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シグの魔剣(1)

(あの盗賊騒ぎはマークルフ様が仕組んだの?) 

 馬車に揺られながら、リーナは傭兵の言葉を思い出していた。

 確かに疑ってみれば、怪しい点はいくつもある。彼らの用意した酒に薬が仕込まれていたし、異変に気づいて救出に来るまでの動きも都合が良すぎる気がした。

 しかし、自分を保護してくれた恩人を疑うことも、リーナにはできなかった。それこそ、あの傭兵が相棒をからかうつもりで冗談話をしたかも知れないのだ。

 その時、馬車が止まった。

 リーナが窓から顔を出すと、馬に乗ったログが馬車の横に進み出る。

「ログさん、どうかされたのですか?」

「この先で戦いが起こっているようです」

 すれ違うように旅人らしき者たちが我先に逃げていくのが見えた。

 前方から人の怒号や馬のいななきがいくつも聞こえた。行く手は森に挟まれた街道が続くのだが、そこを横断するようにどこかの兵たちが武器を手に争っているのを目の当たりにする。

 先頭を進んでいたマークルフが馬首を翻し、馬車へと近づいた。

「マークルフ様、この争いはいったい!?」

「どうやら、シグの後継者同士が争っているらしい」

「後継者!?」

「詳しい話は後でする」

 マークルフはそう言って、ログに戦いの準備を命じると、再び馬首を翻す。

「とにかく、このままでは先に進めん。奴らを追い払うぞ──リーナをここから避難させてくれ」

「マークルフ様、危険ではありませんか!? 迂回して安全な道を──」

 リーナが心配で訊ねると、マークルフは不敵に笑った。

「こういう時のための護衛さ。それに天下の往来で騒がれて、黙って見ているわけにもいかねえ。なに、すぐに戻る──てめえら、行くぞ!」

 マークルフが《戦乙女の槍》を掲げて号令をかけると先頭を駆け出した。その兵卒たる《オニキス=ブラッド》の勇ましい傭兵たちもそれに応えるように後に続くのだった。



「《オニキス=ブラッド》だ!!」

「何でここにいるんだ!?」

 マークルフたちの乱入により、争っていた双方が浮き足立つ。

 その混乱のなかをマークルフは馬で駆け、切り開かれた道を《オニキス=ブラッド》が割って入るように進軍する。

 マークルフの進む先で、双方の本隊が向かい合っていた。

 彼らは一触即発の緊迫した空気のなか、二人の馬上の戦士の一騎打ちを遠巻きに見守っている。

 彼らの大将なのだろう。一人は眉目秀麗な若い戦士であり、もう一人は焼けた肌をしたがっしりした体格の大男だ。全く対照的だが、一つだけ共通していたのが、利き腕の肩当てに同じ紋章を印していたことだ。黄金の花を題材にしたものだが、それはかつてシグの一族が使っていた紋章だった。

「あいつらの所まで道を開け!」

 マークルフの言葉に、馬で追走していた部下たちが散開する。両軍もそれに気づいてすぐに応戦に入るが、マークルフらの勢いを止められず、混乱の入り混じった乱戦となる。

 マークルフは部下たちの切り開いた道を駆け、いまだに剣を交え続ける大将たちへと突撃する。

 彼らは剣を重ね、力比べをしながら睨み合いを続けていた。

 マークルフは二人の目前まで来ると大きく手綱を引く。馬がいななきながら後ろ足で仰け反るが、マークルフは構うことなく黄金の槍を振り上げた。


 ガキッ!!


 大将たちの剣が受け止める形で、槍がその間に打ち下ろされた。そうしなければマークルフは落馬していたかもしれない。それだけにその一撃は重く、一騎打ちを止めるには十分であった。

「……双方とも、この喧嘩は俺が預かる」

 三人が武器を交える形のまま、マークルフは言った。

「あなたは!?」

「“戦乙女の狼犬”か!?」

 大将たちは驚いたように声をあげる。

「いかにも、我が名は“戦乙女の猟犬”マークルフ・ユールヴィング! “黄金蝶”ラフィレに、“金剛石刃”ダーブレイグとお見受けした。わたしはいま、さる高貴な方を本国まで護衛する任務についている。どうか、この場は収めていただけないか? わたしも姫君の前で多くの血を流させたくないのでね」

 マークルフはいささか芝居がかった不敵な態度で告げた。それは自らの部隊の力でここを切り開けるという余裕に裏打ちされたものだ。

 ラフィレにダーブレイグは互いを睨み合うが、やがてマークルフの槍を降ろすように双方が同時に刃を引いた。

「噂は聞いていますよ。古代エンシアの姫君の前で血を流す真似をしたくないのは同感です」

「まあ、よかろう。仮にも戦乙女の武具を持つ者と戦うには、いささか理由がものたりぬしな」

「魔剣の姉妹たる槍がこの場にあるのも運命でしょう。決着は次にもちこすとしますか」

「命拾いをしたな、“黄金蝶”」

「その減らず口を聞けることを男爵に感謝するべきですね」

 双方は睨み合いながらもゆっくりと離れ、自軍の兵に撤退を告げたのだった。



 リーナは戦いが終わったことに安堵すると、自ら馬車を降りて、マークルフが戻って来るのを待った。

 やはり、男爵を疑うなどどうかしていたのだ。あの傭兵達の会話も本当に何かの冗談だったのだろう。

(だけど──)

 そういえば、先ほどの号令にも“屑石”という言葉がなかった。

 疑念が蘇るリーナの前に、やがて、マークルフがログを従えて戻ってきた。

「お怪我はございませんか?」

 リーナは疑念を振り払い、マークルフの身を案ずるが、男爵は安心させるように口の端に笑みを作った。

「心配ないさ。まあ、多少、怪我人が出たがな」

 マークルフの部下たちが怪我をした仲間に肩を貸して歩いて行くのが見えた。

 そして、マークルフ自身も左腕に切り傷を負っていた。血は止まっているようだが、鋭い傷跡は長く腕を伝っていた。

 口では大したことはないように言っているが、やはり命を賭けた戦いなのだ。

 リーナはあらためて、マークルフに疑いを抱いたことを恥ずかしく思うのだった。



 リーナを連れた一行は再び出発し、ようやくエールスの村に到着した。

 そこは崖の下に築かれた村だ。崖からは滝が流れ落ち、その下には石造りの大きな建物が見える。“神”を祀るという聖所だ。

 門をくぐり村の中に入ると、住人たちの姿がちらほらと見えた。しかし、彼らはこちらを珍しそうに見つつも、特に近寄ったりすることはなかった。前に逗留した街とは正反対だ。それに賑わいもなく、閑散としているようだった。

 一行が聖所の前に到着すると、そこには神官らしき老人が正門の前で待っており、馬車を降りたリーナたちの許へとやって来た。

「ようこそ、いらっしゃいました。私はこの村の長を務めるケウンと申します」

「今日はここに泊まらせてもらう。ここの聖所は村の名物なんだ。ゆっくりと見学させてもらおうぜ」

「さあ、どうぞ」

 ケウンに案内され、リーナとマークルフは一緒に聖所のなかへ足を踏み入れる。

 石を積み上げた聖所の空気は澄んでいたが、少し冷たかった。いかにも長い歴史がありそうな聖所は、至るところに壁画が描かれており、そのどれもが一人の勇士と少女、そして剣を主題に描かれている。

「勇士シグと戦乙女、そして魔剣を題材にしたものさ。なかなかだろ? 本当ならもっと人が見に来るんだがな」

 マークルフは興味深げに画を見ながら言った。

「そういえば、村でもあまり、人の姿を見かけませんでした」

 リーナがそう答えると、ケウンが振り向く。

「この周辺では昔から勇士シグの後継者たちが争いをしておりましてな。それが現在、少し激しいものになっており、旅人が気軽に立ち寄れない状況なのです」 

「先ほどの争いもそうだったのですね。それにしても勇士の後継者は何人もいらっしゃるのですか?」

「勇士の子孫は一人じゃないってことさ」

 リーナの疑問にマークルフが答える。

「エールスは勇士ゆかりの地として、魔剣を古くから管理してきたんだ。だが、フィルガスが滅びてからはこの地も争いが増えたんでな。魔剣を一般に開放したんだ。勇士の遺した言葉に従い、魔剣を抜くことができる勇士の子孫を探すためにな」

 ケウンは首を横に振った。

「ですが、それは思わぬ事態を引き起こしました。確かに魔剣を抜くことができた勇士の子孫は現れたのです。しかし、誰も予想していなかったことに、その場にいた二人の者が魔剣を抜いたのです。我々も困りました。勇士の後継者を選ぶ権利は誰にもないため、後継者候補の二人は互いに自分が正統を主張して争いだしたのです」

 リーナは先ほどの争いを思い出し、目を伏せた。

「皮肉な話ですね。世の乱れを正す勇士の後継者が互いに争い合うなんて……すると、あのお二方が勇士候補の方たちなのですか」

「ああ、だが他にもあと四人いるんだ」

 マークルフの言葉にリーナはさらに驚くと、ケウンは深く溜息をついた。

「はい。後継者がはっきりするまで魔剣は村で預かり、元のまま地面に刺したままでいたのです。ですがある時、また魔剣を抜く者が現れたのです。それからは自分も勇士の後継者なのではと思う者たちが魔剣を抜こうと殺到するようになりましてな。そして新たに三人が加わり、六人の候補者たちが争う地になってしまったのです……この地を平定したシグの子孫が争いあうなど、何とも嘆かわしいことです」

 ケウンはまた深く溜息をついた。溜息をつくたびに背中から元気が抜けていくようだった。

 やがて、前方から滝の流れ落ちる音が聞こえ、さらにひんやりとした空気が漂う。

 ケウンに案内されて通路を歩いていたが、やがて目の前が開けた。

 そこに広がっていたのは自然の石に囲まれた洞窟のような空間だった。大きな池が広がっており、洞窟の出口は流れ落ちる滝の水で塞がれていた。どうやら、滝の裏側にやって来たようだ。

「あれがこの聖所のご神体だ」

 マークルフが鉄柵の張られた池の中心を指す。

 そこには大きな岩が頭を出しており、一振りの剣が突き刺さっていた。

 金の意匠が刻まれた柄と白い刀身が岩を深々と貫いている姿を水飛沫にさらしている。

「あれが……勇士シグの魔剣なのですね」

 確かに戦乙女の由来の武具だけあり、その刀身には欠けたるところがない。悠久の時を刻んできたことを感じさせないほどに、伝説のままの姿を残しているようだ。

「その通り。あれに願掛けすれば無病息災・金運上昇、ついでに恋愛成就の御利益もある、ありがたい魔剣だ」

「そうなのですか!? やはり、伝説の魔剣といわれるだけあるのですね」

 リーナは“神”の奇跡の片鱗を見たことに感激し、両手を握りしめ、目を閉じる。

「……」

「何をしてるんだ、リーナ?」

「え、あの、神様へのお祈りのつもりなんですが、何かおかしいですか?」

 マークルフと視線が合うが、男爵は何故か、目を逸らした。

「どうかされましたか? マークルフ様?」

「え、いや、どんな願いをしたのかな、と──」

「はい、旅の間に病気や怪我人がでないようにと、マークルフ様の領地がもっと豊かになるようにと、それに……マークルフ様に戦乙女のようないい人が見つかりますようにって──」

 リーナは少し照れながら答えた。

 これだけ立派な男爵なのだ。きっと、“神”に願わなくてもよい人と巡り会えるだろう。

 ただ、その時は自分も邪魔をしないように側を離れなければならない。

 それはとても心細、寂しいものとなるだろうが、自分もまたエンシアの生き残りとして強くならなけらばならないのだ。 

「閣下、よろしいでしょうか」

 二人の後ろからログが声をかけた。

 マークルフは頷くと、リーナに言った。

「ログと話がある。悪いが先に部屋に案内してもらいな。疲れたろ、ゆっくりするといいさ」

「では、御言葉に甘えて、先に行きますね」

 リーナはそう言うと、二人に会釈してケウンに案内されながらその場を立ち去った。

 


 マークルフはリーナを見送ると、溜息をついた。

「あそこまで信じられると、やりにくいな」

 シグの魔剣にちらりと目をやる。

「気をつけねえと、霊感商法とかにころっと嵌まるな」

「……」

 マークルフの気苦労を、ログは黙って見ていた。

「……分かってるさ、ログ。俺たちがそんなことを言う資格はないってな。それで、奴らの居場所は分かったのか?」

「はい。この近辺の森に潜んでいるようです。いつでも行動に移せます」

「分かった。ここは俺が行こう。おまえの剣はいざという時に目立ち過ぎる」

「承知しました。しかし、お気をつけください。この一件、裏に何かありそうです」

「分かってるさ。何なら、そこの魔剣に安全祈願でもしておいてくれ」

 マークルフはそう言うと、踵を返すのだった。

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