普通 前編
下校時刻を知らせる鐘がなる、なにも起きないまま今日が終わる。
私の平凡な1日も普通に終わりを告げる冷たい鐘。
「ミナミ~、またね~!」
「うん、じゃあね~!」
乗る電車が違う友達と改札口で別れて私は帰りの電車に乗り込む。
少し早いとはいえこの時間は帰宅ラッシュの真っ只中、座れるなんてあまっちょろい考えは最初から更々ない。
老若男女がバーゲンセールに勤しむ主婦が持ってる買い物カゴみたいにすし詰め状態の電車に揺られて10分少々、いつもの駅で電車を降りそれから解放される。
そしてそのまま寄り道なんて一切せず、現役女子高生がやりたいことをなにもせず家に帰った。
それが私の日常、至って普通な平凡な日常。
家に帰ってからもそれはなんにも変わらない。
玄関を開け真っ先に自分の部屋に向かう。
今は夏なので荷物を部屋に投げ捨てそのまま汗ばんだ制服を脱ぎ捨てお風呂場にいきシャワーで汗と今日の疲れを流す。
そのあとは部屋着に着替え髪をドライヤー乾かしてるとちょうど夕飯の支度が終わり私と妹、専業主婦の母親といつの間にか帰ってきているサラリーマンの父親と一緒にテレビを見ながら家族団らんのひとときを夕食と共に過ごす。
そのあとは部屋に戻って宿題をやって適当に時間を過ごして眠りにつく。
これが私の普通の日常、普通の生活。
もはやルーティーンとなっている普通の生活は別に嫌でもないけどどこか最近物足りなを感じていた。
だからその日は思いきってそれを崩そうと思った。
「ミナミ~、またね~!」
「うん、じゃあね~!」
いつもと同じ友達といつもと同じ改札口で別れた。
だけど今日はいつもの乗ってる電車とは真逆の方角の電車に乗ろうと思った。
別にどこに行くかなんて目的はないけどルーティーンを崩すならこれが一番簡単かな?と考えただけだ。
それに女子高生が放課後寄り道なんて普通だし当たり前だ。
そう、当たり前。
いつも自分がいるホームが今日は向かい側に見える。
だけどすぐにそれは電車に隠された。
「今日はこれに乗るんだ…。」
電車の扉が開き方角は変わっても相変わらずすし詰め状態の車内に後ろから迫りくる人の川に流されるようにそこに一歩足を踏み入れようとした時
「あれ?」
突然ここに漂う生暖かい空気が変わった。
夏の夕方だというのに冷たい冷気みたいなものが漂ってるみたいに肌寒い。
それだけじゃない。
人や駅員の声、電車とその発車ベルがひっきりなしに流れて騒がしかったこの場所から音が消えて静寂に包まれている。
今聞こえるのは私の呼吸音だけ。
私は騒がしいのは苦手だからそれだけならまだ許そう。
だけどこの状況は許せない、というか信じられない、ありえない。
だってつい今まで右も左も前も後ろ人で溢れたこの空間から一瞬にして人がマジックショーみたく消えたんだから。
マジシャンなんていない、もちろん私はマジックなんて使えない。
こんな普通じゃない出来事が普通な私の目の前で起こった。
体は震えそれを抑えようとするけど強くなるだけ。
「なによ、なんなのよこれ…。」
「そんな震えなくていいのにな~。」
「!?」
誰もいない電車の那賀からその声が聞こえた。
続くようにトコトコと足音が静寂の中を響きかせこちらに近づいてくる。
「どうもはじめまして、ミナミちゃん。」
電車を降り目の前に現れてたのは私より少しだけ小さくて麦わら帽子を被った白いワンピースの女の子。
その子が微笑みながら私を見つめつている。
「あなたがこれをやったの…?」
私は恐る恐る少女に話しかける。
「私がやったというよりはなっちゃうんだよねこれ!」
少女はそんな私とは真逆に気さくに答えた。
「なにそれ、あなたいったいなんなのよ?」
「なんなのよって私は私だよ、名前は~えっと…イソネって呼ばれてたからそう呼んでもいいよミナミちゃん!」
自分の名前を曖昧な回答で濁らすイソネという少女に私は違和感しか感じなかった。
それと同時にこれから何が起こるか、どうなるかといろいろな考えが脳内をぐるぐる駆け回る。
「他の人たちを消して私だけ残したってことはあなた私に用事があるんでしょ?」
「あなたじゃないよイソネ!私はイソネだよ!」
「わかったわかった、わかったわよイソネ、私に何の用なのよ?」
「そうそう、そうこなくっちゃ!」
イソネは嬉しそうに私に近づく、年相応の無邪気な笑顔で。
「手出して。」
「えっ?」
「いいからどっちの手でもいいから早く出して。」
「う…うん。」
私は彼女に言われるがままに左手を差し出す。
「ふ~ん、ミナミちゃん左利きなんだ~。」
「それがなに?」
「ううん、なんでも。」
イソネは私の左手首を両手で包むように覆い隠す。
カチッ
そこから何かがはまったような音が鳴り響く。
それを確認すると彼女は私の右手首から手を離し、いままでそこになかった赤と青ふたつのボタンがついている銀色のブレスレットがはめられていた。
「なによこれ!」
私はどうにかしてブレスレットをはずそうとするけど付け根もなく肌にばっちり密着していてなにをやっても外れる気配はない。
「ちょっと全然外れないじゃん!」
「そりゃそうだよ、これは私にしか外れないもん。」
「なにそれ、私こんなもん要らないわよ!」
「まあまあそう言わないで貰ってよ。これはプレゼントなんだから。」
「プレゼント?」
「そう、この世界からいなくなりたいミナミちゃんに私からのプレゼント。」
「この世界からいなくなりたい…、なにそれ?そんなわけ思って…。」
「思ってるよね。」
「!?」
彼女の、イソネの今さっきまでのふわふわしてどこか適当な雰囲気から一転、それまで想像できないような低く重々しく放った一言に私は口をつむる。
本能的になにか危ないものの逆鱗に触れたみた後のように私は一歩、また一歩、後退する。
しかしそれに合わせるようにイソネも一歩一歩全身していく。
「私はあなたのことなんでも知ってるんだよ。
普通の家庭に産まれて、普通に学校に行って、普通に帰ってくる。
休日もとくになにもせず普通に過ごしてる。
あなたそんな生活に飽き飽きしてる。
そうだよね?」
「べ…別にそんなわけ…。」
「じゃあなんで今ここにいるの?ミナミちゃんが帰るために乗る電車は向かい側だよね?」
「それは…。」
「ミナミちゃんはこんな普通な生活に飽きてそれをなんとかしたいと思ってる。まずはその一歩としていつも乗る電車に乗らずここに来た、違う?」
「…でもそれが私が世界からいなくなりたいってどう関係があるのよ!?」
「それはミナミちゃんが一番よく知ってるんじゃないの?」
「…。」
「はい、そんなミナミちゃんのために私はそのブレスレットをプレゼントしました~!」
「!?」
イソネの態度が出会ったばかりのふわふわした雰囲気に再び戻る。
顔には笑顔が戻り重苦しい空気が一切なくなった彼女に私はは度々混乱するしかない。
「私からこのブレスレットをプレゼントされた人間には3つの選択肢のうち1つを選ばなければいけないんだ~!」
「選択肢…?」
「そんなびくびくしなくてもいいんだよ!別に怖いもんじゃないんだし。
それでその選択肢っていうのが…」
私このブレスレットを返す。
欲しいものを1つだけ手にいれて別世界に行く。
欲しいものを1週間だけ手にしてその後それとブレスレットを返して今まで通りの生活に戻る。
なにそれ…?
私はその選択肢にツッコミしか感じない。
欲しいものが手にはいる?
別世界にいく?
全く普通じゃない!現実的じゃない!
もはやどう質問すればいいか、どうイソネに話せばいいか頭がパンクして今にも弾けそうだ。
ポチッ
「ん?」
そんな中なにかが押された音がした。
だけど音も止まってるこの状況で私が出す以外に音がなるはずがない。
じゃあこれは何の…。
「えっ…。」
いた、もう一人いた。
私の他にこの空間で動ける人、この状態を作り出した張本人が…。
「イソネ…あなたなにやってるの…?」
「なにってミナミちゃんの代わりにボタンを押してあげたんたんだよ?」
彼女の人差し指が銀色のブレスレットにある青いボタンを押されることに私は気づいた。
私はすぐにイソネの手を振りほどいたけど青いボタンは押されたままへっこんだままだ。
「ちょっとなにやってるのよ!」
「なにってさっき言った通りだよ?ミナミの変わりにボタンを押してあげたよ!」
普段あまり大声をださない私が大声を出した貴重な瞬間だというのにイソネはそんなことなんて気にせず飄々と答えた。
「私は何も選んでない、なにもしてないのになにやってるのよ!」
「だからだよ。」
「えっ…。」
「言ったでしょ、私はミナミちゃんのことはなんでも知ってる。だからミナミちゃんがどの選択肢を選ぶかももちろん知ってる。
だけどそれをミナミちゃんは認めない、だから私がそれを後押しして挙げたんだよ、
怒らないで感謝してほしいな~!」
「…でも…。」
「でもなに?ミナミちゃんはこれで欲しいものは手にはいったんだよ。
あとはその赤いボタンを押して別世界に行くか、1週間後私にブレスレットを返して元の生活に戻るか、それを決めるのもミナミちゃん次第。」
「欲しいもの…?」
私は思わず自分の周りを見渡すけどその欲しいものとやらはどこにも見当たらない。
ポケットやカバンの中にもそれっぽいものはなかった。
「ねえそんなものなんてどこにも…あれ?」
つい今まで目の前にいたはずのイソネがいない。
ちょっとポケットやカバンをあさって目を離したスキにイソネは私の前から姿形がいなくなっていた。
「ねえどこいったの?イソネ!」
あ~面白い!やっぱりミナミちゃんもそうするんだね~!
「イソネ!?」
確かに聞こえた、姿は見えないけどはっきりと彼女の声が私の耳に入ってくる。
でもどこにいるかわからない、彼女の声が前からなのか後ろからなのか上か下どこから聞こえるかなぜかわからない。
わからないけどイソネはまだここにいる。
「ちょっとなんでいきなりいなくなるのよ?まだあなたに聞きたいことが山ほどたるんだからね。」
ミナミちゃんはそうかもしれないけど私にはもう用事はなんだよね、ブレスレットも欲しいものもあげちゃったし♪
イソネのそんな無責任な態度に私は苛立ちを覚えていた。
だけどそれをぶつける相手がそこにいないんだからどうしようもない。
ただいつもより大きな声をあげてそれを少しずつ吐き出すくらいだ。
「だからその欲しいものってなんなのよ?私はなんにも手にいれてない。」
ううん、手に入ったんだよ、私がそのボタンを押した時、もしかしたら私が出会った時にはもう手にいれていたのかもね。
「なにそれ、自分だけ言いたいことだけペラペラ喋って私の質問には適当にあし払う、そんなの無責任じゃない!」
無責任か~、でも私の説明できることは全部したよ。あとはブレスレットを返すのも別世界に行くのもミナミちゃん次第なんだよね。
「私次第ってそんな大切なこと簡単に決められるわけないじゃん…。」
大丈夫だよミナミちゃん、私はどんな選択をしてもウェルカムだから!
あと最後に1つだけ、もうすぐここは元にもどってここにいた人も時間も帰ってくる。
もちろん目の前の電車も動きだす。
だけどその電車には絶対に乗りなよそれが私がミナミちゃんに伝える最後の伝言。
「それどういう意味!?電車に乗るなって…。」
どうかあなたが世界を好きになりますように…。
その言葉を最後にイソネの声は聞こえなくなった。
「はっ…!」
そして彼女が言った通りここに人が再び溢れかえる。
駅は賑わいを取り戻し人々のざわめき、駅員のアナウンス、電車の発着音があちらこちらからひっきりなしに聞こえてくる。
まるでさっきまでの出来事が夢かなにか思えるがそうじゃないと左手首についているブレスレットが教えてくれる。
「ちょっと乗らないなら列から離れてくれる?邪魔なんだけど。」
私の後ろからこんな暑い中スーツを着ているサラリーマンが嫌味そうに私に話しかける。
そうだった、私はいつもとは違う方向の電車に乗ろうとしてこの列に並んで…そして…。
「あっ…すいません…。」
5番線電車が発車しまーす。
アナウンスとともに電車が駅から離れていく。
私はそれを誰もいなくなったホームで見送った。
イソネが言ったあの電車に乗れという忠告を私は破ってしまった。
彼女のいうことは全部信じられないってこともあるけど少なくとも私とイソネが出会ったことは真実だし現実でそればかりは信じるしかない。
だけどもし彼女の忠告を破ったらどうするんだろ?どうなるんだろ?という変な好奇心が体を支配された私はその場に踏みとどまってしまった。
しかしいつまでたっても何もおきず再びホームに人が溢れかえりはじめた時期待と好奇心は平常心に戻っていく。
(なんだやっぱりなにも起きないじゃん…。)
私はなにもかもあきらめたようにここから離れていつもの電車に乗るため向かい側のホームに行こうとし連絡通路につながる階段その時…。
あいつなにやってるんだ!?
突然ホームから叫ぶような声が聞こえた。
私は振り返りそこを見るとみんな我先にと電車がきていないのにも関わらず線路に落ちないギリギリのラインまで前方にいる。
しかもそこにいる人みんなが大声でなにかを叫んだり大きく身振り手振りをしたりしてそれだけで尋常じゃないこと起きてるんだと伝わる。
私は急いでホームに戻り何が起きてるのかを確認した。
そこには中年くらいの男性がホームから線路に降りていた。
酔っぱらったりしてそれだけなら都会ならよくある光景なんだけどどうやら男性はそれらとは違った。
男性は線路の真ん中で大の字のポーズをとったまま立っていた。
向かい側のホームにいる人も手を伸ばしたり男性に話かけたりしてなんとかそこから離れさせようと四苦八苦しているけど男性は聞く耳もたず全く動こうとしない。
誰かが電車の非常停止ベルを押したのか緊迫したサイレンが駅全体に響き渡る…、これで電車は停まるとみんなが安堵した。
それを合図に数人の駅員が線路に降り男をどうにかここから離そうと手を引っ張りするが男微動だにしない。
駅員達は頭悩ませてる中再びホームはざわめきに包まれる。
ガタゴトと音をたてながら非常停止ボタンで停まっていたはずの電車がこっちに向かってくる。
この時間にくる電車は快速でこの駅には停まらない。
だから電車はスピードを緩めず男性と駅員がいる線路に向かって近づいていく。
駅員達はは覚悟を決め男性から手を離し電車から逃げようと必死に走り出した。
だけど人間が出せるスピードなんで全力の電車からしたらあくびが出るくらい生ぬるく惨めだ。
電車は男性を、駅員を1人、また1人無惨にも引き倒していく。
その度に起こる乾いた衝撃音とあたり一面に飛び散るさっきまで人間だったものの破片と赤い液体、それらが向かい側のこっちににも襲いかかる。
まるで地獄絵図みたいなその光景にそこにいたものは悲鳴や叫びをあげたり、現実を受け入れることができず子供や自らの目を隠す人、あまりにもショックでその場で倒れこむ人がいるまるで世界の終わりのような惨状となってるここに誰も笑うものなどいなかった。
ただ1人、私を除いては。