ある記憶喪失な女の子の話 前編
私、高垣しえみ!
お父さんとお母さんと小学生の妹の楓と一緒に暮らしているごくごく普通の高校生なの!
自分でいうのも恥ずかしいけどクラスでは人気者で友達も沢山いんだ!
部活は陸上部に入ってて大会ではそこそこいいところまでいってるんだ、凄いでしょ~?
勉強に部活に大変だけど私、今この瞬間が楽しい!
…
…
…
…
…
っていうのが私だったらしい。
自分のことなのにらしいとは不自然だとツッコミ入れたい人も多いかろう。
だが心配しないでほしい、それは私も一緒だから。
だって私はその私のことを知らないだもん。
お父さんにお母さん、妹の楓?そんな人知らない。
クラスのみんなから人気者で友達も沢山?
ごめん、誰ひとり顔覚えない。
陸上部で成績もそこそこ?すいません、そんな記憶ミジンコもありません。
もうみんな気づいてるとは思いますが、私高垣しえみは記憶がありません、記憶喪失なんです。
目が覚めて気づいたら真っ白な天井と点滴の袋と管見えた。それが今の私が覚えてる最初の記憶。
病院の先生が言うには河川敷に倒れてる私のことをたまたま通りかかった男の人が見つけてここに運び込まれたんだってさ。その時制服をきてて見つけたのが夕方っていうのもあって学校帰りに何かあったらしいとのことなんだけど…、なんで私の通ってたいた学校から遠い河川敷にいたのかなんてもちろん覚えてない。
最初に言ったことだってことだって私の知り合いと名乗る女の子がひょっこり現れて教えてくれたことだし、その子以外だとお医者さんと看護士さんしか喋ってないんだ。
家族ともはまだ会ってもいない。
私が運ばれてきてからもう1週間経つのに会いにこないのは親としてどうかと思うけど、まあいろいろあるでしょう。記憶喪失である意味別人になってしまった娘と会うのは気まずいし私もどんな顔すればいいかわからないしね。
友達もそんな感じで以下略
てなわけで私は心に穴が空いて記憶というなの思い出をすっぽり抜け落ちてしまったのでした。
目を覚まして3日くらい経った時にもしかしたら何か思い出すかな~?と思って倒れた時に持ってた荷物や着ていた制服をみせてほしいってお医者さんに頼んだんだけど何故かお医者さんは「ダメだ」って口をしょっぱくして言ってきて見せてくれなかった。
そのあと何回か頼んだんだけどやっぱりダメの一点張り、だから今の私が昔の私を感じることができるのは右手についているこの変なボタンがついてる銀色のブレスレットだけ。
これはどんなことをしてもはずれないしもちろんはずし方も覚えてない。
お医者さんもなんとかはずそうと頑張ったらしいんだけどご覧の通り今も私の手首にくっついている。
昔の私がなんでこんなヘンテコなものをわざわざはずせないようにしたのかはわからないけどそのおかげで今の私は昔の私を感じることができる。それはそれでオッケーだよね。
そんなことよりも今は私は窮地に立たされてる。それは…
とっても暇なのだ!!!
目が覚めてからというもの私はこの病室から出ていない。
検査も食事もその他もろもろ全部この部屋でできている。
何度か出ようとしようとしたんだけど扉を開けると必ず看護士さんが外にいて笑顔でその扉を閉めるんだ。
それが朝だろうが夜中だろうが時間関係なく必ずだよ?ほんとびっくりだよね!
だから私はここから出たくても出れない。
今の私にとってこの病室は私の世界になってしっている。
そんなの、イヤだ!
思春期多感な高校生にこの仕打ちは間違ってる!そうだよね?そうでしょ?
「ねえ、ちょっと外に出たいんだけど…、ダメかな?」
「ダメだよ。」
目を覚ましてから5日目の夜、今日も私の願いは白衣の天使のまぶしい笑顔で断られましたとさ。
別に外出するなんて言ってないじゃん!ちょこっとここから出て病院の中をぐるぐる回るくらいならよくない?
記憶喪失の女の子を自由に放置するのは危ないし心配になるのは分かるけどさ、だったら一緒についていくとかいつでも連絡とれるように携帯を持たすとかいろいろ方法あるじゃん?
ほんとそこまでして私を出したくない理由ってなんなの!
「ほんとなんだろうね~?」
消灯時間が過ぎて真っ暗になった病室の布団を被り寝るしかなかった私の元に突然彼女が現れた。
ノースリーブの白いワンピースを着ている彼女は私しか使うことのしかないをベッドの脇に移動して座った。
「ねえ、前から思ってたんだけどさ、その格好寒くない?」
「なに言ってるのしえみちゃん~、今は夏だよ?こんな格好外に行けばわんちゃかいるよ~!」
「ふ~ん、そっか。今は夏なんだ。ご丁寧に一定の温度湿度で保たれてるこの部屋じゃ季節なんて分からんよ。まあ外を見れればまだマシなんだけど。」
私はそう言いながら窓だったものを見つめる。だったというのはここの窓はスモークの貼られたガラスになっていて外は見れないし何故かそれを鉄格子で囲っていて開けることも触ることもできない。まったく不便極まりないよ。
「退屈そうだね~。」
「退屈だよ~。」
私は突然現れた彼女となんでもない雑談をしばらく続けた。
話し相手がお医者さんと看護士しかいなかったからちょっと年下でもほぼ同世代の人と喋るのが凄い嬉しいし楽しい。
でもなんでこの子がお医者さんと看護士さんしか入れないこの病室にこんな夜遅く入れるかは私も分からない。
何度か聞こうとしたけどこの子と話していくうちにどうでもよくなっちゃう。彼女の話術にはそうなる魔法でもあるのかな?
けどそこら辺は多めに見ましょう。だって彼女が、イソネちゃんこそが記憶がない私に唯一前の私のことを教えてくれた張本人なんだから。
「やっぱりここから出たい?」
イソネちゃんはウキウキで私に聞いてきた。
「当たり前だよ、退屈すぎて体が溶けちゃいそうだよ。」
「ハハハッ!溶けちゃうってアイスじゃないんだから~!」
「でも夏の暑い場所にアイスを置いたらすぐ溶けちゃうよ、だから早く移動させないと!ねぇイソネちゃん、私が溶けちゃう前に私を涼しい場所に連れてくれない?」
冗談のつもりだった。いくらふら~と現れてふら~と消える彼女でもどんなことをしてでもここから出さない鉄の意思を感じる病院の人達から私を脱出させるなんて無理で無茶苦茶なご相談だ。
だからイソネちゃんの答えはノーだと思った、だけど実際は…
「うん、いいよ!」
満点の笑顔でイエスだったのだ。
「えっ…、えぇぇぇ!!!」
当然想定外の反応に私思わず大声を出してしまった。病院内はお静かにですよみなさん!
「それじゃあさっそく行こうか!」
そういうとイソネちゃんは私の腕をギュッと使う。
「ちょちょちょっ待ってよ!」
思わずどこかで聞いたことあるようなフレーズを口走ったしまった私なんですがまああまりに唐突で急展開な出来事なんでどうかご理解お願い致します。
「どうしたの?ここから出たいんでしょ?」
「そりゃ出たいけど、いったいどうやって出るのさ?きっとそこの扉を開けたら誰かが待ちかまえて笑顔で開いた扉がガタンと閉められるよ?」
「だったらその扉を開けないで外に出ればいいじゃない。」
「いやいやそんなことできるわけないじゃん~。」
「それができるんだよね~。」
彼女は自信満々に言った。
「じゃあさっそくほらほら座って~。」
イソネちゃんは掴んだままの私の腕をグイグイと引っ張る。
「わかったよ~。」とよく分からないまま彼女に言われた通りベッドから降りてスリッパを履こうとするとイソネちゃんが
「あっ、スリッパは履かなくていいよ~。」
とその行為を止めようとする。
「えっ、なんで?」
「だって必要ないんだもん。」
「必要ないってこれから沢山歩くでしょ?まさか裸足で歩くっていうんじゃないでしょうね?」
「まさかそんなことないよ~。」
「そうだよね~、まさかそんなことさせませんよね~。」
「だから早くベッドから降りて。」
「はっ、はい…。」
私は言われた通りベッドから降りた。
床のヒンヤリとして硬い感触直に足裏から伝わってくる。なんか気持ちよく感じたのは秘密でイソネちゃんには内緒なのだ。
「じゃあはじめよっか!」
「始めるってなにが?私は何をすればいいの?」
「ううん、しえみちゃんはそこにしゃがむだけでいいよ。」
「しゃがむってそれだけ?」
「うん、それだけ。ほら早く!」
「う、うん。」
私は言われた通りその場にしゃがむ、だいたい目線がイソネちゃんと同じくらいになって「これが子供の視線なのか~」とどこか感心する自分がそこにいた。
その瞬間「えいっ!」とイソネちゃんの掌が私の目を覆い隠し視界を奪いとる。
「ちょっ、イソネちゃん!」
しえみちゃん、あなたこれからお外に出ます。それはあなたにとって重要な意味を持ちます。
あ…あれ…?なんか急に体が重くなってきた…。
頭もボーッとしてイソネちゃんに目を抑えられなくても瞼が重くなってきて勝手に目が閉じられていく。
ねえイソネちゃん…さっきからなに言って…、ダメだ…、ボーッとして…もう…。
しえみちゃん、私がこの手を離した時あなたもうここにはいません、病院の外にいるんだよ。
あとはどこに行くからあなた次第。
だからしえみちゃん…、頑張って後悔してね。