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魔剣の真実

 闇夜の森のなか、マークルフは部下の傭兵たちを引き連れて進んでいた。

 いつもなら携えるはずの《戦乙女の槍》も置いていき、その服装も貴族のそれではなく薄汚れた革の上着だ。部下の傭兵達も《オニキス=ブラッド》の腕章をしておらず、その様はまるで夜襲に向かう盗賊のようだ。

「そろそろだ。準備しろ」

 マークルフは木で作った面で顔を隠し、傭兵達も布袋を被るなどしてそれに倣う。

 もはや言い訳できないほどに夜盗そのものになると、彼らは気配を悟られないように静かに前へ進む。

 行く先には開けた場所があり、焚き火で暖を取る一団が休んでいた。

 その多くが武具を身につけ、それらには紋章が印されている。“聖域”の貴族の紋章はほとんど頭に叩き込んでいるマークルフだったが、どれも見覚えのないものだ。おそらく、外部から生活の糧、あわよくば主君を求めて外部から流れてきた流浪の騎士なのだろう。

 つまりは“もぐり”だ。

「……あれが今回の当選者・・・だ」

 一団の真ん中で熱心に何かを言っている青年がいた。

 どこかの村民なのか、野暮ったい服装の冴えない顔をした青年だ。だが、その手には全くそれとそぐわない立派な剣が握られていた。

 シグの魔剣だ。

「かしら、奴らはいったい──」

 隊長ではなく頭と呼ばれたマークルフが小声で答える。

「……剣を抜いたのは、田舎に帰る旅の途中のあの兄ちゃんだそうだ」

「エールス側の懐柔には応じなかったんですか?」

「ああ。すっかり有頂天になってるらしくてな、ケウンのおっさんたちの懐柔には応じなかった。しかも、都合の悪いことに旅の騎士連中とばったり出会ってな。これも運命と青年に同行しているんだ。まあ、勇士の後継者に取り入って、おこぼれに預かろうというのだろうよ」

 マークルフは部下たちを配置につかせる。

「いいな。魔剣を奪ったら俺に渡せ」

 魔剣さえ取り戻せば、田舎の青年と流浪の騎士の言葉など信憑性はなくなる。

 青年たちの包囲が完成すると、マークルフは剣を抜いた。

 それを合図に部下たちが一斉に動き出した。周囲から投擲された投網が、騎士達の上に覆い被さる。

「な、なんだ!?」

「夜盗か!?」

 騎士たちは慌てて迎え撃とうとするが、網に絡まり上手く動くことができない。その間に部下たちが木の棒を手に襲いかかり、袋だたきにしていく。

「な、なんですか、あなたたちは!?」

 青年は剣を抱えると、その場から逃走しようとするがつんのめり、盛大にこけた。魔剣が地面を転がり、青年は慌てて手を伸ばすが、それを横からマークルフが掠め取った。

「ヘッヘッ、かなりの業物そうじゃねえか。ありがたくもらっていくぜ」

 マークルフは声色を変え、精一杯に下卑た口調で言った。

「か、かえせ、それは僕のだ! 僕は選ばれた人間なんだ! そうだ、返してくれたら、君も僕のお供に迎えよう! 約束するよ!」

「誰がそんなこと信じるかよ」

 盗賊役を演じながら、マークルフは魔剣を逆手に構え、柄で殴って昏倒させるつもりだった。

 しかし、急に周囲が騒然となる。

「盗賊どもめ! ここに居合わせたのも神の導き、成敗してくれるわ!」

 喧噪にも掻き消されることなく野太い男の声が響いた。

 声の主は分厚く白い鎧を纏った騎士の姿だった。それに続いて従者たちが現れると、主君を守るように剣を抜き、マークルフたちを威嚇する。

(ゲッ!? まさか、よりにもよって──)

 面の奥でマークルフの顔が引きつる。

 騎士は背中に背負っていた剣を抜いた。部下達の前に進み出ながら、その剛剣の重さを確かめるように大きく素振りをする。その鋭い太刀筋は重武装であることを感じさせず、それだけでもかなり鍛え上げていることが分かる。

 騎士は切っ先をマークルフたちに向けた。

「我が名はカーグ=ディエモス! “聖域”の盟主たるクレドガル王国の騎士である! そこの若者よ、加勢いたすぞ!」

 マークルフはその騎士を知っていた。いや、この騎士を知らぬ者など、少なくともクレドガル王国にはいないだろう。

 カーグ=ディエモス伯爵──王国でも屈指の実力を持つ猛者である。何より、騎士道に心酔し、それを実践することをはばからない。近年、形ばかりの騎士道で体裁を繕う者が多いなか、騎士道を一人ひた走るさまは、ある意味ファンタジーな存在として、周囲に一目置かれている。

 要するに、敵にすれば始末に負えないということだ。

 マークルフは指笛で撤退の合図を送ると、部下たちは蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げ出した。

「あいつです! あいつの持つ剣を取り戻してください!」

 当然ながら、魔剣を持つマークルフを狙い、多くの者が追いかけ始める。

 マークルフは木々の間をすり抜けながら、闇夜の森のなかを逃げる。

(こうなれば──)

 目の前の川に気づいたマークルフは、背負っていた矢筒の中から鞘に収まった別の剣を取り出した。そして、よく聞こえるようにそれを川に叩き付けるように投げた。

「投げたぞ!?」

「拾え、拾うんだ!」

 追手が慌てて足を止めた。その混乱の隙を突き、マークルフは逃げた。

 しばらく走り、気配でようやく追手を撒いたのを確かめると、身を隠すように木陰のなかに身を隠した。

 マークルフは面を外して顔を涼ませると、手にする魔剣を眺める。

「危なかったぜ。さすがに、伯爵の乱入は予想外だったが……念のために偽の魔剣を用意してよかったぜ」

「……あの池にあった魔剣も偽物だったのですか」

「ああ、エールス村伝統の隠れ名物──」

 よく知った声に思わず返答しかけたマークルフは、その表情を固める。

 その両耳を細い指が掴み、マークルフの顔を半ば強引に振り向かせた。

 マークルフの眼前に現れたのはリーナだった。いままでに見たことのない、疑いと憤りを秘めた厳しい眼差しをこちらに向けている。

「……リ、リーナ!? いったい、どうして、ここが分かった?」

「マークルフ様がお持ちの水晶球です。水晶球でグノムスの位置が分かるように、グノムスも水晶球の位置が分かるんです」

 マークルフは内心で舌打ちする。リーナに何かあった時に備えて持っていたのが仇となった形だ。

「教えてください。いったい、マークルフ様は何をされているのですか? 嘘をつかずに本当のことをおっしゃってください」

 まっすぐに見つめながら、リーナは静かに訊ねる。

 その真摯な瞳にはマークルフも抗うことはできなかった。

「……分かったよ。ここまで知られたからには話すしかないな」

 マークルフは一度、周囲を見回し、追手が近くにいないのを確かめると話しだした。

「俺たちがやったのは、エールス村から奪われた魔剣の奪還さ」

「本当ですか? そもそも、村にあった魔剣が偽物ではないのですか?」

 リーナが疑いを隠しきれない顔で訊ね返した。

 いつかこんな日が来るとは思っていたが、いざそれを迎えると、言いようのない寂しさを感じた。彼女のなかの“英雄”でいるのが、自分で思う以上に気に入っていたようだ。

 だが、それを態度に出すことなく、マークルフはただ苦笑で応じる。

「……なるほど、そこまでお察しか。確かに、村で見た魔剣は偽物だ。だが、あれは本物を取り戻すまでの代わりさ。エールスには本来、本物の魔剣があそこに刺さっているのさ。それは間違いなく本当だ」

 リーナは少し考えると、さらにマークルフに問い詰めるように顔を近づける。

「魔剣は勇士シグの子孫にしか抜けないのなら、あの剣を持って行った方は本物の勇士シグの子孫ということなのですか?」

「さあな」

 マークルフは肩を寄せた。そのいい加減な態度にリーナの眉が釣り上がる。

「はっきりおっしゃってください! この前の件から、ほんのちょっと、おかしいと思っていたんです。納得できるように説明してください!」

「大きな声を出すな。いいか、あの魔剣は確かに選ばれたものにしか抜けない魔剣なんだが、一つ問題がある」

「何ですか?」

「たまに抜けるんだ」

「……は?」

 リーナが思わず、口を開けて唖然とする。

「ここは“聖域”という“闇”も“光”の力も排除する土地だ。あの魔剣もそれで相当、力を削られるのか、たまに誰にでも抜ける時があるんだ」

「それでは、あの剣を抜いた人は──」

「まあ、もれなく勇士シグの後継者を名乗る権利を得たご当選者様というところか」

「では、他の候補者たちもそうなのですか!? いったい、いま何がどうなっているのですか?」

「他の候補者たちも一緒さ。まあ、調べた限り、勇士の血統は途絶えているという話もある。なら、生活のための商売道具として役立てるのも悪くはない──」

「思いっきり詐欺じゃないですか!」

 リーナが叫んだ。

 マークルフは咄嗟に口を手で塞ぎ、周囲に気を配る。

 追手たちの声は聞こえないが、その気配が少しずつ近づくのを感じる。

「ばれたか……リーナ、逃げるぞ」

 リーナは首を動かしてマークルフの手から逃れる。

「何故、逃げるんですか? 正直に謝って事情を話せば良いではありませんか」

「それで済むならな。だが、それがばれたら他の隠し事も連鎖的にばれていくのが世の常でな。そいつは何としても避けねばならん」

 マークルフはそういうと、ひょいとリーナを肩に担ぎあげた。

「な、何をされるのですか!?」

「もちろん、逃げるのさ」

 マークルフは懐から一枚の紙を取り出した。

「グーの字、手伝ってもらうぞ。ここで捕まればおまえの主人もどういう目に遭うか分からんからな。しっかり頼むぜ」

 マークルフはリーナからもらった“お手伝い券”の券面を地面に向かって見せる。

「グ、グノムスをどうするつもりですか。悪いことには使わないでください!」

「リーナへの説明で、逃げるための仕掛けを作れなくなったんだ。その手伝いをしてもらうだけさ」

 リーナが足をジタバタさせるが、マークルフは構わずに走り出した。

「いいか、グーの字! いまから俺が足で地面を叩いていく。おまえはその場所の地面を少しだけ盛り上げろ」

 マークルフはそう言って森のなかを走る。その途中で何ヵ所かの地面を踵で叩いていく。

「逃げたぞ!」

 追手たちも隠れるのを止め、走って追いかけだした。

 道はなだらかな勾配で走るのは楽になっていたが、リーナを抱えたままでは追手に捕まるのも時間の問題だ。

「のわッ!?」

 追手の一人が驚いた声をあげ、転倒したのか激しく草木の一部が揺れる。

 続いて、他の追手たちも次々に転んでいく。

 やがて追手の気配が感じられなくなると、マークルフは一端、リーナを降ろして肩で息をする。

「な、何をしたのですか!?」

「転ばしただけさ。グーの字の作ったでっぱりに足を引っ掛けさせてな。まあ、ただ、作ればいいわけじゃない。どこに仕掛けるか、逃げる時にどう誘導するかを問われる、高度な読みを必要とする──」

「要は足をすくう罠ですね。分かりました」

 マークルフの熱意に冷や水を打つように、リーナはあっさりとした口調で言った。

「……まあ、これで向こうも用心して足が鈍る。その間に逃げるぞ」

「結構です。私にはグノムスがいますから──」

「ダメだ。こんな木が密集しているところで呼べば、すぐに向こうにばれる。そんな巨人を使役する俺たちの身元もな」

 マークルフはリーナの手を引くと、強引に走り出す。

「この時代に目覚めて間もないから分からないだろうが、伝説の遺物を利用した詐欺を数十年と続けていたんだ。ばれたら、エールス村は襲われ、村人たちの財産も命も皆、奪われていくだろうな」

 それを聞き、さすがにリーナも息を飲み込んだようだ。

「文句はあるだろうが、それは後で聞く。いまはとにかく逃げるぞ!」

 マークルフはリーナの手を連れて走ると、追手たちも走る気配がした。罠を警戒して足が鈍っていたが、それでもリーナを連れては引き離すこともできない。

「まずいな……もうすぐ森を抜ける。本当なら──いや!?」

 マークルフは大きな怒声と喧噪が鳴り響くのを耳にして、笑みを浮かべた。

 森を抜けたのか、広い野原に出ると、そこでは二つに別れた傭兵達が互いに争っているのに遭遇する。

「好都合だ! いくぞ!」

 マークルフは戦いの渦中に平然と飛び込んでいく。

「ま、まってください!? ここは戦場ですよ! 危険です!」

「大丈夫さ! すまねえ、通させてもらうぞ!」

 マークルフはリーナの手を引き、強引に戦場を駆ける。

 しかし、戦場で足が強ばったのか、途中でリーナがバランスを崩し、マークルフから手を放して転倒する。転んだ先では屈強な二人の戦士が互いに大剣を振り回して戦っているところだった。

 リーナが恐怖で顔を伏せるが、少ししても何も起こらないのを不審に思ったのか、恐る恐る顔を上げる。

 二人の戦士はリーナのことが気づかないかのように戦っていた。いや、リーナを中心に輪を描くように牽制しあっているから、視界には間違いなく入っている。

「邪魔をしてすまねえ!」

 マークルフはリーナの手を引いて助け起こすと、その場を急いで離れた。

「マークルフ様!? いったい、何がどうなって──」

「気にするな。ここは俺の顔で通れる! それだけだ!」

 マークルフは再びリーナを肩に担ぐと、まるで彼らだけが見えないように戦う傭兵たちの間を通り抜けていった。



 魔剣を盗んだ賊を追い、騎士たちは森を抜けた。

 遠目だが、追跡している相手は無謀にも戦場を横断するつもりらしい。

 追手の騎士たちは仲間が合流するのを待ってから、戦場に足を踏み入れる。

「我々は訳あって、ここに逃げ込んだ盗賊を追っている! 通らせてもらうぞ! 顔を見たり、逃げた先を知らせた者には褒美も用意している! 誰か知らぬか!」

 戦場の喧噪に負けぬ声で騎士たちは叫ぶが、返ってきたのはどこからか飛んできた石の山だった。

 騎士たちはたまらずに逃げるが、それでも何人かは勇敢にも野盗を追いかけようとする。

 その一人が大剣を以て互いに睨み合う戦士たちを避けて進もうとうするが、戦士たちが移動し、騎士の行く手を阻む。やむなく、もう一度、騎士は避けようとするが、またしても戦士たちの動きに阻まれる。

「邪魔だ! 我はクレドガルの勇将カーグ・ディエモス伯爵配下の──」

 戦士の一人の剣が騎士の眼前を横切り、口上を止めた。

 そして、もう一人が騎士の肩を鷲掴みにした。

「うるせえな……ここは戦場なんだよ、前口上は戦の前にしてくれよ」

 その握力に堪えきれず、騎士は強引に手を振り解いて、後ろに下がる。

「そ、そうか……まあ、待ってくれ。もし、我らに協力すれば、報酬ははずむぞ」

 傭兵を動かすのは金だと知っていた騎士は、戦士たちの態度をそう受け取る。

 戦士たちは互いに顔を見合わせると、今度は凄みのある顔を騎士に向けた。

「舐めてくれるじゃねえか、騎士さんよ?」

「そうそう、俺たちは金で動くが、金があれば動くとはいっていねえぜ。お望みなら、その辺のところを身体に叩き込んでやってもいいんだぜ……試してみるかい?」

 敵味方を超えた二人の戦士はたじろぐ騎士の前に門番のごとく立ちふさがるのだった。



「お待ちしてました、閣下」

 エールスの門をくぐったマークルフを待っていたのはログだった。

「よお、予定より早いが、おまえが手配してくれたのか?」

「はい、お戻りにならないので、こちらで予定を早めました」

「おかげで助かったぜ」

 マークルフはログが用意していたらしい馬車に乗ると、ようやく一息ついた。

「いったい、どうなっているのですか!」

 リーナがマークルフに問い詰めるように隣の席に乗り込んだ。かなり走らされたわりには、まだまだ元気そうだった。

 ログは御者席に座ると、馬車をゆっくりと走らせた。

「さっきの戦は何だったのですか? まるで私たちが眼中に無いかのようでしたわ──」

「あれは予定通りさ」

 マークルフは馬車に置いてあった水を飲み干すと、大きく息をつきながら言った。

「あそこで小競り合いをしてもらって、俺たちが逃げる時に追手を妨害する役目を頼んだのさ」

「え、その……つまり、あれも芝居だと──」

「その通り」

 混乱するリーナに、マークルフはきっぱりと答えた。もはや隠し通すこともできないなら、全て話した方が良いだろう。

「……エールスは元はフィルガス王国の保護下にあったんだが、国が潰れてからは生活していくのが苦しくなってな。それで魔剣を一般に開放して、目当ての連中が落とす金で生活していたんだ。だが、魔剣を抜く者たちが現れて、魔剣の秘密が判明してな。これが明らかになると魔剣を抜く意味がなくなり、生活がまたできなくなる。それで魔剣を抜いた連中を勇士候補者として、その決着がつくまで魔剣はエールスで預かるということにした」

「それではケウンさんが嘆いていたのは──」

「あれも芝居だ」

マークルフがきっぱりと言うと、リーナはもはや言葉を失ったらしく返事もなかった。

「魔剣がある限り村は潤う。剣を抜いた奴らも勇士シグの後継者という箔が付いて、いろいろと儲かる。両方に損のない共存関係が成立していたわけだ。しかし、今回の当選者が困った奴でな。他の候補者に怖じ気づいたのか、ケウンのおっさんたちの話も聞かずに魔剣を持ち逃げしやがった」

 マークルフは取り戻した本物の魔剣を棚の上に置いた。

「こいつはまさしくエールス村の運命を握った魔剣なのさ。もし、外部にこいつの秘密がばれたら村も、自称勇士の後継者たちもお終いだ。だから、今回は魔剣が抜かれた事実も隠すことにした。万一、何かあっても言い訳ができるからな。そのために、勇士の後継者たちは周囲で小競り合いを起こして、本物を取り戻すまで人を通さないようにしていたのさ」

「では、最初にここに来る途中で衝突していた……自称後継者の人たちの目的もそうなのですか? いえ、では彼らと戦ったマークルフ様たちの行動も全て──」

「俺が大将たちを止めるのは見てただろ? あんな動き、打ち合わせ抜きじゃできねえよ」

 リーナは顔を伏せていた。無理もないだろう。見知らぬ時代で不安を抱えるなか、そんな話を聞かされては、何を信じていいのか分からなくなるのが当然だ。

「……マークルフ様はなぜ、荷担されるのですか?」

 それでもリーナは声を絞り出すように言った。

「借り、さ。先の街で親衛騎士団を追い払うときに、動けない俺たちの代わりにここの一団を借りて、盗賊を演じてもらった。今回は逆だ。魔剣が盗まれたことを隠すのなら、エールス側が直接、奪回に動くのは難しい。それに最近、魔剣に関わる内情を調べる動きがあるらしくてな。だから自由に動ける部外者を欲しがっていた。つまり、交換条件というわけだ」

「あなたは英雄ルーヴェン=ユールヴィングの本当の後継者ではありませんか! なのに、英雄の名と遺産を利用する人たちと手を組んだのですか!」

 リーナの口調には不信と咎めるような響きがあった。

「いまの世の中、“英雄”ってのは利用されるためにあるのさ。なら、俺は他人にではなく自分で利用する方を選ぶ。だから、別にエールスの連中をどうとは思わねえよ」

 マークルフは自分で身も蓋もないことを言っていると思った。しかし、まっすぐに自分を見つめてくれた眠り姫が目を合わせてくれなのは、喩えようのない空虚な気持ちを覚える。

 だが、これも罰だろう。世間知らずの彼女の前で英雄の後継者を気取っていた自分が悪いことは間違いないのだ。

 二人の会話はこれ以上、続かなかった。


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