目覚めた眠り姫(1)
謎の少女を連れて城へ戻ったマークルフは、彼女のために客室を用意させた。
侍女たちに少女を預けると、客室での作業を待つ間、外の廊下でログに先ほどのいきさつを説明する。
ログは黙ってその話を聞いていた。
「……というわけ、だ。まったく機械のわりに血の気の多そうな奴だった」
「ともかく、話の通じる巨人で助かりましたね」
ログは相変わらず冷静沈着に答える。
「まあ、突拍子もない話なんだが信じるか、ログ?」
「閣下のお言葉です。疑う理由はありません」
マークルフは苦笑し、腕を組むと壁に背を預ける。
相変わらず愛想のない副官だが、爵位を継いで以来、その確かな手腕で自分を支える腹心の言葉をマークルフもまた疑ってはいない。
「いまも床の下で俺たちを監視しているかもしれないぜ」
「城を壊されてはたまりません。あの少女は丁重にもてなすとしましょう」
「その通りだが、問題はうちの田舎娘たちでそれが勤まるかだな」
やがて部屋の扉が開き、侍女頭が出てきた。
やや目のきつい、少しシワが目立ちはじめた、細身の女性だ。
「マリーサ、様子はどうだ?」
マークルフが訊くと、侍女頭は安心させるように薄く笑みを浮かべる。
「よくお休みです。特に変わったところもございません」
「そうか、それならいいんだ。じゃあ、後は任せる。起きたら知らせてくれ」
マークルフはそう言って手を振ると、後に続くログと共に廊下を歩き出す。
「それにしても、あの部隊は何者だったんだろうな」
「逃げた者たちの捜索は続けています。ただ、奴らからの情報も期待できないかもしれません」
「奴らもただの使いっ走りの可能性は高そうだな。そうなると、手がかりになりそうなのはこれか」
マークルフは例の水晶球を懐から取り出すと、それをログに渡した。
水晶球はあれ以降、静かに光を宿している。
「あの連中が持っていた物だ。おそらく、これで巨人の動きを探っていたんだろう」
水晶球は巨人が出現した時に、その輝きが最たるものとなった。この水晶球は地下に潜む巨人の位置を示すものと見て間違いないだろう。
「爺さんたちにこの事を伝えて調べてもらってくれ。何か知っているかもしれん」
「承知しました」
「さあて、俺も休むとするか。明日は例の打ち合わせだしな。やれやれ、忙しい時に面倒なことが起こっちまったな」
マークルフは困ったように息をつくが、その表情は楽しみができたかのように笑みを浮かべていた。
タニアはユールヴィング家に下働きに出された侍女の一人だ。
短い栗色の髪と小柄で平たい体型のため、男の子のように見られ、実際、主である若き男爵と大飯ぐらいの部下たちにはよくからかわれているが、心はれっきとした乙女だ。
そう、乙女であるからには、自らの好奇心を抑えることなど出来ない。
客室の前に立ったタニアは、周りに人がいないことを確認すると、客室のドアを少しだけ開け、その隙間から室内の様子を覗き見る。
普段、使われることなく、掃除が面倒としか思ってなかった部屋に、新しく調度品が用意されていた。
きっと、謎の客人のためだろう。
その人物は部屋の窓際にある天蓋付きのベッドの上で眠っていた。
それは十五歳のタニアとそう歳の変わらない少女だ。長い黄金の髪をシーツの上になびかせるように眠っている。
タニアはドアを静かに開けると、部屋の中へと忍び足で入った。
そして、ゆっくりとベッドへと近づき、謎の客人の寝顔を横から覗き見る。
目鼻も整った、同姓であるタニアから見ても美しいと思える少女だった。静かに寝息をたてている姿も、気品がにじみでているようだ。
謎の少女は昨日の深夜、タニアたちが眠っている間に男爵が連れ帰ってきたらしい。
その時、タニアは眠っており、内密なのか、侍女頭であるマリーサおばさんからも何の説明も受けていない。
そのため、タニアを始めとする若い侍女たちの間では、この謎の来客についての話題でもちきりだった。
『ユールヴィング家の血を引く隠し子』
『男爵が美しさに目をつけて誘拐した』
『親の借金のカタに男爵に売られた』
『まずい場面を見られたため、口封じに連れてこられた』
『脅迫するために相手の娘を人質にした』
こうして何かの噂がたつ度に、タニアの出番となる。
好奇心旺盛な彼女が真相を確かめる役として、みんなの期待を背負うのだ。
(はあ、美人さんだな~)
ベッドの側に屈み、目の高さに少女の横顔を合わせる。
その美しさに目をつけられたというのも、まんざら嘘ではないかも知れない。
タニアは少女の耳に注目する。金の十字架のイヤリングだ。精緻な作りでいかにも価値がありそうな物だ。
(やっぱり、身分の高いお人なのかな)
こうなると、タニアの好奇心は止まらない。
(他に何か、あるのかな)
タニアは部屋を見回すが、少女の素性を示すものは見つからない。
(そうだ、指輪とかしているかも──)
タニアは膝をつくと、丁度、手の位置にある辺りの毛布をそっとめくり、中を覗いてみようとする。
ゴスッ
タニアの脳天に重いゲンコツが落ちた。
「……タニア、何をしているのです」
押し殺したような声に、タニアは条件反射で立ち上がる。
「マ、マリーサさん!?」
恐る恐る振り向くと、声の主であるマリーサが険しい目でタニアを睨んでいた。
マリーサはこの屋敷内の雑用一般を任され、若い侍女たちの指導も担当している。その厳しい指導ぶりといえば、若いタニアたちを常に戦々恐々とさせているほどだ。
その成果が現在のタニアたちであるのが、かなり残念ではあったが──
「タニアッ!! うら若い女性のベッドのなかに顔を突っ込むなんて、何て破廉恥なまねをしているのですか!!」
「エッ、い、いえ、違います! これは、ただ、手を覗き──」
「覗き!? 何を考えているのです! 大事なお客様に対して、同姓とはいえそんなことをするなんて、これは大問題ですよ!」
「ち、違うんです! これは、ちょっと興味があって──」
「興味ですって!? どういう興味ですか! あの男爵様だって、無防備な女性に手を出すような真似はしませんよ!」
「……あの──」
「そうです! あの男爵様でもです! だいたい、あなたは目を離せばすぐに勝手なマネをする! この件は男爵様にもご報告して問題にしなければなりません!」
「い、いまのはアタシが言ったんじゃ──」
「あなたの言い訳は聞き飽きました! とにかく──」
「……よろしいですか」
「誰です! いま取り込み中で──」
マリーサが割って入ろうとする声の主に向かって叫ぶが、すぐに固まった。
タニアも同じく表情を固くする。
2人の視線の先には、毛布から顔半分を出し、申し訳なさそうに見つめている少女の顔があった。