008 キラーピグ
「おーい、君らはまだ町の外へ出ない方が良いと思うぞー」
ミナトの囀りを善意で悉く無視しながらに歩く事数分で、街の出口には到着した。
そうしていよいよ狩りに出るというところでNPCからそう警告され、ミナトの講義は一瞬にして静まり、横で硬直を見せる。
「大丈夫だ! 問題無い!」
「そうかー? だが街からはあんまり離れるんじゃないぞー! 危なくなったらすぐ街に駆け込むんだー!」
『VAO』ではレベルに見合わないフィールドへ出る時は必ずNPCによる警告が入る。
今は口頭だけの注意だからそこまでのものではないが、本当に無謀なものであるとその口調も必死な者になり物理的に止められる。
取り敢えずいい人ってことだけは伝わってくる街の出入り口近辺にいるNPCである。
そしてそんな良い人に話し掛けられただけでビビッて俺の腕に必死に掴まるお前は何なんだい?
話し掛けるのはアウトなのな、ケンタウロスにならなくても街道を歩けているから少しは進歩(痛みと共に強制的に促がしたともいうが)しているんだろうが、戦闘中はマジで頼むぞ。
港町であっても魔物対策に街門はある。
そういうところで世界観の違いを感じるな、といっても一々開門するのが面倒で扉は開きっぱなしだが。
「……さて」
「殺るか。人が居なくて僕今最ッ高にハイだわ」
「俺は居るが?」
「適度にハイだわ……」
「コイツ、萎えやがった……」
折角イケメンが近くにいるというのに、整形だけど。
俺はゲームの主人公が不細工であることは許せない、故にこうして整形してまで顔を作った訳だが、爽やかさを求めるタイプにしなくて良かったと、過去の自分を盛大に褒めたい。
俺のキャラ的にそうした場合、序盤で主人公とヒロインを取り合ってそこそこ奮闘するも結局やられる噛ませ犬ポジに立ちかねないし、なにより作る表情に爽やかさが生まれるとは思えないからだ。
目指す……というかキャラ的になれるとしたらダークヒーロー位だろう。ダークヒールにならぬよう気を付けなければ。
「遠くまで来たかいあって、他にプレイヤーはいないな」
「お蔭で順々に進む楽しみも無くなったけどな……」
「ん? いや、俺は別にそれでも良いんだが? 常時人混みと隣り合わせでも」
「我儘言って本っ当にすんません、相棒は僕のことを十分すぎる程に考えてくれてました」
「いやマジでな……しかも他の奴らに追いつかれる前にさらに先へ行かなきゃならねぇんだぞ」
「お、お父さん……」
「誰がお父さんか。NPCで徐々に慣らしていくからな。」
「ま、任せろ……馬車で死に欠けた僕に死角はない」
むしろ死角しかないのでは? と思わなくも無かったがそっとしておいた。
「────居た」
死角しかない何処ぞの引き籠りと違い、両目がしっかり開いている俺は町を出てすぐに魔物を発見、しかも向こうはまだ気付いていない。
「どんな奴だ?」
「豚」
「美味そう?」
「んー微妙、肉はそこそこ堅そうだし、脂身も多そう、食いちぎれないかも」
「何で遠目に見てそこまで分かるのさ……」
そいつは豚というよりイノシシだろうか、体毛は茶色く堅そうで一本一本が棘の様、目は赤く光って豚の癖に単体で行動していた。
「ミナト、魔法で先制攻撃」
「待てよ、僕はまだ捕捉してないんだ。……アレか。キラーピグだっけ、確かに美味しそうでは無いな」
あぁ、そんな名前だったっけ。序盤の魔物表に書かれてた気もするけど、名前を覚える必要性を感じなくて覚えてなかったわ。
「まあドロップアイテムが肉だったら多分それでも食うけど」
「確かにな。こんがり焼肉食いたいし」
「それよりほら、さっさとやる」
「はいよوتقدم لي مباراة من أنت، وانه استخدم النار لحرق ل『フノ』」
貴方のマッチを貸してくれ、火をくべるのに使うのだ。
ミナトの滑らか且つ早口な詠唱と共に収束して行くのは炎だ、拳大の大きさまで膨れ上がったところで炎は手の突き出された先、キラーピグの方へ一直線に飛んで行く。
その茶色い毛へ着弾するのに、そう時間は必要としなかった。
「プギィィィィィ!」
「詠唱のあれ、何語?」
「アラビア語。文字にしたら大変格好良いんだけど、発音ムズ過ぎ運営向う見ず」
「だよな、お前滑らかな感じに言ったけど、かなり発音辛いだろ」
「杖とかの熟練度が上がると無詠唱も可能になるらしいから、詠唱出来ない奴はある程度熟練度溜まるまで杖で撲殺とかだろうな」
「何それ辛い」
「まあ詠唱の大変さは魔法使いの宿命ってことだよ」
にしたって一番初期の魔法でこの詠唱は辛くないか?
『VAO』には、説明書と一緒に魔法詠唱文早見表というのが付いて来た、読み方は勿論日本語訳すら書かれていないその魔法名と詠唱文が淡々と綴られたそれはネットでリアル魔導書とか呼ばれると当時に魔法使いの終了を知らせる物として知られた。
何故なら魔法使いになっても魔法が使えないんだ、詠唱出来ないから。
魔法を必要と言って置きながら、詠唱の難易度は語学に匹敵する、余程頭の良い奴でなければ杖で相手を撲殺して杖の熟練度を上げ、無詠唱で魔法を使うことを選ぶだろう。
しかしいかんせん、杖の攻撃力は低い、それに純粋な魔法使い用の防具の防御力は総じて紙だ、一度死んだら終わりのゲームで、そんなことへ真っ先に挑戦できる阿呆は少ないだろう。
目の前にいるこいつを含め、手の指の数で足りるんじゃないか?
多分、二ヵ月もすれば魔法もチラホラ出て来るだろうが、それまで魔法使いは詠唱可能組の独壇場だろうな。もっとも、あの魔法詠唱文早見表を見て魔法使いを選んだ奴は少なかろうが。
「つかお前良く詠唱文覚えてるよな」
「何時もキズナと話す以外で使わない口を用いて喉が潰れるまで頑張ったからな」
「声ガラガラな原因それか……」
喋らな過ぎじゃなかったのな、むしろ喋りすぎだったのな。
「といっても一時間練習してないがな!」
「どんだけ声出してなかったんだお前」
やっぱり喋らな過ぎが一番の要因だったようだ。
兎にも角にも、ミナトは昔から人が出来ることは出来ずとも人が出来無い事を平然とやってのける、俺には出来ない事だから羨ましい限りである。
「プギィィィ!」
「うお、燃え盛りながらにこっち来たぞ」
「そりゃ攻撃したからマークされるだろ」
「まあな」
「今度はキズナの番だぞ」
「おうともさ、『突進してくる魔物の勢いを弱めろ』」
俺は剣を抜きながらにゴーレムへの指示を下す。
ゴーレムは言葉と一緒に俺が求める動きを再現する。
今俺が装備しているゴーレムは、あのキラーピグより小さい。勢いよく突進してくるアイツに正面からぶつかって行っても吹っ飛ばされるのがオチだ。
だからゴーレムには、キラーピグが突進する車線上に、蹲って貰った。
「ブギャァ!?」
ゴーレムという名のでかい石に躓いたキラーピグは、盛大に転げる。
そうして縮まった距離でキラーピグは俺の剣の間合いに入り、すかさずそこへ差し込むのが俺だ。
起き上がる前に幾度と無く手に持った剣を突き立て、キラーピグのHPがゼロになるまでそれを続ける。
「ブギィィ……」
そうして力尽きた豚は消失し、後にはキラーピグの骨が残る。
豚骨なんて期待してなかった、肉を寄越せ肉を、豚狩って求められるのは肉のみなんだよ、豚骨スープもウマウマではあるけれど、俺は外食ほとんどしないし麺類は沸騰させる時間や麺をゆでる時間で逆に時間がかかる。
やっぱ炒飯かケチャップライスが早いだろ、何気カップ麺より手軽だ。
「……えぇーキズナカッコわりー」