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ある記憶喪失な女の子の話 後編

目が覚めたらどこか知らない公園のベンチに知らない間に寝転んでた。

そこで最初に見た景色は真っ白な天井なんかじゃなくて真っ青な青空だったのだよ…。

つまり私は病院から出て念願だった外出してるのだ!!

これもどれもイソネちゃんのおかげだね!

あのあとどうやってあそこから連れ出したのかは分かんないけどまあひょっこり出てくるあの子だもん。私をひょっこり連れ出しても全然おかしくない。

だから今すぐあの子にお礼を言いたいけど…うーん…。周りを見渡してもイソネちゃんどころか人っ子一人いないや!

まあまたひょっこり出てくるでしょう。とりあえずこれからどうしますか…。



実は変わったことは今までいた環境じゃないの、服装も変わってたんだ。

今までというかさっきまでは入院してるから当たり前といえば当たり前だけど病院服を着ていたんだと今は白い半袖でブラウスに赤いリボンで紺色のスカートを着ている。見るからに学校の制服でサイズのピッタリだから多分私のやつで間違いないんだけどさすが記憶喪失、全く馴染みがない!

まあイソネちゃんが私を連れ出すついでに荷物を持ってきてくれたのは有難いし病院服で歩くわけにもいかないからとにかく結果オーライかな!!



さて話は戻って私には記憶がありません、だから病院から抜け出したのはいいとしていく宛がない…思い出せないのです。

家に帰ろうとしてもその家がどこにあるか分からないしそもそもここがどこなのかさっぱりなんだよね。

これじゃあまるで遊園地で親とはぐれた小さな子供みたいだよ。

こうやってボーッと空を見上げるのも嫌いではないけどずっとは流石に飽きる。

ふと横を見るとそこに通学用のバックがぽつんと置いてあった。多分これも私が倒れてた時に持ってたものでイソネちゃんがこの制服と一緒に持ってきてくれたんだろう。

私はバックのチャックを開いて中に入っていたものを確認した。

とはいっても入っていたものといえばタオルとティッシュ、それと制汗剤。あとはイヤホンと携帯電話なんだけど…流石に1週間放置していたからか充電がきれてるのか電源はつかない。使えればいろいろ分かったかも知れないのに勿体ないな。

それに私学校帰りに倒れたって聞いたんだけどそれなら勉強道具のひとつやふたつあってもおかしくないのに教科書どころかシャープペン一本すら入ってないんですけど…。

もしかして記憶をなくす前の私は勉強できなかった?それとも不良だった?あれ…?

まあそれは今は置いといてとりあえず使えそうなのは少しの小銭が入ったお財布とこの学生証くらい。

それには冬服だけどこの制服をきた私が写真が貼ってある、私はそれを見て少しホッとしたんだ。だってイソネちゃんを信じてなかったとはいえなかったけどどこか半信半疑だった私の過去が本当だって分かったんだから。

確かに私はこの制服をきて学校に行っていた。その事実がぽっかり空いた心の穴を塞いでくれた。

それに学校の場所が書かれた地図まである。それをみた瞬間いく宛なかった私はとりあえず学校にいこうと心に決めたのだ!




丘のうえ公園、どこにでもありそうありきたりな名前の公園に私はいた。そしてその公園の名前は幸運にも学生証の地図にも載ってあった。

その事実に「やったっ!」と思わずガッツポーズをした私だった。手がかりを探す手間が省けたんだしそれくらいいいよね。

それでも地図を見るとここから学校まではずいぶん距離がありそうだ。でもふらふら歩いていくうちに何か思い出すかも!

こんな時だからこそポジティブに考えないとね!うん。

バックを持ち、リボンをとくに意味もなく整え私は公園を飛び出した。



地図見ながらしばらく歩いて行くとだんだん建物が並ぶ大通りにたどり着いた。ほとんどがほどよい高さのビルが並んでいてスーツを着たサラリーマン達が縦横無尽に歩いている。なるほどこれがオフィス街というものか。

人数からして今日は平日、そんな昼間のオフィス街に制服を着た女子高生がひとりぽつんと歩いていると思うとなんか急に恥ずかしくなってきた。

早くここを抜けたいと急に思い始めた私ははや歩きで進みだす。

人が多いだけあって進むごとに様々な人の声が嫌でも耳に入ってくる。それが全然関係ない話だとしてもなんかそわそわするし遠くから聞こえるパトカーのサイレンも何故か気になる。

そんな気持ちを抑えながらしばらく歩きやっとオフィス街を抜け出した家々が並び立つ住宅街にたどり着く。

ここまでくればもう安心だね。私は公園を出て以来動きっぱなしだった足を止めてカバンからタオルを取り出しダラダラ流れる汗をぬぐう。

この暑い中制服で歩いてたから汗だくで身体中ベトベトだよ…。今すぐにも着替えたいけどこれしか服はないし買うお金もない。

じゃあせっかく持ってるんだから制汗剤を使って少しはすっきり爽やかになりたいとこだけど流石に外でやるのはちょっとモラルに反するし恥ずかしいな。そう思いながらいつの間にか手に取っていた制汗剤とタオルをしぶしぶバックにしまう。

だけど暑いのには耐えられん。私はリボンをほどき、ブラウスの第1と第2ボタンを外し少しだけ肌を解放する。

開けた汗でベタついた肌に風があたる気持ち程度には涼しく感じる。なんとも皮肉な話だね。




それにしてもここはオフィス街とは違って静かだね。平日だからほとんど人がいないしあるのは高いビルなんかじゃなくてごく普通の一軒家。ここを歩いてるとなんか安心する。

学校もこの近くにあるしもしかしたら私の家もここのどっかにあるのかな?

そう思って歩いていくうちにひときわ大きい建物にたどり着く。

私立上北高校…、そうここが私の通っていた高校なのである。

私はここで勉強して友達とワイワイして高校生活を謳歌していたのだ…、多分…。

見る限り誰もいないように見えるけどまあ授業中なんだろうね、もし制服を着た人がいたらその人はサボりだ。断言する。

けど私は違うよ、休みからの遅刻だから。

それにここにいえばなにかを思い出すかも知れないし。

「よしっ!」と私は気合いを入れて正門に足を踏み出そうとしようとした。

だけど…。


「あれ…?」


急に足が動かなくなった。動け!動け!と念じても私の足は鉛のように重くなったみたいにびくともしない。

それと同時に心臓の鼓動が早くなり「はぁはぁ…」と息苦しくなる。

タオルで拭ったはずの汗もダラダラと額からまた流れ出す。

私は学校に行きたいだけなのに私の体がまるで拒否しているみたいだ。だんだんと頭もくらくらして視界もぶれぶれになっていく。


「ダメだ、ここにいちゃ。」


そう本能的何かが私に訴えかけるように体一歩を踏み出すことを絶対に許さない。

「分かったよ。もうやめるから。」私は体の必死の抵抗に負け踏み出す一歩を学校から反対に変えた。そしたら足はちゃんと動き一歩を踏み出せる。そのままふらふらと私はまた歩きだした。





「ちょっと君、ほら起きて!」



「う…うん…?」


私はその声で目を覚ました。どうやらあの後無意識のまま寝転がれる場所を探し回ってここを見つけた私はそのまま寝てしまったらしい。


「あー、暑い。」


それが目覚めた私の第一声だった。屋根のないベンチに寝てたのだから上は灼熱の太陽、下は熱々のベンチにサンドされてたのだから仕方ない。今日何度目かの汗が制服を湿らせ、ベンチを濡らす。

ああ…、いい加減シャワー浴びたいなー。


「ほら、寝ぼけてないで起き上がって。」


「あっ…はい。」


私はその声を言われた通り起き上がりベンチに座りベンチの正しい使い方を実行したのだ。そして目を擦りボヤけた視界を回復させその声の正体を確認する。


「高垣しえみちゃん…だよね…?」


「はい…そうらしいですけど…はっ!」


私に声をかけてくれた人は市民を守る正義の味方の中年の男性警察官だった。

平日の昼間に制服を着た女子高生がベンチでひとりで寝ているなんて声をかけない理由はない。この人はちゃんと任務を、仕事をこなしただけだった。だから私もそれに敬意を示して粛々と対応しなきゃいけなかった。

けれど、どうしたことでしょう?

私は警察官の姿を見るやいなや反射的に隣にあったカバンの中に手を入れそこから制汗剤に掴み、本来は自分の腋とかに使うはずそれをあろうことか警察官の顔に向かって噴射したのです。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」


それをかけられた警察官は大声を上げて顔を抑える。そしてそのまま激痛に耐えられずにその場に倒れこみ悶絶するようにのたうちまわる。


「えっ、ええ…。」


その姿を目にし聞いて我に帰った私はやっと自分が何をやったかやっと気づいた。


「えっと…あの…、ごめんなさい!!」


私は警察官を救急車を呼ぶのも介抱するのもせずただ言葉だけの謝罪をしてバックをもってその場から逃げるように走り出した。



なんで?なんで私あんなことしちゃったの!?

あの人私に何も変なことしてなかったじゃん!ただ起こしてくれただけじゃん!

それだけなのに…どうして私は…!


私は走った、いく場所も帰る場所も分からないままに。

いっそのことあの病院に戻ろうとも考えたんだよ?でもそこがどこにあるかなんて全然分からない。

なんで?どうしちゃったの私!?


「はぁ…はぁ…はぁ…。」


1週間外に出ず病み上がりで動きづらい制服でこの暑い中ずっと行動していたから当たり前のように私の体力はそれからすぐにすっからかんになった。

汗ダラダラ喉からからの今の私に走る気力も体力も1滴も残ってない。

途方にくれた私がたどり着いたのはさっきいたオフィス街とは真逆の様々なお店が並ぶ繁華街だった。

そこにスーツ姿の人はそんなにいなくて私服を来た若い人達や私くらいの年齢の子達がお店周りやお遊びを満喫していたのだ。

木を隠すには森の中、人を隠すには人ごみの中…か…。

私はこの状況に少し安心した、ホッとしてしまった。

とりあえずからからの喉を潤すために私はコンビニによってかけなしのお金でお茶を買おうして商品をレジに持ってたんだ。


「あの、これお願いします。」


「はい、お預かりし…?」


店員さんが私の顔を見るやいなや何か気づいたのか驚いたように周りをキョロキョロしだした。


「えっと…、どうかしましたか?」


「い…いえ…。商品1点で158円になります…。」


「あっ…はい。」


私は店員の挙動不審な態度を不振を持ちながらもいわれた通りお金を渡し商品を受け取りコンビニを出だ。

あの店員さんが私を見てなんであんな態度をとったのかなんてその時は分からなかった。でもそれはすぐに嫌なほどわかってしまうのだ。

私はお茶を飲みながら人ごみ溢れる繁華街を歩いていた。

少し落ち着きを取り戻した私は冷静になって考えた結果今の私には足りないものがある、それは情報だ!

そもそも記憶喪失の私が何も知らない街に放り出されるなんて産まれたばかりの子犬がいきなりジャングルに連れ込まれるのと同じなんだから。

だからとにかく情報が欲しい、そうすればもしかしたら私の置かれてる状況が分かるかも知れない。

そう考えた私は近くにあった電気屋さんに駆け込む。

携帯電話が使えない中で多くの情報を手軽に手に入れられるもの、それはテレビだ。

電気屋さんなら展示品のテレビが見られる、そう思いテレビコーナーに私は駆け込だ。

ほら思った通り、そこにはたくさんのテレビが並んでいる。

だけど不思議なことが一つあった。

どのテレビも番組は違えどひとつの話題についての内容が流れていたのだった。

それは今日朝早くに脱獄した犯罪者のことだった。だけど普通なら脱獄したからってせいぜいトップニュースになるくらいでどのテレビ局が特番を組むほどじゃないはず。どんなことをしたんだろうこの犯人は?

私は今自分が置かれてる状況を忘れそのニュースにのめり込む。次第にそれに興味を持ったお客さん達もテレビ売り場に集まってきてまるで日本代表のスポーツ試合を見ているようだった。

それからしばらくしてニュース速報が流れてそれと同時にアナウンサーが横から流れてきた原稿を慌てて読み上げた。





たった今入ってきた情報です!今朝脱獄した容疑者の名前と顔写真を公開することを警察庁は決定しました!

なお容疑者は未成年だったため今まで伏せていましたがその容疑者と思われる犯行がおこなわれたため今回は特例措置となります!




では申し上げます。容疑者の名前は…高垣しえみ。


「えっ…。」



その瞬間、テレビ売り場にあるテレビが一斉に私の顔を映し出す。テレビの機種もテレビ局も違うのにその時間、その瞬間足並みを揃えたようにどこを見ても私が画面の中にいた。



「な…なにこれ…冗談だよね…?私が容疑者…?」


私はあまりの出来事にその場にドカンと尻餅をついてしまった。

その音でテレビを見ていたお客さんの視線が一瞬こちらに向く。

もちろんお客さんは私の顔を見た、そしてみんなすぐに気づく。テレビに映ってる脱獄犯と今目の前で尻餅をついた女子高生が同じ顔をしてることに。脱獄犯がここにいることに。


「キャァァァァァァァ!!!」


お客さんのひとりが悲鳴をあげる。それを合図に周りにいたお客さん達は慌ててふためきその場から逃げ出すもの、あまりの恐怖に泣き出すもの、離れて私の動向を見つめるもの、極めつけは誰かが押した非常ベルが鳴り響きここだけじゃなくてお店全体が混乱のまさに地獄絵図だ。


「ち…違う…。私は何もしてない…なにも…。」


私は立ち上がりふらふらとお客さんのもとにいこうとした。

だけど。


「く…くるな…犯罪者!!」


「はぁ…。」


そこに残っていた人達は私を人として見ていなかった。

生ゴミを見つめるような軽蔑するような眼差しで私を睨み付けてる。



「ち…違う…、私はなにもやってないんだよ!!!」


私はその場から走り出し道を塞いでい目の前の男性をバックで殴りつける。


「うわぁぁぁぁ!!」


勢いよく殴られた男性は私が映ったテレビ画面に頭から勢いよくぶつかる。


「ま…またやりやがった…!」


この光景をみた残り少ない人達も怯えるように私のもとから離れていく。

そいつらを睨み返し混乱するお店から人ごみに乗じて脱け出しまた走り出す。

その時に何人かやったことは後で思い出した。






「あ~、どうしてこうなっちゃのかな~。」


太陽の日差しが眩しかった時から時間が経っていろいろあって今はもう夕焼けがオレンジ色に輝く時間。

なのに私はそれに浴びることはなくとある河川敷のとある橋の下で体育座りをしながら混乱を通り越して落ち込んでた。

だって私はただ病院を抜け出しただけ、だけど世間では私を刑務所から脱走した犯罪者になってる。

なに?なんで!?私が何をしたっていうの?

なにもしてないじゃん?仮に記憶を無くす前の私が何かやかしたとしてはそれは過去の私、今の私とは別人と変わらないんだよ!?

なんで私がそんな人の尻拭いをしなきゃいけないの?

なんでこんな目に合わなきゃいけないの?

そんなことを考えているうちに汗じゃなくて涙が流れてくる。

拭いてもぬぐっても壊れた水道管から流れる水のように止まらない。時間だけが経っていく。

そしてついにその時をサイレンが伝える。

それに気づいた私は条件反射で立ち上がり逃げようとするだけどもう遅かった。

突然どこからか現れたたくさんの警官が逃げる隙もなく私を囲む。そしてひとりの警官が右手を高く上げると私を囲んでいる他の警官が拳銃をかまえた。

みんながみんなマスクを被り、体を隠せるような盾まで持っていてたったひとりの女子高生にこれはやり過ぎだろ…と思えるくらいの状況に私は唖然とするしかなかった。


「高垣しえみ!無駄な抵抗はやめて両手を高く上げろ!」


真ん中で陣取っておそらくリーダーに思われる人物が私にそう叫んだ。

私は言われた通り両手を上げる。


「あ…あの…私が何をしたっていうんですか…。」


私は震える口で質問する。


「黙れ!おとなしくしろ!」


だけどあちら様は聞く耳を持ってくれない。


「なんで私がこんな目に会わなきゃいけないんですか?私が一体何をしたっていうんですか!?」


「どんな口でそんなこといってやがる、そんなのお前が一番知ってるだろうが!!」


「知らないですよ!私は何も覚えてないんだから!!」


「黙れ!それ以上喋ると撃つぞ!」


「ねえ、教えてくださいよ!私が何をしたか!!」


私は感極まって足を一歩ふみだしてしまった。

その瞬間をリーダーは見逃さない、言いつけを守らなかったことを許さない。


「全員撃てぇぇぇぇ!!!」


その叫びを合図にそこにいた警官が拳銃の引き金を引く。

もうダメだ…と私は目をつぶり両手で顔を隠す意味のない動作をした。

こんなことやっても弾は私に当たる、なにも分からないまま、なにも思い出せないまま私の人生が…




ところがまだ終わらないんだよね。




「えっ…。」



その声を聞いたとたん、ざわざわしていたこの場所が静まりかえる。

私は守りを時目を開くと目の前に雨のような沢山の銃弾がその場で止まっている。

警官達も人形のように固まっててこの世のこととは思えない光景に私は呆然と立ち尽くす。


「なに…これ…?」


「どお、凄いでしょ?」


固まった警官の壁をすり抜けながらある少女が私の目の前に現れる。

その子は私のよく知る子。初めて会った女の子イソネちゃんだった。


「さあ、約束の時間だよ。しえみちゃん。」


イソネちゃんは病院にいた時とは違ってそう静かに淡々と口を開く。


「約束ってなにイソネちゃん?それよりもこれはなんなの!?まるで私達以外の時間が停まったみたいな…。」


「その通りだよ、私が時間を停めたって…そんなこと人間にできるわけがないよ!!」


「そうだよね、こんなこと人間じゃできやいよね。でも残念、私は人間じゃないから。」


「えっ…!」


「そんな驚くほどじゃないでしょ?しえみちゃんは本当は気づいてた。だけど見てみぬふりをしてた。それだけのお話。」


「…。」


私は何も言い返せなかった。だって全部イソネちゃんの言う通りだったから。

周りを見張りに誰も面会不可能な病室で時間関係なくひょっこり現れてひょっこり消える。そんなこと普通の人間ならできない、できるはずじゃないのに彼女は平然とやってのけた。それは彼女は人間じゃないから。

私はそれに気づいてた。だけど寂しかったから、誰かと話したかったから、それが人間だろうがなかろうが関係ない。

もしそれをイソネちゃんに聞いたらもう会えないと思って心の奥に閉まってた。それだけの話さ。


「で、どうするの?」


イソネちゃんは突拍子もなくそう聞いてくる。



「な…なに…いきなりどうするって…?」


私はそう答えるしかなかった。


「私がここに来たのはね、しえみちゃんとの約束を果たすためなんだよ。」


「約束?そんなことしたっけ?」


「したよ、ちゃんと。ただし記憶がなくなる前のしえみちゃんだけどね。」


「記憶が無くなる前の私…?」


「そうだよ、そしてあなたの記憶を消したのこの私…。」


「なっ…。」


その言葉を聞いたとたん私の体は反射的に反応し彼女に向かい走り出す。そしてまだあどけない彼女の肩を少しだけ伸びた爪をたててガシッと掴む。


「あなたが!あんたが私の記憶を消した!ほんとなの!?」


「うん本当だよ。」


「なんで!なんでそんなことをするの!?イソネちゃん私が記憶がなくて悩んでたの知ってるよね?私がどんな思いをしてたのかも…。なんでそんなことをしたのよ!?」


「だってしえみちゃんに頼まれたんだもん。」


「えっ…。」


私はしえみちゃんを掴んでいた手を離す。彼女の肩には私の爪の跡がくっきり残っていた。


「それどういうことなの…?」


「言った通りだよ、私はあなたに記憶を消して欲しいって言われたんだよ。だからそのブレスレットで願いを叶えてあげた。」


「ブレスレット…、この?」



何をしても外せないこのブレスレット、半袖のブラウスを着てるからどうあがいても目立ってたそれは夕日にあたりキラリと光ってる。


「そのブレスレットの青いボタンを押すとなんでも欲しいものが手に入り、願いが叶うんだ。

だけど記憶を無くす前の君は記憶を失うことが願いだった。」


「な…なにそれ…。そんなのおかしいじゃん!」


「ほんとだよ、私もその時はなんでそんなこと願ったのか分からなかったよ。だけど今の君を見て気づいたんだ。

記憶を無くす前の高垣しえみはなにも知らないまっさらな新しい高垣しえみが欲しかったじゃないかって。」



私はイソネちゃんが何を言っているか分からない。 だって記憶を無くすことが願いで新しい自分が欲しいもの?

なにそれ、わけわからなすぎて笑えてくるよ。

でもそれが本当なら、記憶を無くす前の私が全てを忘れたいというなら、私はその願いを認めない。



「ねえ、イソネちゃん。」


「なに?」


「無くした記憶ってまた取り戻すことができるのかな?」


「うん、できるよ。むしろ私はそのことを聞くためにここに来たんだから。」


「えっ…?」



イソネちゃんは私の右手を掴みそこについてるブレスレットを優しく撫でる。


「この青いボタンを押して欲しいものを手にした人はね、ある2つ選択のうちどっちか選ばなきゃいけないんだ。」


「選択…、なにそれ?」


「1つは欲しいものを持ったままこことは別の世界に旅立つ。

もう1つは欲しいものとブレスレットを返して普通の生活に戻る。

それを青いボタンを押した瞬間から1週間以内に決めなきゃいけない。 」


「1週間って…それじゃあまさか!?」


「そうだよ、君が青いボタンを押して記憶を無くし新しい高垣しえみが産まれてからちょうど1週間、つまり今日が選択期限なのさ。 」


「…。」


「でもこれだと少し困ったことがあってさ。」


「困ったこと?」


「考えてみなよ、記憶喪失になったら私のことや選択のことももれなく忘れちゃうんだよ。それは今のしえみちゃんが証明してる。

だから記憶を無くす前の君にあらかじめ聞いたんだ。そしたらなんて答えたと思う?」



新しい自分に任せるよ


だって。


「今の私…。」


「それでどうする?別の世界にいくか、欲しいものを手放す…つまり全てを思い出して犯罪者としてこの世界で生きるか。」


イソネちゃんはそういい私に選択を迫る…、どちらを選んでも厳しく苦しい選択を。

普通ならすこぶる悩むだろう、でも私の心は最初から決まってた。

それが今の私の願いだから。



「返すよ、昔の私が貰ったものを。」


それを聞いたときイソネちゃんはにやりを笑ったような気がした。まるで最初から私がそう言うことを知ってたかのように。


「本当にいいの?記憶を取り戻してもこの状況は変わらない。あなたは犯罪者として追いかけられるんだよ。」


「いいよ、それでもなんでこうなったを思い出せれば誤解を解けるかも知れないし。」


「誤解…ね…。分かった、本当にいいんだね。」


「うん!」


イソネちゃんはブレスレットを両手で覆い隠す。


「このブレスレットを外せばしえみちゃんは全てを思い出す。元の自分に戻る。」


「いいよ、やって。」


「分かった…。」


その瞬間カチッと音がする。イソネちゃんが手を離すと今まで何をしても外れなかったブレスレットは手首から消え彼女の手のなかに移動した。


「うっ…。」


突然電撃が走ったような衝撃が襲う。

それが足、お腹、心臓、顔と段々上に上がっていき脳に針が刺さるように突き刺さっていく。


「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


それが激痛をつれ脳に刺さっていくごと私のぽっかり空いた穴が塞がっていく。パズルが次々と埋まっていく。

私は思い出す、全部、今までの顛末を。本当の高垣しえみを。




「はぁ…はぁ…。」



「どお、全部思い出した?」


イソネはうずくまってる私を覗きこむように見ながら聞いた。


「うん、全部思い出した。」


そう言い私はふらふらと立ち上がる。


「それじゃあ行こうか、もうそろそろ時間は動きだす。このままだと君は銃弾に撃たれるから安全な場所まで連れてってあげるよ。」


「行かないよ、私。」


「えっ…?」


その言葉を聞いたイソネは今まで私に見せたことのない驚きの表情をする。



「なんで?ここにいたら君は死んじゃうんだよ?せっかく元の生活に戻れるのに?」


「元の生活?笑わせないでよ。この状況からどうやって普通の女子高生の日常を送れると思ってるの?どこに言っても同じ、普通の生活には戻れない。

それにね…。」


「それに?」



「あなたも知ってるでしょ?私が何をしたか、どうしてこんな状況になったのかを。因果応報なのよ!私はこの銃弾を受けなきゃいけない。それが私の報いよ。」


「…そう、分かった。じゃあもう止めない。でも最後に一言だけ。」



どうかあなたがこの世界を好きになりますように。



そういい彼女は私の元からいなくなった。

バカ言ってるんじゃないよ!世界が好きになれたらこんなこと願わないわよ!

でもまああんたとべちゃくちゃ喋ってた時は好きになってたかもしれないな。

なんてことを思いながら止まっている無数の銃弾達の目の前に立ち両手を大きく横に広げる。

そして時間は動きだし、私の時間は停まった。





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