表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/53

回想 “祖父殺し”

「若様!? なぜ、こんなところへ!?」

 病床の男が目を覚ますと、傍らにマークルフが座っていた。

 ユールヴィング家に長く使える使用人であった男は慌てて身体を起こそうとするが、マークルフがそれを押しとどめる。

「無理するな。大人しく休んでろ」

「しかし……」

「言ったはずだぜ。何かあった時はすぐに知らせろ、と——」

「いけません! 若様は大事な身なんですぜ。あっしの病がうつったら大変だ! 早くお帰りくだせえ」

 マークルフは慌てる男を無視して、自分で調理した雑炊を器に盛る。

「安心しろ。看病は祖父様で慣れている。これでも食え。味は保証しないがな」

「若様! あっしのために何かあったら、それこそ先代様に申し訳がたたねえ。お気持ちだけで結構ですから、いまはご自分の戦いだけをお考えくだせえ」

「おまえに死なれたら、それこそ祖父様に申し訳がたたねえんだよ」

 マークルフは味見をすると、少しだけ塩を足した。

「俺たちのためにおまえは危険を冒してくれたんだ。それを見捨てたら、俺は戦乙女に会う資格がねえ。先代からのユールヴィング家の悲願を台無しにしないでくれよな」

「しかし、ここに居たら怪しまれますぜ」

「なあに、使用人思いの良い領主と宣伝できるじゃねえか、な?」

 根負けしたのか、使用人は枕に頭を沈めて微かに笑った。

「先代様の若い頃にそっくりだ。特にこうと思ったら人の話を聞かないところなんか……困った方だ」

「迷惑なら、さっさと治すことだな」

 二人は声を上げて笑った。

 よく耳にした祖父の笑い声。

 マークルフはその時はじめて、自分も同じ笑い方ができるのだと気づいた。



「マークルフ=ユールヴィングは何をしていた」

 貴公子の少年が男に訊ねる。男はフィルガス王家に使えていた間者であり、いまはフィルディング一族に拾われ、ヒュールフォンの手足となって動いていた。

「特に不審な点は見当たりません。病身の使用人の看病に当たっているだけです」

 幼さに似合わない猜疑心に満ちた表情がヒュールフォンに浮かぶ。

「だが、気になる。尊敬していたルーヴェン=ユールヴィングよりも使用人を優先するとは……その使用人に変わった点は?」

「先のルーヴェン=ユールヴィングの最期を看取った一人と思われます。しかし、それ以外に変わった点はございません」

「何を企んでいる、マークルフ=ユールヴィング……」

 ロイフ=バルはすでに自分たちの優位を疑ってもいない。だが、剣の腕以外に見習うところのない副団長のような安心は、ヒュールフォンにはできなかった。

「あのどぶ犬の監視を続けろ。我が祖国を裏切り、わたしから全てを奪った罪、先代に代わって奴に全て背負わせなければならないのだからな」



 王城の北の丘陵に、聖堂は位置する。

 初代国王より続く墳墓の前に建てられた祈りと鎮魂の聖地は、“聖域”内でも屈指の広さを誇る。現在も国葬に参加する国内外の貴族・名士たちがそこに集い、彼らによって会場は埋め尽くされていた。

 会場には聖壇が設けられ、その上にはルーヴェン=ユールヴィング男爵の遺体が安置されていた。死後一ヶ月は経過していたが遺体は生前のようであり、弔問客たちの話題に上がっていたが、それもしばらくして収まり、会場内は静寂に包まれていた。

 葬儀はまだ始まらなかった。

 遺族である亡き男爵の孫マークルフが未だに姿を見せないためだ。

 会場内の者たちもしびれを切らしだしたのか、会場内もにわかに騒がしくなる。

 彼らを代表し、聖壇の傍らの席に座していた少年王ナルダーク三世だったが、今回の葬儀の責任者であるロイフを呼んだ。

「ロイフ、ユールヴィング男爵はどうしているのだ」

「申し訳ございません。先ほどまで控え室におられたのですが、急に姿を消してしまわれまして──」

「なに? どういうつもりなのだ?」

「いま、現在、手分けをして探していますが……まだ、若いとはいえ、陛下までも待たせるとは、ご自分の立場を分かっておられるのか──」

 国王にも苛立ちを垣間見たロイフは、ほくそ笑む。

 このまま国王の心証も悪くなれば好都合だった。ルーヴェンと大公の働きかけで、《アルゴ=アバス》の継承は新たなユールヴィング当主にほぼ決まっていた。葬儀の後、大公が管理する研究所で摘出し、継承される予定だったが、これならわざわざ“心臓”を狙う必要もなかったも知れない。

「このまま、方々をお待たせするわけにはいくまい。大公殿をお呼びしてくれ。大公殿は亡き男爵と親交が深かった。大公殿に喪主の代理をお願いしよう」

「それが宜しいかと——私からお願い致しましょう」

「そうしてください……おや? 彼は確か、おまえの従者の少年か?」

「はい。複雑な心境ながら、役目に徹しているようです」

 国王が興味を示したのは、弔問客相手にかいがいしく応対している少年の姿だった。

 ロイフの従者として働くヒュールフォンは、式典の開始が遅れて苛立つ参列客たちにも堂々と応対し、彼らの関心を集めている。

 祖国を滅ぼした男の国葬を取り仕切る側に参加しながらも、その役目を立派に果たしている姿は、大事な場に姿を現さないユールヴィングの後継者よりもよほど誉れるものであろうからだ。

 そして、その一人に国王もなるかもしれず、ロイフは予想以上の手応えに満足する。

 その時だった。

 会場の入り口である両開きの扉が開けられた。

 会場の者たちの視線を一斉に浴びて、扉から現れたのは喪主の礼装を纏い、その手に黄金の斧槍を握るマークルフの姿だった。



 マークルフはいつになく緊張で顔を固くしていた。

 列席者たちのどよめきすら耳に入らないかのように、ただまっすぐと、先代の眠る聖壇へと進んでいく。

 その道を遮ったのは、ヒュールフォンだった。

「何をお考えか、マークルフ殿! 式典では武器を手にすることは許されませんぞ!」

 国王をはじめとする有力者が集まる場であるため参加者の武器の携行には厳しく、警備の騎士以外は儀礼用の物しか許可されない。

 ヒュールフォンの言葉に、参加者の中からはマークルフの非常識さを責める声があがる。

 だが、マークルフはそれを無視するように槍を上に掲げた。

「無礼は承知の上でございます! しかしながら、この槍は先代ルーヴェンより授かりし、ユールヴィングの家宝! せめて一目、この槍を持つ姿を見せることで偉大なる祖父への最後の手向けとすることを、どうか寛大なるお心でお許しください!」

 マークルフの声が聖堂内を木霊する。

「何を勝手なことを——」

 ヒュールフォンが抗議の声をあげるが、マークルフは一歩近づきそれをさえぎる。

「勝手なのは貴殿もだろう。亡きフィルガスの血を引くとはいえ、現在の貴殿は従者の身。男爵であるわたしの道を阻むことは許されないと思わないか。見よ、国王陛下もわたしの願いをお聞き届けくださっている!」

 周囲の、そしてヒュールフォンの注目が国王に向くが、国王は黙って頷いた。

「……出過ぎた真似をいたしました」

 ヒュールフォンは何かを堪えるように歯噛みしながら、道を開けた。

 マークルフはヒュールフォンの横をすり抜ける。怨嗟の視線が向けられるが、マークルフはそれに付き合うことなく、先を進む。

 聖壇の前まで来ると周囲の声も落ち着いていた。マークルフは棺の傍らに立つと、そこに厳かな礼装をして納められたルーヴェンの遺体に目を落とす。

 周囲は静寂に包まれる。それは相手がどうあれ、故人を悼む遺族に対する義務である。

 しかし、それはすぐにどよめきと悲鳴に変わった。

 マークルフは手にした槍を両手で振り上げると、ルーヴェンの左胸へと思い切り突き刺したのだ。

 槍は深々と祖父の胸を貫き、返り血が顔を染める。

「ああ、なんてことを!?」

「乱心したか!?」

 槍を突き刺したまま俯くマークルフの周囲を親衛騎士たちが取り囲んだ。

「自分が何をしているのか、分かっているのですか!?」

 親衛騎士に護られながら、若き国王が席から立ち上がり、詰問する。

 マークルフはゆっくりと顔を上げた。

 いまにも斬りかかりそうな騎士たちを前にしても、マークルフは怖れることなく、ゆっくりと槍を引き抜いた。子供とは思えぬ胆力だが、それもまた周囲に気が触れたと思わせ、どよめきがさらに深くなる。

「……“心臓”はどこだ?」

 マークルフがようやく口を開いた。

 その言葉を拾おうと、どよめきは緊張の静けさへと変わる。

 マークルフはあろうことか、国王へと槍の先を向けた。騎士たちが身構えるが、自分に向けられたいくつもの刃にもマークルフは怯まなかった。

「我が祖父の胸にあった《アルゴ=アバス》の“心臓”はどこにあるかと訊いている! 答えてもらおうか、ロイフ=バル!」

 マークルフは国王の盾になっているロイフに向かって叫んだ。

 先ほどにも増して、どよめきがさらに大きくなる。

 若輩のマークルフが親衛騎士団副団長を名指しで糾弾したのだ。国王に任じされた国葬の責任者に疑いを向けることは、下手をすれば自分の身の破滅に直結する。

「何を根拠にそう言われるか! 事と次第によってはご自分の首が飛ぶことになりますぞ!」

 ロイフが喧噪に負けないように声を張り上げるが、その表情は明らかに狼狽している。マークルフが祖父の遺体に槍を向けることなど考えてもいなかったのだろう。

「往生際が悪いですな。こっちはずっと祖父の遺体を見守っていた。唯一、目を離したのが葬儀の準備のためにそちらに引き渡した時だ。その時以外に“心臓”を奪う機会はない! この葬儀の責任者である貴様の関与がなくてはできるはずがない!」

 周囲の疑いの目はロイフへと移るが、ロイフもまけずに口許に笑みを浮かべる。

「貴殿はご存じだと思うが、“心臓”と融合した周囲の筋肉組織は通常のものと比べて非常に固くなっていると聞く。こちらがルーヴェン卿の亡骸を預かった短い時間では摘出などできるはずがない!」

 だが、マークルフはロイフを揶揄するように同じ笑みを浮かべる。

「ほう、よくご存じで。よほど“心臓”に執着されていたようだ。確かに摘出は難しい。祖父も火葬にしろと言っていたぐらいだ。だが、後で時間をかけて取り出せばいいということだ」

「意味が分からんな。だいたい、貴殿の言うこと自体が疑わしい。その槍の一刺しだけで“心臓”がないのか本当に分かるはずもない! 我らを陥れる狂言だと十分に考えられることだ!」

 ロイフは強弁するが、マークルフの糾弾の視線は変わらない。

「なるほど、この場を逃れさえすれば、後は何とかできるというわけだ」

「くだらん! 貴殿はよほどわたしを陥れたいようだな! 確かにわたしはフィルディング家と関わりがあるが、それだけで私怨を持ち込むなど、いい加減にしてもらいたい! むしろ、ご自分の立場を分かっているのか! これ以上の暴言は親衛騎士団への侮辱、ひいてはお護りする国王陛下への暴言と受け取りますぞ」

 ロイフはついに自らの立場を利用した切り札を取り出す。これでマークルフのこれ以上の追及も動きも封じようという魂胆だろう。

 だが、マークルフはそれにも動揺することなく、むしろ笑みを浮かべた。

「なら、いまこの場で証拠を示せば貴様は認めるということだな」

 マークルフは斧槍の刃でルーヴェンの首元に撒かれたスカーフを裂いた。

「何をされる!? もし、ここで何も出なければ貴殿は自ら首を落とされることは覚悟の上なのですな!」

「無論、承知しているさ!」

 マークルフはためらいもなく告げる。

 そして、厚い襟首を槍の刃で引っ掛け、それを強引に引き裂く。

 今度は首を切り落としたのかと、多くの者が目を背けた。

 だが、どよめきは別の形で起きた。

 露わになった首に胴体との縫合の跡があったのだ。

「さあ、これをどう説明されるか! 我が祖父は酔狂を好んだが、さすがに他人と身体を交換するような真似はしなかった!」

 ロイフは唖然として言葉が出なかった。いや、もはや言い訳はできない状況だ。この場で細工の跡が出たということは、自分が関与した間にしかそれが出来ないという証拠だったからだ。

「国王陛下! ルーヴェン=ユールヴィングの娘ウルダの子、マークルフよりお願い申し上げます! 先代の亡骸を冒涜し、そのために利用された名も分からぬ者の仇を討つために、あの者を捕らえることをお許しください! これを以て、新たなるユールヴィングの最初の務めとさせて戴きます!」

 弔問の貴族達の視線が国王へと向けられた。

 少年王は目を閉じて思案するが、やがて頷く。

「ロイフ=バル、ここをこれ以上の血で染めたくはない。大人しく剣を渡してくれ」

 国王にも見捨てられ、ロイフは膝を付くが、すぐに立ち上がると国王の命令に反し腰の剣を抜いた。

「貴様に利用される恥辱は受けぬ!」

 親衛騎士が行く手を阻むが、剣の名手と謳われたロイフはためらいなく斬りつけた。かつての部下たちを瞬時に斬り伏せると、聖壇の前に立つマークルフへと襲いかかる。

 マークルフは逃げようともせず、逆にロイフを睨み付ける。

 鋭い金属音がして、ロイフの刀身の先がマークルフの眼前で止まった。

 大公の護衛として控えていたログが飛び出し、自らの剣でロイフの剣を受け止めたのだ。

「生け捕りにしろ! 知っていることを洗いざらい白状させる!」

 マークルフは自分の眉間を狙った剣先を目の前にしながらも後ずさりすることなく、自分が指名した新たな副長に命じた。

「御意!」

 ログとロイフの戦いが始まった。追い詰められたロイフは鬼気迫る勢いで剣を振るうが、ログはそれに圧されることなく、冷静に剣で応酬する。

「あのロイフ=バル相手に——」

「ユールヴィング男爵、あのような手練れまで用意していたのか」

 他の騎士たちが手出しをできず、一騎打ちとなったログとロイフの戦いに周囲の目は集まる。

 クレドガルでも名のある剣の名手であるロイフに、ログはあくまでも受けた命令を果たすために切り結ぶ。

「このわたしを、生け捕りなどに——!!」

 ロイフの剣がログの首を狙う。だが、ログは左手で短剣を引き抜いて一撃を受け流すと、隙のできたロイフを斬りつけ、その手から剣を弾き飛ばした。剣が床に落ちた時、ログの剣はロイフの喉元に突きつけられていた。

「……てめえの負けだ。ロイフ=バル」

 マークルフの宣告にロイフは膝から崩れ落ちる。

「……なぜ、あの一突きだけでここまで見破れた」

「“血”だよ」

「血……血のつながりがあるから分かったというのか」

「そう答えてもいいんだがな。何も知らないということは、あんたはすでに切り捨てられていたようだし、せめて本当のことを教えてやるよ」

 マークルフは不敵な笑みを浮かべた。

 それは勝ち誇るでもなく侮蔑でもなかった。少年であった自分と決別し、新たな“戦乙女の狼犬”としてフィルディング一族と戦うことをこの場にいる国の貴族たちに宣言するものであった。

「本当の……ことだ、と?」

 怪訝な顔を浮かべるロイフの前で、マークルフは襟に巻いていたスカーフを解き、襟のボタンを外していく。

「皆様にまずはお詫びしなければなりません。実は我が祖父の“心臓”はここにありますゆえ──」

 マークルフが左の袖から腕を抜くと、観衆に分かるように左肩を露わにする。

 聖堂内をいままでになく、どよめきが響き渡る。

 マークルフの左胸に黒い球形の装置──《アルゴ=アバス》と生体を接続する“心臓”が埋め込まれていたのだ。

「本体との接続が完了していないため、このような剥き出しとなり、お見苦しくなることはご容赦願います」

「ば、ばかな……いつの間に……研究所から、ここに運ぶまでにそんな時間など……」

 ロイフが目を見張り、口を震わせる。

「鐘が鳴った時が祖父様が息を引き取った時と思ったか」

 ロイフの目が大きく見開かれる。

「見張ってたんだろ? 大公閣下や親交のあった者の出入りも含めて」

「……死んだ時間を欺くために、大公閣下らにまでわざと危篤の知らせを遅らせたというのか」

 大公が顔を伏せた。死別の言葉も交わせず、変わり果てた親友の姿を前にして悲しまずにはいられなかったのだろう。

「なら、踏み込んだあの時に泣いていた連中も全員がぐる・・だったというのか!」

「その通りさ。その場にいた全員がぐる・・さ……祖父様も含めてな」

「し、しかし、あの死体は死後そんなに時間は経っていなかったはずだ……“心臓”を摘出した跡もーー」

「腐敗阻止のために内蔵も血も抜き出した。代わりに血の色を着けた固定液を注入し、全身の細胞が固まるのを待って“心臓”を取り出した。手術の跡は樹脂で作り上げた偽の傷痕で覆った。祖父様の身体は傷痕だらけだからな。傷を隠すには傷のなかだ」

 そのための技術を持つ者を使用人として呼んでいた。だが、危険はあった。遺体の処置する間は常に病の感染と隣り合わせだ。現に一人が病に倒れたが、幸いにも回復することができた。もし死なれていれば、マークルフはこの場に立つことはなかったかもしれない。

 ロイフは愕然として床に両手をついた。

「ならば、《アルゴ=アバス》の機能を利用したというのは——」

「そんな機能、聞いたことはねえよ。だが、生身の人間が装着することを考慮した鎧の内部は保存には適していた。おかげでてめえらの目もそちらに向いてくれた」

 ロイフはようやく全てを悟ったように肩を落とした。

「……なるほど、だから血が流れた時に別人の身体だと気付いたのか……だが、我らがすり替えなかったらどうするつもりだった? 葬儀の後で遺体を強奪することだってありえたはずだ」

「狙うのは国葬の前だと思っていた。葬儀の後は遺族の俺の意向が大きくなり、国王陛下に何か願い出るかもしれないからな」

「だが、それでも外れることは考えたはずだ」

「まあな。だが、お前らの企みを暴く好機はこの時しかなかった。この後は祖父様の遺体は様々な状況に置かれる。そうすれば、守りきることも、お前らの企みだと証明することも正直、難しいだろうからな。まあ、外れたら、そん時は本当に俺の首が飛んだかもな」

 こともなげに言ってのけるマークルフの前に、ロイフは肩を震わして笑う。

「我らを陥れるために危険な賭けをし、祖父をも利用し、遺体の偽装技術まで用意したのか」

「最後は違うな」

 マークルフは膝を付き、刃を挟んでロイフに顔を近づける。

「祖父様はな、傭兵仲間が遠い戦地で死亡して、家族にも返せずにいるのをずっと不憫に思ってたんだ。それでせめて生前に近い状態で家族に返せればと、ずっと死体保全について調べてたのさ。昔からそのような技術はあるんだぜ。いまの世の中は古代の文明や延命の研究ばかり目がいくけどな。どうだい、祖父様が蘇られた遺体の保全技術は? 現在の水準よりは一歩先に進んでいたはずだ」

 ロイフは顔を沈めるが、やがて肩を震わして笑い始めた。そらはやがて大きく、そして正気を疑うほどの笑い声となる。

「確かに死後に無様な姿を晒したくはないからな! だが、皮肉な話だ! ルーヴェン=ユールヴィング卿自らがこんな無様な姿を晒すのだからな! しかも、自分の孫の策略に利用されてな!」

 もはやその表情はマークルフを嘲笑するためだけにあるように、ロイフが叫ぶ。

「教えておいてやる! 貴様の祖父の身体は今頃、家畜のエサだ! いや、薬品漬けにされたものを与えられるのだから、まともなエサにもならんがな! まったく、英雄などと持ち上げられたぺてん師らしい死に様だ!」

 故人とその遺族への聞くに堪えない暴言に国王は黙らせるように命令するが、マークルフは手を上げてその申し出を拒否した。

「そんなこと、祖父様は覚悟の上さ。そして俺もな。あんたも覚悟を決めろよ。さっき言ったろ。身体をすり替えた連中から何も知らされなかったってことは、あんたはすでに切り捨てられたんだよ。そんな奴らのために自分の武人としての生き様をここで罵ることだけで終わらせていいのか」

 ロイフの笑い声が止まった。

 あれほどの侮辱にも動じず、それ以上に自らを諭す宿敵の一族の姿に、ロイフは完全に負けを認めたようだった。

「……何たることだ、このわたしがこのような若造に屈することになるとはな」

 ロイフはマークルフの顔を見上げる。

「そうです。もうおやめください、ロイフ様」

 ロイフの眼前に新たな剣が突き出される。

 ヒュールフォンだった。悲痛な面持ちでロイフに剣を向けている。

「騎士としての全てを教えてくだされた貴方に剣を向けたくはありませんでした。潔く国王陛下の裁きをお受けしましょう。それが貴方のためであり、同門一族のためでもあります」

 ヒュールフォンは震えていた。主に剣を向けなければならない運命を嘆くように——

 だが、そばにいたマークルフは気づいた。見上げるロイフを見つめるヒュールフォンの眼差しに一瞬だが、冷酷な視線を——

 その意図に気づいたマークルフは慌てて叫ぼうとするが、それよりも早くロイフが叫ぶ。

「ならばやってみるがいい! 名ばかりの“聖域”でどこまで足掻けるかを! さらばだ、マークルフ=ユールヴィング!」

 ロイフは自らの首をヒュールフォンの剣に滑らせた。血が吹き出し、マークルフの顔を、ヒュールフォンの剣を染めた。ロイフは事切れて倒れ、ヒュールフォンは自らがこのような事態を招いたことに慄き、剣を落として後ずさる。

「……ヒュールフォン、てめえッ!!」

 同族の名を出し、ロイフに自死を強要させたことは明白だった。マークルフは立ち上がり掴みかかろうとするが、その肩を掴んで止めたのは大公だった。

「……そこまでだ。これ以上はお前の芝居に泥を塗ることになる」

 ヒュールフォンはその場に跪き、打ちのめされたように呆然としている。その様は悲劇の貴公子だったが、マークルフは気づく。自分を見た一瞬だけ、その瞳に嘲りと怒りのこもった形相を浮かべたことに——

「取り乱すな。ロイフ=バルは最期にお前をユールヴィングと呼んだのだ。いまはそのこと胸にしまっておけ」

「……分かったよ」

 マークルフもまた、ヒュールフォンにだけ一瞬の侮蔑の目を向けると、一息ついて自らを抑えた。

 やがて聖壇の前に戻ると、祖父と名も知らぬ者の亡骸に深く一礼し、羽織っていたマントを脱いだ。それを両腕で祖父の首の下に広げる。

「……ログ、頼む」

 ログはマークルフの傍に立つと、自らも一礼して剣を振り上げ、そして振り下ろす。

 祖父の首が落ち、マークルフはそれを素早くマントで包んだ。あまりに軽くなってしまった祖父を抱きかかえて立ち上がると、国王の方を向いた。

「国王陛下。祖父がこのような身になった以上、聖堂騎士の大任は務まりそうにありません。勝手ながら、祖父は我が手で弔うことをお許しください。この場にお集まりいただきました方々にも、ご足労いただいたこと、深くお礼をさせていただきます」

 マークルフは騒然とする国中の貴族たちに深く礼をすると、祖父の首を抱えて外へと続く絨毯の道を歩く。

 誰も声をかけることはできなかった。国王でさえも。ただ一人、ログだけがマークルフの影となって後に続く。

 ただ、皆は知った。この少年が間違いなくフィルディング一族に挑むユールヴィングの後継者であることを——


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ