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巨人と少女(1)

「──閣下」


 背後からの声に、マークルフは現実に引き戻される。

「どうかされましたか」

 若いながら飄々とした笑みと鋭い眼差しを持つ少年は、腹心の青年の呼びかけに首を横に振った。

「いや、祖父様の昔話を思い出してな」

 マークルフは眼下に広がる森の姿をあらためて一望した。

 かつては美しかった森を引き裂くように、大きな断層が口を開けていた。

 “聖域”と呼ばれる地方の南端にあるユールヴィング男爵領──その外れにそびえる丘に、若き当主マークルフは立っていた。

 貴族の礼装を粗野に着崩してはいるが、その肩にはいでたちとは対照的な美しい黄金の斧槍を担いでいる。

 その傍らには黒の外套を纏った長身の青年が、影のようにマークルフの脇に控えていた。

「英雄の決戦の痕跡を前に、その後継者は自分が受け継いだものの大きさに感銘を受ける──絵になる場所だと思わないか、ログ?」

「ならば、あの者たちに礼をせねばなりませんね」

 おどけるように言うマークルフに、副官はただ静かに答える。

 森のなかから灯りが複数、見えていた。

 それは隠れるように行動している謎の部隊が持つ照明具だ。

 領地に潜入してきた部隊をマークルフたちはいち早く察知し、その目的を探るために監視を続けていた。

 この辺境で行動する目的はいまだ不明だが、彼らを監視できる場所を探した際にたまたまこの丘を見つけたことは、マークルフにとっては収穫だった。

「自分の領地とはいえ、隠れた名所はあるもんだ……それにしても奴ら、いったい何をしているんだろうな」

「身分を示すような物は見当たりません。わたしの耳にも何も入っていません」

「打ち合わせ抜きか」

 マークルフは踵を返した。

 背後では多くの部下たちが待機していた部。マークルフは彼らの前に立つと槍を地面に突き立てる。

 正規の部隊ではあるが、あまりに不揃いな装備の彼らに、マークルフは命令を下す。

「隊長らしい奴と何人かは我が城にご招待だ。他の連中にはご退場してもらう──やるぞ、屑石ども!」

 ユールヴィング家が擁する傭兵部隊《オニキス=ブラッド》の面々は、若き領主の発令に不適な笑みで応えたのだった。



 森のなかを捜索する謎の騎士たちの前に、巨大な断崖が広がる。

 機神の脅威の痕跡に騎士たちはしばらく足を止めるが、やがて一団を率いる隊長らしき騎士が馬から降りた。部下の一人から小さな水晶球を受け取ると、騎士はじっとそれを見つめる。


「どうした? 道に迷って占いか?」


 騎士たちが慌てて顔をあげると、そこには斧槍を手にしたマークルフが立っていた。

「それはさぞやお困りだろう。我が城で休まれてはいかがかな? ただし、もてなしには期待しないでもらおうか」

 同時に鬨の声をあげた傭兵たちが雪崩れ込む。

 《オニキス=ブラッド》の奇襲に不意を突かれた謎の部隊は、断崖で退路も塞がれたのもあり、混乱に陥る。

 騎士も剣を抜き、マークルフを牽制しながら慌てて自分の馬まで走った。

 深追いしないマークルフを尻目に、騎士は馬に飛び乗る──はずだったが、その直前に何かに足を引っかけて無様に転倒する。

 見れば足元の草が輪に結ばれ、それに足が引っかかったのだ。

 騎士は転んだ拍子に落とした剣を慌てて拾おうとするが、その刀身をマークルフは足で踏みつける。そのまま斧槍の先を騎士の首に突きつけた。

「知ってるとは思うが、俺の名はマークルフ=ユールヴィング──ここの領主だ。“狼犬”の嗅覚、甘くみていたな」

 背後ではすでに《オニキス=ブラッド》が優勢に戦いを続けていた。

「訊きたいことはいろいろあるが、とりあえず、その水晶球を貸してもらおうか」

 マークルフがアゴで騎士の持つ水晶球を示す。

 転倒しながらもしっかりと持っていたあたり、何か重要な物と踏んでいた。

 騎士はしばらくためらうも、自分の命がかかっているためか、無言で水晶球を差し出す。

 マークルフは空いた手でそれを受け取った。

 水晶球は内部に光をたたえており、時折、脈打つように明滅を繰り返していた。

「古代文明産か……この水晶球で何をしようとしていた?」

 口をつぐむ騎士。

 突如、乱戦を抜け出した敵の兵士が、背後からマークルフに襲いかかる。

 マークルフは避けない。

 だが、敵の剣が届く前に、横から割り込んだ剣がマークルフを狙った一撃を受け止めた。

 敵と主君の間に剣を割りこませた副官のログは、相手の剣を強引に押し返すと、そのまま乱戦のなかへと相手を押し戻す。

 マークルフは背後のやりとりには意を介さず、眼前の騎士をさらに詰問する。

「その武装、いざという時には俺らとやりあうのも辞さないと見たが、それほどの目的は何だ?」

 その時だった。

 突然、周囲から当惑の声が沸き上がる。

 そして、木の枝が折れる音や、地響きが鳴り響いた。

「何だ!?」

 振り返ったマークルフが見たのは、敵味方関係なく混乱に陥っている姿だった。

 周囲の木々が真下から押し上げられたように地上に地面から抜け、周囲を巻き込むように次々と倒れているのだ。

 さすがのマークルフも声を失う。

 そばにあった木も同様に倒れ、マークルフを巻き込もうとするのを慌ててを躱すが、その隙を突いて騎士は逃げ出した。

「しまった、待ちやがて──」

 追いかけようとするが、その時、足元が大きく沈む。

 近くの木々が抜けた影響か、立っていた崖っぷちが大きく崩れたのだ。

「のわぁああああああああーー!?」

 崩落した地面はマークルフを巻き込みながら、崖の下に消えていくのだった。

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