2.お達しの内容は
噴水広場にはすでに多くの人たちが集まっていて、広場に面した教会の階段の上に立っている役人達が、なにやらソワソワとした様子で手にした紙を見ながら話し合っているのが見えた。
「凄い人ね。一体、どんなお達しがあるのかしら」
人混みに押しつぶされそうになりながら、マーナが呟く。
「マーナ。はぐれないように気を付けてね」
「ええ、っと、そのつもりなんだけど……、あーーれーーぇ……」
どんなに人にぶつかられても平気な私と違って、気を抜くとマーナは人波に流されていってしまいそうになる。
「もう、仕方ないな」
私は手を伸ばしてしっかりとマーナの腕を掴んだ。
「あ、ありがとう、ミラク」
「別に。でも、あんまり広場の中心まで行かないほうがいいね。出るに出られなくなっちゃいそうだし」
私は、一般的な女性の身長よりやや低めのマーナよりも、更に背が低い。だから、今はもう人の肩や背中の辺りしか見えなくなってしまった。
「そうね。どうせ拡声魔導具を使ってくれるだろうから、話の内容はここにいても聞こえるでしょうし」
そう話していると、広場の上空から降り注ぐように、やや甲高いお役人の声が聞こえてきた。
「えー、では、これから重大発表を行う」
「重大発表だって」
思ったよりお達しの内容は深刻だ、と気付いたのは私達だけではないようで、人々は一気に騒めき始める。
「静粛に。……えー、先日、王都の南西に広がるククロの森で謎の生物による襲撃があり、通行中の商隊に犠牲者が出た。軍が出動して調査を行っているが、しばらくはククロの森付近を立ち入り禁止とし、街道を封鎖することになった」
「ええっ」
私は思わず息を飲んだ。
ローザラントの南西部は、国内でも有数の穀倉地帯だ。これから収穫の時期を迎えるのに、南西部との唯一の陸路である街道を封鎖されてしまったら、王都の食糧はたちまち不足してしまう。
「これは忌々しき事態だ……」
そう思ったのは当然私だけじゃない。広場のあちこちから、不安げな声が上がっている。
「軍の調査が終わり、安全が確保されれば、街道の封鎖はただちに解除される。それまでは、南西部への交通路は、南部の港からの海路か、西の国境沿いの山間部を抜ける道になる」
お役人の言ったどちらのルートも、街道に比べれば不便であまり人の行き来も盛んじゃない。第一、どちらも南西部には通じているものの、穀倉地帯と言われている一帯へのアクセスはよろしくないのだ。
「困ったことになったね。早く、商隊を襲ったっていう謎の生物が退治されればいいんだけど」
私がそう言うと、マーナは溜息を吐きながら首を横に振った。
「難しいでしょうね。魔物がククロの森に棲み着いたとなったら、そう簡単には駆除できないわ」
「まっ、魔物!?」
マーナの言葉に驚いてつい大きな声が出てしまった。と、
「魔物……?」
「魔物だって?」
ザワザワとその言葉が水面に波紋が広がるように人々の間に広がっていく。
「魔物が出たのか、ついにこのロンバルディア大陸にまで!」
「ああ、もうお仕舞いだ!」
「まずい! 早く食べ物を確保しておかないと。王都に食糧が入って来なくなるぞ!」
一人が走り出すと、釣られて周囲の人々が走り出す。その動きに恐怖を感じた人々が叫びだし、広場はあっという間に大混乱に陥ってしまった。
「ああっ、なんてこと!」
こんな時にまで、自分の責任を感じて立ち尽くしているマーナの腕を、私は思いっ切り引っ張った。
「危ないよ、マーナ。取り敢えず、広場から出よう!」
広場の端に近い場所にいたのが幸いだった。
私は呆然自失のマーナを引き摺るように脇道に出ると、露店通りへと流れ込んでいく人の群れから逃れるように更に別の脇道へ入った。
「どうしよう。あんな騒ぎになってしまって……」
一息吐くと、マーナは蒼白な顔で声を震わせた。濃いめの茶色の髪を一つに結んだマーナの頭は、さっきの騒ぎでぐちゃぐちゃに乱れてしまっている。
「仕方ないじゃん。それに、遅かれ早かれ騒ぎは起きていたと思うよ」
「何の慰めにもならないんだけど……」
マーナは恨みがましい視線を送ってきた。はいはい、私が大声で魔物だなんて言ったのが悪かったんですよー。
「でも、ククロの森に出た謎の生物って、本当に魔物なのかな」
「それは多分、間違いないわね。このロンバルディア大陸にはいないようだけど、海を挟んだサブリアナ大陸ではあちこちで人が襲われているから。何かのきっかけで、この大陸にも渡ってきたのね」
マーナはサブリアナ大陸から渡ってきた人だから、あちらの事情をよく知っている。
それに、今のマーナからは考えられないけれど、彼女はこれでも魔法使いで、昔はギルドで魔物狩りもしていたというんだから、人は見かけによらない。
でも、魔物に結構詳しいマーナがそう言うんだから、間違いないだろう。とすれば、グズグズしてはいられない。
「じゃあ、うちも早く食糧買いだめしなきゃ!」
「ああ、それは大丈夫」
「え、何で?」
「うちは、クロスさんが度々スラム街へ食べ物を持って行くでしょう? だから、前々から安いうちに小麦とか穀類、芋なんかの日持ちする食糧を買いだめしてあるの」
へえーっ。
私は感心してポカンと口を開けた。
マーナがうちに来てから、私が台所に入ることはなくなったし、食糧の買い出しなんかもしなくてよくなったから、そんな備蓄食糧があるなんて全く知らなかった。
「ま、それも永久にある訳じゃないから、早く軍に解決して貰えるよう祈りましょう」
マーナはまるで他人事みたいに微笑んだ。
昔、魔物狩りをしていたこともあるんなら、『じゃあ、私も協力するわ』くらいの心意気を見せてもいいのに。
細い路地の向こうに垣間見える露店通りは、押し寄せた人々で大騒ぎになっている。その様子を見つめながら、ふと、あの野菜売りの露店のおじさんは大丈夫だろうかと思いを馳せていると、不意に近くでギャッと悲鳴が上がった。
「えっ、マーナ?」
振り向くと、マーナが顔を押さえて蹲っていた。
「ええっ、どうしたの? 大丈夫?」
慌てて助け起こすと、マーナは鼻の辺りを片手で押さえ、もう片方の手で地面を指さした。
「何……?」
その指さす先を目で追うと、そこには薄汚れたローブを頭からすっぽり被った人が倒れていた。