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ミラクの果てしない旅 ~千年後の後始末~  作者: 橘 珠水
第1章 ローザラント王国編
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7.いざ、ククロの森へ

 ククロの森は、王都ロザーナの南西に広がる森だ。

 森という名称だけれど、実は王都と南西部との間にある山間部全体を差している。

 街道は、その山間を縫うように整備されている。馬車や荷車が通れるだけの広くてしっかりした道だけれど、これまでも山賊や風水害によって度々通行止めになることはあった。

 実は、私はククロの森に行ったことはない。というか、クロスに拾われてから、ロザーナから出ることもほとんどなかった。

 それでも、ククロの森の奥の方は、一度迷えば出て来られない魔境になっているということは知っている。

「あれあれ? もう封鎖されているね」

 明け方、王都の門が開くのを待って街道を南西に向かって歩くと、森の入り口付近に関が作られ、王国軍の制服を着た兵士たちがウロウロしているのが遠目に見えた。

「どうします? 街道を通って森には入れませんよ」

 街道沿いの木陰に隠れて様子を伺うフレイユにそう言われ、私は腕を組んで考えた。

「そうだねぇ。正面突破なんてしようものなら、後が怖いし」

「突破できると思っているところが凄いですね……」

 何かフレイユが呟いたような気もするけれど、どうやってククロの森に入るか考えている私の耳には入って来ない。

「とすると、下からかな?」

 ふと私は思いついて、来た道を戻り始めた。

「ミラク?」

 慌てて追いかけてきたフレイユに、私は斜め下方向を指さす。

 生い茂る木々や草に隠れて見えないけれど、その向こうに崖があり、川が流れているのだ。

 川は幾つもの支流が集まっているけれど、最終的にククロの森の裾野付近を通って海に流れ出ているはずだ。

 なぜこんなことを知っているかというと、剣の道場に通っている同門生の中に、ククロの森近くの村の出身者がいるからだ。川で魚を獲ったとか、森で猪や鹿を狩ったとか、面白い話をよくしていたなぁ。

 私たちは生い茂る雑草を掻き分け、崖を滑り落ちそうになりながら河原へと下りた。

 河原は大きな石がゴロゴロ転がっていて、その向こうを水量豊かな川が勢いよく流れている。

「あそこが森で流れがこうだから、こっちの方向ですね」

 フレイユが目を細めながら指を指す。

 私たちは更に立ちはだかる巨大な石や倒木を乗り越えながら、下流に向かって歩いて行った。

 すると、突然広々とした河原に出た。川の流れも幾分穏やかになり、川幅も広くなっている。

 ただ、その先の河原は突然切り立った崖になっていて、そこをよじ登っていくのはかなり難しそうだった。

 しかも、ククロの森は川の対岸になる。どこかで、川の対岸に渡る必要があった。

「さて、どうしましょうか」

 他に人の気配がないので、フードを脱いだフレイユが、白い額に浮いた汗を拭いながら呟いた。

「うーん、そうだね。筏を作ろう!」

 そう思いついた私は、フレイユの返事も聞かずに、近くに倒れていた手頃な倒木を河原の砂利石の上に引っ張ってきた。

「い、……筏ですか?」

「そう。あ、フレイユ、悪いんだけど、あの辺に生えてる蔦を出来るだけ取ってきてくれない? なるべく長くね」

 フレイユにそうお願いすると、私は腰の剣を抜き、近くに生えている木の幹を素早く横に凪いだ。

 両手で輪を作ったくらいの太さの幹がスッパリと斬れ、メキメキと音を立てて倒れていく。

 その木の枝を落とし、一本の丸太にしたのを更に半分にした。

 それを五回ほど繰り返して、手頃な大きさの倒木と組み合わせながら、フレイユが取ってきてくれた蔦できつく縛っていく。

「……随分と手馴れていますね。誰から教わったのですか?」

 木の端を押さえてくれているフレイユが、少し呆れたような表情で訊いてきた。

「ハディに教わったんだ」

「ハディ? 私はてっきり、クロス殿かと思っていましたが」

 訝しげなフレイユに、私は額の汗を拭いながら首を横に振った。

「ハディは、私がクロスに拾われる前に、一緒に旅をしていた人なんだ」

「拾われた?」

「そう。私は十年前、嵐の夜にロザーナを彷徨っていたところを、クロスに拾われたんだ。その前は、ハディと一緒にいろんなところを旅していたの。あんまり小さかったから、どこに行ったのかほとんど覚えていないけどね」

 そう答えながら、私は不思議な感覚に囚われていた。

 もうずっと、ハディのことなんか忘れてしまっていた。それなのに、こうして蔦で丸太を締め上げていると、ハディの大きな手や、黒くて長い髪や、低くて静かに響く声がだんだん記憶の底から湧き上がってくる。

「そのハディという方は、あなたの父親ではないんですか?」

「ううん。そう思っていた時もあったけれど、訊いたら否定された。どこかの旅芸人一座が事故で全滅して、唯一助かった私をハディが拾ってくれたらしいんだけどね」

 それは私がまだ赤ん坊の頃だったらしく、勿論、全然私の記憶にはない。

 そう言えば、と私は首を捻った。

 なぜ私はハディと分かれて、ロザーナを一人彷徨っていたんだろう。

 どうして、離れ離れになったハディを探すこともしないで、クロスと暮らすことにしたんだろう。

 自分のことなのに、よく分からない。何故だろう……。


 一時間ほどで、見た目は不恰好ながら、そこそこ立派な筏が完成した。

 私たちはそれを懸命に引っ張って川に浮かべ、係留用の蔦を近くの大きな石の角に引っ掛けると、一休みすることにした。

「あー、疲れた」

 河原に座り込むと、途端に疲労感が襲ってくる。

 そう言えば、今朝は朝食をとっていない。これは私にとっては大変な死活問題だ。

 フレイユが水筒に川の水を汲んで、差し出してくれた。

「ありがとう」

 乾いた喉を潤した水が、火照った体に沁み渡っていくのがわかる。

「お疲れ様でした。でも、ミラク。ここから先はどこにどんな危険が潜んでいるか分かりません。引き返すなら、今ですよ」

 隣に腰を下ろしたフレイユに真剣な眼差しでそう諭されたけれど、私は首を横に振った。

「そんなの、とっくに覚悟しているよ」

「ですが……」

「いいの。私に何かあっても、フレイユが気に病むことじゃないんだから」

 置いていかれたくない一心でそう言うと、フレイユは困ったように眉をひそめた。

「強情な人ですね」

 そう呟いたものの、フレイユはもう私にここで引き返せなんて言わなくなった。

「さて、行きますか」

 私は立ち上がると、慎重に筏に乗った。うん、なかなかの安定感だ。

 筏の上に、オール代わりの木の枝を置いて、次に乗り込むフレイユに手を貸す。フレイユは筏に乗るのは初めてらしく、柄になく緊張していて見ていて面白かった。

 と。

 フレイユがゆっくりと筏の上に腰を下ろした時だった。

 ワンワン、ワンッ!

 聞き覚えのある犬の鳴き声と共に、これまた聞き覚えのある女の人の叫ぶ声が聞こえた。

「こらぁーっ、待ちなさーい!!」

 あっ、と思って振り向いた瞬間、一人と一匹が勢いよく筏に飛び乗って来た。

「みっ、……ミラクっ。あんた、こんなところで何やってるの……?」

 ゼイゼイと息を切らしながら、幽鬼のような形相で迫ってきたのは、頭や服に葉っぱやら土やらをくっつけ、ボロボロになっているマーナだった。

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