この世界からの卒業 その11
「どうかな?思い出したかな?」
友達の姿形声匂いまで全てを奪った化け物が耳元で囁く。
身体中からじわりと汗が流れて動揺してる私を彼女はどう思ってるだろうか。胸が苦しい、呼吸ができない、そんなことより頭の中がパンクしそうだ。
だって1年前のことを鮮明に覚えてるかと質問されたらノーと答えるくらいのすかすかの脳にいままで何回、何十回、何万回繰り返した記憶が の記憶が米粒残らず、全て完璧に濁流のように押し寄せてくる。走馬灯なんて生半可なものじゃない、むしろ走馬灯で済んで欲しいもんだ。
今の私に「2654回目のループの2年生の7月28日の昼食で最初に食べた物は?」と質問されても即答で答えることができる。答えはフライドポテトだ。
そんな些細な、しょうもないことまで思い出してしまう。
「なんでイソネは余計なことをしたんだろう?真実を教えるならあの日のことだけで十分なのに?」
「!?」
「って静ちゃんは考えてるでしょ? 」
イソネは見透かしたように得意気に言う。
「あなた、私の心まで読めるの…?」
「流石にそこまではできないよ、でもこの体に残ってる彼女の記憶が私に静ちゃんはそう考えるよって教えてくれたんた。」
そういいポンポンと白々しく頭を指でつつく。
「それでなんで今までの記憶が思い出しちゃったんだっけ?
それはね…。」
イソネはあの時茜の心を消した時と同じように私の胸に手を当てる。触られた感触は茜そのものなのに全くいい気はしない。不快で不潔で不愉快そのものだ。
「答えは君の体が知ってるよ。」
「私の体が…?」
「まあ知ってるというより覚えてるっていうのが正しいのかな?
私は終点の場所、あの河川敷に来たら入学式に戻るようにした。その時記憶が消えるように設定した。
そのはずなんだけどね、しょせん記憶なんて脳が記録してるだけの情報なんだよ。
いくらそれを消したところで君は脳が全部だけじゃないだろ?」
イソネは嘗めまわすように胸から脇、腕をスゥーと触れてまわし最後に左手で私の頬にふれる。
「手、足、胸、髪の毛、少し汗ばんだ肌、そして匂い。全部合わせた体そのものが君を構成しているんだ。だから記憶を消しても今までことは体が覚えてる。それがミジンコより小さい砂粒だとしても何百、何千と貯まってくんだ。経験値として貯まった砂粒は脳に教えてあげてるんだよ。
それが君がデジャヴと呼んだ正体。
私が君の記憶を呼び寄せた時不可抗力で体に記録してあった砂粒がいっきに溢れでたんだろうね。
どお、これで満足?」
私は覚えてなくても私の体は覚えてる、つまりそういうことらしい。
結局イソネの人間離れした力を持ってしても人の記憶は思いは消すことができない。それはイソネは神じゃないから、完全無欠じゃないから。そう彼女は言っていた。
「じゃあもしあなたが神だったら?」と私は聞いてみた。
すると彼女は「そんなの分からないよ、神じゃないから。」と楽観的に答えた。
よくある物語だったら消された記憶が甦るイベントっていうのはハッピーエンドに繋がる喜ばしい感動的な展開なんだけどどうやら私の場合は違うようだ。
「じゃあそろそろ再開しようかな?」
イソネはさっきまで自分の座っていた座席に戻り「早く早く」とそそのかすように私の座席をポンポンと叩く。
「ほら座らないとまた先生に起こられちゃうよ?」
「あんたまさか私が全てを知ってもまだ高校生をやらせる気なの?」
私はイソネの元に近づき不本意ながら茜の胸ぐらを掴むことになる。それでも顔色ひとつ変えずひょうひょうしている彼女に握りこぶしを食らわしてやろうと一瞬頭の中で浮かぶ。
でもそれは茜を殴ることと同じだ、中身がどうであれ親友を殴るなんてことはできない。
「ふ~ん殴らないんだ。」
「当たり前でしょ。親友を殴れるわけないじゃん。」
私は手を離し、イソネは乱れた服装を整える。
「じゃあさ君はどうしたのさ?」
イソネは困り果てるように質問する。
「そんなのひとつしかないよ。卒業させて。」
「卒業?」
「私を高校生から、子供から、この世界から卒業させて!」
多分人生で一番大きな声で叫んだ。全ての思いを、願いをこめて。
「無理だよ。」
だけどその願いは無情にも一言で覆らせられる。
「なんで!私は願いをやめるって言ってるの!?自分の願いならそれくらいいいでしょ!?」
その時「はぁ~」と私に聞こえるようにわざと大きくしたため息をイソネは漏らす。
「まったく人間って生き物は誰も彼もワガママな生き物だよ。」
イソネは立ち上がり私の目の前に向かいあうように立ち塞がり制服のリボンを静かに掴み手が暇になるのを紛らわすように弄る。
「私は何人の人間と出会ってきたけどみんながみんな自分で願ったことなのになんか不都合なことが起こるとすぐに私のせいにして願いをやめようする。私は良かれと思ってやったことなのに。」
「良かれ?なに言ってるの?結局はあんたが楽しむために私達人間を面白おかしく使われてるだけでしょ!」
「そんな言い方は侵害だな、私は良心に従ってやってるだけなのに。
それに私がどんなことを考えてても願
ったのはあなたたち人間なんだよ?私は叶えただけ、ただそれだけ。
もちろん君も例外じゃないよ。」
イソネはリボンから手を離し、代わりに私の肩をポンっと叩く。
「そんな分けだからまた始めようか?」
「イヤよ、絶対に嫌!!」
欲しいオモチャを買ってくれなくてだだをこねる小さな子供の如く私は声を荒らげる。
「ここまで言ったのにまだ自分の願いを拒絶するの~?まあこの際別にいいけどそうワガママでも何でも言えばいいよ。」
「!?」
「でも私が時間を動かせばここにいる人達はどう思うのかな~?」
「えっ…? 」
「入学式の主役である新入生と彼らを祝おうする在校生と大人たち。事情なんてなにも知らない人達が今の暴れふためく君を見たらどう思うのかな?」
「それは…。」
「君は一気に有名人だ、もちろん別の意味で。君はここにいる人達みんなから注目され白い目で見られる存在になる。その記憶をずっと、ず~と忘れられず引きずることになるんだよ?」
「嫌だ…嫌…やめて…。」
「まっ、それもいいかな?面白そうだし?」
「ダメ…、やめて…!」
「でも心配しなくていいよ静ちゃん?私が、親友としてずっと一緒にいてあげるから。」
イソネは右手を天高く上げる。
「また楽しくなるといいね、224326回目の高校生活。」
彼女が指をパチンと鳴らすと時は動きだす。また永遠に近い高校生活が私を待っている。




