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光と闇

『始まったようです』

 自分と同じ姿の、そして手にする槍の名の由来でもある戦乙女が告げた。

 リーナの脳裏にもその光景が鮮明に映り出す。

 研究所で見た《アルゴ=アバス》が戦っている姿だ。その声も幻聴となって伝わる。それは合成音となっているが、マークルフの声に間違いなかった。

『見えるでしょう。取り込まれた“機神”を通して戦うマークルフ様の姿が──』

 この場にいるもう一人の自分、エンシア王女のリーナが言った。

 しかし、次々に浮かぶ光景はマークルフの苦戦を伝えている。

『決めるのです。迷えば“機神”はさらに力を取り戻すことになる』

『戦っているマークルフ様も助からなくなるわ!』

 二人の自分がリーナに決断を迫る。

「で、でも、何を決めるのですか! それに、ここはどこで、あなたたちは誰なんですか!」

 リーナは思わず叫んだ。仮にどちらを選んでも大きな犠牲と危険は否めない。しかし、選ばなければ事態は悪化するばかり。そんな状況に、叫ばずにはいられなかった。

『私たちはあなたが選ぶべき“形”です』

 戦乙女が告げた。

『“神”はあなたに戦乙女の“力”を託しました。しかし、いまのあなたは戦乙女でも、エンシア王女リーナでもありません。まずはそれを選ばなければなりません』

『戦乙女の力の本質は願いを“形”にするもの。あなたはまず、自らの“形”を選ばなければなりません』

 エンシア王女リーナが告げる。

「でも! どちらを選べと言われても──」

 戦乙女の“形”を選べば“聖域”は崩壊し、“神”と“機神”の戦いが始まる。人のままでいることを選べば自分は死に、力尽きるまで“機神”の暴走は止まらない。しかもその間に“聖域”の外に出てしまえば、“機神”は完全に復活する。

『選ばなければ、それ自体が最悪の選択となるでしょう』

『このままマークルフ様が倒れるのを黙って見ているの?』

 脳裏に再びマークルフとヒュールフォンの戦いの光景が浮かぶ。

 ヒュールフォンの放った光弾を背後の街から庇うためにマークルフはそれを正面から受け止めていた。しかし、次第に圧されはじめ、ついに光弾は爆ぜ、マークルフの姿がそのなかに消えた。爆ぜた光弾も魔力の爆風となって街へと襲いかかる。

「やめてッ!!」

 リーナは思わず目を逸らした。

 二人の“形”は何も告げなかった。すでに必要なことは与えられ、選択を待つのみだというこなのだろう。このうえなく残酷だった。そして、それ以上に残酷な選択を自分はしなければいけないのだ。

 自分はマークルフを助けたい。そう《戦乙女の槍》に誓ったのだ。

 だが、目の前で同じ槍を持つ戦乙女になることを選ぶことはできない。

 エンシア王女としてこのまま死ぬことを選ぶこともできる。でも、何もかも投げ捨てて死に逃げることなどできなかった。それは《戦乙女の槍》に誓って自分を守ると誓ってくれたマークルフを裏切ることになる。

 しかし、このままでは事態はもっと最悪の方向に向かうことに──

 その時、再び脳裏に地上での激闘の姿が浮かぶ。

 最悪の事態を想定したリーナだったが、すぐに安堵と喜びに顔を緩ませる。

 身に纏う強化鎧から魔力の火花が散っていたが、ヒュールフォンの蹴り出した脚と右腕の刃で受け止めるマークルフの姿があったのだ。



 光弾がその場を通り過ぎた時、そこには光弾に耐え、装甲が赤熱する《アルゴ=アバス》の姿があった。だが、その右腕の刃はヒュールフォンの蹴り出した右脚を捉え、刃に秘められた破壊の魔力が鋼糸の装甲を破壊していく。

『貴様ッ!?』

『……これが受けの美学ってもんだ。覚えておけ!』

 ヒュールフォンの右脚から新たな鋼糸が足首に巻き付いて再生するが、刃はさらにそれを砕き続ける。それが拮抗したまま、二人は対峙する。

 そして、街を襲ったはずの魔力も急激な減衰により、街路と外壁を破壊したものの、人の集まる城下までには届いていなかった。

『再生優先で光弾の維持に力は注げなかったようだな』

 ヒュールフォンの纏う鋼糸は攻防一体だ。それ自体が刃となり、鎧となり、魔力を放つ武器ともなる。

 だが、それは同時に全てを一つで行うということだ。

『はったりなどど、きさまと一緒にするな、ドブ犬!』

 ヒュールフォンの身体が浮かび、左脚でマークルフの右腕を蹴り払おうとする。

 だが、マークルフはその力を受け流すように身体を傾けながら両腕でヒュールフォンの脚を掴む。そのまま相手の脚を軸に身体を捻り、思いっきり投げ飛ばす。

 ヒュールフォンも間接は自在にならないのか、逆らうことができずに投げ飛ばされた。

 その先にあるのは城下街の外れだ。ヒュールフォンは外壁の見張り塔に衝突し、辛うじて残っていた塔はヒュールフォンを下敷きにしながら崩れていった。

『甘くみるなよ、ヒュールフォン。これがユールヴィング流──』

「光と闇のナントカ理論ですね!」

 自分の台詞を奪われたマクルーフが驚いて振り向く。

 そこには先日、出会った記者(見習い、それも多分)の少女テトアがいた。

 興奮した様子で目をきらめかせながら、メモを手にしていた。

「一の力で仕掛け、相手が二の力を出さば、相手の力を利用して三の力で返す! そして相手の力を十分に引き出しておいて、おいしいところだけをいただく! 光と闇の均衡にたとえた初代“戦乙女の狼犬”の強化鎧闘法! こんな間近で見られて感激です!』

「ほう、それを知っているとはよく勉強して──じゃねえ! 何だ、そのナントカ理論っていうのは!? いや、そもそも間近すぎだ! なんでこんなところにいる!? とっとと逃げろ!」

 マークルフは叫ぶが、テトアは自信ありげに胸を張る。

「大丈夫です! あたしにはこの臨場感を少しでも記事する使命がありますから!」

『ぜんぜん、大丈夫じゃねえ!』

 マークルフの右脚が急に重くなり、地面に膝をついた。

「だ、だいじょうですか!?」

『心配ねえ。ちょっとした立ちくらみだ』

 いまのが右脚部位の魔力伝達不調と判断したマークルフは《アルゴ=アバス》のダメージコントロールを始める。損傷した部位の伝達をカットし、他の生きている部位に回路を繋げ直す。こうすることで、《アルゴ=アバス》の能力低下を極力、抑えるのだ。

 モニターに損傷状況が表示され、機能の回復がはじまる。

『ともかく、本当に逃げろ。巻き込まれても責任もてないぜ』

 機体の調整が終わったマークルフは立ち上がる。

「わかってます。ですが、伝説の戦いを前に黙っているわけにはいかないんです! 誰かが伝えないといけないんです!」

 マークルフは黙って手足を動かし、回復具合を確認する。先ほどよりも機体が軽くなったが、やはり損傷の影響は重さとなって残り、魔力の残量も半分を切っていた。

『……分かった。見せてやるぜ、ユールヴィング流の闘い方をな。ただし、離れてみていろ』

「でも──」

『心配するな。遠くからでも分かりやすい、奥の手を見せてやる……その代わり、派手な記事にしろよ。これが、俺と《アルゴ=アバス》の最初で最後の大一番になるかもしれねえんでな』

「そ、それって、戦いの前に言ったらダメなお約束の台詞じゃないですか!?」

『勘違いするな。“機神”をぶっ倒して、何もかも終わらせるってことだ』

 マークルフはそう言うと前に踏み出す。

『それから、ナントカ理論じゃねえ。記事にするならちゃんと覚えておけ。これは〈光と闇の天秤理論〉だ。てめえは名前の記憶力がなさ過ぎだ』

「す、すみません」

『……だが、ここまで逃げずにいた勇気だけは少し認めてやる。だが、こっからは近くに来るんじゃねえぞ』

「は、はい! この目で見届けさせていただきます!」

 マークルフは機体のバーニアを吹かすと、ヒュールフォンの後を追って跳躍した。



 リーナにもマークルフと記者らしき少女の話は伝わっていた。“機神”はすでにこの近辺全てを知覚できるまでになっているようだ。

「マークルフ様……」

 リーナは以前にマークルフとした会話を思い出す。



『祖父様は言っていた。この世界において最も強い存在は“神”でも“機神”でもない──ってな』 

『それでは、最も強い存在とは何なのですか?』

 不思議に思ったリーナにマークルフは答えた。

『法則だ』

『法則?』

『そう、“光”と“闇”は常に均衡となるように世界の法則は働いている。光と闇の頂点に立つ“神”も“機神”も、その法則に縛られる存在には違いない。その法則を理解し、利用したものが一番強い──それが祖父様の持論だった』

 その時のリーナにはこの話はいまいち理解しきれなかった。英雄と呼ばれた人物は物の考え方が違うぐらいにしか思っていなかったからた。

 だが、マークルフが“聖域”の力を利用し、圧倒的に力に差のある相手と渡り合う姿を見て、いまならそれがよく分かる。

『光と闇、そして均衡──絶えず揺らぎ、揺るがし続けるこの力を利用するためには、その間の軸となる揺るぎない意志が必要だと、俺にこの理論を残した。祖父様はこれを〈光と闇の風見鶏理論〉と名付けた』

『……』

 威張るように胸を張るマークルフに、リーナは微妙な沈黙で答える。

『……ええと、何か気になることでも?』

『あの、風見鶏って風でパタパタクルクルするものですよね?』

『ああ』

『失礼ながら、揺るぎない意志とはいまいち合わないような……』

『そうか?』

『せっかくの大切な教えなのです。多くの人に理解してもらうためにも分かりやすくした方が良いと思うのです。そう、例えば天秤なんてどうでしょうか? 両方に傾いても真ん中の支柱は揺るぎません。これならぴったりだと思いませんか』

『……うん、まあ、いいとは思うが、その……祖父様は風見鶏が好きで……それにこれを知ってる人間はそういないし──』

 マークルフは反論を試みるが、リーナはさらに力説する。

『なら、なおさら、いまのうちに考え直すべきです。風見鶏では日和見みたいじゃないですか? これではお爺様の教えを曲解する人たちが出来てくると思うのです!』

『……ええと、風見鶏に何か恨みでもあるのかな、リーナ?』

 結局、マークルフが折れる形で、〈光と闇の天秤理論〉の名に決まった。

 ただし、それは広く後世に遺す場合に使うという条件でだった。



 リーナは唇を噛みしめた。

 マークルフは覚悟を決めているのだ。

 最後まで自分の我がままを許してくれたのに、自分は何も決められずに迷って泣き言を言っているだけではないか。

 リーナはあらためて二人の“自分”を見た。

 “形”である彼女らはリーナの選択を待つように、自分の手を差し出す。

 リーナはその場に立ち尽くしたまま悩む──いや、考える。

(大事な教えを私は間近で聞いているのよ。それを思い出して──マークルフ様を見殺しにするなんて絶対にできない!)

 光の戦乙女と、闇の亡国の王女。光と闇の間に自分は立っている。

(あなたはどうしたいの? マークルフ様を支えるという誓いを忘れたの?)

 必死の覚悟を決めたマークルフと同じように、自身もその覚悟を決めてこそ、この窮地を打開する方法があるはずだ。

 そう、自分たちは《戦乙女の槍》に誓った“天秤”なのだ。

「槍……」

 目の前の戦乙女が持つ槍に目を向ける。それは本物ではなく、象徴なのだろう。

 だが、それこそが二人をつなぐ“天秤”の支柱だ。

 この槍を共に手に持ちながら、立ち向かう時なのだ。

(私の望む“形”は──)

 リーナの脳裏にある考えが閃く。それは確証もなく、自分もどうなるか分からないものだった。

 だが、リーナはそれでも決意の顔を浮かべる。

『決めたのですね、自らの運命を──』 

『その選択が正しいことを祈ります』

 光と闇の“形”が手を握るのを待っている。

(矛盾しているかもしれない。でも、その矛と盾が自分のものとなれば、きっと──)

 リーナはゆっくりと手を上げた。

 そして、戦乙女の方へと手を向けたのだった。


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