何だこのおっさん
受付嬢が呼び鈴を押すと、スーツ姿の痩せたダンディな男性が出てきた。
「李さんおはようございます」
彼女が挨拶すると、李と呼ばれた男はタツに目を移した。
「君が双拳の龍、タツ君かね」
「え、えぇ……」
「よく来てくれた」
彼は明るい声を響かせ、タツの小柄な身体を包容した。タツはまだ状況が理解できていない。
見ていた受付嬢は会釈をした後そそくさとエレベーターへ戻っていった。
「君を迎えるために、おめかしをしてずっと待っていたのだよ。さ、入ってくれ」
マンションとは思えない、まるで一軒家のような広さと天井の高さにタツの顎が外れる。
「おっと、タツ君、まずは着替えてもらおう」
「着替えってどういうことっすか」
李は何も答えずにクローゼットから服を取り出した。
少し青みがかった黒のスーツ……のような服で、ジャケットの裾は燕尾になっている。値札もビニールカバーも付いたまま、ついさっき買ってきたのだろう。
渋々着替えようと、タツはシャツを脱いだ。鋼のように引き締められた、逆三角形の胸が鏡に写る。
李は自分の顎を触りながら頷いた。
「ほう、良い身体だが……」
彼は少し皺が入った指でタツの左の鎖骨辺りを指した。
「この古傷は何だね」
李が指した場所には、生々しい縫い跡が鎖骨部分から胸間部までクッキリ。
「三年前についた傷っす」
タツはそう答え、跡をさする。
「カポエイラの達人との勝負で……」
「カポエイラはよくわからないが……その傷跡か。悪いこと聞いたね」
「いいっすよ、その勝負には勝ったんです」
タツはそう言いながら着替えを再開した。ドレスシャツの袖に腕を通し、渡されたジャケットを羽織る。
だが、ジャケットのボタンを止めている時に違和感に気がついた。
「……これ女物じゃねぇか」
「良いじゃないか、ピッタリだ」
タツは己を嬉しそうに眺めるこのオジサンに嫌な寒気を感じた。
「さぁさぁ、明蘭が待っている」
「めいらん……」
「私の娘だよ、聞いていないのかい」
彼はそう言いながらリボンの付いたドアをノック。
「明蘭、やっと来てくれたよ」
ドアが開くとタツよりさらに小柄な女の子が一人いた。