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序章

 広大な森が燃えていた。

 業火は地上を呑み込み、夜の闇をも退ける。

 しかし、真の“闇”はその炎をものともせず、這い続ける。

 それは城ほどもある鋼の異形だ。

 三対の翼と人型の上半身を持つそれは、無数に絡み合う鋼糸と水晶のような甲殻で構築されていた。

 機械であるはずのそれは、渇望に身を震わせながら、力なき翼を引きずり進み続けた。

 やがて、それは全身を大きく震わせた。

 全ての甲殻に紅い魔力の光が宿る。三対の翼がゆっくりと持ち上がり、空を覆った。翼に埋め込まれた紅き甲殻が、まるで禍いを暗示する凶星のように地上を見下ろす。

 生み出した古代の者たちが名付け、そしてこの時代の者たちも畏怖を込めて呼ぶ“機神”が、その名に相応しき壮麗な姿を取り戻そうとしていた。

 “飢え”を満たせる時が来た機神は、魔力を貪欲に取り込み、一気に全身へと行き渡らせる。

 その余波は咆哮となり、周囲の炎と木々を吹き飛ばした。


『ほう、機械のわりにはよく吼えるものだな』


 合成音に変換された男の声がした。

 声の主は消えた炎の中から現れた一人の騎士だった。

 その身を機械の鎧で覆い、手には黄金の斧槍を握っていたが、どちらも業火のなか、全く損なわれてはいない。

 騎士もまた、異形の神を前に怯むことなく対峙する。

 機神の顔を占める一際大きな甲殻──“目”が瞳孔を映しだし、炎に照らされる騎士を捉える。全身の鋼糸がほどけ、うごめき、無数の鋼の触手となって頭をもたげた。


『なるほど、“神”でも食事の邪魔をされては怒るか。すまんが、お相伴にあずからせてもらうぞ』


 機神の威嚇にも怯むことなく騎士は槍を構える。鎧も魔力の光を放ち始めた。

 触手の群れが風を切って騎士を襲う。

 騎士はその重武装からは想像できない早さで跳躍した。

 触手は空を切り、地面に深々と突き刺さる。

 騎士は背中の装甲から魔力の燐光を放ち、宙に留まっていた。


『そう邪険にせんでも良かろう。さて、乾杯の挨拶といこうじゃないか!』


 機神は新たな触手で追撃するが、槍衾のように迫る攻撃を騎士は舞うように避け、また槍で弾き返しながら、距離を詰める。

 騎士は機神に肉迫すると、すれ違い様に斧槍でその背中を斬りつけた。鋼の体表が易々と切り裂かれるが、断裂した鋼糸は生き物ように次々と絡んで融合し、傷口を瞬く間に修復する。


『……ちょっとやそっとでは酔い潰せんか。かなりの飲み比べになりそうだな』


 騎士は臆することなく、再び機神へと突撃した。

 騎士の動きは機神を翻弄し、黄金の槍がその身を幾度も切り裂く。

 しかし、機神は徐々に力を取り戻しているのか、再生速度や動きが活発になっていく。

 ついに触手の一つが騎士を捕らえ、大きく吹き飛ばす。


『クッ!? 埒が明かんな! これではワシの一人芝居ではないか!』


 騎士は悪態をつきながらも、宙で体勢を立て直す。そして、見得を切るように手にする槍の先を“機神”に向けた。


『つまらん奴め! やはり、貴様は舞台の真ん中で見世物でいる方がお似合いだ! ここはワシが見せ場を作って終わらせてやる! おとなしく戻ってもらうぞ!』


 騎士の背中と両腕の装甲が展開した。

 両腕の手甲から湾曲した一対の刃が現れ、赤熱するように魔力を放ち始める。

 機神は再び全身から凄まじい魔力を放出した。

 騎士が左の手甲を前にかざすと、それを中心に魔力の楯が展開し、機神の魔力の波動を受け流す。

 次いで右の手甲を向けると、その刃の先端から魔力の弾丸が放たれる。それは機神の顔に命中し、“目”を砕いた。機神は苦悶するようにうずくまり、魔力の放出が弱まる。


『其の命運! ここに断ち切る!』


 天頂に座す満月を背にして騎士の影が躍る。

 腕を交差させて手甲が合体し、右腕に巨大な手甲を形成、それぞれの手甲の刃が鋏のように合体手甲から展開し、手にする槍を挟むように伸びる。

 槍が紅く輝き出し、やがて光の槍へと姿を変えた。

 機神の“目”が再生し、全身の魔力がそこへと集中する。

 騎士は膨大な魔力付与で震撼する槍を構え、背中から爆発的な魔力が噴出して機神へと突撃した。


『貴様はここで倒れておけ!!』


 機神が顔を上げながら、“目”から破壊の光線を放った。魔力の光線が大地を切断しながら騎士を狙うが、騎士の突撃はそれをも弾き返しながら、機神へと到達する。


『そして、二度と起きてくるな!!』


 騎士と機神の姿が重なった瞬間、解放された膨大な魔力が閃光となって両者の姿を呑み込むのだった。

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