運命
沈黙する機神を前に戦慄を覚えるリーナの隣に大公が立った。
「あれは現在、仮死状態になっている。この“聖域”の中で魔力を得られず、制御装置とも接続されていない。もっとも、そのコントロールが暴走してしまった結果、エンシアは滅びたと聞く」
リーナは目を拭った。その瞳には隠せぬ涙が光っていた。
「怖くなったかね? 場所を変えようか」
「いえ、大丈夫です……あれはエンシアが忘れてはならない罪なのです。王女の私が目を逸らすことは許されません」
大公は近くの石段に腰掛ける。
「……機神の暴走により、エンシアは十日ももたずに滅びたそうだね」
「私はすぐに避難させられたので、最期のことは分かりません。ですが、それでもよく持ちこたえ方だと思います」
《アルターロフ》の暴走に恐怖し、逃げ惑い、それでも立ち向かった臣民たちの姿がまざまざと蘇る。この時代ではただ滅ぼされたとしか記録がないが、その事実のなかにどれほどの人々の嘆きや苦しみがあったのか、自分だけは忘れてはならないのだ。
「古代王国では空を飛ぶ船が行き来し、“神”の軍勢に滅ぼされた魔の竜たちをも魔導科学で複製し、船を護らせていたそうだね。それほどの強盛を誇った国でも“機神”には敵わなかったのだね」
「……エンシアの民はこの《アルターロフ》に自らと国の運命を託しました。それが失敗した時、エンシアは滅ぶ運命だったのです」
「辛いかもしれないが、この“機神”について分かることを教えてくれないだろうか?」
リーナが振り向くと、大公が“機神”の顔を睨んでいた。
「現在でも“機神”をめぐる戦いは続いている……その戦いに勝つためには、少しでも“機神”について知らなければならないのだ。これは坊主のためでもある」
大公の表情はいつになく険しかった。大公もまた“機神”をめぐる戦いに立っている一人なのだろう。
そして、マークルフもきっとそうなのだろう。
「……エンシアは“神”に禁忌とされていた“闇”へと傾倒し、やがて“神”に関する全てが禁忌となったのです。ですが、それが自らを滅ぼすことにつながりました」
リーナは故郷を滅ぼした元凶から目を逸らさずに言った。
「“光”に属する全てを排斥した結果、均衡を司る“大地”の力が“闇”の力を抑制しはじめたのです。“大地”の力は“光”や“闇”に比べて弱い力であり、エンシアの科学者たちも最初はその影響を無視していました。ですが、“闇”が増大するにつれ、その力は無視できないほど大きくなりました」
それはまず、エンシアの魔導機械への干渉という形で現れた。
ノイズが入り、誤動作が起きた。故障の頻度も少しずつ増していった。
そして、それ以上に影響を受けたのは、エンシアの人々の意識だった。
生活を支える周囲の機械全てに誤動作の確率があれば、人々は安心して暮らすことなど不可能となる。特に空飛ぶ船や生命維持装置などは致命的な事故につながる。
しかし、すでにエンシアは魔導科学なしでは生きられないようになっていた。
《グノムス》のように“大地”の力を代用とする研究も一部で進められたが、エンシアの文明を支えるには力も時間もとても足りなかった。
そして、この世界国家全体を蝕む不安とそれを打破したい焦りが、自ら破滅を生み出したのだ。
「追い詰められたエンシアは《アルターロフ》を開発しました。あれは本来、超弩級の魔力ジェネレータでした。自然の摂理に逆らってでも強引に“闇”の魔力を集め、リンクした自律型の魔導機械に魔力を安定供給するためのものだったのです。しかし、《アルター=ロフ》は暴走し、リンクした魔導機械群もそれに支配されて人々を襲いました……エンシアは自らの文明の前に滅びたのです」
大公は立ち上がり、リーナの肩に手を置いた。
「辛い記憶を掘り起こさせてすまない。しかし、ぜひ知っておいて欲しかった。これがルーヴェンと坊主の生き方を決めた、と──」
「マークルフ様の生き方……」
「そう。今度はこちらが姫の疑問に答える番だね」
大公は立ち上がると後ろを振り向く。階段の近くにはいつの間にかログが控えていた。
「坊主は例のところかな、ログ」
「はい。おそらく。その後で研究所の方に出向くと思われます」
大公とログが話をしている間に、リーナはもう一度、《アルターロフ》の方に目を向ける。
(……あれがマークルフ様の生き方を?)
その時、リーナは驚愕と恐怖に息を詰まらせた。
《アルターロフ》がほんの微かにだが動いた気したのだ。
「どうかいたしましたか?」
ログがリーナの様子に気づいたのか尋ねてくるが、リーナはかぶりを振って心配ないことを伝えた。
《アルターロフ》はそれ以上、動きがなかった。いや、もとから動いていないのだろう。過去の記憶がそのように見せたのだ。
「では行こうか、姫。坊主の真実について教えてあげよう」
大公はログの手を借りて、また階段を降りだした。
おそらく、大公はマークルフの話を聞かせたうえで、自分に何を出来るか答えを求めているのだろう。 リーナはもう一度だけ振り向き、無気味な沈黙を続ける“運命”をまっすぐに睨んだ。
(魔導科学のないこの時代でも、人々は《アルターロフ》と必死に向き合っている。私も負けるわけにはいかないわ}




