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輝く破滅

「陛下! 大変でございます!」

 港への増援部隊を編成させ、玉座で知らせを待っていた若き国王ナルダーク三世の許に、大臣が血相を変えて駆け付ける。

「どうした? ユールヴィング男爵に何かあったのか?」

「そ、それが! ともかく外をご覧ください! “機神”に異変が起きております!」

「何だと!?」

 ナルダーク三世は大臣に連れられ、王城の窓から外を確認する。

「……何だ、これは?」

 夜明けはまだのはずなのに、外が白み始めていた。

 だが、照らしているのは太陽ではない。王都の外れに建つ城塞から放たれている目映い輝きだ。

「……まさか──」

 城塞のなかには“機神”が眠っている。光源はまさにそれとしか考えられなかった。

 城下では異変に気づいた人々が表に出ていたが、原因が“機神”と気づいたのか、一目散に逃げ出し始める。

「急いで騎士団を出動させろ! 市民の避難と誘導にあたれ!」

 大混乱を予想し、ナルダーク三世は急いで指示を出す。

「ユールヴィング男爵はどうしている!」

「は、はい! 港でも異変があったらしく、詳しいことはまだ──」

「伝令を出せ! 《アルゴ=アバス》の発動を許可する! 急いでこの原因を突き止め、対処させよ! 研究所にもこの異変の原因を調べさせるように伝えておけ!」

 ナルダーク三世は息を呑む。

 “機神”が蘇れば、この王都だけでなく“聖域”全体が焦土と化すかも知れないのだ。いまこの場で自分ができうる最善の策を以て、対処しなければならない。

 しかし、緊張で手が震え、どうにも抑えることができない。

 王たる自分が動揺していては、臣下も民も恐慌に陥り、さらなる混乱を呼ぶだけだ。その姿を他の者に見られてはならないのだ。

 その手に細い女性の手が重なった。

「……最後までお供いたします」

 王妃だった。気遣うように自分の顔を見上げつつ、普段とは違って国王の妃として毅然として立っている。

「……ありがとう」

 ナルダーク三世は王妃の手にさらに自分の手を重ねると、浮き足立つ臣下たちを一喝するように次の指示を出すのだった。



(クソッ──)

 船の残骸と共にマークルフは暗い河底へと沈んでいく。装甲を纏った右腕が重く、浮かび上がれない。右腕の魔力もかなり消費しており、蓄積されていた疲労がのしかかってくる。

 真下から突然、地面が柱状に隆起してマークルフの腹に当たった。

「ウボゥォッ──!?」

 柱が急加速して水面までマークルフを押し上げると、勢いのまま宙に放り投げる。

 マークルフは、狙いすましたように筏の上に落下した。

「ヌワッ!?」

「おお、男爵、無事であったか!」

 筏に剣を刺して掴まっていたディエモス伯爵が声をかける。

「副長は先にエルマ殿の船で救助されたぞ。なかなかあがってこないから心配していたところだ」

「……あ、ああ、デカブツがもう少し加減をできたら、もっと無事なんだがな」

 水面まで押し上げられた勢いでかなり水を飲んでしまったが、助けたのは《グノムス》に違いない。どうやら、まだ近くにいるらしい。

「──何だ!?」

 起き上がろうとしたマークルフは、すぐに異変に気づく。夜明けはまだのはずだが、周囲が異様に明るいのだ。その光源を目で追ったマークルフが捉えたのは、“機神”が眠りについているはずの城塞からだった。

「先ほどから輝きだしたのだ。神々しくも思えるが、それだけに無気味だ」

 伯爵が険しい顔で言う。確かにその通りだ。“闇”の魔力を糧とする“機神”が光を放つなど普通はありえない。だが、先ほどの触手の出現からも、“機神”が覚醒しつつあるのは間違いない。

 そして、リーナもそこにいるに違いないのだ。

 マークルフは立ち上がると、《アルゴ=アバス》の起動信号を発信した。

「おお!?、それが噂に聞く──」

 マークルフの全身を這うように展開する紅き光の紋様に、伯爵が感嘆の声をあげる。

 しかし、いくら待っても、研究所から射出されるはずの《アルゴ=アバス》は来なかった。

「──何やってるんだ、あいつらは!? この時のために《アルゴ=アバス》を管理させているんだぞ!」

 マークルフはその場にいないマリエルたちを怒鳴り上げるが、それは虚しく宙を響くのみだった。



「……本当に出さないんですか、所長代理?」

 男爵からの《アルゴ=アバス》発動信号がモニターに表示されていたが、確認するアードにマリエルは首を横に振った。

 マリエルは測定器で観測されているグラフを睨む。急に観測されはじめた“光”の輝力と、それに埋もれるように微かに反応している魔力のグラフを──

 マリエルたちは“機神”の異変を測定器の異常でいち早く察知し、目視でも確認していた。

「ええ。もし、うちの予測が当たっているなら、いまの状態で出すわけにはいかないわ。少しでも長く“機神”と戦えるようにしないと──」

「“機神”が復活するっていうんですかい?」

 肝を冷やすウンロクに、マリエルも緊張に顔を強ばらせながら頷く。

「“機神”に何が起こってるんですか? 所長代理?」

「……おそらく、対生成機関の魔力獲得過程における輝力放出現象よ」

 マリエルがそう答えると、アードとウンロクも驚いた表情を浮かべた。

 魔力の供給が不安定となった古代エンシア文明末期、科学者たちはその問題を解決するべく様々な研究を行った。その一つとして研究されていたのが対生成機関だ。

 “闇”の魔力が“光”の輝力と常に均衡し、対生成や対消滅する性質を利用したものだ。魔力ジェネレータに“光”の属性を封じ、魔力の生成と同時に“光”の属性を干渉させることで、安定した均衡状態で魔力を生成する。その時に同レベルの輝力も発生するが、魔力と対消滅する前に機関からそれだけ排出すれば、魔力だけを抽出することができる。表面的には輝力が放たれているように見えるが、内部は生成された魔力で満たされるのだ。

「“機神”は元々、エンシアが生み出した動力理論の集大成。対生成機関の能力を持っていてもおかしくはないわ。それにこれなら“聖域”の干渉を避けて魔力を供給できる」

「し、しかし、だったら“光”の属性に何を使ってるんですかい? エンシアだってなかなか用意できなかったんですぜ」

「分からないわよ! だけど目の前の現象とデータはそう結論を出しているわ」

 ウンロクの言うことも分かる。“光”の属性とはすなわち“神”の従属たちに他ならない。そんな存在を捕らえて利用しようなど、エンシアの力でも難問であり、実用には到らなかったのだ。

「うだうだ言ってる暇はないわ。いまから《アルゴ=アバス》に研究所に貯蓄している魔力を全て充填していって!」

「全てですかい?」

「ええ。カタパルトの魔力もそれにまわして!」

「し、しかし、それじゃ!?」

 カタパルトは非常事態のために常に多くの魔力を貯蓄してある。魔力のやりくりが大変な研究所でも、それだけには手をつけずにきたのだ。

「いまは強化鎧の稼働時間を一秒でも長くするのが最優先よ。男爵は必ずここに来るわ」

「……分かりました。男爵たちを信じます」

「ああ、危険は承知ですから、もう退避しろって話はナシですぜ」

 忙しく動き出した二人の背中に、マリエルは無言で謝る。

 二人はああ見えて優秀な研究員だから、きっと分かっているかもしれない。

 この戦い、勝ち目がないかもしれないことを──



「すまねえ、伯爵。騎士にさせることじゃないのにな」

「気にすることはない。少しでも身体を休めたまえ」

 櫂をこぎながらディエモス伯は言った。

 結局、強化鎧は届かなかった。長い稼働で魔力不足となった腕部に引きずられるようにマークルフの身体に疲労が重くのしかかっていた。

「しかし、いまになって何故、“機神”が目覚めたのだ? あれもヒュールフォン=フィルディングの仕業なのか?」

「分からねえ。確かに奴が原因だが、奴も操られているようにも見えた」

「“機神”に心を呑み込まれたか」

「……かもな」

 伯爵の言葉は的を射ているかもしれない。ヒュールフォンの胸にあった闇の球体は自分のなかの“心臓”と似ていた。あれが奴の切り札で、“機神”に関わるものとすれば──逆に死んだ奴の肉体を魔力で蘇生し、その意思を操ることができたかも知れない。

 だが、仮説を立てている時ではない。リーナが助けを待っているはずだ。

「焦りは身の破滅を呼ぶぞ」

 伯爵がマークルフの心中を見抜いたように言った。

「そなたの身体はそなただけの物ではない。待っている人が、必要とする人が大勢いるのだ。忘れぬようにな」

「……すまねえ。その通りだな」

「それに密かに祈ってくれる人もな」

「祈る?」

「いや、これは余計だったな。忘れてくれ」

 マークルフは疑問に思ったがすぐに思い当たる。そうだ、今頃は教会で大公も祈っているところだろう。

「いや、分かっているさ、伯爵」

「何と!? いや、それならこれ以上、無粋な事は言うまい。ともかく、急ごう」

 伯爵は櫂をさらに強く漕ぎ出す。

 見上げる空は暗雲と神々しき光が入り混じり、まるで神の審判が到来したかのようだ。

 港に近づくと人々の喧騒や悲鳴が聞こえだした。すでに混乱が広がっているらしい。

 たどり着いたマークルフを待っていたのは部下の傭兵たちだった。

「隊長!? ご無事でしたか!」

「そう簡単に死ねるかよ。いまの状況を報告しろ。ログたちはどうした?」

「へい! エルマさんは研究所に戻って《アルゴ=アバス》を万全にするそうです。副長も研究所までの護衛をしてから、隊長の槍を取りに戻るそうです」

「分かった。しかし、随分と混乱しているようだな」

「へい。それが──!?」

 部下が驚愕の表情を浮かべた。

 背後に気配を感じたマークルフが振り返るよりも早く、背中に強力な打撃を受けて弾き飛ばされる。

「何だ!?」

 地面に転がったマークルフの前に立ちはだかるのは、両腕を斬り落とされた機械人形だった。

「こいつ、河底から追って来やがったのか!?」

 機械人形の蹴りをマークルフは装甲を纏った右腕で防ぐが、魔力が足りずに腕を弾かれる。

「ぬうッ!」

 ディエモス伯の剛剣が斬りかかるが、機械人形は素早い動きでそれを躱した。

 機械人形の蹴りが伯爵を狙うが、それよりも早くマークルフは右腕の刃を展開し、その胸を貫く。残量魔力が乏しく刃の威力は落ちていたが、マークルフは強引に上へと刃を切り上げた。

 機械人形は肩口から魔力の火花を散らし、その場に膝をつく。だが、その機体の内部から甲高い音が響きはじめる。自爆する気だ。

「逃げろ!!」

 マークルフは叫ぶと逃げずに右腕で顔を庇う。現在の強化状態ならダメージは残るとしても耐えられる。それよりも伯爵たちの盾となって被害を少しでも減らさなければならない。

 だが、急に機械人形の身体が浮かび上がった。

 機械人形の背後から出現した《グノムス》がそれを持ち上げると、河へとそれを放り投げた。

 機械人形は河の向こうに沈むと同時に爆発が起き、水柱と轟音を巻き起こした。

「……グーの字、遅えぞ! 何をボサッとして──」

 リーナをさらわれ、“機神”が無気味な動きを見せているなか、いままで姿を見せなかった《グノムス》に腹を立てようとしたのだが、その姿を見て二の句を継げなくなった。

 《グノムス》の機体のあちこちに鋭く深い傷があったのだ。

「そうか、すまねえ……おまえもリーナを取り戻そうとしたんだな」

 河底から触手が現れたことから、“機神”は地中にもかなり深く根を張っているようだ。《グノムス》でもすでに手に負えなくなっているのだろう。

「随分としつこい奴だったな。ここまで追いかけてくるとは──」

 伯爵が吐き捨てると、部下の傭兵の一人が言った。

「街はもっと大変なんですぜ。古代の機械が勝手に動き出したり、魔物も凶暴化したりで被害があちこちで出始めているらしいんでさ」

「“機神”め、そこまで力を得ているのか。ぐずぐずしてられねえな」

 危機感をさらに強めるマークルフの前に伯爵が立つ。

「すまない、ユールヴィング卿。我が輩が同行できるのはここまでだ」

 伯爵は剣を両手で眼前に掲げる。

「我が輩は街に向かう。騎士として民を守らねばならん」

「伯爵のだんな!? 危険ですぜ、生身で太刀打ちできる相手ばかりじゃないんですよ」

 周りが止めようとしたが、伯爵の決意は変わらない。

「承知しておる。だが、行かぬ理由にはならぬ」

「分かった。おい! クレドガルの誇り高き騎士に馬をご用意さしあげろ! 急げよ。騎士殿を出遅れさせるな!」

 マークルフは部下に命じると、内心で苦笑した。全く、宮仕えにしておくには惜しい役者だ。

「すまぬな、ユールヴィング卿」

「なに、こっちも随分と世話になった。恩に着るよ」

「礼には及ばん。武運を祈っているぞ」

「ああ、そっちもな」

 伯爵は連れてこられた馬に乗ると、掛け声をあげて街へと駆けていった。

「……こっちも行くか。おまえたちは大公の館に戻って、ログの援護に回ってくれ。研究所は俺一人で行く」

「待ってください、俺たちもついていきますぜ!」

「いや、俺が“機神”なら、まず狙うは《アルゴ=アバス》がある研究所だ。俺一人の方がいざという時に自由に動ける。すまんな」

 マークルフが言うと、部下たちもそれ以上は何も言わなかった。

 自分にも馬を用意するように命じると、《グノムス》がマークルフの前に進み出た。鉄機兵はその巨体を跪かせると胸の装甲を開いた。

「おまえが連れてってくれるのか。そうだな、地中の方が余計な邪魔は入らないだろうな」

 マークルフが《グノムス》の中に乗り込むと、装甲が閉じた。

 内部は全面がモニターになっていたが、故障やエラーを示す表示が幾つも浮かんでいた。

「おまえも随分と怪我をしているようだな……すまんがひとっ走り頼むぜ」

 マークルフは眠るように目を閉じた。

 やがて始まるであろう過酷な戦いに備え、少しでも身体を休めるために──


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