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ミラクの果てしない旅 ~千年後の後始末~  作者: 橘 珠水
第1章 ローザラント王国編
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1.始まりの鐘の音

 剣術の稽古が終わって通りに出ると、少しひんやりとした風が吹き抜けていった。

 あ、気持ちいい。

 思わず目を細めて大きく息を吐いた。汗ばんだ身体から、火照りが抜けていく。

「よ、お疲れ、ミラク」

「うん。また明日」

 後ろから門を出てきた同門生達に手を振って、通りを西へ進む。

 傾きかけた太陽が高い王都の城壁の向こうで茜色の輝きを増し、その眩しさに私は目を細めた。


 私の名前はミラク。

 ロンバルディア大陸の南に位置する、ローザラントの王都ロザーナに住む、一応・・十五歳の少女だ。

 何故、年齢と性別を強調したかというと、まず見た目にはそうは見えないからだ。

 剣術の同門生からは、どう見ても小柄な少年だと言われ。

 同居人のマーナからは、十歳くらいの女の子に見えなくもない、と言われ。

 養父のクロスはというと、見た目なんか気にするなと笑うばかり。

 一応、思春期の少女なんですけど。

 ま、言うほど私も気にしてなんかいないんだけどね。

 だって、スカートにエプロンつけて料理や裁縫なんてやってられない。

 男の子と同じ格好して、力仕事したり剣の稽古をしているほうが、よっぽど性に合っている。

 クロスは小さな頃から私を女の子らしく育てようとしてくれていたけれど、いつの間にか諦めてしまったらしい。

 今では、すっかり息子扱いで、家の中でも力仕事専門的な扱いになっている。

 苦じゃないから別にいいけど、私ってやっぱりちょっと普通とは違うのかな、と悩んだりすることもある。

 これでも一応、年頃の女の子だから、なんてね。

 

 私は、王都ロザーナの一角に、養父クロスと居候のマーナと三人で暮らしている。

 クロスは、ロザーナでもそれなりに名の通った魔法使いで、王立の魔法学校の講師をする側ら、貴族の家庭教師もしている。

 三歳くらいの頃、嵐の夜に一人で王都をさまよっていた私は、偶然クロスに保護されたらしい。その時のことは、正直よく覚えていない。

 結局、身寄りも分からず、そのままクロスに育てられることになったんだけれど、よく考えればそれがクロスの独身生活を長引かせている原因じゃないかと、最近罪の意識を感じることもある。

 クロスはまだ三十代だし、見た目は年齢より随分と若いと思う。真っ直ぐな黒髪を背の途中まで伸ばしているんだけれど、それが如何にも出来る魔法使いって感じでとてもよく似合っている。背も高くて男前で、子どもからお年寄りまで広い年齢層の女性にモテモテだし、相手には事欠かないと思うんだけれど。

 私とクロスの二人暮らしが終わったのは二年前。

 ひょんなことから、マーナがうちに居候することになって、今は三人で暮らしている。

 マーナは二十歳過ぎの女性で、おっとりとしてちょっと不器用だ。問題なのは、どうも本人にその自覚がないこと。

 自分はしっかり者で、独身男と男の子みたいな少女という生活力の乏しい家庭に、一般家庭並みの環境を整備するのが使命だと思い込んでいるみたいだ。

 実際はマーナが心配するほど酷くはなかったんだけれどね。クロスは何でも卒なくこなす人だから、彼女が来るまで困ったことなんか一つもなかったし。

 でも、私としては、マーナが来るまでクロスと分担していた家事を彼女が一手に引き受けてくれて万々歳。クロスもこれまで以上に仕事に専念できているみたいだし、言う事無しだ。

 おや。あれに見えるは、そのマーナじゃないだろうか。

 剣術道場から家までの間にある露店通りを歩いていると、その通りを大きな荷物を抱えてヨタヨタと歩いている女の人の後ろ姿が見えた。

「よお、ミラク。剣の稽古は終わったのか?」

 ほぼ毎日顔を合わせる露店のおじさんが声を掛けてきた。主に山間の畑で採れた野菜や果物を仕入れて売っている商人だ。

「うん。ねえ、あれってマーナだよね?」

 指さした方向を目で追ったおじさんは、ニカリと笑った。

「その通り。さっき、うちのお買い得品をまとめてお買い上げしてくれたんだが、あの姉ちゃんにはちょっと重かったみたいだな。ミラクが帰りにここを通るから、託けてやるって言ったんだけどな」

 なるほど。また、変な意地を張っちゃったんだな。

 マーナは自分には無理かも知れないと思っても、人に迷惑を掛けちゃうかも知れないと思って自分で突っ走ってしまうことがある。

「しょうがないなあ」

 追いかけようとしたところを、おじさんに呼び止められた。

「ああ、ミラク。これやるよ。さっき大量購入してもらったののおまけだ」

 そう言われ、真っ赤なリンゴを渡された。

「うわっ、美味しそう! ありがとう!」

 早速、服で擦ってからかぶりつく。心地よい歯ごたえとともに、甘酸っぱい味と香りが口いっぱいに広がった。

「うん、美味しい! じゃ、また明日ね」

 手を振るおじさんに手を振り返し、私はリンゴを齧りながら小走りにマーナを追いかけ始めた。

 途中、芯だけになったリンゴを、露店の傍で飼われている犬に放ってやると、走る速度を上げてマーナに追いつく。

 一抱えもあるリュックサックに山盛りの野菜を詰め込んでおいて、それを背負うことすら出来ずに、マーナはそれを持ち上げて二三歩進んでは地面に置き、を繰り返して進んでいた。

「うーん、やっぱりあの露天商の言う通り、ミラクを待った方が良かったかしら。いえ、でもあの子が帰ってくる前に、夕食の準備に取り掛かりたいし。そうね、やっぱり荷車を押してくるべきだったかしら。それとも、もう少し買う量を考えるべきだったかしらね……」

 なんてブツブツ言いながら、ゼイゼイと息を切らせている。

「マーナ!」

「ひゃあっ!」

 肩を震わせて悲鳴を上げたマーナは、胸を押さえながら振り返った。

「ミラク! びっくりしたじゃない」

「びっくりした、じゃなくて、何やってんの。ほら、貸して」

 私が右手でリュックサックの紐を掴むと、一瞬抵抗するように動きを止めたマーナは、困ったように息を吐いた。

「ごめんね、ミラク。剣の稽古で疲れているでしょうに」

「全然、疲れてなんかないよ。平気平気」

 そう言いながら、リュックサックを背負う。

 マーナが背負うことすらできなかった重さの荷物だけれど、私にとってはそれほど重く感じられなかった。

「それにしても、思い切って買ったね」

「そうなの。いい野菜や果物が並んでいたから、つい、ね。でも、最近、クロスさんもスラム街へ行くことが多くなったし、誰かさんの食欲も更にレベルアップしてるから、必要かなー、なんて思って」

 その誰かさん、って明らかに私のことじゃないか。

「マーナの料理が美味しいからだよ」

 なんて褒めれば、マーナは嬉しそうに口元を綻ばせた。ま、お世辞じゃなくて本当に美味しいんだからね。

「じゃあ、今晩も張り切って料理しないとね。予定よりすっかり遅くなっちゃったし、急いで帰りましょう……」

 そう言いかけたマーナの言葉に、激しく打ち鳴らされる鐘の音が重なった。

「えっ、何?」

 露店通りの先にある噴水広場からその鐘の音は聞こえてきた。

「何だろう」

「何か、お役人からお達しがあるようだ」

 周囲の人たちも騒めきながら、広場の方を心配そうに見つめている。

「行ってみよう、マーナ」

「そうね。クロスさんはまだ貴族のお屋敷から戻ってきていないだろうし、どんなお達しがあったのかしっかり聞いて帰らなきゃ」

 私達は、同じくお役人からのお達しを聞くべく広場に向かう人々の流れに乗って歩き始めた。

 その間も鳴り続ける鐘の幾重にも街にこだまする耳障りな音が、私達の平穏な生活の終わりを告げる警鐘になるとは、その時は私もマーナも、ううん、誰一人として気付く者はいなかった。

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