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シグの魔剣(2)

 夜の帳に包まれ皆が寝静まる頃、リーナは目覚めた。

 彼女のために用意された部屋は静かで、空気も涼しく寝過ごしやすい場所であったが、リーナはベッドから抜け出すと部屋を出る用意をする。

 先日のようなことがないように動きやすい私服のドレスに着替えると、部屋を抜け出した。

 聖所の消灯時間は早く、リーナたちも朝早くには出発するため、人の気配は感じられない。

 壁にかかったランプに照らされた廊下を歩いていくと、水流の済んだ音が昼間よりもはっきりと耳に伝わる。

 隠れて行動するつもりもなかったのだが、他の誰かに出くわすことも無く目的の場所に辿り着く。

 シグの魔剣の眠るあの空洞だった。

 魔剣は闇のなかも微かな光を受けて、静かに刀身を輝かせていた。

 リーナは鉄柵の前まで来ると、水飛沫を肌に感じながらその場に立ち止まる。

 周辺での混乱が続く現在、魔剣に近づくことは禁止されていたが、少しでも近くで眺めたかったからだ。

 この魔剣はいったい、どんな物語を刻んできたのだろう──

 “神”や勇士、それに戦乙女とはどんな存在だったのだろうか──

 “神”への信仰を禁じられていたエンシアでは、“光”の眷属はただの研究材料に過ぎなかった。だが、そのエンシアは滅び、知識や遺産の多くは失われた。どんな繁栄もいつかは終焉を迎えるのか。それともやはりエンシアは道を間違えたのか。いずれにしても滅びる運命を克服できなかったのだ。

 だが、戦乙女が姿を変えたという魔剣は悠久の時のなかを朽ちることもなく存在し続けているのだ。

 世界の大破壊を目の当たりにしたリーナは、その姿にとても心惹かれるのであった。

「……ちょっとだけでも触ってみたかったな」

 気がつくとリーナはふと、そう呟いていた。

 欲が出たのだろう。エンシアにいた頃はそう呟くだけでお付きの侍従たちが願いを叶えてくれたのだ。

「もう、エンシアは滅びたのに悪い癖ね。直さないと──」

 リーナが苦笑すると、池の中から《グノムス》の腕が現れ、魔剣に近づくとその巨大な手で器用に柄を掴んで引き抜いた。


 ポキン


 乾いた音がして、魔剣の刀身は折れた。

「……」

『……』

 一瞬、時が止まったが、やがて鋼の腕は池を渡り、リーナに折れた魔剣を差し出した。

「グ、グーちゃん!? そしらぬ振りして持ってきてもダメよ!! 大変なことをしてしまったのよ!!」

 リーナは顔を蒼白にしながら、変わり果てた魔剣を見つめた。

「伝説の魔剣が折れるなんて──で、でも、グーちゃんの怪力なら折れないことも……」

 《グノムス》が池から顔を半分だけ出し、リーナのうろたえる様子を見つめていた。

「……ううん、悪いのは私だわ。グーちゃんはただ願いを叶えてくれようとしただけよね」

 リーナはその場にしゃがみ込み、《グノムス》から折れた魔剣の柄を受け取った。

「……ともかく、マークルフ様にこのことを伝えましょう。大丈夫、グーちゃんは悪くないわ」

 リーナは折れた魔剣を手にしながら、顔を伏せた。

「ごめんなさい、魔剣に身を変えた戦乙女様──」

 刀身の軽さが、自分のしてしまった事の重大さとなって、リーナの肩にのしかかるが、涙が出そうになるのをこらえて立ち上がった。

 そう、滅びたとてエンシアの王女なのだ。逃げるわけにはいかないのだ。

 《グノムス》を残し、リーナはマークルフのいる部屋へと向かった。

 麾下の傭兵たちも他の部屋に泊まっているはずだが、本当に人がいないかのように静かだ。でも、それがせめてもの慰めだろう。まずは男爵にきちんとこのことを伝えなければならない。

 覚悟とうらはらに次第に足が重くなっていくが、とうとうマークルフのいる部屋の前まで辿り着いた。

 扉は隙間が空いており、部屋の明かりが漏れている。どうやら、まだ起きているようだ。

 リーナは何度か深く呼吸をすると、踏ん切りを付けるように思い切って扉を開けた。

「マークルフ様!! 私、大変なことをしてしまいました!!」

 リーナはそう言うと、思いきり頭を下げた。

 返事がない。

 リーナが恐る恐る顔を上げると、そこには男爵の姿はなく侍従服の少女がいた。食事当番として今回の旅に同行している侍女のタニアだ。

 タニアは口に焼き菓子をくわえたまま、リーナの唐突な謝罪に呆然とした顔をしている。

「え、あの……タニアさん? どうしてマークルフ様のお部屋に?」

タニアは慌てて残りの菓子を頬張ると、床にひれ伏した。少し(おそらくお菓子を噛み砕く)間をおいて、平身低頭で謝り出す。

「す、すみません! 男爵に姫様のご様子を見ておくように言われてたのですが、すでに寝てらっしゃるし、こっちに来たら男爵もいないし、つい、男爵の秘蔵のお菓子をつまみ食いしてしまいました!」

 いまにも泣き出しそうな慌てぶりに、リーナも思わずたじたじとなる。

「ど、どうか、このことは内緒にしてください! こんなことが噂で広まったら、きっと男爵の夜のご奉仕とか、あることないこと言われちゃいます! せ、せめてログさんの耳に入れるのだけはご勘弁ください! いえ、むしろログさんが夜のご奉仕相手と言っていただけるなら、それでも構いませんので──」

 前にもこんなシチュエーションがあったような気がしたが、とにかくいまはここで話を脱線させている場合ではない。

「ま、まあ、落ちついて。なぜ、ログさんの名が出るか分からないけど、誰にも言うつもりはないから、安心して。正直なのは大切なことだしね」

 あまりの慌てぶりに、リーナは逆に落ちつくとそう告げた。むしろ、自分がその正直さを試されている状況なだけに、その見事な土下座ぶりを自分も見習わなければと心に刻む。

「あの、タニアさん。それで、マークルフ様はどこにいらっしゃるのかしら? 明日は早いからもう休むとうかがっていたのだけれど?」

「さあ、男爵は気まぐれなので──ウヒャッ!?」

 タニアが素っ頓狂な声をあげて、腰を抜かした。

 二人の立つ石の床から《グノムス》の手が現れ、ある方向を指したのだ。

 そこには壁があるだけで何もなかったが、リーナは《グノムス》の意図に気づく。

「なるほど、分かったわ。そういうことね」

 リーナは頷いた。男爵がいま何をしているか分からないが、魔剣のことは少しでも早く伝えなければならない。だが、《グノムス》が床から姿を現そうとするのを見て、慌てて制止させた。

「グノムス、待って! タニアさん、手伝ってください!」

「は、はい!」

 このまま《グノムス》が現れたら、個室のなかがメチャクチャになると思ったリーナは、タニアと力を合わせ、家具類を部屋の隅に寄せた。そうして空いた床から《グノムス》が上半身を現すと胸のハッチを開けた。

「タニアさん! 貴女から勇気をいただきました。お礼を言います。少し留守にしますから、後はお願いします!」

 リーナは土下座も辞さない決意を固めてそう告げると、いそいそと鉄巨人の中に乗り込む。

 ハッチが閉じ、リーナを連れた《グノムス》は地中へと潜行するのだった。



「……勇気って何もしてないし、折れた剣を持っていたのもよく分からないけど、姫様、いったいどうするおつもりなのかな」

 残されたタニアは、巨人の消えた石床を見つめながら呟く。

「でも、それならそれで開けた場所で乗れば良かったんじゃ……」

 顔を上げたタニアは男爵の菓子をもう一枚、口に咥えると、部屋の隅にたまった家具の山を前に途方に暮れるのだった。



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