もたず上の空だった人達までクラスみんなが私をじっと見ていた、まるでこの状況を作ったのが私のように腫れ物のような目で。


「ほらとりあえず早く読んだほうがいいよ。」


「う、うん…。」


思わず立ち上がったもののどこを読めばいいかさっぱりわからない、聴こえていたところから推測して読むこともできるけどもし間違えてもしたら一発アウト、そんなリスクの高い博打をするわけにはいかない。


「ねぇ真奈美さん、ごめん、どこ読めば教えてくれない?」


だったら聞けばいい、自分の口で。よかった、後ろの席が真奈美さんで。クラスに馴染めたといっても馴染めたと仲良しじゃあ意味合いが全然違う。

このクラスにおいて馴染めた人は多いけど仲良くなったのはまだまだ少ない。真奈美さんはその少ない1人。


「しょうがないな~、73ページの・・・。」


「あれ…?」


真奈美さんの声が途中から聴こえなくなる。先生と同じように真奈美さんも口がパクパクしているだけでなにを喋っているかわからない。

彼女はその部分指さしてを教えてたんだけど私が全くの反応を示さないことにだんだん不思議に感じる。



「あっ…!」


人形のように固まった私を真奈美さんはゆさゆさと私の肩を揺さぶりその振動でやっとやっと我にかえる。

再び周りを見渡してみるとみんなまた私のことを見ていた。だけどその視線はさっきの腫れ物をみるような感じではなくどしゃ降りの雨の中ぽつぽつと歩く捨ていぬを見るような可哀想で心配な視線を私に向けていた。


「あの…真奈美さん…私…。」


「・・・!・・・・・。」



まだ真奈美さんの声は聴こえない、それだけじゃない、きっとこの空間に流れてるであろうざわめきも、いつの間にか駆け寄ってきた雫の声も、何も聴こえなくなっていた。


「な…なんで…。」


聴こえない、何も聴こえない…。

聴こえないということはそういうこと。

みんな私にとって良くないことをいってる。

必死に何かを問いかけてる真奈美さんも、心配そうにしている雫も、可哀想に私を見ているクラスメイトも、みんなみんなは私に良くないことを言ってる。

だから聴こえない、聴こえないようになってる。

そんな所に居たくない、バカらしい。

だから…。



「すいません、体調が優れないので早退します。」


私は止めようとする先生の手を振り払い、真奈美さんの聴こえない言葉を無視して荷物を持たずに教室を無心で飛び出す。

教室を出るとき一瞬その中を見るとみんな私を不思議そうに見詰めていたけど雫だけは違う目をしていた。











聴こえない、何も聴こえない。

人がこんなに沢山いるのに、あの大きなモニターからは私の好きな歌手が歌っているのに、季節外れの強い風が吹いているのになんにも聴こえない。

これが全部都合の良くないことなの?何が?なんで?わからないよ…。

どうしてこんなことになったんだろ…。

私はただ雑音を消したかったはずなのに…。



なんにも聞こえないから逆に周囲の視線に敏感になる、平日の昼前に制服でいる私を教室の時みたいに不思議に思ってるんじゃないかと考えてしまう。

呼吸が荒くなる、息苦しくなる、身体中が暑くなる、もう冬なのに汗が滝のように吹き出してくる。

イヤだ…居たくない…、こんな場所にいたくない…。

私は逃げるように走り出した、動きずらい制服のまま。

人混みをくぐり抜け、押し抜けこの場所から逃げ出した。

そんな私をみて何人かは何かを言っていた、けど何を言ったのかはわからない。だって、何も聴こえないんだから。

そして私は気づいたら最近この街にできたショッピングモールの中にいた。

よりにもよってこんな場所に来てしまった。

思えば…ううん、思わなくてもこいつのせいで私はここにいるんだ。

それまで話題も噂すらなかったのにある日急にこれがこの街できた。

それからもの私のいた街の大人のほとんどが憑りつかれたようにごそってこいつに行くようになった。

まだその時は田舎だから最先端で最新の物に興味があるんだな~程度にしか考えてなかった、でも事態はもっと深刻だったんだ。

大人たちは気づいちゃったんだ、こいつに行ったことによって今まで自分たちがしていた生活がどんなに不憫で不便だったことを。

人間一度快楽を知ってしまったらもう脱げ出すことができない、興味はやがて希望になり欲望に変わる。

大人たちは私達子供の意見に聞く耳もたずここに移住することをあっさりと決め、トントン拍子で実行に移す。

私の周りでも1人、また1人、友達が上級生が下級生が居なくなっていく。

人数が少ないとはいえ各学年が共に勉学に励んみ賑わっていた教室もだんだんと静かで広くなっていく。

そしてしばらくしないうちに私の番がやってきた。

もちろん私は反対したよ、ここにいたい、ここに残りたいって!

でもこの前も言ったようにそんなこと当然許してくれるわけがなかった。だから私はそれを受け入れてポジティブに考えることにした。

先にこの街に行った友達達に会えるって、また一緒に勉強ができるって。

でもここには人が多いぶん沢山の学校がある。それに前いたところみたい違う学年の子が一緒に勉強するなんてことはない、当然同じ学年ごと別れて勉強や生活をする。そんな当たり前なことが足かせになって今日まで誰とも会えてない。

ここに来てなにひとついいことがない私はイソネと出会い雑音を消してしまった。

なのにそれにイヤになり嫌気がさし逃げ出した私は皮肉にも全ての現況であるショッピングモールの中にいた。

本当なら今もここには人々の声や愉快な音楽が聴こえるんだろう、でも聴こえないないのは私にも都合が良くないなら、私が願ったから。

でも今は雑音が欲しい。



「どお、楽しんでる?」


「あっ…!?」


またあの感じだ、人が石像のように固まり、液晶画面に映っていたものもフリーズする。

全ての時間が停まってる世界ですたすたと足音をたてながら上から目線の言葉を吐きながらこっちに向かってくる白いワンピースをきた少女、イソネ。


「久しぶり、いや5日ぶりだね。」



「あなたの声はちゃんと聴こえるんだね。」


「そりゃそうだよ、私の全てはあなたにとって都合のいいものなんだもん!」


「そう…。」


正直いって彼女の声を聞いた時凄くホッとした。少しでも音がない世界にいた私に音をくれたことでモノクロに見えた視界に少し色がついたみたいだった。


「ねぇ、どうだった?音のない世界は?」


イソネは興味深そうに聞いてくる。


「とっても最高だったよ、さっきまではね。」


「さっきまで…っと言いますと?」


「急に音が聴こえなくなったのよ、友達も!先生も!街の音も!なんにも聴こえなくなっちゃったのよ!聴きたいものまで聴こえなくなっちゃった!ねえどうして!?」


私は珍しく声を荒らげ感情を露にしてイソネに問い詰める。そんなことを知ってか知らずか彼女は笑顔でこういった。


「そりゃそうだよ、それがあなたが行こうとする世界の姿だもん!」


「はっ…、それってどういう意味なの…?」


「そのままの意味だよ、体験したでしょ?音のない世界、あなたが2日後行く世界。」


「そんなの分かってるよ、最初は雑音や私に良くないことだけ聴こえなかった。でも今は何も聴こえない、聴こえなくなったのよ!」


「そんなの当たり前だよ。」


イソネは私の言葉をあし払うように一言呟く。


「当たり前って何が?なんなの?」


「だから何度も言ってるでしょ?それが音のない世界だって。 」


「でもそれは雑音だけで自分が都合のいい、必要なことは聴こえるんでしょ!?」


私の言葉にイソネは一瞬きょとんとする、何を言ってるだこいつと言わんばかりに。

その後彼女は口を開き衝撃的で当たり前なことを言う。



「私はそんなこと一言も言ってないけど。」


「えっ…。」


「私が言ったのはあっちの世界に行く前にまずは体験してもらうってことだよ。じゃあなんで私がそんなことをしたと思う?」


「そ…それは…わからない…。」


「人間っていうのは不便な生き物なんだよね、初めての場所や物を目にするとみんな十中八九パニックになる。そして思いがけない想定外の行動をしちゃて最後は必ず失敗するんだよ。

ほら、人の不幸は蜜の味っていうじゃん?私的にはそれが面白くてたまらないだけどあなたにはそうはなって欲しくないんだよ。」


イソネはどこか楽しそうで、どこか嬉しそうで、どこか上から目線で私に語りかける。

そんな彼女を私には止めることも耳をふさいで声を聴かないようにすることもしなかった。ただ黙って耳を傾け聞いてるだけ。


「ゲームと同じだよ、最初は簡単なステージでチュートリアルとしてプレイヤーをその世界に慣れさせある程度進んだら本格的な冒険の世界に突入!

ここまで言えば頭のいいあなたなら分かるはずだよ?」


「今までの私に都合がいいものだけ聴こえたのがチュートリアルで、今の全く聴こえなくなるのが私が行く音のない世界…。」


私の回答を聞いたイソネはうんうんと頷いた。

そして一歩一歩こちらに向かってきて、手を伸ばせば彼女に触れられる位置にまで近づいてきた。

近くでみて分かったけど小柄な身長、透き通るような白い肌と綺麗な黒髪。悔しいけどかわいい。こんな美少女が街で歩いていたら絶対ナンパ対象だよ。

まあそれはイソネが人間だった場合の話、彼女は人間じゃない。

だって人間だったら周りの時間を停めることなんてできないし、願いが叶ったり別の世界に行けるブレスレットなんて渡しはしない。

それに、私よりちょっと年下のあどけない少女が人を沼に引きずりこもうとするような鬼のような笑顔なんてしない。

もう一度言おう、イソネは人間じゃない、人の皮を被った化け物だ。

そして化け物は言った「大正解」と。


「でもね、少しだけ捕捉するとその世界もなにも聴こえないわけじゃないのだよ。」


「音のない世界で何が聴こえるっていうの?」


「それはね、人間にはとっても簡単でとっても難しいこと、本心からの言葉さ。」


「本心…? 」


「人間、とくに日本人はさ、自分が思ってることでもそれを隠して、空気を読んで、その場において都合のいいことを言ってしまう、あなたにもひとつやふたつくらいあるでしょ?」


「…。」


「でもそれってただのその場しのぎにしかならないと思うんだよね、いくらその時がよくても後々尾を引いて自分にも相手にもよくない、そんな都合の良くないこと自分も聴きたくないよね?」


「じゃあ誰も言葉も聞こえなくなったのって…。」


「そりゃ誰も本心で話してなかったってことだよ。お母さんも、一生懸命どこ読むか教えてくれた真奈美さんも、心配そうに駆け寄ってきた雫さんも誰もあなたには本音を出してない、心の中ではきっと言ってもも無駄だとか、ちゃんと授業聞いてよとか、一応友達だからとか思ってたんだろうね~。」



「…。」


「でもよかったじゃん、そんな心ない言葉聴かなくて?聴こえないってことはそれが後々あなたにとって都合の良くないことに繋がるんだからさ!」


彼女は残酷な真実を放課後のガールズトークのような軽々しく口にする。そりゃそうだよね、彼女にとって人間なんてなんでもないだだの下等生物程度にしか見ていないんだよ。そんな下等生物の1つでしかない私なんかじゃ尚更だ。

でもこれでハッキリした、今まで心の中でモヤモヤしていた霧が晴れた。だけど晴れたも太陽は出てこない、出てきたのさっきの霧よりもさらに濃くてどす黒い絶対に晴れない霧。

だからあの時彼女は、私が教室を飛び出した時彼女は、みんながうわべだけでも心配してるような顔していたのに雫は

1人笑っていた。

そうか…、そうだよね…。

結局雫も私をめんどくさい奴としか見てなかった。

そんな奴が居なくなったらそりゃ笑顔になりますよ全く…。

もしかしたらコミュニケーションお化けの雫は嫌味をずっと私に言っていたもしれない、だけど鈍感だった私は気づかなかった。それがチュートリアルが終わって彼女の言葉が聴こえなくなってやっと気づいた、気づかされた。

ははは…あ~あ、バカらしい。なんだろうね、これ。

ほんとイヤになるよ、この世界も、みんなも、自分も…。


「ねえ。」


「ん?どうしたの?」


「今からさ、別の世界に行くことって出来るの?」


その言葉を聞いたイソネの感情豊かだった顔から表情が消え真顔になる。


「なにその反応?」


「あ~いやいやごめんごめん、私もさいろんな人に会ってきたけどそんなこと言ったのあなたが初めてだからさ…!」


思いの外私の言葉は衝撃的だったらしい。だってその証拠に右手で頭をポリポリと掻く人間らしいことをしているんだから。


「別に赤いボタンを押せばいつでも行けるけど…でもいいの?あと2日あるし体験版もまだ終わってないんだよ?」


「…うん、いいんだよ。もうこの世界に愛想尽かせちゃった。それに音のない世界に行っても状況は変わらないと思うし。」


「ならこのブレスレットも返せばいいさじゃん、そうすれば全ての音は聴こえるようになるし元の生活に戻れるよ。」


「それは無理だよ。」


「どうして?」


「あんた言ったでしょ?人の不幸は蜜の味って。それを味わうのがやめられないからこんなことを何回もしてる、一度快楽を体験したらもうやめられない。

私も一緒よ、雫や真奈美さんの声が聴こえてもそれが本心なのかどうか疑ってします、疑心暗鬼になって面と向かって話せなくなる、それが元の生活に戻れたって言うのかな?ううん、言わない。私はもう音のない世界から戻れないんだよ、だったらあとは行くしかないんだよ。」



「…わがままなんだね、人間って。」


「わがままなのはあんたもでしょ。」



息を整え気持ちを落ち着かせブレスレットの赤いボタンに指を置く。


「ねぇ。」


「なに?」


「さっきあなたがこうなったのは私のせいって言ったのどういう意味?」


「あ~、あれはね。このショッピングモールを作ったのは私なんだ。ちょっとイライラした人がいたからそのお返しで。

でもそのせいでその時関係なかったあなたを巻き込むことになってさ、ほんとごめんね~!」


「…そっか…。」



「でも良かったでしょ?そのおかげで私と出会ってイヤな音も聴かなくてよくなってそれに別の世界にも行けるなんてあなたはなんてラッキーなんだろうね!」


「そうだね…、私はラッキーだよ…。この世界で一番…。」


「でしょ?」


「じゃあ私、そろそろ行くよ。」


「うん、気をつけてね、あなたの行く世界は人間には生きづらいかもしれないけど頑張るんだよ!」


「忠告ありがとう、せいぜい頑張って生きてみるよ。」




そっか、それじゃあ行ってらっしゃい、奏ちゃん。








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