007 掲示板
カルバティは海に近する港町で、βテストに置いては海を超えれなかったことが嘆かれていた。
綺麗な街並みは『VAO』世界全土に言えることであるが、白い建物の建ち並びその先に見える海は中々に良い景色である。
他にプレイヤーがおらず、すれ違う者は全てNPCで数もそんなに多くは無い。
『VAO』では時間帯でNPCの居る位置の違う、今だと港の方に人が集まる時間だ。街中を歩いているのは主に子供が老人、偶に婦人だ。
馬車の中で何かを得たミナトは半径十メートル以内に人が入って来なければ痙攣するかのように小刻みに震える程度で済んでいる。
街の外へ出ればNPCは更に少なくなるし、そうなればそれも無くなる事だろう。
「あれ?」
「…………ど、どしたん?」
しかし二人で話している時のような元気もトークも無い。
つまらんわー、何が悲しくて誰かと居るのに無言のままで居なきゃならんのか。
一応、現状でもミナトは反応は見せるけどさ、ボケもツッコミも無しに視聴者が満足すると思うなよ。
だからエンターティナーを用意する。
「この街でこの時間帯にあんな人混みは無かった。多分クエストフラグだ、行って」
「みない!」
即答だった。
二度いうが、即答だった。
必死さがこれでもかと伝わってくる程の声色と声量、此方をチラチラと見る奴が出る程だ。
どんだけ人の輪の中に入りたくないのか。
「それだけはホント勘弁して、堪忍でも良いからさ」
「わけわかめ」
「ホント洒落になってないから、九死に一生を得られないから」
「ふんふん」
「僕今一杯一杯だぜ? 足なんか生まれたてだぜヒャッホゥイ! な小鹿ちゃんだぜ? 見ろよ、超振動だ」
「成程、トイレットペーパーは水に溶けるのね」
「もしあんな人混みに入って見ろ? は、はは吐くぞ! ストレスがカモンベイベーしてるもの! 絶対吐く!」
「そういえば、漂白剤ってシミや汚れを落とすだけで別に白くなるって訳じゃないんだ」
「な? な? 今すぐ狩りに行こうぜ? 狩りが僕達を待ってる」
ミナトは腕をグイグイ引っ張って来る。
コイツ……意外にも胸部が成長してやがる……無駄に再現率の高い『VAO』においては身体もそのままトレースされており、尚且つ痛覚から感触からあらゆる感覚を現実のままに体現されるから、ミナトが身体を押しつけてくれば布装備の彼女の身体の感触は直に伝わってくる。
特に欲情もしないから思う、もげればいいのに。
見た目病弱な美少女の癖に体は発育してるとかアンバランス。
……って、顔と身体の発育がマッチするとは限らないか。
顔とキャラがマッチするとは限らないようにな。
「だが断る」
「ヘブンズドアーッ!」
それはお前のスタンドじゃないだろ。
確かに使えたら俺を其方へ行かせないこともできるだろうけどさ、てかそれなら物理的肉壁でも事足りるのでは?
「……あ! 良い事思い付いた!」
「ほう」
「僕が行かなきゃ良いんだよ!」
「ふむ」
「僕はさ、あの辺の家と家の隙間に居るからさ、キズナはちょっと見てくればいいよ! ね? それがいいよ、ね? ね?」
「だが駄目だ」
「なんでさぁぁぁぁぁぁぁ!?」
難しい質問だ。
何故ならノリで喋っているから、特に意味なんて無いからさ。
「ほらほらミナトちゃん、手繋いであげるからもう少しがんばろ? ね?」
「やめろぉぉぉぉ! 僕のキズナへ対する幻想をぶち殺すと同時に頑張る事を強要するなぁぁ!」
「じゃあ抱っこか? おんぶか? やれやれ仕方ねぇな。ガキじゃねぇんだぞ、ったく……」
「つ、ツンデレ父さん……」
「誰がツンデレか」
というか、俺は昔から大体こんな感じだぞ?
成形前の俺は確かに豚だったが、何故かは分からんが執拗に子供には好かれたからな。
そん時はこんな感じでやっていた、ミナトも年下という点においては一致しているようだし、同じ感じで問題ない筈だ、モーマンタイ。
「ほら、行くぞ」
「待ってぇぇぇ! マジで勘弁してくれぇぇぇ!」
「アッ────!」と言いつつ俺の手を離さない(放せない)ミナトは、俺に引きずられて人混みへ入って行くのだった。
────そうして、ケンタウロスは再誕した。
「……おい、アレ」
「あぁ……アレだな」
「ママ―、何であの人はお兄ちゃんの腰に執拗に顔を擦り付けてるの?」
「シッ! 見ちゃいけません! ケンタウロスが移るよ!」
「移るの!?」
オーケー分かった、もう良い、視線が痛いのはよく分かった。
だから助けてくれ、ナンダコレ。
全員見ているモノが一緒だから距離が近くて周囲の言葉が丸聞こえだぜ。
NPCに辱めを受けるなんて……この無駄にハイスペックなAI技術、どっから持って来てんだよ。少なくとも俺は知らないぞ。
掲示板との距離が残り数メートルというところまで近づいたところで、ミナトが手を放したんだ、脱走を試みたと瞬時に察した俺は即時その手を掴もうとしたが空振り、次の瞬間にはミナトが俺と連結していた、微塵もエロい意味は含まれていない。
「ジュフフ……し、視線、が、イ タ イ ヨォ゛ォオ゛ォォ……────!」
等と呻く港を俺は無視した。ちなみに普通に喋れているのは今回コイツがゴリゴリ押し付けているのは顔面ではなく脳天だからである。
視線の大半はこいつで、実害を被るのもこいつ、何の問題も無いからだ。
いや、俺にもそこそこのダメージがあるが、既に俺が周囲の意見を気にする時代は終わってる。
だから幼女に脅えた目で見られるのも何に問題もないさ。
……うつらねぇよ。
それより今は掲示板の内容だ、珍妙なスタイルであるせいかNPCがわざわざ見やすい位置を譲ってくれた(避けられた)ので、全文を容易に確認できる。
『ワールドイベントⅠ:超大型ボス[ナイアーラトテップ]の強襲』
2050/10/31/20:00より、『VAO』第一のワールドイベントを開催します。
始まりの街[アルトシカ]に盲目にして無貌のもの[ナイアーラトテップ]が出現します、コレを放置した場合、[アルトシカ]は占拠され[ナイアーラトテップ]の占領下に置かれてしまいます。
集え勇者、[ナイアーラトテップ]を駆逐せよ。
推奨レベル15
目標:[ナイアーラトテップ]の撃破、[アルトシカ]の守護。
失敗:[アルトシカ]の占拠。
報酬:参加報酬[10000L]撃破報酬[ナイアーラトテップ装備]VIP報酬[???]
※ワールドイベントでは、一度だけ現実での死亡を無効化してくれる[身代わり傀儡]を配布します。
成程、ワールドイベントとやらの通知はこうやってゲーム内の掲示板でされるのか。
『VAO』におけるワールドイベントっていうのは確かMMOでいうグランドクエストで、ある意味ゲームの見せ場だ、これに参加しない奴は何のためにゲームを始めたのか分からない位の。
約一ヶ月も前から通知するのは前準備させる為だろう、腕が鳴る。
……しかし、『身代わり傀儡』っていうのは要らなくないか? 本当に死ぬっていうのが『VAO』の持ち味でもある訳で……って死んだこと無いから本当かどうか分からないんだが。
いや、そう言う意味で見ればこれは身代わり傀儡が無ければ本当に死ぬ事を示唆しているってことで意味はあるのかもしれない、後は……難易度設定か。
「なあミナ……あぁ、ゴミだった」
「あんまりじゃね?」
「掲示板見てないお前が悪い」
「見てるし。……心の、つぶらな瞳で」
「……キモっ」
「キズナが冷めた目で僕を見ているのも見える!」なんて騒ぐ下半身は人が居るとロクに話も出来ないので、早々にその場を離れ、路地へ入る。
なんて書いてあったか言って見ろ、なんてベタな弄りはしない。
絶対しない。
「という訳で、グランドクエストに備えてレベル上げに行くか」
「え? 何のこと?」
「とりま最低でも20まで上げなきゃ話にならないっぽいから急ぎレベリングだ」
「え? いや、レベリングは良いけど、え? どゆこと? グラクエ? 『VAO』の?」
やっぱりみてなかったんじゃないか、というセリフもベタなので言わない。
だから、ボロを出し続けるミナトをそっとしておき俺は町の出入り口の方へ歩き出すのだった。