ここでいいんだな
「クソッタレ、飯も食えやしない」
お腹をぎゅるぎゅる言わせ、街の雑踏の中を歩きながらボヤくタツ。古傷だらけの手には最低限の着替えが詰められた小さな鞄が握られている。
メモに書かれた住所に付くと、真新しいタワーマンションが一軒。
とりあえず入ると受付があり、青い制服を着た女性が二人いて彼にお辞儀をしてきた。
「おはようございます。ご用件は何でしょうか」
間違えてビジネスホテルに来てしまったのかと、タツはメモを見返した。三度見直したが、住所に誤りは無い。
「七○二号室に繋いでくれ」
「わかりました。お名前をよろしいですか」
「大瀧タツだ」
「大瀧タツ様ですね」
電話の後、一人が前に出てきた。
腰まで伸びた明るいブロンドヘアーにシャープな目と顔立ち、マンションの受付嬢にしては少し過激なデザインのヒールがスラッとした足を一層華奢に魅せていた。
そんな彼女から漂う、バニラかローズのような甘い香りにタツの鼻の穴が広がる。
「御案内致します。お荷物を……」
嬢は手を差し出した。タツは、彼女の視線から心なしか冷たいものを感じ、思わずその手を払った。
「そんな重くねぇよ」
そしてエレベーターへ。
密室の中で、受付嬢の香水はさっきよりも濃厚にタツを刺激する。だが、彼の中ではその官能的な香りが、先日ぼったくってきたキャバクラの嬢のそれと重なっていた。
「この匂いどっかで嗅いだな……」
「フェラガモだよ、最近変えたの。友達の間で流行ってて」
突然軟派な口調になった彼女にタツは顔をしかめた。
「キャバやラウンジによく行くなら、嗅いだことあるかもね」
「ふーん……」
「それに友達からもよく貸してと言われるよ。フフフ……」
やがて七階を示すパネルが点灯。青い絨毯が敷かれた広い廊下を行き、七○二号室の前に来た。