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復活

「……貴様──」

 憎しみと困惑に美しい顔を歪めるヒュールフォンの隙を見て、リーナがマークルフの許へと駆け寄った。

 追いかけようとしたヒュールフォンの間にマークルフは割り込む。装甲を纏った右腕の刃を向け、左腕でリーナを抱き止めた。

「大丈夫か、リーナ。すまねえ、遅くなっちまったな」

「……いいえ、大丈夫です。でも、マークルフ様、私のために──」

「心配するな。俺はフィルディングを打倒するために来たんだ」

 リーナは気丈に振る舞うが、伝わってくる身体の震えが彼女の受けた緊張と恐怖を教えている。

 マークルフはリーナをそっと背中に隠すと、見据えるように笑みをうかべた。

「まったく、困ったことをしてくれたもんだぜ、ヒュールフォン=フィルディングさんよ」

 マークルフが前に出ると、ヒュールフォンは追い詰められたように後ろに下がる。

「せっかく、この大一番を本にさせようと思ったのによ。てめえのやることがゲスすぎて、本にできねえじゃねえか」

 マークルフは軽口を叩くが、その怒りは鋭い視線となってヒュールフォンを突き刺す。

「調子に乗るな!」

 壁際に追い詰められたヒュールフォンが、そばにあった水晶付きの装置に取り付き、何かを掴んだ。

「これを破壊されてもいいのか? 貴様はこれを探していたんじゃないのか」

 ヒュールフォンが血走った目を向けて嘲笑する。

「装置にはすでに爆破する仕掛けを用意してある。これがなければわたしの陰謀を証明できず、貴様が処刑されることになるぞ」

 ヒュールフォンの手には装置とコードで繋がったスイッチが握られていた。その簡単なスイッチから見て、現在の技術で付け足されたものだろう。

「マークルフ様……」

 リーナがマークルフの背中に追いつき、そっと袖を掴んだ。それは彼の身を案じ、そしてマークルフの決断に従うという意思表示だった。

「……てめえが巻き添えになるぜ」

「安心しろ。爆破されるのは装置内部だけだ。だが、修復するのは諦めた方がいいぞ」

「いつまでそうやっている気だ」

「貴様を葬るために動いているのはわたしだけではないぞ。貴様はフィルディング一族全体を敵にまわしていることを忘れるな」

 少しだけ余裕を取り戻したのか、ヒュールフォンは目を細める。

 だが、マークルフは不敵な笑みを崩すことはなかった。

「なら、さっさと爆破しな。こっちは偽の指輪を用意するだけだ」

 ヒュールフォンが怪訝な表情を見せるが、マークルフが近づこうとすると起爆装置を目の前にかざして静止させた。

「何を考えている、貴様……」

「てめえのコケ脅しに付き合ってられねえだけだ。例えば、だ。指輪がその装置から力を得ていたので、装置の破壊と同時に指輪が力を失う可能性だってあると思わねえか」

「何を臆面もなくデタラメを──」

「案外、デタラメじゃないかも知れねえぜ。その装置が壊れれば《グノムス》の位置を探る水晶は力を失う。ついでに指輪も力を失ったと言っても説得力があるだろ?」

「ふざけるな!!」

 ヒュールフォンが叫んだ。

「何だ、説得力とかいうふざけた言葉は! この装置と指輪は関係ない! それは我々がよく知っている!」

「そうだな。だが、その装置を破壊してしまえば、嘘を嘘と証明もできないんだぜ」

 マークルフは笑みを止め、真顔で告げた。

「もう、いいだろ。フィルディング一族だって、ここまで追い詰められたてめえを助けるなんてしねえさ。これ以上あがいても、てめえが死ぬことになるぜ。これは一族を敵にまわしたドブ犬の忠告だ」

「黙れ! 薄汚いペテン師どもの親玉が!!」

 ヒュールフォンが怒りをぶつけるように装置に拳を叩き付けた。貴公子の面影は消え失せ、凄まじい激昂をマークルフに叩き付ける。

「貴様の祖父は我が祖国を崩壊させ、自らは英雄の名を手に入れた! それだけでは飽き足らず、傭兵たちをそこにはびこらせ、詐欺まがいの戦いで我が祖国の地を蝕んでいく! 貴様もそうだ! 追い求めていたリーナ姫を横から奪い取り、わたしの計画を全て台無しにした! わたしが本来、受け継ぐはずだった全てを奪い取った屑どもを! 金で命を売り、奪えるものは全て奪う畜生どもを絶対に許すわけにはいかんのだ!」

 ヒュールフォンは怒りを瞳に湛えたまま高笑いをはじめる。

「わたしを追い詰めた気になるなよ、ドブ犬! わたしには最後の切り札が、一族の誰にも負けぬ真の切り札があるのだ! だが、まずは貴様の目の前で貴様の無実の証を消し去ってやろう!」

 起爆装置を持つヒュールフォンの指が動いた。

「バカ野郎が!!」

 マークルフはリーナを抱きかかえてその場から飛び退き、床に伏せた。

 途端に爆発の衝撃が背中に伝わる。マークルフはリーナに覆い被さるようにして爆発から守った。

 やがて爆発が収まると、マークルフは顔を上げた。

 同じく起き上がったリーナが息を飲んだ。

 先ほど前でヒュールフォンがいた場所は爆発で破壊され、焼き焦げていた。その瓦礫に埋もれたヒュールフォンもまた、熱と爆風で変わり果ててており、見ただけでもう手遅れだと分かった。

「……だから言ったんだ。巻き添えになるってな」

 ヒュールフォンの最後の手段は、案の定 フィルディング一族が口封じをするための最後の手段だったのだ。

「人をペテン師呼ばわりして、身内のペテンに気づかないようじゃ世話ないぜ」

 リーナが傍らに立った。直視はできずとも何とか目を逸らさないようにしていた。

「この人ほどの大物でも、用済みなら切り捨てるのですね。フィルディング一族は……」

「力のなくなった者を庇えば、自らも力のない側に落とされる。権力を維持するためには不要のものは切り捨て、力ある者を取り込み続けるしかない……権力者とは大なり小なりそういうもんだ。あの一族は特にな」

 背後で物音がして振り向くと、ログが立ち上がるところだった。倒したテーブルを盾にしてある。身を防いだらしい。咄嗟の判断力はさすがだった。

「無事なようだな、ログ」

「はい。閣下、お怪我は──」

「こっちは大丈夫だ」

 マークルフは答えるが、リーナは背中を見て慌てる。

「だ、『大丈夫だ』じゃないです! 背中に傷がいっぱいあるじゃないですか!?」

 背中には爆発による火傷や破片の傷が広がっていた。

「安心しろ。《アルゴ=アバス》で肉体強化している現在の俺にはこの程度、かすり傷にすぎない」

 マークルフは格好つけて答えてみるが、リーナは疑うように見る。

「……でも、それって元に戻ったらひどい怪我になるのではありませんか」

「……」

「やっぱり、そうなんじゃないですか! 早く帰って傷のお手当をしましょう! 私を庇った怪我です。私が責任を持って手当ていたしますわ」

「リーナが? 傷の手当てなんかできたのか?」

「はい。マークルフ様からお借りした傭兵の本で、この時代の傷の手当ては勉強しました。塩を塗ったり、薬草と毒草を交互に浸すなど、いろいろあったと思いますわ」

「……リーナってその辺、意外と雑だよな」

 マークルフは一抹の不安を覚えながらも、とにかく、あっけない幕切れとなったこの件を国王に報告しなければならない。とりあえず引き上げようとするが、ログが立ち止まったまま、ヒュールフォンの亡骸にじっと目を向けていた。

「どうした、ログ?」

「いえ、どうしても気になることがありまして。もしや、奴は──」

 その時だった。

『クックッ──』

 どこからか笑い声が漏れた。

『──ハッハッハッ!』

 高笑いとなって響く声の主はまぎれもなくヒュールフォンだった。

 マークルフたちの前で黒焦げの身体が動き、ゆっくりと立ち上がる。

「てめえ、いったい……」

 さすがのマークルフも息を呑む。ヒュールフォンの肉体は焦げ、爆発の衝撃で切り裂かれていた。特に胸の辺りは骨すら見えるほどにえぐれている状態で、息をすることもできないはずだった。

 だが、気づく。肉のえぐれたヒュールフォンの左胸に円形の闇の球体が埋め込まれていた。光を全て吸収するかのような真闇のそれは、心臓の鼓動に代わって真紅の光を脈打つように放っていた。

 ヒュールフォンはゆらりと立ち上がると大きく目を見開く。その目にも真紅の光が宿り、その禍々しい眼光がマークルフたちの前に広がる。

『……逃がしは……せぬ……』

 ヒュールフォンが口を開く。しかし、その声はどこから響いているか分からないほどに、その脳裏を直接、揺さぶる。

「……てめえ、生きているのか」

 マークルフはリーナを庇いながら訊ねる。ヒュールフォンは口元を嘲笑の形に歪めた。

『……生死など……もはや……関係ない』

 ヒュールフォンが咆哮した。その人間の身体の限界を超える凄まじい咆哮に呼応し、胸の球体がさらなる真紅の輝きに包まれる。

 破壊された船の外壁の向こうで、巨大な水柱が噴き上がった。

「あれは──!?」

 水飛沫が雨となって振り落ち、姿を現したのは巨大な鋼の触手だ。その節々に水晶のような甲殻が張り付き、意思を持つようにうねり、先端をこちらに向ける。

「マークルフ様!? あれは──」

 リーナが告げようとするが驚愕と恐怖に言葉が出ない。

 だが、マークルフにもそれは分かった。

 古代王国エンシアを滅ぼし、数十年前には“聖域”を戦火に包む火種となり、祖父の手で封印された災厄、“機神”と呼ばれる《アルターロフ》を構成する巨大な鋼糸だった。

 水が噴き上がる音が船の周囲で次々に巻き起こる。

 船は滝に打たれたように水飛沫が降り注ぎ、視界を塞ぐが、 それが全て振り落ちるのと入れ替わるようにリーナの悲鳴が耳をつんざくばかりに響く。

「マークルフ様!?」

 声がしたのは頭上からだ。触手の一つがリーナに巻き付き、掴み上げていた。

「リーナ!!」

 マークルフは《アルゴ=アバス》の右腕に残された魔力で脚力を強化、跳躍してリーナに追いすがろうとするが、別の触手がムチのようにしなり、マークルフを叩き落とした。マークルフは床板を粉砕しながら船内に叩き付けられる。

「クソッ!」

「閣下、後ろを!」

 ログの声に振り向くと、そこには幽鬼のようにヒュールフォンが立っていた。

 マークルフが振り向き様に右腕の刃を向けるが、それが届くよりも早くヒュールフォンの身体から衝撃波が放たれ、マークルフを吹き飛ばした。

 壁に叩きつけられたマークルフが見たのは、複数の触手に包まれるリーナの姿だった。そのまま触手は河のなかへと消えていった。

『……戦乙女は……もらっていくぞ……』

「てめえ、リーナをどうする気だ!」

 すぐに立ち上がったマークルフの前で、触手の一つがヒュールフォンの身体に巻き付き、その身を持ち上げた。

『……あの娘の……真価を……おまえたちは……分かっていない……あれは……復活の……贄となるのだ……』

 船内を複数の触手が貫いた。船は瞬く間に破壊されていき、マークルフの足場も崩れる。

 ヒュールフォンはその触手に巻き付かれてその姿を隠すと、現れた時のように水飛沫をあげて河のなかへと消えていった。

「くそッ、リーナ!! 待ってろ、必ず助けて──」

 マークルフの声は崩壊する船のなかに消えていった。



(ここは……)

 気がついたリーナは自分の周囲が鋼と甲殻に包まれているのに気づいた。その全身にからまる鋼糸で宙づりにされている格好だ。

『……気がついたか……』

 甲殻の全てにヒュールフォンの顔が映る。

「……貴方はいったい……何をしようというのですか!」

 リーナは顔を巡らせ、周囲にの顔を全てに訴える。

『……一族に……ドブ犬に……そして貴方に……全てに否定されたまま……死ぬなどできるものか……ならば……“神”に背こうとも……この禁忌の力を使い……ドブ犬どもを滅ぼし……新たな我が世界を……手にするのだ』

 リーナにはその声が正気とは思えなかった。

 確かにヒュールフォンの言葉だが、それはまるで何かに言わされているように、意思というものを感じなかった。

『……ファ……ハ……ハハ……』

 ヒュールフォンたちの顔が笑った。その全ての表情が僅かずつ違っていた。だが、その全てが虚勢と尊大が入り交じったものだった。

『……見たか……これが……この男の……我の……意思だ……』

 リーナの疑問を読み取ったように声が響く。

 リーナの全身に激痛が走った。まるで自らの肉体を細かく分解されるような、その苦痛にリーナはのたうつが身体は動かず、声も出せない。

 そのリーナの前に、触手の壁を透過して浮かび上がるようにヒュールフォンが姿を現した。

 再生したのか、その身体には傷一つ残っていない。しかし、その目は紅い眼光に包まれたまま、虚ろな表情をしていた。

 ヒュールフォンの肉体に触手が巻き付き、まるで装甲のように彼の肉体を包む。

 それはまるで人型の“機神”だった。

『……さあ……我に力を……与えるのだ』

 リーナを再び激痛が襲う。苦痛にもだえながら、リーナはさらに嘆きに胸を痛める。

 背くことで“神”すらも自分と同列に置き、使命で自らを飾る尊大な態度──

 それは自らの力を過信し、世界を滅ぼした古代エンシアと同じだった。

 エンシアが遺した傲慢の罪──自らの永き眠りを経てもその罪は償われていないことを、リーナは苦痛をもって噛みしめるのだった。



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