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ミラクの果てしない旅 ~千年後の後始末~  作者: 橘 珠水
第2章 ロンバルディア大陸編
28/89

28.お屋敷にお泊り

 マリエルの冷ややかな無表情の前で事情を説明するのは、かなり精神的にくるものがあった。

 でも、マリエルの背後には、明らかにさっきの賊より腕の立つ傭兵らしき男たちが十人ほど控えている。力づくでここから逃げるにはリスクが高い。

 それに、せっかくマリエルに会えたのに、『物見の鏡』の話も出来ず、彼との関係を悪くするような逃げ方をするわけにはいかない。

 ああ、でも私たちが不法侵入者であることは間違いない。いくら、あの賊が『英雄の館』でフロードにしたことが許せなかったにしても。

 私は、『英雄の館』で見聞きしてきたことを交えて、あの賊が小舟に乗っているところを見かけて追いかけてきたことを語った。

 黙って私の説明を聞いていたマリエルは、私が賊を追ってこのお屋敷に忍び込んだところまで説明しても黙っていた。それどころか、険しい表情のまま、まだ先を話すよう促すように微かに顎をしゃくる。

 仕方がないので、メイド服の女性に言われたとおりに中庭に出て迷路を進み、熊手で四人を倒したところまで話した時だった。

 突然大きな笑い声が上がった。

 えっ?

 思わず目を丸くする私の目の前で、マリエルが大爆笑していた。

 さっきまでの冷静冷徹な雰囲気は消え、身体を折るようにお腹を抱えて笑っている。

 その後ろで、傭兵らしき男たちが、呆れたように主人を見つめていた。

「あの……」

 もういいだろう、と思うぐらい笑われ続けてげんなりした私が声を掛けると、マリエルはようやく目尻に滲んだ涙を拭って笑いを収めた。

「失礼。こんなに笑ったのは久しぶりだ」

「前にもこんなに笑われたことがあるなんてびっくりです」

 つい、思ったことを口にすると、マリエルはまた笑いの発作が込み上げてきたらしく、

「ちょっと待って」

と言ったまま後ろを向いて肩を震わせて笑いを堪えている。

 何なんだ、この人。

 呆気に取られる私の前で、マリエルに近づいてきた執事風の黒髪の青年が、彼の耳元で何かを囁いた。

「ああ、分かった。すまない、リューク」

 マリエルはようやく真顔に戻ると、私たちに近づいてきて、三歩ほど離れた位置で歩みを止めた。

「改めて。私の名はマリエル。この屋敷の主だ」

「あ、はい。私はミラクと言います。こっちは、友達のフレイユです。ローザラントから旅をしてきました」

「そう。君、まだ小さいのに随分と強いんだね。感心したよ」

 ニコニコしながらそう言って握手を求めてくるマリエルに、不安が込み上げてくる。

 まさか、また……?

 フレイユが、宥めるように肩に手を置くのを振り切って、私は差し出された手を軽く目を細めて睨んだ。

「あの、小さいって、私はもう十五歳なんですが」

「へえ、そう。十五歳……」

「はい。十五歳のいたいけな少女です」

 いくら腹が立ったとは言え、いたいけな、なんてつけなければよかった、と後悔したのは、その直後のことだった。

 目を剥いたマリエルは再び豪快に吹き出し、それどころか傭兵らしき男たちまで主人の後ろでざわつき始めた。

「おいおい、十五歳のいたいけな(・・・・・)少女が、賊を四人も倒したんだってよ、しかも熊手で」

「確かに綺麗な顔立ちはしてるが、十五だって?」

「どう見てもガキだろ」

「可愛い顔した坊主だと思っていたが、まさか女の子だったとは」

 野次られていくうちに、自分の目が座っていくのが分かる。

 ってことは、後ろの強面兄さん達も皆、私が男の子だと思っていたわけ?

「いや、これは失礼。男性物の旅装を身につけているから、てっきり少年と思い込んでしまった。悪かったね」

 さすが、一流の商人だけあって、マリエルは謝る時もスマートだ。

 ……あ、やっぱり、この服装が問題だったんだね。

 やっぱり、いくら動きやすいからといって、男物の旅装を選んだのは失敗だった。人って結構、服装なんかで人を判断したりするもんだね。

 マリエルの態度が軟化したことで空気が和やかになり、余裕が出た私は改めて周囲を見回した。

 いつの間にか、あのヒルメスという少年の姿はなくなっている。マリエルとともに駆け付けた誰かが、屋敷内に連れ帰ったんだろう。

 そして、意識を取り戻した賊たちが、縛られたまま抵抗するように身を捩っている。そこを、傭兵らしき男たちが取り囲んで袋叩きにしつつ、どこかへ引きずって行こうとしていた。

「さて、もうすっかり夜も更けてしまったが、宿はとっているのかい?」

 マリエルにそう声を掛けられて、私は彼に向き直った。

「はい。橋を渡った向こうの島の宿に泊まることになっています」

「そうか。だが、さっきの都市警備隊がまだこの辺りをうろついているかも知れない。この屋敷内は治外法権が認められていて彼らは手出しできないが、ここから一歩出れば彼らの管轄区域になる。私にしてやられた仕返しに、君たちに酷いことをするかも知れないよ」

「えっ。都市警備隊が、そんな卑劣なことをするんですか?」

 目を瞬かせる私に、マリエルは真顔で答えた。

「このリムルラントでは、財力が物を言う。権力も法も、金の力でどうとでもなる国だから、彼らは我々商人に頭が上がらない。それどころか、金を掴まされて特定の人物の為に動く者さえいる」

 その言葉を聞いて、私はふと脳裏にホルス隊長の脂ぎった顔が浮かんだ。

 ヒルメス少年の訴えも聞かずに、私たちを捕縛しようとし、あくまで賊を連行しようとしていた。

 それは、都市警備隊としての任務を果たそうとしていたから? 成果を出そうと焦っていた? それとも、他に意図があった……?

「だから、今夜はこの屋敷に泊まっていくといい。うちの者に、その宿に君たちの荷物を取りにやらせよう」

 どうする?

 私はフレイユを振り返った。

 神獣族の宝珠とか所持金とか、貴重品は全て鞄に入れたり懐にしまったりして持っているから、宿屋に置いているのは着替えとか携帯食糧とか寝袋などしかない。

 フレイユは少し思案するように首を傾げると、私にだけ聞こえるように囁いた。

「ここは、マリエル殿の提案に乗ることにしましょう」

 フレイユがそういうのなら、私に断る理由なんてない。

「じゃあ、よろしくお願いします」

 ペコリと頭を下げると、マリエルはにっこりと微笑んだ。


 さすが、リムルラントでも屈指の豪商だけあって、マリエルのお屋敷はとても広かった。

 私たちが忍び込んだ建物はお屋敷の一角でしかなく、中庭を取り囲むように他に三つの棟があって、敷地内には他に別邸もあるらしい。

 私とフレイユは、賊が押し入った棟と向かい側になる建物の一室に通された。

 そこは、貴族のお屋敷なんかにあるという、所謂客間という部屋なんだろう。

 一室といっても、そこには内扉がいくつかあって、寝室が二部屋、それに風呂とトイレが廊下を通らずに行けるようになっていた。

 メイドさんたちが何人もやってきて、寝室を整え、寝間着を用意してくれる。けれど、その中にあのマーナに似たメイドさんの姿はなかった。

 フレイユは大した怪我じゃないって言っていたけれど、大丈夫なのかな……。

「あの、茶色い髪のメイドさんは大丈夫ですか? 怪我をしていたみたいですけど」

 まるっとした中年のメイドさんにそう声を掛けると、そのメイドさんはにっこりと愛想のいい笑顔を浮かべた。

「ああ、ハンナのことですね。怪我は大したことはありません。今日はもう大事を取って自分の部屋に戻りました」

「そうですか。よかった」

「あなた方のお蔭で、旦那様は命よりも大切な御方を失わずに済んだのです。本当にありがとうございました」

 ……命よりも大切な御方。

 マリエルにとって、あのヒルメス少年はそういう存在なんだ。

 でも、一体どういう関係なんだろう。親子というにも、兄弟というにも微妙な年齢差のように見えた。まるで、私とクロスみたいに。

 そう言えば、あの迷路の途中に倒れていた騎士と同じように、あのヒルメス少年が着ていたのも、リムルラントのものとは違う異国風の服だった。

 それに、あの賊達は、明らかにあのヒルメス少年を狙ってこのお屋敷に侵入してきた。

 なぜ、あの賊達はヒルメス少年の命を狙ったんだろう。

 ……ま、いいや。私には関係ないし。

 明日、マリエルに『物見の鏡』を利用させてもらえないか交渉して、どっちの結果になったとしても早々に船でサブリアナ大陸へ渡ろう。

 これまで寝たことのないフカフカで広い寝台に潜り込み、その寝心地の良さに大満足の溜息を漏らすと、私はすぐに眠りに落ちた。

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