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シグ

マークルフは“機神”の本体がいる城塞へと急いでいた。

《アルゴ=アバス》に残された魔力も乏しく、空を飛ぶ余裕もないまま、地上を走る。途中で鉄機や魔物の姿を見るが、動きを止めるか、ただ混乱しているだけで障害にはならなかった。

 それらの混乱は、機神”がまだ機能回復できていない証だ。何より、空全体から伝わる軋んだ金属音が“機神”の悲鳴として地上に降り注いでいる。

 それは空に張り巡らされた鋼糸の群れが互いにこすれ、火花を散らしている音だ。“機神”は無数の鋼糸が精密に絡み合うことで構成されているが、混乱によって生じた誤差がこのような“悲鳴”となって表れているのだ。

 城塞が目の前に近づくと、金切り声のような軋みは大きくなっていた。

 マークルフは一気に城壁を飛び越えようと地面を蹴る。しかし、思うように足が動かず、軌道がずれたマークルフは城壁の腹に身体ごとぶつかった。 

『クッ──!?』

 マークルフは咄嗟に手を伸ばして城壁の縁を掴みんだ。重くなった身体を持ち上げて城壁の上に何とか辿り着く。

(……機体も、俺もさすがに限界か)

 マークルフは顔を上げる。

 目の前に“機神”が蠢いていた。

 “機神”は翼を広げたまま、人型の上半身の姿を辛うじて維持していた。しかし、その触手が、鋼糸が、甲殻が統制を失ってたわんでおり、再び絡み合おうとするもその動きは狂い、擦れ合い、自らの身を切り裂いている。全身から苦悶の火花を散らしており、城壁の内側は生身では耐えられないほどの阿鼻叫喚の図となっていた。

 マークルフは両腕の双刃を展開した。

 双刃は《魔爪オニキス》の名を持ち、本来は一対で最大の破壊兵器〈アトロポス・システム〉として機能するはずだった。しかし、不完全な状態ではその真価を発揮することもできず、ヒュールフォンとの戦いでかなり刃も欠けた状態だ。

 マークルフはボロボロになった刃に魔力を込める。双刃も最後の力を振り絞るようにその刀身を真紅の光に染める。

 マークルフは城壁を蹴り、“機神”の懐へと飛びかかる。狙うはセンサーで特定した、“光”の輝力の発生している胸の中心だ。

『リーナ!! 聞こえるか!! 返事をしてくれ!!』

 マークルフは軋みの渦のなか、声を張り上げた。双刃で“機神”の表面を切り裂き、さらにその内部に斬り込もうと両腕を振り上げる。

(予想が正しければ、リーナはきっとここに──!?)

 目の前の鋼糸が体内に侵入した異物を排除するように爆発的に広がる。マークルフははじき出されると、城壁に叩きつけられる。

 “機神”は苦悶に身をよじるように大きく仰け反ると、そのまま落下するように城壁に体当たりする。さらに全身から鋼の触手が針の山のように周囲を貫き、長きに渡って“機神”の姿を隠してきた城塞は瞬く間に崩壊した。

 それにまともに巻き込まれたマークルフは、瓦礫と共に地面に叩きつけられた。

 《アルゴ=アバス》も悲鳴をあげていた。装甲はもとより、内部機構にも深刻なダメージを受け、魔力も底を尽きようとしている。

『もう少しだけ……持ちこたえてくれ』

 マークルフはふらつく足で地面を踏みしめ、立ち上がった。

 マークルフは非常用の予備動力を強化鎧に接続した。それは胸に埋まった“心臓”に蓄積された魔力だ。自分の心臓でもあるそれを使うことは寿命を削るに等しいが、天敵と守るべき姫君を前にして命を惜しむつもりはなかった。

 “機神”がマークルフの前にそびえ立つ。

 全身からの火花が下火となり、軋む音も次第に収まりはじめていた。

『祖父様……俺に、もう少しだけ……立つ力を──』

 形見である強化鎧に支えられ、マークルフは一人、“機神”を前に立ちあがった。



 《オニキス=ブラッド》と魔物の戦いは続いた。館のなかは激闘で荒れ果て、倒された魔物たちの姿が刻々と増えていく。しかし、魔物側の増援も途絶えず、傭兵たちの怪我や疲弊も増していくばかりだ。

 タニアは《戦乙女の槍》を手に、傭兵たちに守られながら館の中を逃げる。次々に現れる魔物たちは副長ログの言葉通り、槍を狙って襲いかかっていた。

「しまッ──」

 上階から一体の魔物が飛び降り、タニアを守る傭兵の一人を襲う。鋭いかぎ爪で傭兵の背中を切り裂いた魔物は着地すると、タニアの方を向いた。

 狼に似た頭部を持つ魔物は、身体に刻まれた傷の下から機械が剥き出しになっていた。“被験体”と呼ばれるエンシア由来の古代種だ。

「ガアァーーー!!」

 “被験体”が咆哮と共にタニアに襲いかかる。異様な姿、他の魔物とは別格の素早い動きに足がすくんで動けない。

 その時、タニアと“被験体”の間を疾風が駆け抜けた。“被験体”の振り下ろすしたかぎ爪を、ログは両手の剣で受け止め、横へと受け流す。勢い余ったかぎ爪がタニアのすぐ脇の床を砕く。ログは隙の生じた魔物の懐に踏み込み、右の剣を突き刺した。

「グウァッ!?」

 “被験体”は悲鳴をあげるが、動きを止めることなく、両腕を振り上げる。しかし、ログも手を休めず、剣を刺したまま魔物を近くの壁に叩きつけた。動きの止まった魔物の喉に逆手に構えた左の短剣を突きつけると、剣を引き抜くと同時に喉を切り裂く。さらにログは背後に回り込むと、ふらつく魔物を蹴り倒す。剣で延髄を切り裂き、短剣で左胸を突き刺す。

 ログの容赦のない攻撃に、さすがの魔物も事切れたのか、床に倒れて動かなくなる。

「だ、大丈夫ですか!?」

「まだだ! 動くな!」

 傷を負った傭兵に近づこうとしたタニアに、ログが叫ぶ。

 “被験体”がいきなり飛び上がり、タニアに襲いかかる。急所にあれだけの攻撃を受けたとは思えない素早い動きに、タニアは反応できなかった。

 ログがタニアを肩で突き飛ばし、割って入った。

 床に転んだタニアの目の前で、魔物の牙がログに迫るが、ログは短剣を牙の並ぶ口に突きつけて、そのまま斬り裂いた。

「ヴァアアーーー!?」

 怯んだ魔物は血しぶきと共に悲鳴をあげて後ずさると、ログは剣を構える。

 ひとまず安堵したタニアだが、すぐに槍が手にないことに気づく。転んだ拍子に離してしまったのだと慌てて《戦乙女の槍》を捜す。

 槍はすぐ目の魔に転がっていた。

 だが、タニアが動くよりも先に何者かが駆け寄り、槍を奪い取った。

 それは冴えない顔をした青年だった。青年は目があったタニアを見て驚くが、すぐに槍を持って逃げだした。

 タニアは思い出した。

 エールスの村でシグの魔剣を抜こうとした、あの青年だった。結局、抜けずに無様な姿をさらして退場したのを、タニアも見学していてよく覚えている。

 ログは“被験体”との戦いが続いている。

 他の傭兵も負傷していたり、他の魔物と戦っている。

「────ドロボーーーー!!」

 タニアは大声で叫ぶと、慌てて青年を追って走り出した。

 ログのことが心配だったとはいえ、槍から注意を逸らしてしまった自分の落ち度なのだ。このまま、槍を奪われては全てが無駄になってしまう。絶対に逃がす訳にはいかないのだ。

「待ちなさい! この火事場ドロボー!!」

 一目散に逃げる青年を、タニアは他に聞こえるように叫びながら追いかける。

 青年は剣を腰に差していた。万が一、その剣で斬られる可能性もあったが、それでも逃げることは自分が許せなかった。

 その時、空気を斬り裂くような甲高い“悲鳴”が館の外から響き渡った。

 思わず耳を塞いだタニアが見たのは、窓の外で“機神”の触手が火花を散らして大きく揺れている姿だった。何が起きたのかは分からないが、“機神”が苦しんでいるようだった。

 男爵がきっと何かをやったのだ。

 青年も異変に驚いて足を止めていたが、やがて再び逃げ出した。

「逃げるな!! この変態ヤローーー!!」

 タニアはもう何でもいいから叫びつつ、追いかける。

「どうした!?」

 タニアの叫びを聞きつけてきた傭兵が青年の前に立ち塞がる。青年は別の道を逃げるが、その先にも傭兵が妨害に入る。

 青年はあちこちを逃げ回るが、次々に現れる傭兵たちの前についに逃げ場を失っていく。結局は壁がなくなった館の広間に戻るしかなくなっていた。

 青年を追っていたタニアがようやく追いつくと、そこではログをはじめとする傭兵の面々が青年を取り囲んでいた。

「ログさん!? 魔物たちは──」

「“機神”の異変と同時に逃げ出した。統率していた“被験体”が倒れたからだろう」

 見れば、床に倒れた魔物のなかに、あの半機械の魔物がいた。あれだけの不死身っぷりが嘘のようにまったく生気は感じられなかった。

 ログは青年の方を向き直る。

「ともかく、なぜ貴様がここにいる? その槍を持ち逃げしてどうするつもりだった?」

 その場に腰をつき傭兵たちに怯える青年を、ログは見下ろしながら言った。

 青年は包囲されて気押されているが、それでも槍を放そうとはしない。

「ぼ、ぼくはヒュールフォン=フィルディング様の従者となったんだ。あの人はぼくが勇士シグの後継者だと認めてくれたんだ」

 恐怖と過大な自負心の混じった不審極まりない視線で青年は答える。

「あ、あの人はユールヴィングの正体を教えてくれた。この《戦乙女の槍》はそんな奴が持っていいもんじゃない!」

「……だから、持ち逃げしようとしたのか」

「ぼくは戦乙女が選んだ勇士シグの後継者だ! ぼくの方が持つのにふさわしい!」

 青年の態度にログの部下たちは顔をしかめる。

「副長、こんな奴の言い分、まともに受け取ることないですぜ。早く隊長のところへ持っていきやしょう」

 部下たちが青年を取り押さえにかかる。

 その瞬間、青年が動いた──が、タニアの目には何が起こったのか分からなかった。

 彼女が気づいた時には青年は剣を抜き、それをログが剣で受け止めていた。

「……下手な芝居はよせ。仮面の剣士」

 ログが押し殺した声で告げた。

「……気づいていたのか」

 青年が言った。先ほどまで怯えていたのが嘘のような冷笑を浮かべる。

 ログと青年が同時に刃を引くと、互いに斬撃を繰り出す。二人はそれを躱すように間合いをとって離れた。

「先ほどの肩すかしの意趣返しをしたかったんだがな。いつ、気づいた?」

「エールス村での一件からだ。おまえの持つ剣の握りの感触が、シグの魔剣と酷似していた」

 青年は冷笑を崩すことなく、懐に手を入れる。

「なるほど、貴様らしい読みだ」

 青年は懐から仮面を取り出すと、それで自分の顔を覆った。

「貴様とはこの姿の方が良いだろう。ともかく、これでようやく堂々と名乗ることができる」

 仮面の剣士となった青年は、槍を足許に置いたまま、剣を構えた。

「わたしの名はシグ。正真正銘、勇士シグの末裔だ」


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