Rain─4 彼女は言った
お久しぶりです。
この回までの段階で ヒロインの名前、一部記述を追加・修正しました。
お手数ですが、読み返して貰えると幸いです。
「“欠陥品”……ですか……?」
僕のしかめっ面が面白かったのか、閉めた扉を背に、あおい先生は笑う。
「あははっ、ごめんね。急に変な事言って……、うん。やっぱり今のは無し、忘れて? どうせ自覚が無いんだろうし」
授業中の彼女は、先生然として敬語を使う。
幾分か砕けた口調で言葉を紡ぐ彼女に僕はソファから体を起こしながら首をさする。
「人に刃物を突き付けておいてよく言いますね。僕に構う理由がその“欠陥品”という評価に関係してるんですか?」
「あれ? 天音君、怒ってる……?」
「……欠陥品と言われて気分が良くなる人間がいますか?」
「あ、あはは~、怒ってるんだぁ~、かっわいい~」
天真爛漫な彼女にしては珍しい、引き攣った笑い声をあげるあおい先生に、「そんなに怖い顔をしているだろうか?」と疑問に思ったが、その後に続いた言葉でからかわれているのだと理解し、溜息を吐いた。
「というか、話を逸らさないで下さい。どうなんですか?」
「え? ああ、“欠陥品”だから天音君をどうにかしようとしたのか……って話だっけ? う~~ん……逆……かな……?」
逆……?
どういうことだろう?
人差し指をその細い顎に当て、考えるような仕草で返答を返した彼女に再度問う。
「逆、ですか……?」
「うん、えっとね。要するに、天音君は“欠陥品”だから私とこうして喋ってる。それは合ってるよ。でも逆なんだ。欠陥品だから、今、こうして君は生きて私と喋れてる。そういうこと」
「──ッ!?」
それはつまり……。
「私はね。“完成品”を壊すのが大好きなんだ。誰からも認められる人格者とか、運動神経抜群の王子様とか、将来有望な優等生とか……、そういう子達をね」
それはつまり、僕がもし“欠陥品”では無かった場合、昨夜の時点で僕は彼女に壊されていた事にほかならない。
その答えに辿り着いた瞬間、得も知れない感情が僕の心を満たした。
「あ、もうわかった? 流石、成績上位者君は違うね。ま、詰まるとこ“完成品”だと思っていた天音君を襲ったけど、当てが外れちゃって、私の秘密が知られちゃった。これでも焦ってるんだよ。私」
苦笑いを浮かべたあおい先生がソファに腰を落とす。
自然、この部屋にはソファが一つしかない。
ということはつまり──
「あの……、近くないですか先生?」
「ふふっ、気にしない気にしない」
隣に座った彼女の肩が触れる、人並みの体温を感じ、自分のざわついた心情が落ち着いたのを自覚した。
僕は触れた肩を押しのけつつ、口を開いた。
「それで……、今日呼び出したのは、つまりそういうことですか? 口止め料だけでは心配になったあなたは僕を物理的に黙らせてしまおうと──」
「あ、違う違う。そこは別に、気にしてなく……もないけど、まぁ、今日は別件だよ?」
「……え?」
もしかして……。
考えすぎだった……?
「天音君はさぁ、自分が勉強できるからってちょっと授業に集中しなさすぎだよね? あ、秋吉君みたいに寝ちゃうのよりましだけど……、それはそれとして……。
だいたいね。自分で言うのもあれだけど、先生の授業は飽きない授業として好評でしてね──」
まさか、呼び出した理由が本当に“授業中の態度”についてだとは思わなかった。
* *
──ピンポンパンポーン
《下校時刻になりました。まだ校内にいる生徒の皆さんはすみやかにカバンを持って帰宅しましょう。忘れ物はありませんか? では、また月曜日、お会いしましょう。さようなら》
「──おっと、もうこんな時間ですか。ということで、先生からは以上! わかりましたか?」
「……はい」
それから数時間、完全下校を知らせる校内放送が流れるまで、あおい先生の説教は続いた。
知らず知らずのうち、彼女の口調が授業中のそれになっていた辺り、その真剣さが窺える。
いや、途中から「無愛想過ぎる、もっと笑顔で!」とか「顔が良くても積極的じゃない男の子はモテないよ!」と言った、明日の方向へ話題がシフトしていったので、真剣さが裏目に出る人なのかもしれない。
「ふぅ、さあ! 生徒は帰った帰った。あ、これ口止め料ね。ふふっ、私、未だに意外だなぁ。天音君、金平糖が好きなんて……」
「あ、どうも……。とと、……ほっといて下さい」
好物に意外も何も無いだろう。
僕は顔を逸らしつつ、その口止め料を二、三粒、口の中へと放り込んだ。
──バリッ! ゴリッ!
「うわっ、なんか怖いよ天音君」
「ええ、(ゴリッ!)……ん、(ガリッ)これ、ストレス解消にも(ボリッ!)なるんですよ」
「……先生、天音君の闇を見た気がします」
「なんで敬語……?」
腔内の金平糖が全て、思いのほか早く砕けきったのを、感じながら僕は手提げカバンを手に立ち上がる。
「じゃあ、先生。帰ります。さようなら」
「はい、さようなら。あ、明日……じゃなくて、月曜日の授業はしっかり聞くように」
「わかってますって……」
そのまま進み、鍵の掛かったドアを開け外に出ようとしたところであおい先生から「あ、最後に一ついいかな?」と声がかかる。
「はい…? まだ何か用件が──んッ!?」
振り向いた瞬間、感じたモノは唇への小さな衝撃。
先程まで隣にいたその女体が、真っ正面から切迫し、首へと回した両腕。
抱き着く形で触れあったその唇。
吸い込む空気は甘く、熱い。
「ッ!?!?」
ようやく、自分があおい先生とキスをしていることを理解し始めたころ、彼女はそっと唇を放し、微笑んだ。
「ぷはっ……ふふっ、甘い……。懐かしいなぁ、子供のころよく食べたっけ、金平糖」
「な……にを……」
だめだ、あまりに突然の接吻に、脳がバーストしたのか普段の半分も思考が働かない。
回らない舌を必死に動かして出た言葉に、彼女は部屋の中へと戻りながら言った。
「何って、アレだよ。天音君は“完成品”じゃない。だけど、私はなり損ねた“欠陥品”の君に興味が、ううん、スゴく興味があるの。だからその、ええっと……、その誓い…?みたいな?」
「あのですね──」
「あ、因みに今の、私のハジメテ♡だから」
「……んなっ!?」
「はい閉めまーす」
「ちょっ……!」
──ピシャッ、ガチャカチャ
あっという間に閉まった資料室の扉。
鍵をかけた音が聞こえたので、こちらからは開けることが出来ないだろう。
「なんなんだ……」
思わず口をついて出た言葉。
“欠陥品”という評価を受けたこと、長い説教を受けたこと、……キスを受けたこと……。
それ程今日、一日に起きた内容は濃く、精神的にも身体的にも、疲れてしまった。
無性に糖分が欲しくなる。
金平糖が入った小袋を拾いあげながら、糖分不足で思考を放棄した脳が導き出した一つの帰結。
まだ彼女の感触がする唇から紡ぎ出す。
「……帰ろう」
フラフラと、校門目指して暗くなった廊下を歩く様は、さながら生者を求めて彷徨う幽鬼のように見えたのでないだろうか。
主人公や先生の人物像はこれから更に明らかになっていきます。