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【競演】聖母の庭

作者: にゃんこ☆

第九回競演参加作品です。お題は『薔薇』です。


Hail Mary, full of grace,

the Lord is with thee;

blessed art thou among women,

and blessed is the fruit of thy womb, Jesus.

Holy Mary, Mother of God,

pray for us sinners,

now, and at the hour of our death.

Amen.


『アヴェ・マリアの祈祷文』より


***


 唐突に石畳の上に現れた影が、ふらりと大きく揺れた。ほとんど街灯もない袋小路に立つのは女のシルエットだった。

「ここは……どこだ? 」

 声に出したつもりは無かったのだろう。響いた声に反応して、女の影は肩をすくめた。近くに人の気配は感じないが、明らかにそこは住宅地らしい場所だった。周囲を確認しようと目を凝らして、彼女は小さく舌打ちした。

「しまった。眼鏡がない」

 裸眼で歩けないほど彼女の視力は悪くはない。だが周辺は暗く靄がかかっている。肌にまとわりつく湿気を帯びた重い大気、風はほとんど無いに等しい。周囲がかすんで見えるのは、天候のせいだろうか。

見知らぬ場所に迷い込んでしまった身としては、視界が不明瞭なのは有難くなかった。とは言え、この状況で眼鏡があっても大して視界は変わらないとも思える。精神安定剤的な役割でしかない物なら、所持していなくても支障はない。

 半分崩れていた髪をバレッタで留め直して、改めて彼女は周囲を見回した。


道の脇に時折見える街灯は、ガス灯だろうか。足元の石畳はかなり古いらしく、歩き慣れたアスファルトの道路とは程遠い感触だ。幸いにして裸足ではないらしく、普段愛用しているスニーカーが足元には見えたので歩行困難にはならないだろうが。

視覚的情報から考えるに、ここは普段彼女が見知った近地元や近隣の町とは全く違う場所なのだろう。


 普通なら戸惑うところだ。しかし彼女・三浦圭にとって、このような状況は初めてではなかった。


「ここはどこだ? 」

 圭はもう一度疑問を声に出した。すぐに「ロンドン、ヒリンドン、1940年」という言葉が思考の中に浮かんだ。

「って、おい!冗談だろ!?」

 彼女の思考に浮かぶ言葉は、必要最低限のことしか教えない。声を荒らげても答える者はないのだと思い出して、圭はすぐに口を噤む。


 本当に西暦1940年のロンドンの地であるかはさて置き。時刻は分からないが、どう見ても深夜の住宅街。大声で騒ぐのは迷惑だ。一息ついて不満げに呟く。

「私は日本語しか分からんぞ」

 高校時代の成績も厳しかったし、今でも英語は苦手である。アメリカとイギリスの英語の違いもよく知らない。そう思うと、このまま人と会話せずに済む事を祈るしかない。

 更に歴史的に1940年というのが一体どういう年かも、全く想像出来なかった。日本ではいつ頃なのかと、頭の中で計算してみる。……昭和15年。日本史でも怪しいが、英国史となると更に怪しい時代だ。確か第一次世界大戦の前後に日英同盟という物があったはずだが、第二次大戦の頃には終結していた気がする。正確に覚えていなかったが「1940年ならWW2は始まっているだろう」と圭は思う。

(作者注:1939年9月1日ドイツ軍がポーランドへ侵攻。1940年12月には日本も参戦している)

 つまり。この時代のイギリスで、圭は敵対国の人間だ。そこまで認識するのが精一杯。


 ともあれ米国のアカデミー賞が『風と共に去りぬ』の年だと言えば、映画好きゆえに少しは分かる。だが日独伊三国同盟の締結の年と言われてもピンとは来ないだろう。


 周囲に見える街路樹の葉の様子からすると、季節は冬だろうか。今の服装で支障は無さそうではある。彼女が元いた時代、一般的には「現代」と彼女が呼ぶ西暦2000年代の世界の服装なのだから、TPO的な意味では問題はあるとしても。この時代にはまだないキャラクター柄のトレーナーの上に紺色のパーカーとジーンズ姿の彼女は、この時代の英国人にはさぞかし奇異に見えるだろう。


(そう言えば異世界に転生したりする漫画やアニメなんかもあったよな)

 尤も英国は"異世界"ではない。だが、海外旅行の経験はなく、時代背景もよく知らない圭にとってはここは異世界とさほど全く変わらない。転生でもしてこの地に馴染んでいれば、もう少し気は楽なんだろうかと思う。今の彼女はどちらかと言えば、別の世界に紛れ込んだ放浪者だ。

(ガイドしてくれるような「妖精さん」なんかもいないわな)

 古いアニメーション作品やゲームの一場面を思い出して周囲を見回したが、やはりここにいるのは自分一人だ。


 ……いや、違う。


 圭はわずかに目を細めて、自分が立っている場所から続く道の先を見つめた。この少し先に異様な気配が「見える」。


 先にも述べた通り、圭はこの手の状況は何度か経験がある。眠っている間にいきなり別の場所、別の時間に引き込まれてしまい、目が覚めるときちんと元の場所に戻っている。目覚めた後はやたら疲れている事が多い。

 いわゆる幽体離脱という状態なのだろうが、感覚は普段とあまり変わりがない。肉体は持ち合わせていない状態と思われるが、空を飛んだり壁をすり抜けられる便利な裏技仕様は皆無。物に触れると感触もちゃんとある。


 いつも通りなら、所持品は眠りに落ちる前のままだ。圭はパーカーのポケットの内側を探った。眼鏡はやはり入っていないので、自室の机の上に置きっぱなしなのだろう。他に入っている物は、と更に探る。指に当たったものを取り出すと古い万年筆だ。ポケットに入れた覚えは全くなかったが、自宅にあった物なのは確かだ。逆のポケットにはスマートフォン。充電したばかりなのでバッテリーは大丈夫のはずだが、幾ら試しても電源は入らない。

「やっぱり駄目か」

 具体的な理由は分からなかったが、毎回デジタル製品は持っていても動かない。アナログに近い物は最新の物でも動くので、いわゆるオーバー・テクノロジーという訳では無さそうだ。海外旅行よろしく写真の一枚でも撮影したかったのだが、動かないなら仕方ない。単なる四角い板でしかないスマートフォンをポケットに再び落としこんだ。


 それより、今気にするべきなのは自分をこの時間軸に呼び寄せたと思わしき存在だろう。圭は歩きなれない石畳の向こうへと足を進めた。


***


 圭自身は全く知らなかったが、彼女が歩いている場所はグレーター・ロンドンの北西の端にあるヒリンドン特別区のウエスト・ドライトンという地域だ。中世には既に開拓されていた古き都市ロンドンの一部だが、この付近は十四世紀初期頃はまだ小さな森林や耕地・牧草地が点在する場所だった。十八世紀にテムズ川の支流リバー・ブレントに続くグランド・ジャンクション運河(現在はグランド・ユニオン運河)がこの地まで伸び、船舶の行き来が始まってから大きく発展した地域だった。今見える場所には住宅や小さめの建築物しか見えていないのだが、川や運河のそばには多くの工場がある。

 圭にとって昔のロンドンと言えば産業革命が始まった場であり、インドなどを支配していた大国の首都という認識だった。しかし、ここには都会の喧騒は全く見当たらない。

 たぶんこの地にはこの地の古い歴史はあるだろう。しかしテムズ川沿いにあるロンドン塔やビックベン、タワーブリッジなら兎も角、歴史にも地理にも疎い圭からすれば「異国の住宅街」にしか見えないのは、是非に及ばずというものだ。


 彼女は迷う事なく夜道を進んだ。


 日本人にしては薄い色の瞳が、暗がりではぼんやりと赤みがかって光る。この国の人間が見れば"demon"と呼ばれかねない。

 圭は生まれつき常人にはない特殊な視力を持っていた。通常いわゆる霊視能力と呼ばれる物は、肉体の眼球には依存せずに第六感以降の超感覚で捉えるものだと言われる。だが圭の目はそれらを普通の視覚として捉えるのだ。相手がこの世の物でもあの世のものでも、または生物でも無生物でも、彼女の視力は対象の(コア)に近いものを見抜く。これは仏教でいう「天眼(てんげん)」に近い。勿論、そこに第六感以降の他の能力も含まれているのかも知れないが、彼女の感覚では「目で見る」こと以外の他の能力は全く自由にならなかった。

 先の頭の中に響いた声もまた然り。背後霊や指導霊的な存在か、ハイヤーセルフのような彼女の分身、或いは別の感覚が働いて声のように感じているだけなのかも分からない。兎も角、自分の欲しい情報を断片的に引き出す時に自問自答していると、たまに返答があるというに過ぎなかった。


 他者には見えない物を常に見て、答えを探して自問自答する彼女は、幼少時から空想癖があり感受性が強い子供だと言われ続けていた。長じるに従って自分の見る物は他人には見えていないのだと理解すると、多くの霊能者と同じようにそれを隠して生活することにした。だが見えないふりをしているに過ぎないため、ストレスも大きく一時期はかなり無口にふさぎ込む子供になっていた。そんなある時、自宅に遊びに来た従姉の眼鏡をふざけて掛けた瞬間に、自分にだけ見えている物の大半が見えなくなることに気が付いた。どういう仕掛けかは全く分からなかったが、レンズを通すとフィルターが掛かったように、薄い残像が残る程度に見えるのだ。以来、圭は正常な視力にも関わらず日常生活では眼鏡を使っている。


 一般の霊能力者とはやや異なる力を持つ彼女は、数年前まではある人物に乞われて霊能者の真似事をしていた時期もあった。闇の中でほのかに赤みを帯びて光る眼からつけられた異名は『桜魔(おうま)』というものだ。契約期間を終えてからは魔を追うことに消極的になった圭だったが、生れついた能力がなくなったわけではない。こんな風に「訳のわからない」状況へと引き寄せられる原因も、そこにあるのかも知れない。

 ともかく圭本人は、発端がどうであれ「降りかかった火の粉は払う」主義だ。ついでに言えば、考えるより体を動かす方が性に合っている。


***


 やがて黒い金属柵の前にたどり着いた。柵の向こうには海外ドラマなどで見た事のあるような、無造作に花が植えられた庭らしきものが見えた。開閉するタイプのゲートはなく道に沿って設置された柵の一部に途切れた場所が設けられており、そのまま中に入れるようだ。公園などの一般に開かれた公共地なのだろう。圭は躊躇わず、柵の内側へと入った。ガーデンランプらしきものはない。第二次大戦頃の英国の街灯や電気の普及率など全く知らないが、ここに至る道にも街灯が少なかったことも考えると普通なのかも知れない。だが、裸眼の彼女の目には、はっきりと行くべき場所は"見える"。


 ざっくばらんに植物が並んだ奥に、明らかに花壇だと分かる場所があった。植えられているのは薔薇のようだ。満開になればさぞ美しいだろうが、残念ながら今は花の季節ではない。整然と並んだ木は全て短く剪定されていた。放射線状の植込みの中央には古びた石像が立っており、その前には一人の女性の姿があった。


 圭は足を止める。相手はそこに別の人物が現れた事に気がついていないようだ。彫像の前で頭を垂れ、両手を胸の高さで組んだまま動こうとはしない。少し迷った後、圭は一度深く深呼吸をしてから声を出した。

「こんばんは」

 日本語である。黒髪のその女性が東洋人に見えたからだ。この時代の英国なら中国人やインド人の方が、日本人より多いかも知れないとも思ったがどちらの言葉も圭は知らない。よく透る声に反応したのか、かの人物が顔を上げる。ふうん……と、圭の薄い色の瞳が笑った。

「聞こえてはいるみたいだな。私の言葉は理解出来るかい? 」

 喪服のように見える黒い洋装姿の彼女は、悲しげな表情で圭の顔を見返していた。問いかけに対しての返答はない。

「ああ、悪かったね。邪魔しに来た訳じゃないんだ。私を呼んだのがあんたじゃないのなら、こっちの彼女かな」

 圭は薔薇に囲まれて立つ像を見上げた。台座の上の石像は成人女性の姿で長いローブとベールを被り、両手を軽く広げている。あちこちに傷ついてはいるようだが、姿から察するに聖母マリアの像なのだろう。圭の"眼"には聖堂のような場所で、人々に祈りを捧げられている様子も垣間見えた。こんな小さな公園のような場所に立っている理由までは分からなかったが、断片的な映像で元々安置されていた場所がなくなったというのだけは分かった。

「あんたは何がしたいんだ? 」

 どんな聖人の像だとしても問い掛けて、さらっと答えが返ってくるわけはない。圭はもう一度、石像の前に立つ女性を注視する。先程と同じように石像に向かって祈りの姿勢を取っている。唇も動いてはいたが、声は聴こえない。生きた人間であれば間違いなく声が届く距離ではあるが、彼女は既にこの世の者ではない。圭の霊聴の才能は皆無だ。余程念の強い霊の音でない限り、聴こえることはまずなかった。当然だが読唇術も使えないので、彼女が何を言っているのかは全く分からない。


 圭はやや目を細めて、更に女性を見つめる。


 視界に一つの光景が現れた。目の前に見える姿に重なって見えてきたのは、恐らくはこの女性の生前の姿。薔薇の花咲くこの庭でマリア像の前に立つ、白い日傘に白いワンピース姿の彼女。頬を染めて立つ彼女の隣には若い男性の姿があった。彼も東洋人だ。会話をしている様子の二人は、見つめ合った後に握手を交わす。そして男性は一人でこの場を立ち去って行く。歩く彼の手にはスーツケースが見えた。悲しげにそれを見送る女性。一人佇む彼女は、やがて聖母像の前で祈りの姿勢を取る。重なって見えた白い服の姿はそこで消えて、元の光景だけが圭の視界が戻ってきた。


 今見たものが"祈る女性"の記憶なのか、それとも"聖母像"に刻まれている過去の映像なのかはどうにも曖昧だ。圭は軽く肩を竦めた。

「あんたたちは、今の記憶を共有してるのかも知れないね」

 男性は何故一人で立ち去ったのだろうか。帰国したのか、それとも何かの別の事情でこの地を去ったのか。断片的に見えた今の映像だけでは想像もつかない。推測出来るのは、"彼女たち"がここに圭を引き寄せたという事実だけ。そうなら「自分にはその理由を知る権利がある」と圭は思う。

「消去法でいくぞ」

 これは独り言。


 圭はマリア像の台座に手を伸ばした。今の自分に実体があるのかさえ疑わしいが、掌には滑らかで冷たい石の感触がある。その状態のまま圭は考えた。先にも述べた通り、圭は視覚能力は高いが他の霊能力的なものは皆無に等しい。だが圭に垣間見えた目の前の女性と聖母像の記憶らしきものに、何か出来そうなヒントはなかった。彼女が日本人でありこの地で無縁仏にでもなっているとしても、圭には浄霊の能力はない。唯一出来るのは、霊媒の真似事をしていた頃に覚えたいわゆる魔眼に近い力……強引に霊体を霧散させることくらいだ。だが、聖母像に祈りを捧げる人物が消滅は望まないのではないか。カトリックで自殺は罪だったはずだ。

(いや待てよ。一度もう死んでる人なら自殺にはならんのか。とは言え、こいつは違う気がするな)

 圭は消滅願望説を頭の中で脇に避けて、再び考えた。


 この人物が本当に日本人だったとして、圭が同胞だから呼ばれたという可能性は低い。1940年より数年前にこの女性が没したと考えて、遥か未来の生れでありイギリスにも全く縁のない圭を呼び出す理由は見つからない。一体何を見せたかったのか。或いは何をさせたいのか。


その時だった。低い爆発音が響いてきた。

「な、なんだ? 」

 公園の木立の隙間から遠くの空が光ったのが見えた。

(どこかで事故でも起こったのか? )

と思ったが、すぐに唸るような飛行機のエンジン音が聴こえてきた。この時代のイギリスは戦争をしているのだという事を思い出す。世界史に詳しくない圭でも、ドイツとイギリスがドーバー海峡を挟んで戦ったことくらいは知っている。しかし、こんな住宅地にまで戦闘機が飛んでくるとは想像も出来なかった。


 "The Blitz"(ザ・ブリッツ)。日本語では『ロンドン大空襲』とも訳される。ドイツ語で「電撃戦」を意味するBlitzkriegの短縮形が語源である。1940年9月7日から1941年5月10日までドイツ空軍が、ロンドンを始めとする英国の都市で大規模な空爆を行っていた事を、圭は知らなかったのである。


 遠くで地上から幾つかの光の筋が上空を照らしているのが見えた。サーチライトでも使って地上から英軍が応戦しているのだろうか。しかし上空から聴こえる戦闘機の音と、地上に上がる炎と爆発音はどんどん数を増している様子だ。

「やべぇ……こっちに来た」

 願わくば早めにここから離脱したい。しかし、どっちへ行けば何があるのかさえ分からない場所だ。第一この1940年という時間軸の住人ではなく、幽体離脱状態の圭が一体どこに行けるというのだ。頭上でエンジン音が響き、続いて近くで轟音が響いた。先程歩いてきた方向の住宅が燃えているのだろうか。周囲が明るくなる。日本よりは木造建築物は少ないかも知れないが、それでも火災は避けられるものではない。


 自宅で居眠りしている自分が目覚めれば、この状況から離脱は出来るだろう。しかし今ここで、自分の意志でそんな器用なことが出来るのかは不明だ。何か刺激でもあれば……と思い立ち、ポケットに入っていた万年筆を取り出した。キャップを外して、そのままペン先を左腕に突き立ててみた。もし、これで肉体的に怪我でもしていたら大参事だが、現実の体にそれは無いと思いたい。


 聖母マリアの像に祈っていた女性が顔をふいに上げ、圭に向かって何かを言った。

「何だ。何を言っている? 」

 思わずそう問い返した時、目の前の視界が急速に足元の方へと遠ざかって行った。どうやら目論見通りここからの離脱には成功したようだが、願わくばもう少し待って欲しかったと身勝手ながら思う圭である。最後に目にした光景から分かったのは、女性は圭の腕を見ていた、という事だけだった。


***


「あのさ、それ夢オチって展開じゃないよな? 」

 井上ひさみのこの言葉は「近々ロンドンへ行く」と言う友人に、事情を聴いての物である。

「さあ、どうだろうな。私個人はむしろ夢オチの方が良いと思っているんだが」

 極薄いピンク色のレンズの入ったメタルフレームの端を少し押し上げて、圭はひさみにそう答える。

「相変わらずいい加減だな、けめ」

 "けめ"というのは、圭の中学時代からの友人間での呼び名だ。

「そう言うがな。おまえも不意打ちで空襲に合ったら"夢であってくれ"と思うぞ。頭の上に戦闘機が飛ぶのを見た時は正直肝が冷えた」

 ここは『喫茶マリオネット』というK市内の新白扇の駅前にある極普通の喫茶店だ。平成の日本、真昼間に喫茶店の片隅でオールデイズをBGMにパフェを食べる大学生の娘たちの会話としては、あまり似つかわしくない内容かも知れない。深く息を吐き出した圭に向けて、ひさみの向かいに座っていた辻村絵麻がにっこりと笑った。

「貴重な体験が出来て良かったじゃない」

「他人事だと思って。まあ小学生の時なんかにも道徳で戦争の映画も見せられたが、今も米軍と独軍がどのくらい違うかさっぱり分からんな。だがしかし、戦闘機相手では竹やりで勝てそうもないという事だけはよく分かった」

 圭はうんざりした様子だ。ひさみが宥めるような口調で、話の先を即した。

「それで? 何故あんたが呼ばれたのかは分かったのかい」

「ああ、そっちは何となく目星がついた」

 ひさみに視線を戻して、圭はバッグの中から何かを取り出した。ひさみと絵麻がテーブルの上に置かれた何やら古い小さなケースを覗き込む。圭が二人の目の前でケースを開いた。中にあるのは万年筆だ。先の話に出てきた品だろう。

「父方の爺さんが他界した時に貰った遺品でな。目が覚めて確認したら、ちゃんと元々あった場所できっちりケースに入ってた。でもってこのケースをよく見たら裏に名前が書かれてる。それが爺さんの名じゃないわけだよ」

 そう言って圭は万年筆のケースを裏返した。ローマ字で書かれた名前は『Toshiaki Ogata』と読めた。

「うちの死んだ爺さんの名前は"三浦宗二郎"、な」

「誰の名前? 」

 絵麻は小首を傾げながら万年筆を手に取り、好奇心いっぱいの目で見つめた。

「親父殿に聴いても知らんと言うので、婆さんや伯父さん連中に聞きまわった。どうも若い頃の爺さんの友達らしい。その時点でオチは分かったようなものだが……物的証拠が欲しいんで婆さんを騙して、アルバムや爺さんの残したノート類を漁った」

「お婆さん騙したって、あんた」

「課題のレポートに必要だからと言ったくらいの可愛らしい嘘だ、心配するな。でな、爺さんと一緒に写った"緒方敏明"って人の写真があったのさ。私があっちで"見た"日本人らしい男性に間違いない」

 ひさみが苦笑いしながら言う。

「毎回行き当たりばったりだった『桜魔』とは思えん慎重さだ」

 中学時代の裏での呼び名である。圭が退魔師の真似事した際にその異名で呼ばれたことも、『桜魔』という人物がいたことさえも忘れ去られて久しい。だが、ひさみと絵麻は当時から圭に協力していた。元々退魔は圭一人の任務だが、友人四名が協力して行動を共にした時期の方が長いのだ。

「私も多少は学習したんだよ。裏付けがなきゃ動きにくいことも多いってのを」

 昔の話を持ち出された圭は眉間に縦皺を寄せたが、ひさみは気にしていないらしい。

「それで? 」

 話の腰を折った本人に即されるのは不本意であるが、圭は気を取り直して続けた。

「この万年筆に関しても調べた。刻印から分かったが、これは英国製だ。この会社は既に万年筆の製造をやめているらしいんだが、緒方氏がロンドンにいたのは戦前だ。あっちで買った物なのか……」

「けめが逢った女の人のプレゼントかも」

 絵麻が無邪気に言う。

「ん、私もそう思った。だから私の意識が戻る直前に、彼女はこれを見たのかも知れん」

「それならその万年筆が呼ばれただけで、おまえはどうでも良かったというオチか? 」

 ひさみが混ぜ返す。

「どうせ私はお呼びじゃないさ」

「それで、けめはその万年筆は"ちゃんと見た"の? 」

 今度は絵麻が話を引き戻す。

「ん、実はまだなんだ」

 離れ離れになったまま死を迎えたであろう二人の顛末。それを細かく見るのはどうにも気が引けた。

「さっさと見てしまった方が良いと思うな。色々知ってからの方が辛い話になるかも知れない」

 ひさみは真顔でそう言った。ひさみ自身も圭とは違う方向で霊感を持ち合わせている。何か彼女にも身に覚えがあるのだろう。

「分かった。今ここで見ても良いか? 」

「心配するな。いきなり悲鳴をあげるような事態になったら、グーで殴って現実に引き戻してやるよ」

「お手柔らかに頼む」

 にやりと笑って拳を突き出したひさみに、圭は複雑な笑顔で答えながら眼鏡を外した。


***


 目の前には万年筆。保存状態はかなり良いので、マニア相手にビンテージ物という扱いで売れるかも知れない。尤も圭にはそのつもりはないが。金のペン先、胴軸はセルロイドだろうか。インクはカートリッジ式ではなく、吸引式のようだ。尾栓の部分とクリップにはブランドのマークがある。ボディにはブランド名。ペン先部分にもブランド、メーカー名、そして製造年月日らしき数字とLondonという刻印。1920年代の物らしいが、それ以上詳しいことは分からない。

(あの時は乱暴に扱って悪かったね。でもあんたのお陰で上手くこっちに戻れた。感謝してるよ)

 圭は心の中でそう語り掛けながら、右手に収めたペンを見つめた。


 金色のペン先がぼやけて、そこに重なって見えたのは縦書きの文章。流れるような旧字体の文面は圭にはほとんど読めなかった。だが万年筆を握っていた人物の想いは分かる。彼はあの女性に手紙を書いているのだ。


「今の仕事が終われば再び倫敦に戻ります」「聖母像の前の薔薇が咲く季節にお逢いしたい」


 口約束さえもせずに別れてしまった女性を想いながら、彼は再会した時にプロポーズするつもりだったようだ。だが、それは叶わなかった。圭の祖父・三浦宗二郎は日記代わりのメモに「緒方敏明が事故に遭い、遺品として万年筆を受け取った」と書き残していたのだから。これを祖父が遺族から受け取ったなら、彼はロンドンではなく日本で他界したのだろう。緒方の書いた手紙は投函されロンドンの女性に届いたはずだ。だが彼が死んだことも、どこからか伝わったのだろう。マリア像に祈っていた彼女の霊の黒い着衣が喪服だとしたら、ではあるが。


 圭は数回瞬きをして顔を上げた。ひさみと絵麻は黙ったまま圭を見ている。テーブルに置いた眼鏡を手にしながら圭は息を吐いた。

「このペンに残ってるのは、緒方氏があの女性に恋していたって事実だけだな。だが、それが分かれば良いとも言う」

 マリア像の前の女性もまた彼を想っていたのは、ほぼ間違いないのだから。再会、そして幸せになるはずの未来。そんな二人の叶わなかった夢をつないでいたはずの古びた万年筆。何故このタイミングで圭があの時空に引き寄せられたのかは分からないが、やるべきことは決まった。

「兎に角、これ持ってロンドンに行ってくる」

「英語音痴の癖に」

 ひさみが苦笑した。

「それを言うな。決意が鈍るだろうが」

 そうは言ったが、圭は決断したことを実行しなければ気が済まないタイプだ。

「東城くんか神島くんが一緒の方が良くない? ボディーガード役に。ロンドンって幽霊が多いことで有名だし、どこの国だって治安の良い場所ばかりじゃないでしょう」

 これは絵麻の意見。

「あほう。男連れで海外行くなんて言ったら、うちの親父殿が許してくれんわ」

「じゃあ、あたしが一緒に行こう」

 圭には欠けた霊聴能力に秀で、英語もある程度理解出来るひさみの同行は正直有難い。だが圭は少し考えて答えた。

「大丈夫か? 資金やスケジュールは」

「大丈夫じゃないなら、行くなんて言わないね。心配無用、このツケは後日払って貰うし」

 満面の笑顔でそう言うひさみに、圭は「分かってるさ」と舌を出した。

「私は行けないなぁ。気を付けてね、二人とも」

 と、少し残念そうな絵麻。

「おーい、神島ぁ」

 ひさみが店のカウンター内にいる神島啓に向かって手を振った。この店が圭たちの溜り場になっているのは、昔なじみの仲間の一人である啓の姉夫婦がやっている店だからだ。啓本人も手伝いで店に入っている事が多い。ひさみの声に啓はわずかに眉を顰めてこちらを見た後、店の最奥に陣取っている彼女たちの前に来た。オーダー表は持ってこない辺り、「どうせ追加注文ではない」と察しているのだろう。

「けめがロンドン行くんだとさ。あたしも行くけど、おまえどうする? 」

 啓は少し呆れた顔で三人の娘たちを見まわす。何の説明もなく、いきなりロンドン同行の話を振られても困るのが普通の反応だ。だが、啓は「分かった」とだけ答えた。

 たぶん先程、圭が万年筆を凝視していた様子を見ていたのだろう。啓は霊視も霊聴は出来ないが勘は強く、更に怨霊を物理的に切り裂くという特技を持っている。

「東城は呼んだのか? 」

 啓の問いに圭は肩を竦めた。

「あいつは無理だろ。バンドで今月忙しいって言ってたから。一番英語出来るから、来て欲しいところなんだが」

 現在バンド活動に熱中している東城涼二も、啓、絵麻、ひさみと同じく過去の『桜魔』協力メンバーだった。いまだに霊的な厄介事と縁が切れない圭に、彼らはこうして時折協力することがある。顔にも態度にも出さないが、圭は「彼らの恩に報いるためなら、自分は命も惜しまない」と常日頃思っていた。それほどに彼らの存在は大きい。


 その後に東城涼二にも話して同行は無理だと確認が取れたので、ロンドン行きは三浦圭、神島啓、井上ひさみと三人に決定した。


***


 中学時代から下調べに念入りな辻村絵麻は、出立前にネットで圭が行くべき先を探していた。

「ロンドンのヒリンドンだよね?これがヒリンドン特別区の地図だよ。けめ、これ"見れる"かなぁ? 」

 先日と同じく神島啓の姉夫婦の店「喫茶マリオネット」の片隅。さすがの圭もネット上のマップの霊視というのは試みたことがない。使っている端末の製造過程も一緒に見えそうだ、と思いながらも絵麻が開いてくれた地図を見た。だが図面からはあまりこれと言ったものは見えなかった。しかめっ面で唸る圭の様子に絵麻はマウスに手を伸ばして、地図を航空写真に切り替えた。

「わわわ! 」

 上空から見た写真に重なって、いきなり幾つかもの情景が見え始めた。工場、運河、道路、教会と人々、戦火、田園地帯、鉄道、貴族の婦人と薔薇の花、住宅街、学校、水門……。一度に多くの物が見えすぎて的を絞るのが難しい。英国の貴婦人と薔薇の花は真っ先に注視してみたが、関係なさそうだ。この地を治めていた男爵夫人の名前から「Lady Hillingdon」という薔薇が栽培されているという記憶だった。


 と、圭は一つの教会を映像を見つけた。薔薇の咲く公園が消え、そこに小さな教会が現れたのだ。一瞬だけ見えたその公園はあの時のマリア像があった場所のように思えた。圭は一旦目を閉じて、眼鏡をかけなおした。今の映像が見えた辺りを指で示した。

「この辺りだと思う」

 圭の言葉に、絵麻はその場所を最大倍率に地図を確認した。

「教会があるね? 」

「たぶんそれだ」

 絵麻の言葉に圭は頷いた。絵麻は地図に記された教会の住所を、今度は検索エンジンで調べる。当然だが海外サイトの情報しか出ない。ぽんと自動翻訳機のボタンをクリックして、絵麻は画面を見ながら言った。

「マリア像があるって。空襲で周囲は焼けたのにマリア様のあった公園だけ無事だった。それで戦後建設されたカトリック教会に引き取られたって書いてある」

「あの場所は無事だったのか。それなら、慌てて戻る必要はなかったかも知れんな」

 苦笑いする圭に、絵麻は首を振った。

「周りが焼けていくのをただ見てるって、怖いし、とても辛いじゃない。けめはあの時代の人間じゃないんだから、そんなところで辛くなる必要はなかったんだよ」

 絵麻はそう話しながら、教会の住所と地図の画像を保存した。

「このデータ、後でけめのメールに送っとくね」

「サンクス」

 そんなやり取りをしている時に、ドアに掛けられた銅製のベルが音を立てた。

「マスター、ちーす。おう、三浦に辻村、久しぶり」

 少々騒々しく店内に入ってきたのは東城涼二だった。

「おうよ、東城。今日はバンドは休みか? 」

「たまには授業出ねぇとやばいかんな。って、講義半分寝てたけど」

「それ、出た意味ねーよ」

 呆れる圭に東城はきっぱり言った。

「少なくとも出席は稼いだ。そういやさ、三浦が見た独軍戦闘機ってどれよ。ハインケル?メッサー? 」

「は? 」

 唐突に変わった話題に、圭と絵麻は東城の顔を思わず見る。

「いやあ生で第二次大戦のドイツ戦闘機見れるなんて、あり得ないくらい貴重な体験だろ」

「あり得ないのも貴重なのも確かではあるが、生憎夜間空襲だった。第一昼間だとしても、私に機体識別なんぞ出来ん」

「エンジン音なんかで分からんの? 」

「だから私にはミリタリー趣味は無いんだと言ってる。分かるわけがあるか」

「ま、俺もそんな詳しくはないんだけどな」

 悪びれもせずにそう言う東城に、絵麻がくすくすと笑った。

「元素記号よりも沢山の戦闘機の名前覚えてる癖に」

「元素記号は生活に必要ないし」

「戦闘機もおまえの生活には必要ないだろうが。まあいい、それよりオーダーくらいしろ。また水だけで居座る気なのか」

「あ、そうだった。マスター、カフェオレお願いします! 」

 カウンターにいた啓の姉・神島美沙が「はい」と愛想よく笑う。絵麻の隣に座りなおした東城は、「ほい」と圭に折り畳んだ紙を差し出した。

「なんだ?餞別じゃなさそうだな」

「けめさんが遭ったロンドン大空襲な」

 プリント用紙に印刷されたロンドンの地図である。

「イギリスのサイトにあった。この赤い丸が空爆された場所なんだとよ」

 ロンドン中を埋め尽くす勢いの赤い丸。

「こんなに沢山の攻撃があったのか」

「まあロンドンだけで連続57日間の夜間空襲があったらしいし。市民の多くは地下鉄構内に逃げ込んでたって話だった」

「それって地下鉄、使えなくならない? 」

「まず間違いなく使えないな」

 現在でも避難所の生活は困難だと言うのだから、当時ロンドンで地下鉄構内に避難した人々はさぞ大変だったことだろう。同じように自分たちがいる国も戦火に晒された。この新白扇界隈の歴史でも米軍の空襲を受け町が焼かれたという記録はあるのだ。

「まあ戦争談義するつもりは元より無いが、これは有難く貰っておく」

 圭は東城に渡された地図をバッグに入れた。やがてカフェオレが運ばれ、しばらく三人は会話して別れた。中学高校と縁の合った仲間だが、歳と共に一緒に過ごせる頻度は落ちていく。それは仕方のない事だろう。


***


 渡英の日までつつがなく過ごし、圭たちはロンドンに向かった。予約を取る際に「英国のエアラインで」というひさみと、「日本の飛行機が良い」と主張する啓でジャンケンにはなったが。

 ロンドン・ヒースロー空港はヒリンドン特別区にあるので移動は比較的楽だ。絵麻があらかじめ出してくれた地図から場所は特定出来るので、到着日に一泊して翌日に現地を探す予定だった。

 道中で会話が必要な場面では比較的英語の分かるひさみが会話を試みていたが、上手く伝わらなくなると啓が口を挟むか、圭がジェスチャーと日本語で押し切るという珍道中である。圭が通った二車線の広さのある道路から続く少し細い道は今も残っていた。あの時の住宅地とはかなり建物が変わっているが、問題なく辿ることが出来た。


 途中に休憩を挟んで、午後一番に目的の教会に辿り着いた。勝手に教会に入って大丈夫かと、門前で迷っていると神父らしき男性が「May I help you?」と話しかけてくる。圭には話している内容は分からなかったが、ひさみは「聖母マリアお導きでこの教会に来た。彼女に会わせて欲しい」と神父に説明していた。東洋人の若者のそんな言葉をどう取ったのかは不明だが、神父は笑顔で三人を教会内に迎え入れてくれた。

 門を潜り敷地に入ると、すぐにかの聖母像の姿が見えた。聖堂の正面前、ちょうどバラ窓の見える位置で薔薇に囲まれている立つ像。あの公園ほどの株の数ではないが、開き始めた花の香りに包まれ静かな表情で佇んでいる。

「奇しき薔薇の花、か」

 圭は呟く。あまりカトリックの概念にはあまり詳しくなかったが、気になったので幾つか聖母にマリアついても調べてみた。キリストや聖母マリアには様々な呼び方があるが、その中に「Mystical Rose」というものがあり、日本語では奇しき薔薇と訳されている。あの時、公園で薔薇に囲まれていたのも、その名に因んでのものだったのかも知れない。


 あの時見た女性は像の前には見えない。圭はしばらくマリア像を見つめた後、あの日と同じようにポケットに入れていた万年筆を取り出した。

「聖母像の前に、薔薇の咲く季節が来たよ」

 圭は黙祷するかのように、目を閉じた。

「……歌が聴こえる。このメロディ『アヴェ・マリア』じゃないかな」

 小さな声でひさみが圭に言った。それは恐らく霊聴能力の高いひさみだから聴こえる物なのだろう。圭の耳には鳥の声や木々のさざめきしか聴こえてこない。だが、再び開いた圭の目には薔薇に囲まれた聖母の像に重なり、あの時に見た男女が手を取り合う姿が見えていた。


 マリア像の前に屈むと、圭は手にしていた万年筆を台座の側の薔薇の間にそっと埋める。背後にいる神父には、悟が手短に何か説明してくれたようだ。立ち上がった圭は神父に向けて片言の英語で「Thank you very much.」とだけ告げた。神父は十字を切り、若い異邦人たちに「God bless you.」と言って微笑んだ。


***


「お爺さんの形見、埋めて良かったのかい? 」

 教会の敷地を出てすぐに、ひさみが圭に尋ねた。

「爺さんも事情知ったら、こうしたろうさ」

 緒方なる人物の遺族が、圭の祖父に形見を譲ってくれる位の仲であったのなら。亡き祖父に心の中で手を合わせながら、圭はポケットに手を突っ込む。あの夜、空襲を受けたロンドンを見せたのは、この教会に聖母像がある事を伝えたかったのだろう。恐らくは圭にこの"眼"を与えた何者かが。

 右手に触れたスマートフォンを取り出し、圭はカメラのシャッターを切った。教会の外門から見えるバラ窓の下、咲き誇る薔薇の植え込みと佇むマリア像を。


「さて、これからどうするかな。リバプールまで足伸ばして、アビーロード並んで歩いてみるか? 」

 圭の言葉にひさみが答える。

「それ三人じゃなぁ。東城か絵麻のどっちか引きずって来れば良かった」

「俺はビートルズ・ファンじゃない」

 そっぽを向いて呟いた悟の言葉は、連れの二人にはスルーされる。


 圭は『Let it be』を口笛で吹きながら空を見上げた。この日のロンドンの午後は、あの時見た光景とは違い霞んではいなかった。


 "マザー・メアリーが現れて、叡智の言葉を下さった。

 なすがままにしなさい、と"


(了)


長々とした文をお読み頂きまして有難うございました。


前の競演作品が説明不足だったので、登場人物や時代背景の説明入れながら書いたら15000文字になってしまいました。申し訳ありません。


この話はミラクリエ様に掲載中の『ゴーストハンター』を想定して作ったものです。しかし市販TRPGに起因する作品で、小説家になろう様には以前『ゴーストハンター』リプレイ掲載の許可が通らなかったため、規約抵触の可能性を考え別の世界観に変更しました。

ロンドン舞台なのはその際にザ・ブリッツを絡ませる話だったためです。

日本人の主人公にした時点で日本を舞台にすることも考えましたが、そうなると一から資料を探して練り直す必要があり、投稿期間に間に合わなかったのです。新しい話を別に考える余裕もありませんでした。


「舞台は日本で良いのでは?」というご意見もありそうですが、これが私が『薔薇』のテーマで書きたかった話であり、投稿期間内に仕上げられる話だったという事なのであります。


いずれミラクリエ様で、この話のゴーストハンター版も書いてみたいものです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何かタッチが変わってたので、驚きましたがこっちの方が好きなぁ。ロンドンの雰囲気も良かったです。 [気になる点] やたらと説明が多く読んでいて飽きてくる。雰囲気の演出や時代背景は、動き等で表…
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