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“聖域”を舞台に

 瓦礫の山と化した研究所の地下において、かつての伝説の戦いが再現されようとしていた。

 伝説の英雄の血と強化鎧《アルゴ=アバス》を受け継いだマークルフと、かつての故国が為し得なかった“機神”の覚醒と融合を果たしたヒュールフォンだ。

『悪趣味も行き着くところまで来たみたいだな、ヒュールフォン=フィルディング』

 鎧の合成音声を通して、マークルフは吐き捨てるが、 ヒュールフォンは逆に肩を揺らして愉快そうな態度を見せる。

『貴様には……負けるさ。どうかね、先代の亡骸を冒涜……してまで、手に入れた鎧の着心地は──』

 先ほどの拳で亀裂が入っていた顔面の甲殻がたちまちに修復していく。その喋り方も徐々にだが滑らかになっており、“機神”との融合がより進んでいるようだ。

『最高だね──てめえをぶちのめせるんだからな』

『では、その最高の力とやら……見せて、もらおうではないか』

 ヒュールフォンはゆっくりと左の掌をこちらに向けた。

『ああ、見せてやるさ』

 マクルーフもその挑発に乗り、右の掌を向ける。

 両者は掌を重ね、そのまま力比べに入った。

 両者の力は拮抗しているように見えた。しかし、次第に《アルゴ=アバス》の手が押し返されていく。マークルフは左手を出すが、ヒュールフォンの右手がそれを受け止めた。

 両手を組み、完全な力合わせに入ると《アルゴ=アバス》の両腕は押し返され、やがて膝を付くまでに押し込まれていく。

(やはり、まともな力比べは無理か。しかし、奴はいったいどれほどの魔力を蓄積しているんだ)

 《アルゴ=アバス》は全ての動力ユニットを稼働させているものの、その魔力の生成量は“聖域”の影響によってかなり落ち込んでいる。研究所の魔力が余剰分として蓄積されているため稼働時間は長くなっているが、瞬間的な力はどうしても低下する。

 だが、それは相手も同じ条件のはずだ。しかし、向こうはよほど効率的な魔力の生成を可能にしているのか、さらに力をこめて、マークルフを押さえ込みにかかる。

(やはり、本体の方をどうにかしねえと──)

 マークルフは力負けをし、ついに片膝を付く。

『ちいッ……』

『どうした? わたしの前で跪くか……ユールヴィング』

 ヒュールフォンが余裕の声をあげるが、マークルフは仮面の下でほくそ笑む。

『いや、捕まえただけさ』

 マークルフが逆にヒュールフォンの手を逃がさないように握り返すと、マークルフは左脚の爪先を叩いて地面に合図を送る。

『ぬうッ!?』

 途端に二人の間に岩盤の壁が飛び出し、ヒュールフォンの両腕を下から押し曲げる。

『おらぁッ!』

 さらにマークルフは渾身の拳を壁を突き破りながらヒュールフォンの股間に叩き込んだ。

『おおッ!?』

 ヒュールフォンの動きが止まると、マークルフはその両脚を掴んで相手を倒す。そのまま弧を描くようヒュールフォンを振り回すと、その勢いのまま上に放り投げた。

 ヒュールフォンは自らが開けた天井の穴から外へと姿を消した。

『……エルマ、マリエル、アード、ウンロク。ぎりぎりまでの調整、感謝するぜ』

 マークルフは隅で戦いを見守るエルマたちに親指を立てる。

『これなら奴と正面から戦えそうだ』

「感謝の言葉をもらっといてアレなんですが、言葉の割にはやってることはかなりえげつない……」

 アードの言葉に他の三人が頷く。

『……真正面からとは言ったが、正々堂々とは言ってない。とにかく、後はこっちにまかせろ。おまえたちはどこかに避難してくれ』

 マークルフはそう言うと、右脚の爪先で合図を送る。この決戦のため、ここに来るまでに念入りな打ち合わせをしており、その時に決めた合図に従い、マークルフの真下から土の壁が飛び出す。マークルフはそれに乗って勢いよく上に上がると大きく跳躍し、背中のスラスターを起動、ヒュールフォンの後を追った。



「……これでわたしたちの役目は終わったわね」

 エルマが天井の穴から見える輝く夜空を眺めながら言った。

「……いやー、すごく失礼なことを言うようですけど──」

 かろうじて残っていた天井の照明からウンロクが飛び降りる。

「何?」

「男爵ってまともに戦えるんですかね?」

「そうっすね……いまのも何度も通じるような攻撃じゃないですよ」

 アードとウンロクも空を見上げる。

「……とはいえ、いまの《アルゴ=アバス》じゃ〈アトロポス・システム〉も使えないし、性能を十分に発揮できる状態じゃない。まともに戦って勝てる相手でもないし、手段を選んでいる場合じゃないわ」

 マリエルも厳しい顔で上を見る。

「身もフタもないっすね、所長代理」

「事実を言ったまでよ」

「まあまあ、男爵ならどうにかするんじゃない?」

 エルマはそう言うと、その場に座り込んだ。

「“聖域”という舞台で彼の右に出る立役者はいないわ。 まともに戦えない状態で、まともじゃない相手に勝つ番狂わせ、男爵なら上手いこと考えてくれそうじゃない?」

 エルマの問いかけに答える者はいなかった。

 それは全員が同じように思ったからだった。



 研究所に開けられた穴から外に飛び出したマークルフが見たのは、混乱を極める城下街の光景だった。人々は逃げ惑い、所々で火の手が上がっている。

『どこを見ている』

 背後からの声と同時に強烈な蹴りがマークルフに炸裂する。その強烈な一撃にマークルフは吹き飛ばされ、眼下の林に叩き付けられる。

『チッ!』

 木を何本かへし折りながらも、マークルフは踏みとどまった。《アルゴ=アバス》の装甲が打撃を全て受け止めていたが、その“痛み”はマークルフの身体に伝わる。それは《アルゴ=アバス》の状態を装着者に正確に把握させるための信号である。それに従えば、いまの打撃によるダメージは微々たるものだった。

『さすがだな。力を十分に発揮できずとも、その頑強さは健在か』

 宙に浮きながら、鋼糸の鎧を纏うヒュールフォンが言った。

『けっ……すっかり冗舌になりやがったな』

 ヒュールフォンが地面に着地する。

『貴様を葬るため、“機神”とより一体化したのだ』

『すると、てめえは機械仕掛けの神か。いっとくが、それに頼るのは三文芝居のなかでも下の部類だぜ』

『案ずるな。貴様を飽きさせることはしないさ。見るがいい! 世界の運命そのものたる闇の神を怖れぬ不遜の輩よ! 覚醒せし闇の神の偉容、とくと目に焼き付けるがよい!』

 《アルゴ=アバス》の外部の状況を伝える感覚器が巨大な魔力の流れを感知した。

 ヒュールフォンの遙か背後にそびえる“機神”を覆っていた城塞。“機神”が放つ光で輝く城塞から三対の鋼の翼がゆっくりと姿を現した。鋼糸と甲殻で編み上げられた翼は、本体の光を受けながら天を覆うように広がっていく。

 思わず、マークルフもその偉容に息を飲んだ。

 広がった鋼の翼の甲殻の全てに瞳孔が映しだされる。無数の瞳が地上を睥睨し、その異形と視線に捉えられる恐怖で、混乱にさらに拍車がかかる。

 そして、全ての瞳がマークルフに向けられた。

『刮目するがいい。数多の神の瞳を──これが世界を統べたエンシアをも滅ぼした闇の威光だ』

 甲殻から瞳孔が消えた。代わって翼の根元の甲殻が禍々しい深紅の光を宿す。凶光は甲殻から隣の甲殻へと次々と移っていきながら、それぞれが意思を持つかのように翼に広がっていく。敵のの反応を捉えた“機神”が見せる警戒と威嚇の姿だった。

『どうした? 畏れ多くて言葉も出ないか』

 “機神”本体の異形の光景を背にしながら、ヒュールフォンが言った。

『……ああ、そうだな』

 マークルフは両脚で地面を踏み締める。

『てめえのようなおまけを抜きとして、あんな怪物を打ち倒すとは、さすがは祖父様だ』

 普通なら、どんな勇猛な戦士でも“機神”を前に怯まない者はいないだろう。だが、祖父は使命と共にそれに立ち向かう気力を自分に遺してくれたのだ。

『そうか。だが、もう捕まえたぞ』

 ヒュールフォンの言葉の意味に、マークルフはすぐに気づいて足許を見る。

『しまッ──』

 地面から伸びた鋼糸が左足首に巻き付いていた。ヒュールフォンの脚と繋がっていた鋼糸は地面から姿を現し、《アルゴ=アバス》の重い機体を軽々と持ち上げ、振り回した。スラスターを吹かしてそれに逆らおうとするが、ヒュールフォンの全身から一本、また一本と鋼糸が伸びて《アルゴ=アバス》に巻き付く。そのまま強引に振り回され、次々に地面や木々に叩き付けられていく。

『フハハ、先ほどよりも力が増しているのが分かるかな?』

 ヒュールフォンが腕組みをしながら高笑いをする。

 マークルフは刃を展開しようと右腕を上げるが、それよりも早く別の鋼糸が右腕に巻き付いた。鋼糸がきつく締め付け、右手甲の刃に格納された刃の展開を封じる。

『いい加減にしろ!!』

 だが、マークルフは左手甲から刃を展開すると、拘束する鋼糸を切断する。

『そうか、左にもあったな』 

 ヒュールフォンが瞬く間に目の前に迫り、マークルフの腹を蹴りつけた。

 吹き飛ばされたマークルフは地面に叩きつけられようとしたが、その先に避難してきたらしい市民の一団がいることに気づく。

『ふざけるなよ、ヒュールフォン!!』

 《アルゴ=アバス》のスラスターで軌道を強引に逸らし、人のいる辺りから離れた所に墜落した。

 側にいた市民らは悲鳴をあげて逃げ出したが、どうやら巻き込まずにはすんだらしい。

 立ち上がると、ここはすでに城下街の外壁を一望できる場所だと知る。そこからは人々の悲鳴も聞こえ始めていた。

(……なるほど、誘導されたか)

 上空には“機神”の翼からほぐれた無数の鋼糸が、光を映す暗雲のなかを張りめぐらされている。

 《アルゴ=アバス》の感覚器から、その一本一本が魔力を伝導し、地上に送られているのが分かった。

おそらく、地上にいる古代機械や魔物を制御しているのだろう。“聖域”内で魔力の減衰が激しいはずだが、それ以上の魔力の効率と供給で補っているのだろう。まさに見えない操り人形の糸だ。

『卑怯な手だと怒るなよ。先ほどの返礼だ』

 ヒュールフォンがいつの間にか追いつき、目の前に着地する。

 その場に残っていた市民たちも、“機神”と同じ姿のヒュールフォンを見ると、慌てて逃げ出していった。

『何だ、逃げるのか。わたしが余興を見せてやろうというのに無粋な連中だ。消えろ』

 ヒュールフォンの左肩の甲殻から紅い閃光が迸ると爆発が起こり、市民たちを巻き込んだ。

『ヒュールフォン!? てめえ!!』

 マークルフは右手甲の刃を展開する。両手甲から伸びた湾曲状の刃は魔力を帯び、真紅に輝く。

『何を怒る? 彼らのおかげでわたしの手の内の一つが見れたのだぞ? 喜んだらどうだね?』

『てめえの手の内ぐらい、すぐに見切ってやるさ……だがな、客に手を出すのは興業主が一番やっちゃいけねえことだぜ、ゲス野郎が──』

『わたしの余興をわたしがどうこうしたところで何の問題がある?』

 ヒュールフォンの全身からほどけた鋼糸が蠢く。

『問題外だね。前提から大間違いだ』

 マークルフは身構えた。

『てめえの余興じゃねえ。これはな……“戦乙女の狼犬”の大舞台だ!』

 《アルゴ=アバス》の背部バーニアから魔力が放たれ、マークルフはヒュールフォンの目前まで瞬時に間合いを詰めた。鋼糸の群れが盾となって阻むが、魔力付与で鋭さを増した刃の一閃でそれらは両断される。しかし、ヒュールフォンは自ら後ろに跳んで間合いを取りながら、新たな鋼糸を展開、その幾つかが鞭となって襲いかかる。

 マークルフがその一本を躱すと、それは近くの岩を容易く切断した。さらに襲いかかる鋼の鞭の群れを、マークルフは両腕の刃で切り刻む。

『ははは、やるではないか! さて、どこまで喰らいつけるかな!』

 ヒュールフォンはさらに離れながら、鋼の鞭を放つ。

 全身に鋭い“痛み”が走った。どこまで切り刻んでも切りが無い鋼糸の鞭が《アルゴ=アバス》の装甲に傷を付ける。

『どうした? もう動きについていけなくなったか?』

 ヒュールフォンが一気に鋼糸の鞭を畳み掛ける。

『受けの美学ってのがあってだな!』

 それを待っていたマークルフは左手甲を前にかざした。その手甲を中心に全面に魔力の楯が展開する。

『受け続けてこそ、反撃の切り口があるってもんなのさ!』

 魔力の楯によって鋼糸の鞭が受け流される。そのまま前へと、鋼糸の群れを押しわけながらヒュールフォンを間合いに捉える。

『だが、強引すぎるな! 稚拙な攻めでわたしを斬れるかな!』

 相対的な距離を縮めても、相手は常に後方に高速移動している以上、効果的な一撃を加えるのは難しい。

 それでもマークルフは右の刃をヒュールフォンの顔に向かって突き出す。刃はヒュールフォンの顔の横を掠めた。

『──ヌウッ!?』

 しかし、刃は外したのではなかった。今の動きは刃で斬るのではなく、右手でヒュールフォンの顔を鷲づかみにするためだった。相手の顔を掴んだマークルフは、ヒュールフォンを強引に地面に叩き着けようとする。

『図に乗るな!』

 ヒュールフォンの浮力がさらに強くなり、地面に叩き着けるどころか、逆に上へと運ばれようとする。

『このわたしを地面に這わせようなど、不遜の極みと知れ!』

 ヒュールフォンの胸と腹の甲殻から魔力の衝撃がまともに直撃させた。マークルフの肉体が悲鳴をあげ、仰け反る。その間にヒュールフォンは上へと逃れようとする。

『逃がすか!』

 マークルフが左腕のの刃を突き出す。ヒュールフォンはそれを躱し、今度は手からも逃れる。だが、マークルフの突き出した左腕、ヒュールフォンの背後に魔力の楯が展開する。

『番狂わせと楯には裏があるんだぜ!』

 マークルフは左腕を引いた。魔力の楯でヒュールフォンを背後から引き寄せつつ、身をよじって強引に地面へと投げつけた。そうして、地面に叩き着けられたヒュールフォンに向かって右腕の刃に魔力を集中、渾身の一撃が相手の左肩に決まった。

『──ッ!?』

 マークルフの斬撃はヒュールフォンの肩口で受け止められていた。

『……これが受けの美学というものかな?』

 ヒュールフォンの余裕に満ちた声が聞こえ、刃を受けたまま強引に立ち上がった。

 マークルフは刃にさらなる魔力を集中した。左腕が防御の楯なら、右腕は攻撃の矛だ。右腕で魔力は破壊の力に変換され、真紅の輝きを増した。

 しかし、赤熱する刃を以てしてもヒュールフォンの鋼糸の装甲を切り裂くことができない。

 マークルフは気づいた。刃が全く通用しないのではない。刃は鋼糸の鎧を斬り裂き、めり込もうとするが、それ以上の早さで鋼糸が再生して刃を押し返しているのだ。

『では、反撃といこうか』

 ヒュールフォンの全身の鋼糸が槍衾のように《アルゴ=アバス》に突き刺さる。

 後ろに弾き飛ばされたマークルフに、さらにヒュールフォンは右掌をかざす。

『さあ、これはしのぎ切れるかな』

 巨大な魔力の光弾が放たれた。

 避けようとしたが、背後は城下街の外壁がそびえている。避ければ流れ弾となって城下に、そこにいる人々が巻き添えになる。

『ちいッ!』

 魔力の楯を展開して、それを受け止める。しかし、光弾の圧力はさらに強くなり、徐々に後ろへと押されていく。

(クソッ、全く息切れしやがらねえ)

 驚速の再生に光弾の維持──絶えず“機神”本体から魔力を受け取り、攻防一体の鋼糸に包まれた相手にマークルフは攻めあぐむ。

 その時、マークルフは祖父の言葉を思い出す。この時を予見していたのか、“聖域”における戦いで勝利するための兵法だ。

(待て、いや、そうだとしたら──)

 マークルフはヒュールフォンの弱点について、その可能性を検討する。

(確証はねえがやるしかねえか。このままでは魔力を浪費するばかりだ──)

 マークルフは叫んだ。

『グーの字! 背後の城壁を壊せ!』

 マークルフの背後の城壁の地面が陥没した。自重を支えきれなくなった城壁にさらに土の柱が下から突き上げ、完全に城壁を破壊する。

 城壁が消え、マークルフたちの姿に気づいた人々の悲鳴が沸き上がった。

 マークルフは感覚器の感度を最大に上げ、人々の気配が背後から消えるのを待つ。

『逃げるまで耐える気か。甘いな!』

 光弾を放ったまま、ヒュールフォンが飛びかかり、蹴りを放つ。楯ごと弾き飛ばして、光弾でマークルフと街を破壊する気だ。

 だが、マークルフは自ら楯を解除した。まともに光弾の破壊力を受けるが、その中でも止まることなく、右の刃を突き出す。

『何を!?』

 光弾を突き抜けながら刃と蹴りが衝突した。

 だが、その姿はすぐに爆ぜた光弾に呑み込まれていった。

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