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遠くで声が聞こえていた。おーい、という呼び声。僕はその声で目が覚めた。
目を開く。視界の先にあるものはいつもの部屋の天井ではなく、雲が泳ぐ空だった。
「あれ?」
波音とカモメの鳴き声が聴こえる。
僕は重たい身体を起こし、辺りを見回した。そこは、僕が寝ていたはずの部屋ではなかった。寝惚けているわけではない。
「ここ、どこだ?」
僕は就寝時に着用していたブルーの寝巻姿のまま、どこかの浜辺で寝ていたみたいだ。
一面に広がる海。後方には森。そして、目の前に立っているばあさん。
なにもかもが異質だった。突然の出来事に驚き、騒ぐことはできず、只々唖然としていた。
「あ。生き返った」
目の前のばあさんは安心したように、ほっと息を吐いた。僕がそのばあさんを見て驚いたのは、外見が日本人のするようなものではなかった所だ。白い下着に緑のワンピース。右手には木の杖。頭には白い頭巾を被っていた。鼻は高く、優しそうなブルーの目を持っている。まるで、昔話に登場するおばあさんの様な姿だった。
「何度も声かけてたんだけど、なかなか起きなかったんだよ」
意識が朦朧としている時に、遠くから聞こえていた呼び声は、このばあさんの声だったみたいだ。
「ばあさん。ここはどこだ?」
僕が今感じている率直な疑問を、ばあさんに投げかけた。すると、ばあさんの口から、つい最近耳にした地名が飛び出してきた。
「どこって、ウイングアイランドだよ」
何てことだ。ウイングアイランド。存在してはいけない場所だ。なぜなら、それはついさっき、夢の中で耳にした島の名前なのだ。現実にあり得るわけがない。
まさか、まだ夢が続いているのだろうか。いや、しかし、これは夢じゃないと確信している。砂の感触。足に触れる潮の波。照りつける日差しの暑さ。すべてに現実味があった。
こんなリアルな夢、ありえない。
「今日ね、朝の散歩で海岸まで来たんだ。そしたらあんたがここで倒れていたんだよ! 見つけた時は死んでいるかと思ったわ」
ばあさんは身振り手振りを兼ねて、朝の状況を説明してくれた。
「坊や、名前はなんていうんだい? 島の子じゃないじゃろ。どっからきた?」
ばあさんはお返しに、僕へ質問をぶつけてきた。怪しい人に名前を教えるのは嫌だったが、仕方ない。僕は質問に答えることにした。
「彼方瑛。僕の住んでいたところは日本のH市だ」
ばあさんは首をかしげていた。
「ニホン? 聞いたことないねえ」
「嘘だろ? 日本だぞ? 国だぞ?」
「ないったらないよ」
この世界で日本語を喋れるのに、日本を知らないという人はいるのだろうか。いや、いない。
「私が知っている国といったら、フラワ王国くらいだねえ」
フラワ王国。また摩訶不思議な地名が飛び出してきた。そんな国、地球にあっただろうか。ヨーロッパ、アジア、アフリカ……。
「いや、ねえよ!」
冷静に考えても、そんなお花畑みたいな国、存在しない。俺の唐突なツッコミで、ばあさんを驚かせてしまった。申し訳ない。
「カナタエイ君がなんて言おうが、ここはフラワ王国のウイングアイランドだ。少なくとも私が知る限り、この星でニホン国なんて聞いたことないわ」
「まじか」
「まじだよ」
ばあさんは嘘をついているようには見えない。どうやら僕は、日本もアメリカも中国もロシアもアフリカも存在しない、異世界へ来てしまったようだ。
「まだ名乗ってなかったねえ。私はツバサ。ウイングアイランドのばばあだよ」
ばあさん、もといツバサさんは、自分の名を丁寧に紹介してくれた。
「ツバサさん。僕のことは瑛と呼んでくれ」
「よろしくね。エイ君。君がどこから来たかはわからないけど、きっと相当遠くからきたんだねえ」
「遠すぎるくらいだ」
多分、日本からブラジルに行くより遠い距離だと思う。もっと言うと、地球から太陽への距離より遠いかもしれない。
そんな想像をしていると、ふと太陽のことが気になった。
空を見上げ、太陽を見た。それは、いつも見る太陽と同じ姿をしていた。僕は日差しの眩しさをさえぎるために、手で日陰を作る。
この世界の太陽は、地球から見える太陽と同じなのだろうか。
「エイ君。もし君がいいなら、少し私の家に寄らないかい? 朝ごはんでも食べて行ってくれよ」
空を観察する俺に、ツバサさんは優しい声をかけてくれた。少し迷ったが、行く当てもなく小腹のすいていた僕は、
「行きたい」
即答してしまった。
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