そりゃねぇよ
ーー翌日、町の一角にある中華拳法の道場にて。
「タツ。お前はもう破門だ、弟子ではない。失せろ」
「なぬ、そこまで言うかよ」
師匠の宣告に昨夜の男、タツは立ち上がる。
彼は止めに入った弟子達を振りほどいて師匠に迫ったが、師匠は顔色変えずに続けた。
「黙らっしゃい、何度尻拭いをさせた。散々の乱闘騒ぎ、器物損壊、住居の不法侵入、自動車の窃盗、我が道場と伝統ある中華拳にこれ以上泥を塗らないでくれ。挙げ句の果てに今度はキャバクラで殴り合いだ」
「二時間で五十万もせびられたんだぞ」
「知ったことか。今度という今度は……いや、まてよ」
師匠は立ち上がり稽古場の出口へ、そしてタツを手招き。とりあえずタツは何も言わずに後へ続く。
事務室に続く古びた階段を上がりながら師匠は口を開いた。
「何だかんだ、お前は一番弟子だ。ここまで庇ってきた理由は他にない」
殺風景な事務室に入ると、彼はタツをソファーに座らせて引き出しから携帯電話を取り出した。
「最後のチャンスをやる……あぁもしもし、久しぶりだな。あの話だがーー」
タツは飾られた盾や賞状をあくびしながら眺めていた。どれも埃まみれだが、自分の名前が刻まれている。彼はふと思った、数年前の純粋だった自分が懐かしいと。双拳の龍と呼ばれていた昔の自分が脳裏で輝く。
やがて、電話を終えた師匠はメモを書きながらタツに告げた。
「荷物をまとめてこの家に行け。俺の知り合いがお前を必要としている。その人の要望に応えれば破門は免除だ」
「わかった、やってやるよ」
彼は住所のメモを受け取り、荷物を取りに自宅へ。それを見送った師匠は稽古場に戻った。
「師匠、彼を行かせて良かったのですか」
事情を知る弟子が尋ねる。
「あぁ、むしろ丁度良い。じゃじゃ馬の子守りはじゃじゃ馬に任せればいい」
「じゃじゃ馬ですか」
「そうだ。あのアホ娘の子守りには……」