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強化鎧《アルゴ=アバス》

 《アルターロフ》の眠る城塞を後にしたリーナたちは再び馬車に乗り、次の目的地へと向かった。

 それは城塞からあまり離れていない、ある建物だった。

 白いその建物は旧市街独特の古びた様子を見せず、やはり比較的新しい建築物であった。しかし、窓が極端に少なく、普通の住居のようには見えない。

 やはり、入り口には門番の騎士がいたが、大公は顔だけであっさりと通過することができた。

 建物に入って最初に感じたのはこの時代では独特の、だがリーナには懐かしくも思える空気だった。

「ここは……エンシアの施設みたいです」

「さすがはエンシアの姫だ。そう、ここは魔導科学の研究所だよ。エンシアのものに比べれば、ほんの真似事にしか見えないかもしれんがね」

 清潔だが生活感のない、薄暗くひんやりとした通路を、大公は慣れた様子で進み、リーナは黙って後に続いた。

 すると向こうの曲がり角から誰かが現れ、リーナは思わず息を飲む。

 鉢合わせしたのは眉間に刀傷を負った上半身が裸の巨漢だった。ぼさぼさ頭の下から覗く双眸は大きく見開かれ、リーナたちを黙って睨んでいた。

 場所が場所だけに、ここで生み出された人造生物かとリーナは肝を冷やす。

「服を着んかい!!」

 だが、こちらが反応する前に曲がり角から飛び出した女性の蹴りが男の背中に刺さる。ハイヒールの一撃に巨漢はあっけなく怯み、隅に逃げだした。

 現れたのは白い白衣をラフにまとった若い女性だった。

 くせ毛の長い髪に少しきつめな表情をしているが、白衣の下には身体を強調するようなドレス、顔にも薄く化粧をしたお洒落には気をつかっているようだ。ちなみに細い足に履いているのは先ほどの蹴りでも壊れていないハイヒールだ。

「しょ、所長代理~、あんまりっすよ」

 巨漢の男は見かけとは正反対のか細い声で嘆く。蹴られた場所に残るヒールの跡が痛々しい。

「倉庫の片付けをして来いっていったのは所長代理じゃないですか~。こっちは汗だくなんすよ~」

「だからって裸でここをうろつくんじゃない!」

 所長代理と言われた女性は巨漢を一喝すると、気を取り直したようにリーナたちに向き直る。

「ようこそ、大公様。そちらの方が噂のエンシアの姫様ですか。はじめまして、うちはマリエルといいます。この研究所の所長代理をしてるんです」

 女性は陽気に目を細めて、歓迎の態度を示す。

「急に押しかけてすまんね。実は彼女にあれを見せてあげたいのだが、大丈夫かね」

「ええ。男爵がいつ来てもいいように、稼働可能の状態にしていますから。そう言えば男爵は一緒じゃないんですか」

「今回は坊主にも内密なんだ。口外せぬように頼むよ」 

「ええ、ここは機密が多いだけに口が堅い連中ばかりですから」

「いや~、すんません、姐さ~ん」

 声をかけたのはやや小太りの小柄の男だった。白衣に曇り硝子の眼鏡をかけ、年齢不詳だが、もみ上げ辺りが白いので多少は年輩なのだろう。一言で言えば胡散臭い雰囲気だった。 

「頼まれてた業者への見積りなんすけど、間違えて競合店の方に送っちまいましてね。業者から文句が来てるんすわ~、ちょといまから詫びいれてきます。おう、おまえも来てくれや。お前がいれば話がつけやすいしな」

 男が軽い調子で言うと、巨漢を一緒に連れて行こうとする。

 マリエルの笑顔がひきつり、拳に握りしめる。

「…………くだらんミス、すんじゃねえ!」

 マリエルの鉄拳が小柄な男の顔面を捉え、眼鏡が吹き飛ぶ。

「だいたい客人の前で呑気にべらべらとしゃべるな!」

 マリエルの踵が小柄男を踏みつける。

「しょ、所長代理、大公様の前で——」

 巨漢がなだめようとするが、マリエルの肘が脇腹に叩き込まれ、悶絶する。

 沈黙した男二人を背に向け、マリエルは苦笑した。

「見苦しいところをお見せしました。うちがご案内します」

 部下を放置し、マリエルが先導して歩き出す。

「相変わらずのようだね」

 大公が言うと、若き所長代理は肩をすくめる。

「まったく、所長がいた頃に慣れ過ぎて、だらしなさが全く抜けてないんですよね」

「所長さんはいまはいらっしゃらないのですか?」

 リーナが尋ねると、マリエルは途端にしかめっ面をして答える。

「追い出しました」

「所長をですか?」

 マリエルは立ち止まり、こちらを振り向く。

「そう、ここの所長はがさつ過ぎて。中途半端な実験でいままでのデータをおじゃんにしたり、扱いが雑すぎて機材を壊したり、書類もためて訳が分からなくなる。だいたい、身なりからして“研究所の亡霊”と言われるぐらいだらしなくて、だらしなくて!」

 思い出すのも嫌なようにマリエルが頭を抱える。

「研究というのは繰り返しと積み重ねなんです。物も人材も大切にしない人にここに立ち入らせるわけにはいきません。だから、出入り禁止にしました!」

 言っていることは至極もっともなのだが、いまいち心から賛同できないのはなぜだろう。

「まあ、自分の姉だ。愚痴もそこまでいしておきなさい。それに向こうは毎日、楽しそうにしているよ」

 大公になだめられ、マリエルはため息をつく。

「所長さんって、どのような方なのですか」

 しかし、大公の言葉通りなら、所長は大公と親しい関係のはずだが、同じ館にいたリーナはそれに気づかなかった。マリエルの姉らしいが、女性ならなおさら気づいたはずだ。

「姫もすでに会っている。いや、毎日、顔を合わせているよ。彼女が誰かと似ているとは思わないかな」

 リーナがマリエルの顔を覗き見る。

 その怜悧な表情を見て、リーナは気づく。

「エルマさん……ですか?」

「そう、彼女がここの研究所の所長だ。もっとも追い出されてわたしの所に居候しているがね」

 リーナはすぐに信じられなかった。あの聡明そうな侍女が研究所の所長の肩書きを持つのもそうだが、マリエルの話す人物像とはまったく結びつかないと思えたからだ。

「姉貴には騙されんでください。姉貴は“じじょぷれい”を楽しんでいるだけなんです」

「ぷ、ぷれい……ですか?」

 よく分からない怪しい単語が、リーナの混乱に拍車をかける。

「そう、姉貴は有能な侍女を演じているだけ、そういう戯れ事が好きな性分なんです。理論家としての天性の才能はあるんですが、こっちにレポートを送るノルマは相変わらずすっぽかしたままなんです。大公様も何か言ってくださいな!」

「はっはっは、それで何でもやってくれるなら、プレイに付き合うのは別に構わんよ。最近はわたしも楽しくなってきてね」

「大公様は所長に甘すぎです!」

 やっぱり、男爵に関わる人たちにはどこか一癖ある人が多いようだ。

 通路の先はエレベータになっていた。懐かしくはあったが、同時に疑問もよぎる。

「“聖域”内でもこのような装置を使えるのですか」

「ここについては多少はね。ここには強力な魔力ジェネレータと魔力を貯蓄する装置がある。ただし使うと消耗が極めて激しいのでね。なかなか自由にはいかないのが現状だ」

「今回は大公様や姫様がいらっしゃるので特別に動かしているんです」

 若き所長代理が研究所の運営に厳しいのも少し分かる気がした。

 エレベータが最下層に着き、降りた先にあったのは頑丈そうな金属製の扉だった。

「では、ご覧ください」

 マリエルがまるで自家製のパーティーに招くかのように、厳かに扉を開いた。

 扉の向こうは奥の一面が透明のガラス張りになっている部屋だった。

 どうやらガラスの向こうは吹き抜けになっているらしく、天井に設置されたこの時代では珍しい、しかしリーナにとっては見慣れた照明機器の類が一面にひしめきあっている。

「ここは……」

 リーナがガラスの前に立つと、声を漏らした。

 ガラスを隔てた向こう、リーナの眼下に広がるのは、無数の機械と部品に包まれたフロアだった。特に目に付くのが、ケーブルや計器に繋がれながら部屋の中央に鎮座する物々しい黒の甲冑だ。

 リーナは鎧がエンシアで使われていた装着者の能力を飛躍的に高める強化鎧の類だとすぐに見抜いた。

「あれは《アルゴ=アバス》。ルーヴェンが発掘し、《アルターロフ》との戦いで使用した古代文明の偉大な遺産の一つだ」

 大公がリーナの隣に立ち、マリエルが説明を代わる。

「《アルゴ=アバス》はエンシア文明末期に作り出された、特殊強化鎧です。制作者や目的は不明ですが、エンシア王族親衛部隊が用いた《アイギス》シリーズ後期量産型を基に再設計されたものでしょう。防御力と信頼性の強化、特に〈アトロポス〉と呼ばれる独自の魔力付与システムを搭載し、その超高濃度集積された付与魔力は、破壊力だけなら比肩するものがないと言われています」

「……はあ」

 情報量の多さにリーナは曖昧な返事をしてしまうが、説明は続く。

 後に大公が援助していた古代文明の研究チームにそれは預けられた。《アルターロフ》を完全に破壊するための古代文明の研究のサンプル兼、搭載された強力な魔力ジェネレータを用いた研究施設の動力源として活用するためだが。ユールヴィング領に置いておくことで周囲から危惧されることを避けるためもあるのだと言う。

 エンシアに生まれたリーナだが、祖国が生み出した《アルゴ=アバス》については何も知らなかった。いや、古代文明の生み出した兵器についての知識自体に乏しいと言って良かった。王室暮らしの自分には、兵器の知識など無用の長物であったからだ。古代文明の王女の自分が古代兵器について教えられる。それは自分の無知であるようで何か申し訳ない気持ちになる。

「あれをルーヴェンより受け継ぐことが、坊主の最初の戦いになったんだよ」

 大公がリーナの肩に手を置いた。

「……戦い」

「そう。あれを使えるのは制御装置である“心臓”を身体に埋め込んだ者のみ。その“心臓”を守り、そして我が物とするための戦い、いや、大芝居というべきかな」

 大公が目を閉じ、昔を思い出すように言った。

「失敗すれば全てを失い、“心臓”を身体に埋め込んだとしても不適合で死ぬ可能性もあった。成功しても兵器に改造された肉体は確実に寿命を縮める……それでも、坊主はルーヴェンが遺したあの鎧と、フィルディング一族との戦いを受け継ぐことを選んだのだよ」

 

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