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タニアとログと仮面の剣士

 夕焼け空が見えると、多くの人々は我が家への帰路につく。

 街路樹の影が並ぶ道を、若き男爵と古代の眠り姫もまた並んで歩いていた。

 タニアは二人が通り過ぎるのを待ち、身を隠していた建物のかげから顔を出す。

 侍女服のまま館から抜け出したタニアの目的は、二人の進展具合を調べることだった。

 二人の親密さが城でも噂になり、例によって例のごとく、タニアが代表して探りに来たのだ。

 乙女の勘は二人は脈有りと告げている。

 歩く道も、人のいない夕焼け色の道と、ムードは文句なしだ。

 特に夕日に照り返す姫の黄金の髪は、同姓のタニアから見ても美しかった。

(男爵がいつ襲いかかっても不思議じゃないわ)

 お供を付けずに二人きりで出かけること自体、男爵に下心があると考えるべきだろう。

 姫君にもしものことがあれば、彼女を脱出させた古代王国の人々に申し訳がたたないし(建前)、あっさり恋仲になられては面白くない(本音)。ついでに言えば、こういうのを探るのが一番楽しいのだ(本心)。

 ともかく、リーナ姫が男爵に気を許している以上、自分がどうにかしなければならない。

(いざという時には──)

 タニアは《戦乙女の狼犬》亭の女将から譲り受けた、秘伝の麵棒を取り出した。

 女将によればそれはユールヴィング家に仇なす宿命の麵棒であり、先代領主も女将の手によって何度も犠牲になってきたという、いわくつきの一品だ。

 その呪いがいま、新たな持ち主と当主を得て、蘇る時が来たのだ。

 使命感に突き動かされ、タニアは二人の後をつけるために道に出ようとする。

 だが、それを邪魔するように別の路地から四人の男たちがタニアの前に割って入った。

 屈強そうな身体に剣を帯び、品性のカケラもない顔を向けながら、男爵たちを尾行しているようだった。

 タニアは彼らに不審なものを感じ取り、気づかれないように様子を見る。

(新入りの人かな? でも、あんな顔、見たことないし──)

 《オニキス=ブラッド》は男爵の正規部隊ではあるが、その隊員の多くが傭兵だ。新しい者が雇われることはもちろんありえる。

 しかし、食事当番として飢えた彼らと渡り合ってきたタニアは、ほとんどの顔は見知っている。

 だいたい、あんな品性のカケラもない顔は、一度見れば忘れない自信はあった。

(きっと何かあるわ。どうしよう──)

 その時、タニアの口を不意にごつごつした手が覆った。

 叫ぶのを封じられた彼女は、何者かに背後から抱えられ、建物のかげに引きずり戻される。

 先を行こうとした男たちもそれに気づいたらしく、慌ててこちらへと引き返してきた。

 タニアはあっという間に男たちに囲まれる。

「そいつは?」

「俺たちのことを見ていた。騒がれたらまずい」

「その服装、城の使用人か。どうする?」

「俺が捕まえておく。あの娘と一緒に連れて行く」

 値踏みするような男たちの視線がタニアに注がれる。

「しかし、貧相で色気もないな」

「ああ、こんな貧相で色気のねえ身体、ある意味、一度見たら忘れないかもな」

「いいじゃねえか。あっちの上玉には手を出せねえ。それにここの連中には散々追いかけられて腹にきてるんだ。奴らへの憂さ晴らしには丁度いい」

(や、やだ、助けて──)

 屈辱この上ない物言いに憤るも、どう考えても乙女の窮地にタニアは必死に声を出そうともがく。

 しかし、男の拘束を振り払うことはできない。

(覗きなんて悪いことは謝りますから、神様、助けてください! でも、助けてくれるなら、できれば──)

「どうした? 城の連中にやってるみたいに俺たちにも夜の奉仕を──」

 不意に男の動きが止まる。

 拘束も緩み、戸惑いながらもタニアはゆっくりと後ろを見た。

 脇の路地から腕が伸び、手にする小剣の刃が男の喉元に突き付けられている。

 男は青ざめた顔を引きつらせていた。

「──うちの食事当番、返してもらおうか」

 路地のかげから姿を現したのは、口元まで覆う外套姿のログだった。

「ログさん!?」

「タニア、離れていろ」

「は、はい!!」

 タニアは神様に願いが通じたことに心から感激すると、すぐにログの背後へと逃れる。

「うちの侍女頭が堅物でな。あいにくときさまたちの思うような奉仕は教えられていない。代わりにわたしが相手になろう……尋問部屋でな」

「ケッ、男の相手なんざお断りだ。てめえは堅物の侍女頭とやらの相手でもしてやがれ」

 男たちがログを包囲し、一斉に剣を抜いた。

「遠慮しておこう。侍女頭の拳骨は先代のお墨付きだけあって、かなり痛いのでな」

 ログは男に剣を向けたまま、周囲の他の男たちの挙動を目で追う。

(マリーサさん、ログさんまで殴ったことがあるの!?)

 マリーサのゲンコツを良く知るタニアの驚きをよそに、ログたちの睨み合いは続く。

「……仲間の命はどうなってもいいのか?」

「悪いな。俺たちにそこまでの義理はねえんだ」

 ログの淡々とした声に、剣を突きつけられた男はさらに青ざめるが、他の男たちは構うことなく、じりじりと距離を詰める。

「ログさん! 逃げましょう! あたし、足なら自信があります!」

「そうか。だが、わたしは足には自信がなくてな」

 ログは一歩も退かない構えだ。

 その時、男たちの背後から何かが飛んできた。

 ログがわずかに剣先を動かすと、金属音を響かせながら、それは横に逸れ落ちた。

 地面に転がったのは短剣だった。

 捕まっていた男がその隙を逃さずに離れ、同時に他の男たち襲いかかる。

「待て!」

 何者かの声が飛んだが、それよりも早く男たちとログの姿が交錯する。

 ログの剣が一閃した。その一振りで男二人の腕は同時に斬りつけられ、剣を落とした。さらに返す刀で残りのうちの一人の足を狙う。

 キンッ

 ログの剣を何者かの長剣が受け止めていた。

 タニアには何が起きたのかさっぱり分からなかったが、ログは慌てることなくその相手に剣を振るった。

 相手も身軽な動きで後ろへ飛び退き、男たちも慌てて後ろに下がる。

「だから、待てと言ったのだ」

 その何者かは後ろに飛び退くと、剣をログに向けたまま言った。

 見れば顔全体を仮面で覆っていた。外套を纏っていたが、体つきは細身で声からして男らしい。表情は分からないが、その身軽な動きと剣さばきには余裕がにじみ出ているようだ。

「しかし、こいつを叩き斬れば、あの娘を捕まえる好機ですぜ!」

「その男は《オニキス=ブラッド》の副隊長、かなりの剣の使い手と聞いている。それに寡黙な性格らしいが、わざわざお前たちと話しているのも不自然と思わないか? どうやら、見張りはその男だけではなさそうだ」

 仮面の剣士の言葉に、男たちは互いに顔を向けた。

「その少女に無礼を働いたのは詫びよう。次に会った時には貴殿と剣を交えることになるだろう。楽しみにしているよ、《オニキス=ブラッド》の副長よ」

 仮面の剣士はマントを翻し、足早に去って行った。男達も慌てて後に続く。

入れ違うように《オニキス=ブラッド》の隊員たちが駆けつけた。

「副長! お怪我は!?」

「ない。それよりも仮面の剣士にはうかつに手を出すな。思った以上に使い手だ」

「へい!」

 隊員たちが姿を追っていくのを見て、ログは剣を鞘に収めた。

「ログさんッ、いいんですか? あいつら、逃げますよ」

「奴らが陽動の可能性もある。囮となっている閣下と姫の安全が優先だ」

 そう言って、ログは仮面の剣士が投げたらしい短剣を拾い、それを眺める。

「男爵様たちは囮だったんですか?」

「姫には何も知らせていないがな。だから、この件は他言無用にしてくれ」

 ログは男爵たちを追い、歩き始めた。

「……あの、ログさん、邪魔をしてごめんなさい」

 ログの背中に向かって、タニアは頭を下げる。結果として自分はログたちの邪魔をしてしまったのだ。

「好奇心もほどほどにな。だが、わざと跡をつけられるようにしていたのは確かだ。もう、気にするな」

 タニアは顔を上げた。

 彼女はこの副長に想いを寄せていた。

 副長としての優れた手腕と寡黙さで城の仲間からは近寄りがたい印象をもたれているが、タニアはその奥にあるログの優しさが好きだった。

 タニアが失敗しても、ログはさりげなくだが、励ましてくれるのだ。

 もっとも、失敗が一番多いからこそ、それに気づいたわけだが──

「ともかく、先に館に戻るといい。大食らいどもが腹を空かせる頃だ」

「は、はい! そうします!」

 タニアはまたぺこりとおじぎをすると、駆け出そうとして、ふと足を止めた。

「あ、あの、今日はログさんだけ、大好物のイモのにっころがし、オマケしますね!」

 タニアは胸の高鳴りが声に表れないように言った。

「そうか。楽しみにしておこう」

 ログは表情を崩すことはなかったが、その言葉だけで胸がいっぱいになり、タニアは足取りも軽く館へと戻っていった。

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