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機神

 この世界における魔物とは、人や家畜に危害をおよぼす異形たちの総称だ。そのルーツは幾つかに分かれ、遙か昔に自然発生した種もあれば、人為的に生み出された種も存在する。

 特に後者が生み出されたのは古代エンシア文明期だ。魔力と命の研究で生み出された魔物はエンシア崩壊後も生き残り、自然環境に適応して害獣、或いはそれ以上の脅威として存在し続けている。

 その環境の最たるものである森のなかで、ヒュールフォンは魔物と対峙していた。

 犬のような頭と毛むくじゃらの人体を持ち、群れで行動する亜人間型だ。

 ヒュールフォンは左腕に取り付けた三連式のボウガンに矢を装填し、右手で腰の剣を抜いた。

「姫の謁見式を控えているのだ。エンシアの醜い遺産が表に出てくるな。消えろ」

 魔物は耳など貸さずにヒュールフォンに襲いかかる。

 その動きは俊敏で、瞬く間に目の間に迫るが、ヒュールフォンは慌てることなくボウガンを放つ。

 魔物は眉間を矢で貫かれ、後頭部から地面に倒れ、すぐに動かなくなった。

 周囲でも魔物の唸りと人の怒声が重なり合っていた。そのなかに両者の悲鳴が加わり始める。

「どうやら、思ったよりも数は多いようだな」

「はい。増援の要請を致しましょうか」

 ヒュールフォンが側に控えていた副官を睨む。

「不要だ。そのために使い捨ての傭兵どもを使っているのだ。奴らには命を使い切ってでも任務を全うさせろ」

 ヒュールフォンの冷徹な視線に副官は頭を下げる。

 自然環境に適応したとはいえ、魔物は魔力による被造物だ。魔力の希薄な“聖域”に紛れ込むと、その影響を受けるのか飢餓状態のようになり、飢えを満たすようにみだりに人を襲うようになる。

 その度に討伐部隊が派遣され、魔物を掃討することになる。そして、今回の部隊を率いるのはヒュールフォンだった。

 掃討部隊は人にとって害悪な魔物が相手だけあり、民衆からの評判は高くなる。それにエンシアの生み出した魔物にいま暴れられては、リーナ王女の名に傷がつくことになる。

 そのため今回の魔物退治は急務であり、かつ、自分が率いる必要があった。

 それは将来的にリーナ王女を手に入れるための布石だからだ。

 そう、ユールヴィングを抹殺し、本来手にするはずだった力と栄光と共に、あの乙女をこちらに取り戻すのだ。

 新たな魔物が姿を現し、ヒュールフォンに襲いかかる。

 ヒュールフォンは先ほどと同じくボウガンを射出するが、魔物の胸を射貫くはずの矢は胸にめり込むだけで、魔物は怯むことなくヒュールフォンに迫る。

 ヒュールフォンは剣に切り換え、間合いに入った魔物の脇腹を貫く。

「——!?」

 魔物が動きを止めるが、ヒュールフォンはその手応えに驚く。

 その隙を突き、新手の魔物が木の上から飛びかかる。鋭い両手の鈎爪がヒュールフォンの頭上に迫るが、その瞬間、魔物の背後を影が横切り、その首を切り落としていた。

 魔物の亡骸が地面に落ち、影もその側に着地する。

「貴様か」

 影の正体は仮面で顔を覆った剣士だった。

「余計な事だったが、まあ、いい。礼は言っておこう」

「出過ぎた真似をいたしました。あのような身のこなしを前にすると、つい剣を交えたくなるもので——」

「剣を極めるとは随分と酔狂になるものだな」

 ヒュールフォンは自ら倒した魔物に目を向ける。

 胸には機械らしきものが埋め込まれ、矢の先がめり込むように刺さっていた。脇腹を貫いた時も、ただの生身とは思えない手応えがあった。

「やはり“被験体”か。“聖域”の中心近くまでよく迷ってきたものだ」

 魔物のなかには古代エンシア時代に生み出された試作型というべき個体が存在する。

 実験の痕跡を肉体に残す古参の魔物は目撃自体が珍しいが、現れる時は群れの長として行動している時が多い。現生種にない特徴や能力があるためだが、魔力の減少の影響もより大きく受けるため、魔力を補うために同種を捕食するためとも言われている。

「どうやら、今回の魔物の発生はこいつが元凶のようですな」

 仮面の剣士は剣を手にヒュールフォンの隣に立つ。

「だが、これで掃討もはかどるだろう……それでどうだった、向こうの様子は?」

「ユールヴィング男爵は相変わらずです。暇を持てあましているように振る舞っていますが、こちらへの警戒は緩めておりません」

「姫君には会えたのか?」

「残念ながら。わたしが動くのも折り込み済みだったようです。姫に殿下のお言葉を伝えようと館に忍び込みましたが、代わりに待ち構えていたのは大公本人でした。わたしの裏をかくためとはいえ、護衛もつけずに一人で待ち受けていたのですから、まったく侮れない方ですな」

 ヒュールフォンは舌打ちをする。

 英雄ルーヴェン=ユールヴィングの影に隠れがちだが、戦友であった大公バルネスも相当の食わせ者だ。フィルディング一族の影響力が増すクレドガルのなかで、あの大公は現在でも最大の障害だ。あの大公がいなければフィルディング一族はクレドガルをもっと掌握しているはずなのだ。

「逆に伝言を託されました——『坊主が居ついているから心配なのだろうが、安心しなさい。誰にも(・・・)姫には手出しはさせんよ』と——」

 ヒュールフォンは苛立ち任せに剣を地面に刺す。

 姫に密かに伝えようとしてのは、第三者的立場の教会などに移ることを姫君から提案させることであった。姫がユールヴィングに疑念を抱いているのは先の宴で分かっていたので、姫自身からの申し出なら大公側も拒否できず、姫君を大公側から引き離すことができる。当然、傭兵どもと品性を同じくする男爵にこれ以上、姫の周りをうろつかせることが許せなかったのもあった。しかし、あの返事では、大公は涼しい顔をして全て握りつぶすだろう。姫には何も伝わらなかったはずだ。

 彼女について確かめることが優先だったとはいえ、ユールヴィングの邪魔が入る前に伝えなかったことが今になって悔やまれる。

「グア……ガアァ!!」

 被験体が唸り声を上げて飛び起きた。傷は深いがまだ致命傷ではないらしい。いや、よく見れば生身の部分は傷がある程度、再生しているようだった。

 仮面の剣士が前に出ようとするが、ヒュールフォンは手でそれを制した。

「殿下、何を——」 

「この“聖域”の中央まで来るほどだ。よほど魔力を蓄えているらしい……なら、試してみるのも悪くはない」

手負いの被験体が襲いかかる。

「グァアッーーッ!!」

 鈎爪がヒュールフォンの顔を掴もうとするが、その鋭い先端が届く前に被験体の動きが止まった。それも自ら動きを止めたようであった。

「殿下、これは……」

「半分は自律型の魔導機械らしいからな。ならば、わたしの能力が通じても不思議ではないだろう」

 その時、二人の傭兵たちが慌てて駆け込んできた。

「大丈夫ですか!?」

「隊長!?」

 彼らはヒュールフォンに鈎爪を向けたまま硬直している被験体に驚きの表情を浮かべた。

「何をしていた? ここにまで魔物が逃げてきたぞ。わたしに要らぬ危険を押しつけてどういうつもりだ」

「すみません! あまりにこいつの動きが素早かったので……ですが、いまそいつはどうなっているんで?」

 ヒュールフォンは返事をせず、呟くように命令する。

「取り押さえろ」

 傭兵は自分たちへの命令だと判断したのか、返事をして動けない被験体にゆっくりと近づく。

「う、うわぁ!?」

 だが、そばまで近づくと被験体は急に動き出し、傭兵の一人を羽交い締めにして捕まえた。その腕力には傭兵もかなわず、全身の骨が悲鳴をあげていく。

「ま、待ってろ!」

 仲間の傭兵が剣で斬りつける。しかし、仲間が捕まっているために思うように振るえず、被験体の体表を切り裂くだけだった。

「手を貸してやろう」

 ヒュールフォンはボウガンを向け、最後の矢を射出する。

 矢は仲間を助けようとした傭兵の後頭部に突き刺さり、傭兵は何も言う暇も無く絶命して倒れた。

 仲間の死に悲鳴をあげようとしたもう一人も被験体によって首を折られ、仲間の上に投げ捨てられた。

 そのまま大人しくなった被験体にヒュールフォンは剣を手に近づくと、無抵抗の被験体の喉を刺し貫いた。今度は傷は再生せず、被験体は血しぶきをあげて倒れた。

「何を黙って見ている。記録を残しておけ」

 ヒュールフォンは何もできずに隅に逃げていた副官に命令する。

「一人が魔物との交戦中に流れ弾に当たり戦死。もう一人も魔物に捕まり、首を折られて戦死した。遺族がいれば多少の見舞金を上乗せして報酬を出しておけ。可能なら新たな傭兵をすぐに補充しろ」

 仮面の剣士が近づき、倒れた傭兵たちを見下ろす。

「一介の傭兵たちへの温情、これでまた名が上がりますな。この者たちには多少気の毒には思いますがね」

「ユールヴィングの息のかかった連中かもしれん。同情など無用だ——しているようにも見えないがな」

「仮にも剣を生業とする以上、どのような死も自ら招くことですから」

 ヒュールフォンは剣を収めと、予備の矢をボウガンに装填しはじめる。

「残りもすぐに掃討する。魔物退治、貴公にも手伝ってもらうぞ」

 仮面の剣士は恭しく応じた。

「御意。そのためにこそ我が剣はございますゆえ」



 出かけの支度を終え、大公と共に玄関に出たリーナの前に馬車が待機していた。大公が乗るには地味なものだが、あくまでお忍びだからだろう。

 その馬車の側にいた御者が、リーナたちの姿に気づき、軽く一礼した。

 これも地味な服を身に纏った副長ログだった。

「暇そうにしてるので、彼には護衛を兼ねて御者を頼んだんだ」

「ログさん、お一人ですか?」

「お忍びだからね。なに、彼は私が知るなかでも指折りの剣士だよ。親衛騎士の部隊とどちらかを選ぶとするなら、わたしは彼を選ぶね」

 顔の広い大公がそこまで言うのだからきっと間違いないだろう。以前に仮面の剣士相手に見せた斬撃は、素人のリーナでも驚愕するほどの鋭さだった。

(それだけの腕があるば、もっと活かせそうな場所もあるはずなのに、なぜマークルフ様の下で──)

 だが、すぐに頭からその疑問を振り払った。いまは男爵のことを訊ねるのが先決だ。

 リーナは大公と共に馬車に乗り、街中へと出た。

 首都はあい変わらず賑わっていた。気のせいか、ここに初めて来た時より活気に満ちているようだ。都全体が祭りを迎える準備で忙しいのだろう。こうして目の当たりにすると、あらためて謁見が近いのだと意識せずにはいられなかった。

 それも馬車は街の中心を外れていくと、次第に人の姿も少なくなってきた。

 ふと、窓の外を覗くとリーナの視界に巨大な城壁が見えた。

 首都に入る直前に見た、その内部に《アルターロフ》が眠るというあの建物だ。

 その建物に近づくにつれて、あらためてその大きさに驚かされた。周囲の建築物が古く寂れたものが多い中で、その城塞は真新しく巨大だった。遠目から見える王宮にも負けないような大きさだ。

「この辺も昔はにぎやかだったが、首都の機能が現在の新市街に移ってからは廃れてしまってな。まあ、そういう場所だから“機神”の管理場所に選ばれた訳だよ。誰だって“機神”の近くに住みたくはないからね」

 大公が説明するうちに、馬車はその城塞の目の前まで辿り着いた。

 馬車から降りたリーナは、あらためてその城塞を見上げる。

「壮観だろう? ここを観光名所にしようという話もたまに出る。まあ、実際はなかなかうまくはいかないがね」

 観光名所の話が冗談か本気かはよくは分からないが、少なくともこれだけのものを造り上げるのに多くの人が携わっていたのは間違いないだろう。それだけ、《アルターロフ》の姿を隠して管理するために力が注がれているのだ。

 リーナは故国の遺した災厄がこの時代でも人々を怖れさせていることを、あらためて申し訳なく思う。

 城塞の入り口らしい両開きの鉄門があり、閉ざされた門の前を騎士たちが警備していた。

 彼らは大公の姿を認めると敬礼の姿勢で直立する。

 大公は騎士たちと何やら話をすると、一人が大声で門を開けるように指示を出す。

 やがて、鈍い音と共に鉄門がゆっくりと開き、人が通れるだけの隙間を空けて止まった。

 リーナは大公たちと共に門を通る。

 先は階段が続いており、それをゆっくりと上っていった。彼女はともかく、杖をつく大公には辛そうに見えたため、リーナは肩を貸しながら寄り添って歩く。

「すまないね。年寄りにこの段差はちときついが……まあ、どうせ、見るなら一番、景色が良い場所に越したことはない」

 しばらくして階段は終わり、その先の通路から外の明かりが差しているのが見えた。

「その先を行ってごらん」

 大公に促され、リーナは一人、通路を進んで外の空気に触れた。

「これは──」

 リーナは目の前の光景に息を飲む。

 円形闘技場を思わせる、その巨大な空間の中心にそびえるようにそれはいた。

 それはとてつもなく巨大な、しかし上半身だけの鋼の巨人の姿だ。

 無数の円殻装甲に包まれ、その内には、それこそおびただしい数の鋼の触手がからまりあって、鋼の筋肉を形成している。

 巨人は沈黙していた。

 その背中からは身体と同じ鋼の触手が伸び、それが織られて三対の巨大な翼を形成している。その鋼の翼を丸めて本体を隠している姿は、まるで羽を休めて眠っているようだ。

「……アルター……ロフ」

 リーナの脳裏に過去の記憶が蘇る。

 エンシアのあらゆる兵器を支配し、世界を蹂躙したあの悪夢の記憶を──

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