サンタしかいない世界 前編
12月18日
街は賑やかな装飾に飾り付けられ、いつもはただ広いだけの広場には豪華なイルミネーションを引っ提げツリーがドンと構え、その周りを道狭しと言わんばかりの人の大群を囲む。
そう、世間はクリスマス一色なのだ。
子供はプレゼント何を貰うか、貰えるか考えそわそわし、カップルは本番をどうやって過ごすかこちらもまたそわそわする。
みんながみんな期待を願いを持ってその日を待ち望んでる、そんな時期。
だけど俺、木村聖也にそんなの関係なかった。
俺の家庭は父親がいなくてシングルマザーの母親と二人暮らし。
母親が働いているけど生活は苦しかった、だからクリスマスなんてやる余裕なんて全然ない。
クリスマスの朝友達がサンタさんからプレゼント貰ったって話にも一度にもサンタさんがこなかったからその輪には入れず、サンタさんがこなかったことで幸か不幸かその正体を早い内に知ってしまい、幼い時からクリスマスを子供らしかなぬ現実的視線で見るようなってしまった。
去年までは。
今年俺の元にもサンタがやって来た。っていっても似ているのはサンタのチャームポイントといえる白いひげと同じ色のワンピースだけ。
イソネと名乗る小さな女の子のサンタさんはバイトでケーキの路上販売をしてるの俺のとこに現れクリスマスプレゼントとしてこの銀色のブレスレットをくれた。
青いボタンを押せば「欲しいもの」が手に入るといい消えたサンタさんの言葉に半信半疑ながら俺はボタンを押す。
その瞬間俺の中でのクリスマスの価値観が180°変わった。
だけどそのことに俺はまだ気づいてなかった。
教えてくれたのは忘年会帰りでべろんべろんに酔っ払ったサラリーマンだった。
その人は俺の元にやってきたと思えばテーブルに置いてあった商品であるケーキをあろうことかなにも言わず、お金も払わず持ち去ろうとした。
「ちょっとお客さん、待って!」
もちろんその行為は万引き、立派な犯罪。俺は逃げ去ろうとする男の手を掴みひき止める。
「あの、これ商品なんでお金払ってくれますか?」
「はぁ~?」
酒臭い息と一緒に吐き出した男のその一言で察した、これはめんどくさいことになる。
無理に突っかかると酔っぱらいはなにをしだすか分からん。
俺は文句を言いたい気持ちをぐっとと押さえて穏便にしようと心の中で方針転換をする。
「あのお客さん、このケーキは商品なんでお返ししてくれませんか?」
俺は今までで一番の作り笑顔で言った。
「ああ…いいよ。」
「えっ…。」
今の今まで意識がもうろうとしててろれつが回らずまともに喋れなかった男が人が変わったように返事をしたことに俺は驚きを隠せなかった。
「はい、メリークリスマス。」
男はそういいケーキを俺に渡した。
「あっ…はい…。」
俺がケーキを受けとると男は何もなかったようにその場を立ち去った。
一体なんだったんだろ…?なんであの人いきなりケーキを返す気になったんだろ…?
考えば考えるほど疑問が沸いてくる。
「これ木村!ボーッとしてるな!」
そんなこと考えいると追加のケーキを持ってきたバイト先の店長がやって来た。
「あっ、すいません…!」
「まあ今日はいつも以上に寒いからしょうがないけど凍え死ぬのは勘弁な。」
店長は気さく性格でこんな冗談もホイホイ口出す。だから店員達からは慕われ羨まれる。俺もその内の一人だ。我が家の家庭事情を知ってるからか俺にも手厚く面倒をみてくれて、追加のケーキを持ってくるなんて店員に頼めばいいのにわざわざ自分が来たのは多分俺の様子を見にきてくれたんだろう。
「おい、まだ沢山余ってるじゃないか~。」
店長が机の上に山のように積んであるケーキを塊を見て言った。
「当たり前ですよ、まだクリスマスまで1週間前で、しかも消費期限が2日後のケーキなんて誰が買うんですか?」
「そうか、それもそうか。せっかく売れてると思ってはりきって持ってきたのにな…。」
「はりきりすぎですよ店長は、おまけにそんな格好までして。」
俺はサンタの赤いコスチュームを見にまといしっかりと白ひげまでつけている店長を呆れながら見つめる。
「そりゃクリスマスだから気合い入れないと!でもどうするかな~このケーキ、売れないと捨てるしかないし~、それももったいないしな…。」
「ははは…、もしも店長の着てるサンタ衣装を俺にくれたらそれを着て販売したら何個か売れるかもしれませんね~。」
もちろん冗談だ。こんなことをしても売れないことなんてわかってるし、なによりそんな恥ずかしい格好こっちから願い下げだ!
「おお、そうだな。」
「へっ?」
店長の挙動が急に静かになりそう返事をした。
一瞬彼はさっきの酔っぱらいのようにきょとんと立ち尽くした後自ら着ていたサンタの衣装を真冬の広場で脱ぎ出した。
「ちょっ…ちょっと店長!なにやってるですか?」
「なにってこの衣装をお前にあげるために脱いでるんだよ。」
店長は冷静は顔でそういい放った。
この顔は冗談じゃない…真面目だ!?
「ちょっと店長やめてください!!」
俺は自分の体全てを使い店長をとめようとするけどなにをどうやっても店長は脱ぐことをやめなかった。
「冗談です!冗談!!だからやめてくださいよ!!」
次第にサンタの衣装に着ていた彼の半袖シャツとパンツが姿を表す。
そして
あ~あ、やっちゃったよ…。
店長を守っていた赤井サンタの衣装は完全に剥がされ真冬にはふさわしくない姿をした男の姿がそこにあった。
「はい。」
そういい店長はさっきまで身につけていた衣装を俺に差し出す。
「あの…だから…あれは冗談で…」
「はい。」
「!?」
この時の店長には感情と呼べるものがなかった。ただ無心で衣装を俺に渡すだけの機械のように表情と呼べるものはなにもなく瞳はじっと俺を見つめている。
「あ…ありがとうございます…。」
俺はそれに恐怖を感じ逆らうこともできずにまだ体温がまだ残ってる生暖かい衣装を受け取ってしまった。
「メリークリスマス。」
自分の手元からそれが離れた瞬間無表情だった店長の顔は満面の笑顔にかわりそう俺に言った。
「それじゃあ俺帰るから!」
「ちょっ、店長!!」
店長はまるで役目を果たしたかのように公然わいせつぎりぎりの格好でその場を去っていった。
「大丈夫かな…店長。」
俺は店長の行く末を心配するけどそれよりも気になることがあった。さっきの急に店長の態度が変わったこと、なにかがおかしい。
それにあの店長の行動に俺は覚えがある、さっきの酔っぱらいと全く一緒だった。
あの酔っぱらいも店長も急に態度が180°変わった。なんも前触れもなく。
ううん、前触れはなかった。だけど共通点はあった。
俺は手に持っていた衣装をさっきの酔っぱらいが盗もうとしたがなぜか返してくれたケーキの上に被せるように置く。
「あ…あのすいません。」
「あっ、はい…。」
ちょっと考えてるうちに目の前には仕事帰りだろうコートを着た俺より歳上そうな女性が立っていた。
「ケーキひとつ貰えますか?」
「はい、ありがとうございます。」
「えっと、おいくらでしたっけ?」
そういいながら女性はバックから財布を取り出し中身を確認する。
「いいえお代は結構です。」
「えっ?」
もしも俺の考えが間違ってなかったら…。
これがイソネという名前のサンタさんからのプレゼントだとしたら。
このブレスレットの力だとしたら。
「いやそんなのダメですよ、ちゃんと払いますから。」
「お気になさらず全然大丈夫ですよ。
でも…その変わりにあなたの手に持っているお財布…、私にくれませんか?」
その瞬間、何かが外れる音が頭に響いた。