明蘭
ドアが開くとタツよりさらに小柄な女の子が一人いた。
暗い紅色のふわふわしたワンピースに、緩く巻かれたセミロングの髪、陶器のような白い肌はまるで人形のよう。
彼女はくりっとした瞳でタツを見つめた。
三人とも無言。沈黙のもどかしさから、タツは無意識に自分の頬を掻いた。
「ど、どうも……」
「やった、メイの執事だ」
彼女はキラキラとした顔で微笑む。タツはますます訳がわからない。
「なに、執事だと」
「そうとも、君のお師匠さんにお願いしたのだ。明蘭を守ってくれる力強い若者を貸してほしいと。それに、この娘はもうすぐ二十歳になる。誕生祝いに、素敵な執事が欲しいと言っていたのだ」
「パパ、ありがとう」
固まるタツ。その目の前で抱き合う親子。
「あのー、李さん。俺はいつ帰れますか」
「帰ることの心配はしなくて良い、ちゃんと君の部屋も用意してある。喜びたまえ」
「流石パパ。良かったね」
この世界全てから見放されたような感覚に、タツの視界が歪む。
「さて、タツ君。早速だが、先ずは娘をドライブに連れて行ってくれ。私は今夜から数日出かけるのでその支度をしたい」
彼はそう言い、懐から鍵を出した。
男なら誰もが一度は憧れるであろう、英国高級車メーカー「ベントレー」のマークがいやらしく輝く。
タツは血の気の引いた手で受け取った。
もちろん免許は持っているし、外車の運転も経験ある。メルセデス・ベンツだ。ただし師匠の中古車で、勝手に乗り回した挙げ句海に沈めてしまい三日三晩逆さ吊りにされた事が。
そんな苦い思い出もあった。しかし、彼にとって憂鬱なのはそんなことより、初対面のよく知らないけどとりあえず滅茶苦茶に気を使わなきゃいけない女の子と二人っきりになること。
別に高級車であろうと何であろうとどうでもいい、ぶつけなければ同じ。彼の問題は彼女をどこに連れて行くかだ。
問題の彼女、明蘭はいつの間にやらレースがたっぷり付いた緋色のドレスのようなふんわりした洋服に着替えており、背中から垂れ下がるリボンをタツに向けてきた。
「結んで」
タツはぼんやりと、そのか細い背中を眺めていた。
「ねぇ、背中」
「あぁこれか」
キュッと結ぶと、その身体はまるで陶器品のような曲線美を魅せてくれた。夜の蝶や下の受付嬢とは違う色気が漂うが、嫌らしさは感じさせない。
「パパ、どうかな。今日のメイは」
彼女は姿見で着付けを確認しながら聞いた。
「とても似合っているとも。まるでそのブランドが明蘭のために仕立てたようだ」
それを聞いて満悦そうに微笑んだ彼女はそのまま玄関へ。後へ続こうとしたタツに李が耳打ちした。
「私のいない間、どうか娘を楽しませてやっておくれ。それが望みだ」
「は、はぁ」
「君の師匠とはオムツをはいていた頃からの仲だった。君はそんな彼の弟子だ、信じている……」
李はそう言いながらタツの肩をポンポンし、部屋に戻っていった。
「はーやーくー」
エレベーターの方から聞こえる無邪気な声。タツは軽くため息したあと向かった。