逆襲
扉が開かれ、目の前に謁見の間の光景が広がる。
同時に周囲から感嘆の声が沸き上がった。
伝説の王国の生き残りである美しき王女の姿を前に、玉座の両脇に控える諸侯たちの驚きとささやき声が重なる。
マークルフの手をリーナの手が強く握った。
王女とはいえ、時代を隔てた式典と多くの好奇の眼差しに緊張を抑えきれない様子だった。
「……堂々とすればいい。何かあっても俺がどうにかしてやるさ」
マークルフはリーナにだけ聞こえるようにささやく。
リーナは視線をマークルフに向けると、こくりと頷く。
謁見の間の一番奥の玉座に、年若き国王ナルダークが鎮座していた。
その右隣には同じく年若き王妃が座り、同じく二人を静かに迎える。
その左隣には真新しい玉座に似た椅子が用意されていた。あれがリーナのための席なのだろう。
マークルフはリーナの手を引き、諸侯の間を静かに歩いた。
その間にも羨望の声が途絶えることはなかった。
やがて玉座の前まで来るとマークルフはリーナの手を離し、その脇に控えるように跪いた。
リーナは毅然とした姿勢のまま、国王らの前に立つ。
「遠路はるばるよく来て頂けました、リーナ姫」
国王ナルダークは玉座から立ち上がると、自ら両手でリーナの両手を握る。
国王として示すことのできる最大限の敬意の表現だ。
王妃はただ静かに祝福の笑みを以てリーナを迎える。フィルディング一族と縁の貴族の出であり、成婚して二年となるが、あいにくと跡取りにはまだ恵まれず、そのため公の場で発言することはほとんどなかった。
「ありがたきお言葉です、ナルダーク=クレドガル三世陛下。この度は私のためにこのような場を設けていただき、感謝いたします」
リーナは手を離すと、こちらもまた最大限の敬意を表すようにドレスの裾をつまんで深々と会釈する。
リーナがマークルフの方を見てウインクするのが見えた。
マークルフも同じように片目をつむって、そっと笑みを浮かべた。
「すでに耳にされているでしょうが、我がクレドガル王家は古代エンシア王族の血を引いています。つまり、貴女は余の祖先といえるでしょう。不思議なものです。余とそう歳の変わらぬ祖先を目の前にするのですからね」
国王はそう言うと、マークルフの方を振り向く。
「ユールヴィング卿、貴方が尽力してくれたことは大公殿から耳にしています。これまでのこと、大義でした」
「これはこれは陛下、私にはあまりにもったいなきお言葉でございます」
マークルフは大仰に礼をする。その仕草は芝居がかっており鼻白む者もいるが、王は道化のようなそれを気にいっており、咎める者はいなかった。
「さて、リーナ姫。お疲れでなければいろいろ話をしたいのですが、その前に貴女にぜひ見てもらいたいものがあるのです」
「私にでございますか?」
リーナが途惑いがちに言うと、チラリとマークルフの方を見る。
「姫、遠慮なさることはございません。国王陛下のご厚意ありがたくお受け致しましょう」
マークルフはそう答えるが、何か悪い予感を覚える。
そして、それは形となって目の前に現れた。
「あれをここへ」
国王の命に応じ、列席者たちの間より現れたのはヒュールフォン=フィルディングだった。
マークルフは神経を研ぎ澄ませて警戒するなか、公子は一人の侍女を引き連れて国王の前にやって来る。
侍女は両手で厚地の敷布を持ち、その上に載せられた宝石箱を丁重に運んでいた。
ヒュールフォンは穏やかな笑みをリーナへと向ける。
「また、お会いしましたね、姫君」
ヒュールは恭しく礼をすると、侍女の手から宝石箱を手に取り、列席者たちの注目を集めるようにゆっくりと開いた。
その中にあったのは紫の宝石がはまった指輪だった。小さいが精巧な造りの指輪だ。
「見事な指輪ですね。実はフィルディング卿がこの日のために貴女に献上してくれた物なのです」
「そんな、こんな立派な指輪をいただくなんて……」
リーナが遠慮がちに言うが、ヒュールフォンはかぶりを振った。
「いえ、これはこの日のために貴女のために用意された物なのです」
「それはどういうことだ? フィルディング卿」
マクルーフは内心で舌打ちしながら訊ねる。何かある──マークルフは表情が渋いものに変わるのを抑えられずにいた。
「それはあの方ならご存じでしょう──バルネス=クレドガル大公閣下」
ヒュールフォンの指名に、周囲の視線が玉座に近い位置で列席していた大公に集まった。
大公もマークルフと同様に警戒して沈黙していたが、侍女が指輪を目の前に持ってくると、懐からルーペを取り出して片目に着けると指輪の鑑定を始める。しばらく見つめていた大公が指輪を手に取ると指輪の宝石が微かにだが輝いた。
大公はそれで指輪の正体を確信したのか、ルーペを懐に戻した。
「……古代エンシア最後の王が地上に残した宝物ではないかね? 長き年月を経て王女が地上に帰還した際、その出自の証とするために残した物だろう」
「さすがは大公閣下。古代文明への造詣の深さ、感服致します」
「まあ、世辞はそこまでにしてだね……それは長い年月の間に失われていたはずだが、君が持っていたのかね?」
「それが最近になって偶然に発見されたのです。真の持ち主と共に指輪もこの世に現れるとは何とも運命的でしょう」
(よくも白々しいこと、言いやがる)
おそらく、この場にいる多くの者もマークルフと同じ思いだろう。フィルディング一族は多くの古代の遺産を所蔵しているとされ、その台頭の背景には古代王国の宝物庫を発見したからと噂されるほどだ。
だが、マークルフの嫌な予感はさらに増す。そう、分かったところでどうすることもできまいと挑発されているかのように──
「この指輪はエンシア王族が触れると光り輝くと伝えられています。王家に連なる大公閣下が触れられた時に輝いたのも、そのために違いありません」
周囲がにわか騒がしくなるなか、国王は立ち上がるとリーナの前に立つ。
すぐに侍女が指輪を差し出し、国王はそれに触れる。
指輪はまた光り輝く。王家の直系のためか、大公の時よりも若干、輝きが強かった。
(まさか、ひょっとして──)
マークルフは自分の読みを否定しようとする。
その間にも国王は指輪を手にする。大公の時には分からなかったが、宝石の内部に光の紋章が浮かんでいるように見えた。
「なるほど、古の王家の血を引く者が持つと、エンシアの紋章が浮かぶようですね。リーナ姫、この通りです。色濃く古代エンシアの血を引く貴女が身につければ、この宝石もさらにすばらしい輝きを放ち、紋章もはっきりと浮かぶでしょう。さあ、はめてみてください」
「は、はい……」
リーナが王に勧められて、右手を差し出す。
王はその細い中指にゆっくりと指輪をはめた。指輪は彼女の細い指に合わせたようにぴったりとはまった。
だが、次第にどよめきが謁見の間に満ち始める。
指輪が輝かなかったのだ。
「姫は偽者だ!」
その言葉に堰を切ったように衆人たちは騒ぎ始めた。
(やられた──)
マクルーフが舌打ちするのと同時に、居並ぶ重臣たちの視線が彼に集まった。
「これはどういうことだ、ユールヴィング卿!?」
「説明をしたまえ!」
周囲からの糾弾の声がさらに増えるが、マークルフはそれを聞き流しながら、リーナの方を見た。
彼女は指にはめている指輪を呆然と見つめながら、気が動転しているのか、マークルフの視線に気づいたのか、こちらと目が合う。すがるような目つきを一瞬見せるが、すぐに、謝るように顔を伏せてしまった。
演技ではない。嘘はついていない。
マークルフはそれだけを確信すると、一息吸って言った。
「……どうやら、指輪も永く眠っていたせいでやや寝ぼけているようですな。最も輝くべき者の手にあるというのに──」
マークルフの開き直りとも受け取れる発言に、周囲からの非難の声がさらに強くなる。
「分かっておるのか! 他人事ではないのだぞ!」
「もちろん、忘れてはおりません。ですがここは“聖域”の中心地、魔力が希薄な土地です。陛下や大公閣下なら僅かな魔力で済むのでしょうが、姫の場合はさらに魔力を必要としてそれを得られず、反応できないことが考えられます。そのような誤作動の類はよくあることで、何ら不思議なことではございません」
まるで用意していたかのように流暢に話すマークルフの弁明に、国王は困った顔をして大公の方を見る。
「……確かに、そういうことは考えられなくはありません。だが、慎重に指輪を調べてみる必要があるでしょう」
古代文明研究の第一人者とマークルフの後見人、利害が反する立場に挟まれつつも、大公は客観的に意見を述べる。
「ならば、この指輪、大公閣下に委ねるといたしましょう」
そう国王に申し出たのはヒュールフォンだった。
「大公閣下が援助されている古代文明の研究所なら、この指輪の解析も可能でしょう。丁度、この席に研究所の責任者も参加されているようですしね」
ヒュールフォンはリーナに近づき、彼女の手から指輪を外す。
その時にマークルフの顔に視線を向けた。勝ち誇ったように相手を蔑むような目であった。
指輪は箱に戻され、ヒュールフォンは自ら箱を持ち、列席していたマリエルの前まで来る。
「所長代理殿、この指輪の鑑定をお願いします」
急に衆目にさらされ途惑うマリエルだったが、科学者の意地もあるのか、やがて箱を受け取った。
「かしこまりました。ですが研究所は大公閣下の庇護下にありますが、それでも宜しいのですね?」
マリエルが言った。
「研究とは結果が全てらしいですね。それに従事する貴女ならきっと公正な鑑定結果を出していただけるでしょう」
ヒュールフォンは落ちついた様子で答える。
「安心しろ。所長代理は自分の都合で事実を曲げる人ではない」
マークルフも続けて言うと、マリエルの目を見据える。
この戦い、はっきり言ってこちらの不利だ。大公の言質をとられ、その大公の所有する研究所で解析することで、マークルフの逃げ道を全て塞いだ格好となっている。
下手に研究所がマークルフを庇うような鑑定結果を出せば、一気に研究所にまで追及の手は及ぶだろう。あそこには《アルゴ=アバス》がある。自分がどうなるとしても、最後の切り札である祖父の遺産だけは何としても死守しなければならない。
マリエルもマークルフの視線からその意図を読み取ったのか、目だけを合わせた。
「その言葉を信じるとするよ、ユールヴィング卿。だが、もし貴殿が陛下をはじめここにいる方々を謀っていたなら、その時は覚悟していただく。それだけはお忘れなきよう」
「私は姫が本物だと信じております。それだけですよ」
マクルーフは不敵に笑った。
疑惑と困惑の目が集中するなか、ただ一人、彼の身を案じるリーナのためだけに──
「……二人は下がってください。子細はそれぞれに訊くことにしましょう。とにかく、この場はこれで終わりにします」
ユールヴィングとフィルディングの確執を知る王は、厳かに式の中断を告げるのだった。




