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其の町の人びと  作者: 或田いち
星を乞うひと
7/8

自尊心と中立の秩序

 

 出会って早々自分が助けた命を前に平然と拳銃を突き付ける男だ。常識的な観点からはやや掛け離れている、とは薄々感じていた。

 イト婆の家を出て歩く事暫く。優に30分は経過しているであろうに、どこへ向かっているのか、何を目指しているのか、はたまたこの町の事について何も語らなくなってしまった青年駐在員を前に、みのりはついに歩みを止めてしまった。

 道の(はた)蒲公英(たんぽぽ)が咲いている。その花の裏から、てんとう虫が見えた。


「おいなんだよ。疲れたのか」

「疲れてない。でもおばあちゃんの家出てからなんにも教えてくれないんだもん。どこ行くの。私たちどこに向かっているの」

「秘密基地」

「絶対うそ」


 教えてくれないならこのまま梃子でも動かないから。みのりはそうとだけ言うと、蒲公英についたテントウムシを指先に乗せた。


「スーパーで駄々こねるガキか」


 腰に手を置いてため息をつく青年を尻目に、みのりは反応しない。こう見えて頑固な節があるようで、一度そうと決めたら相手が折れるまで妥協しないんです、とは小学校の保護者面談のとき担任が母親に言った言葉だった。その時は大して気にも留めていなかったが、今になってその()があるのを自覚する辺り、皮肉なものである。

 待てど暮らせど、宣言通り動かないままテントウムシと戯れるみのりに、痺れを切らした青年はいよいよ歯切れのいい舌打ちをする。このガキ人がちょっと優しくしてればつけ上がりやがって。

 いっそ彼女が自分が助けた存在でなければ捨て置いてとっとと帰るのに、そうも出来ないのがジレンマだった。


 冷戦のまま、約5分。口火を切ったのは、青年の方だった。


「出口だよ」


「出口?」

「そうだ。この町を出る」

「出るって…」


 家に帰るってこと?

 みのりの問いかけに、青年は遠くを眺める。きっとまだ先の目的地を目指して居るのだろうか、その横顔から感情は読み取れなかった。


「そうだな」

「でも、お父さんとお母さんが」

「来るだろ。お前の親父とお袋がお前と同じ考えなら」

「……よくわかんない…」

「だったら足動かせ。目的地まであとちょっとなんだ、モタモタすんな」




 青年の叱責を受けて立ち上がり、歩みを再開して間も無くだった。青年は懐からおもむろに取り出した地図をみのりに突き出してきた。

 日本地図である。東京都心から離れた地帯、本来海に位置しているはずの部位に赤い丸が為されていた。


「これは?」

「園町の地図だ。日本地図で探すと、その辺りに面してる」

「………いや、面してるってこれ海だよ。こんなとこ何もないよ」

「それがこの町だ」

「………え?」


「“園町(そのまち)”は地図に載らない事で、外界からルーツを完璧に遮断された排他的架空都市なんだよ」




 地図を受け取り、懐に直すその仕草を見届けながら、みのりは空いた口をそのままに言葉も出なかった。何を言っているのだ、この人は。いい大人が、子どもをからかうには少し、いや相当、繰り出す冗句が下手すぎやしないか。


「……面白い冗談だね」

「そうだな。冗談だったらどれだけ楽だったか」


 ここへ来るまでの道のりで、長い田圃道を通ってこなかったか。その投げかけに、みのりは釈然としないまま頭を縦にふる。


「あの長い道のりは外界から離れるまでの言わば通路だ。この町の人間は「霊道(れいどう)」とか呼んでたな。あの区域ではまだ“日本国”に位置する、だから園町住民はそこに足を踏み入れない。いるのはお前らみたいな“入国者”か、反逆者のみだ」

「……入国…、反逆者…?」

「いつこの町が出来、こうなったのかは俺もよく知らない。かつては外国の領土だったらしい。植民地とも似てる。それが日本の領土になってもなお、人はこの区域にのみ立ち寄らなかった。汚染区域だとかのたまう輩の影響だろう。事実無根だけどな、創始者はそうまでしてこの区域を残す必要があった、ただ一つの目的のために」


 青年が言うと、長かった一本のあぜ道に終わりが見えた。後ろを振り向けば気が遠くなるような道筋が続き、その傍ら、一段降りた田園。水を送り込む水車の隣に通路が存在していた。


「お前正面から来たんだろ。正門は阿吽(あうん)兄弟がいるから逃げられない。奴らは門番だ。あいつらとまともにやりあったら命がいくつあっても足りないからな。ここは俺だけが知ってる抜け道、お前一人ならそこそこ逃げられるはずだ」

「えっ…でも、待って。お父さんとお母さんは」

「だから、来るっつったろ。…お前の親父が娘を女としてでなく子どもなんだと自覚し、母親が包丁の代わりに掃除機持つようにでもなったらな

 無論、いつになるかは俺の知ったことじゃないが」


 言うなり、みのりに向かって手を差し伸べてくる青年。その手を取ろうと見せかけて、やはりみのりは自らの手を引っ込めた。


「なんでそんなこと言うの?どんなになっても、お父さんとお母さんは、私にとって世界でたった一人しかいないんだよ。置いてなんかいけない」

「正論が通る世界じゃないんだ。そうでもなければなぜお前の両親がお前に何も話さなかったか説明つくだろ」


 諭す言葉に、息を飲む。混乱するみのりを前に、青年は今一度宣言した。


「園町は固定概念の歪曲した人間が生み出した独立国家だ。反日本国を謳う人びとが息衝き、根を張り、そこに法や秩序は一切存在しない。あるのは」


 自論と自尊心に溺れ、血に飢えた(けだもの)のみ。ホルスターから拳銃を抜くと、青年は容赦なくみのりに向かって引き金を引いた。


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