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それぞれの戦い

 部屋の外で衛兵たちが足を揃える音がした。

 椅子に座っていたリーナが振り返ると、少し間を置いて扉は開かれた。

 入ってきたのは親衛騎士たちだ。

 その先頭に立つのは、以前に出会った親衛騎士隊長デバスだった。

「これからご同行をお願いいたします」

 デバスがあくまで職務を遂行するように、ただ用件だけを告げた。

 以前のへつらうような態度は微塵もなかった。もっとも、そんな姿勢を望んだわけではないが――

「マークルフ様はどうされているのですか?」

「ユールヴィング男爵は現在、別の部屋にて拘束中です。いずれ追及が始まるでしょう。気の毒とお思いなら、ご存じのことを素直に話された方がよろしいでしょうな」

「私はリーナ=エンシヤリスです」

 フィルディング側だからだろうが、自分たちを黒だと決めつける態度にリーナは毅然と反論した。

「それはいずれ、はっきりするでしょう。いまの言葉が貴女自身の首を絞めることになるかもしれないことはお忘れなく」

「お気遣いは無用です。それで、どこに向かわれるのですか?」

 リーナの反発が交じった態度に、以前に彼女と会っているデバスはやや辛辣な顔をする。

 だが、ただ職務を遂行するように道を開ける。

 リーナは護衛――いや、見張りの騎士たちに囲まれながら部屋を出た。

 通路や広間では貴族たちが話をしており、リーナはその横を通りすぎる度に、いやでもその会話を耳にしてしまう。

 だが、リーナは動じた素振りを見せなかった。

 今までに見てきた男爵や傭兵たちのような――あの、いい加減で格好悪い生き方なのに、それでも自ら選んだ彼らの矜持を見習うべき時なのだ。

 城を出ると馬車に乗せられた。

 物々しい警護の騎士の数の多さが、張りつめた空気を感じさせる。馬車の窓はカーテンで仕切られていたが、その隙間からは護送隊の様子に噂しあう民衆の姿が映った。

 皆、何と噂しているのだろうか。自分を偽姫と噂しているのだろうか。

 どこに向かっているかは分からなかったが、しばらくすると人々の姿が途絶えた。

 どこかで規制線を張っているのだろうか。

(今ならグーちゃんを呼べば脱出できる――)

 警備が強固だろうと《グノムス》の敵ではない。

 だが、リーナはすぐに思い直す。そんなことをすれば自ら偽物の嫌疑を認めるようなものだ。

(あるいはわざとそれを狙っているのかも――)

 そこまで考えてリーナは何故か、吹き出さずにはいられなかった。

 マークルフたちと一緒にいるうちに、考え方が少し似てしまったようだ。

(もし、私に二つ名をつけるなら“エンシアの偽姫”というところかしら――)

 なら、いまはそれを演じようではないか。

 本物が偽者を演じてはいけない道理はない。きっと男爵ならそう言うだろう。

(ありがとう、マークルフ様――)

 リーナは両手を組み、その上に祈るように顔を乗せた。

 この困難に立ち向かえる勇気を与えてくれたことに感謝するように、そして何よりも彼の無事を祈るように――



「貴殿はご自分の立場を分かっておられるのか!?」

 用意された一室で強面の審問官がしびれを切らせて机を叩く。

 向かい合って座るマークルフは腕を組みながらうなずく。

「無論だ。英雄ルーヴェン=ユールヴィングの孫にして、クレドガル王国の男爵。そして、最強を誇る傭兵部隊《オニキス=ブラッド》の隊長だ。ちなみにこの前の傭兵ギルドの調査によると傭兵人気順位第三位らしい」

「一位かと思ったら意外ですね」

 側にいた見張りの騎士が言うと、マークルフは大きくうなずく。

「だろう? まあ、組織票とかあるんだろうが、真っ当な主人公というのはどうも一位をとれないらしくてなぁ」

「そんなことを訊いているのではない!」

 審問官が先ほどよりも強く机を叩いた。騎士は首をすくめるが、マークルフは退屈そうに首を回す。

「だってよ、さっきから何回も同じ事を訊かれたら、答えることがなくなるだろう」

「真実を話せばよいのだ! 貴殿は姫が偽者だと知っていたのか!?」

 審問官は顔を近づけて睨み付ける。

「それは言い方がおかしいぜ。偽者かも知れない、だろ?」

 マークルフは頬杖をつくと、憤怒の表情を見せる審問官に答える。

 審問官は顔をさらに赤くするが、そこは場数をこなしてきたらしく、すぐに態度を元に戻す。

「……なら、偽者かも知れないと思いつつも、陛下の前に連れてきたのかね?」

「まあ、権力者には影武者が付きものだし、偽者だとしても不思議はなかったのかもしれないが――」

「なら、彼女が貴殿を騙していたということかね? 今なら貴殿も騙されていたということで、陛下に寛大な処分を進言することもできるのだがね?」

 マークルフは審問官の目をじっと睨む。審問官が訝しむ目を向けると、ニッと口の端を吊り上げる。

「姫と話をさせてくれ。彼女にも弁明の機会は必要だろう。そうしてくれたら、こっちも答えを決めるさ」

「それはできん」

「口裏合わせが心配なら、そっちも立ち会ってくれても結構なんだぜ?」

 審問官が難しい顔をする。

「ダメなのかい? 他の部屋にいるんだろ?」

「あいにくだが彼女はすでに他の場所に護送中だ」

 マークルフはようやく手応えを感じて、腕を組み直した。

「ほお? 姫には鉄機兵がついているんだぜ? こいつは間違いなく本物だ。その対策もなしに他の場所に移動するのか? 偽者とばれた彼女が逃げるためにそいつをけしかけるとは考えないのかい?」

「貴殿の心配することではない。ご自分の心配が先ではないかね?」

 審問官は苛立ちを隠せずに机を指先で叩く。

「いやあ、気になることが多くて心配するのに集中できないんだ。例えば何故、あの鉄機兵の動きを封じておかないんだ? 姫に呼び出させ、命令があるまで絶対に動くなとでも言えば、あの鉄機兵を無力化しておくことは可能だろう。そう思わないか、そこの騎士殿?」

 先ほどマークルフの話に興味を持った若い騎士に尋ねる。

 若い騎士は気まずそうに目を逸らす。他にいる者たちも黙ったままだ。どうやら、思いつかなかったわけではないが、黙殺されているようだ。

「前から疑問だったことがある。以前に俺の領地に侵入した部隊のことだ。なぜ、俺の領地にあの時に鉄機兵が現れると知っていたのか。奴らの持っていた水晶球では街一つ分ぐらいの範囲が限度だし、出現する時間なんて分からないのにだ。それにこの王都に護送する時もそうだ。俺たちの邪魔をする連中は常に先回りして動く節があった。だが、答えは単純だったんだな。おそらく、“聖域”全土を覆うほどの有効範囲を持つ、強力な鉄機兵の探知装置を向こうは持っているということだ」

 マークルフの推測を審問官は一笑する。

「憶測だけでものを語らないでいただきたい。これは公式に残されるものですからな」

「あてずっぽうでもないさ。そんな大層な装置を保有し、いつ現れるか分からない相手のために維持し続ける連中なんてそうそう思いつくもんじゃない。それに俺の予想する連中なら鉄機兵を自由にさせているのも分かる。囮にして、自分たちに抵抗する連中の動きを監視するためだ。あわよくば一網打尽にして、俺の息の根を止めたい腹なんだろ」

 それらが示唆するのはただ一つ。それが可能で動機を持つものはフィルディング一族しかいないということだった。

 審問官は話は終わりだとばかりに両手で机を叩き立ち上がった。

「まったく話にならない! こちらに素直に協力できないのであれば、どのような処断も覚悟の上と受け取りますぞ!」

 審問官が去ろうとする背中に、マークルフは告げる。

「ヒュールフォン=フィルディングによろしく伝えておいてくれ」

 振り返る審問官にマークルフはいつもの不敵な笑みを浮かべた。

「俺に姫を見捨てさせてあざ笑うつもりだったんだろうが、そうそう思い通りにはいかねえってな。この件はいずれ俺の武勇譚として傭兵ギルドの本に残そうと思うんだ。頼まれたら、あんたのことも良いように書かせてもらうぜ」

 マークルフが片目を閉じると一瞬、向こうの表情に動揺が見えたが、すぐに乱暴に扉を閉ねて退室した。

 マークルフの話が事実とするなら問題はそれだけではない。相手がそこまでできるなら、リーナが偽者だということも知っていて利用した可能性も浮かび上がるのだ。

 他の者たちも退室し、一人になったマークルフは机に両肘をついてアゴを乗せた。

「待ってろよ、リーナ――」

 若き“戦乙女の狼犬”は機を待つ。

 周りに張り巡らされた鎖を一本ずつ、鋭い牙で噛み切りながら――



 リーナは窓の外の風景を目にしていた。

 雄大な河の流れの向こうに城下の街並みが見える。手前に見える港では停泊するいくつもの船の間で船員や商人たちが行き来している。

 王都の南西を流れるこの河は、昔から近隣都市との商取引の流通に利用されており、王都の発展に寄与してきたのだという。

 だが、現在のリーナにとってこの河は牢屋に等しかった。

 連行されたリーナは港に停泊していた帆船に乗せられ、船室の一室で軟禁されていた。

 船は現在、河の中腹に錨を降ろして停泊しており、歩いて近づくことはできない。同時に《グノムス》も深い河底から手を出すこともできない。

 確かに最低限の調度品は置いてあり、部屋自体は悪くはない。

 しかし、ここは言わば水上の牢屋だ。

 表には警備の兵が控え、常に監視の目が向けられている。人と話す機会もあまりない。食事を運んでくる侍女と二言、三言、会話をするぐらいだ。

 しかし、不思議だった。

 厳しい尋問が待っていると覚悟していたが、そんな様子は感じられなかった。問い詰めるなら、まずは偽者の疑いがある自分を一番にそうするはずだ。

 自分が本物と認められたのかと考えたが、すぐに否定した。それなら、きっとこんなところにはいないはずだ。

 男爵の方も尋問にあっているのだろうか。

 だが、彼のあの性格では、きっとそれもはかどっていないだろう。

(ごめんなさい、マークルフ様――)

 リーナの胸の内での謝罪は、唐突な扉を叩く音で中断させられた。

 リーナは毅然とした態度を取り直し、入室を許可する。

 入ってきたのはデバスだった。

「失礼いたします」

 デバスは先ほどと違い、丁重に礼をする。

 不審に思うリーナを見て、デバスは申し訳なさそうにまた頭を下げた。

「先ほどはご無礼をいたしました。多くの目があり、やむを得なかったとはいえ、申し訳なきことをしました」

「……私は偽姫かも知れないのですよ。親衛隊長殿が頭を下げることはないと思われますが?」

 リーナは突き放すように答える。

「お怒りは当然のこと、お詫びいたします。ですが、これには子細あってのことでございます。今からご説明するので、ぜひご同行願います」

 リーナはしばらく黙っていたが、向こうもジッと返答を待ち続ける。

「……分かりました」

 行かなければ話は進まないらしい。

 リーナは一言そう答えると席を立ち、自ら部屋を出た。

 デバスがすぐに先頭に立つ。案内されたのは上階にある船長の私室だった。

 扉の前には親衛騎士が二人で警備しており、デバスが来ると敬礼をする。

 親衛騎士が護衛するほどの人物が部屋にいるらしい。おそらく、船長ではないだろう。

 リーナは緊張に立ち向かうように強く手を握った。

「お連れいたしました」

 デバスが扉に向かって言うと、少し間を置いて扉を開ける。

 広い船室に備えた調度品に囲まれ、窓の外を見つめる青年がいた。

「ようこそ」

 青年は振り向く。まぎれもなく、ヒュールフォン=フィルディングであった。

「……やはり、貴方だったのですね」

「まずはお越しいただいた事、感謝いたします」

 ヒュールフォンはリーナの厳しい眼差しにも動じることなく、貴公子然としながら礼を述べた。

「なぜ、貴方がここにいるのですか?」

「この船は我が一族と取引のある商船を借りたものでしてね。ここに入るくらいなら難しくありません。もちろん、内密ですけどね。それに元々、貴女を船に預けようと主張したのはわたしなのです」

 リーナは態度を崩さす、少しでも事態を知ろうとさらに質問を続ける。

「マークルフ様はどうされているのですか? 貴方はあの方をどうするおつもりですか?」

「彼ですか? 貴女が偽者だと知らなかったと無実を訴えているそうです」

「嘘です!」

 リーナはすぐさま否定した。それはヒュールフォンが少し表情を崩すほどだったが、すぐに苦笑してかぶりを振った。

「なぜ、そう思うのです? あの男は目的のためなら平気で人を騙す男です。あの男にもあの男なりの使命感があるようですからね。そのためなら、たとえ貴女でも切り捨てることはやむなしということでしょう」

 だが、リーナは逆に安心したように笑みを浮かべる。

「そうしてくれれば一番、良いのですけどね」

 逆にヒュールフォンはっきりと怪訝な表情を浮かべた。

「でも、あの方はそんな面白くもないことはされませんわ」

「面白くない?」

「ええ。そんな格好悪い方法で助かるなんて、死ぬとしてもやらないでしょうね」

 ヒュールフォンの口が止まった。

「私も“偽姫”の二つ名が気に入ってきたところなのです。あの若きユールヴィングを罠に陥れ、世間を手玉に取る、エンシア王女を名乗った偽者として名を残して死ぬのも良いかもしれませんわね。地下で眠るのにも、もう飽きましたしね」

 ヒュールフォンはそれを聞くと、やがてはっきりとした声で笑い出した。

 今度はリーナが怪訝な表情を浮かべる番だった。

「……失礼。しかし、貴女はやはり、あの男の傍らにいるべきではなかった。そんなつまらぬ役に貶めるなど、あの男の器はその程度のものでしかなかった」

 ヒュールフォンはもう一度、リーナの顔を見つめる。

 リーナはその瞳に得体の知れない熱意を感じた。自分を何かに重ねるような、いや、自分ではない何かを見ているようだ。

「貴方こそ、王女の中の王女だと言うのに――」

「それはどういう……」

「王の中の王の娘という意味です。いまから、ご説明しましょう」

 そう言ってヒュールフォンは部屋の隅の机の前に立つとカーテンを開いた。

「それは!?」

 仕切られていた空間に隠されていた物――それは水晶球を幾つも取り付けた機械装置だった。



「やはり、姫はあの船に拘束されているようだな」

 ログは手にした望遠鏡で河の真ん中に佇む商船の姿を見つめる。

 ここは城下町の外れにある、港を一望できる丘の上だ。

 夜が迫り人の姿が家へと消えるなか、港では兵士たちの持つ灯りがあちこちで揺れている。

「これじゃ、下手に潜り込むのも難しそうですね」

 この時のために集めた腕利きの部下の一人が答える。

「副長さんが全員、斬り捨てて終わりなら楽なのにね」

 エルマの声がした。

 彼女は近くに姿を現している《グノムス》に胸の装甲を開けさせ、その内部で何かを調べているようだった。

「確かに――『副長だけはガチ』ですからね」

 別の部下が〈オニキス=ブラッド〉の不文律を口にする。

「でも、うちらの動きは向こうには筒抜けでしょうけどね」

「それは本当ですかい!?」

「ええ、向こうはおそらくグノムスちゃんの位置を特定しているでしょうからね。男爵もそう睨んでいるわ」

 部下たちが慌てて周囲を警戒するが、ログは手で制する。

「まだ、だ。おそらく言い訳できない所まで侵入させてから、一網打尽にするつもりだろう」

「それじゃ、こいつを置いていくしかないですぜ。こいつがこちらの一番の切り札だったんですがね」

「いいえ、切り札よ。普通に切れないなら、違う切り方をすればいいのよ」

 エルマが《グノムス》から離れて、こちらに戻って来る。

「エルマ、上手くいきそうか?」

「勝たなきゃいけないんでしょう?」

 ログの問いにエルマが悪戯っぽく答える。その顔からは勝算が覗いて見えた。

「あとは副長さんが頼りね。とはいえ、向こうも仮面の剣士という手札があるみたいだし、この賭け、甘くは見れないのは確かね」

 エルマが腕を組んで首を捻る。

「――賭け事に興じるのは好きではないが、ならば必ず勝てば良いだけの話だ」

 突然、男の声が割り込む。

 一同がそちらに注意を向け、部下たちが剣を抜いた。だが、相手は動じることなく、胸を張るように近づいてくる。

「健気な乙女の涙の頼みを誰が断ることができよう。それにユールヴィング男爵やリーナ姫とも無縁ではない。この国を背負い立つ勇士と、騎士の剣を振るうに相応しき淑女――二人を罠にかけた悪党退治、ぜひ手伝わせていただこう!」

 そう告げて自らの剣を掲げたのは、男爵が認める数少ない“ガチ”の騎士だった。

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