006 ポーション
「うえええええええええええええ!?」
「不ッ細工な、お前」
シートベルトをしていなかったTori024は発進とほぼ同時に行われた急カーブで壁に強打、反対方向へのカーブで椅子より転げ落ち、掴まるものの無い馬車の中で馬車が石を踏んだり曲がったりする度に壁や床に何度も叩きつけられながらに転げまわる。
シートベルトをしている俺は完全で蚊帳の外であるから、特にどうするでも無く彼女をそっとしておいた。
ちなみにゴーレムは事前に馬車へ固定されて置物同然に隅で不動である。
「はぶっ! へばっと! とらっ!」
「おぉ~痛そうだ、痛そうだ」
その姿はさながら、規制の甘い昭和のテレビのバラエティである。
無駄に体を張っている辺りが。
草原の道って舗装されてないからかなり石で凸凹だし地面自体が斜めっていたりするからごろんごろん転がってるし、『VAO』は痛覚が遮断されないからかな~り痛いだろうなぁ。
HPバーも減ってる減ってる、馬車内では一応残り一で止まる設定にってるから死にはしないし、後半になれば防御力でダメージはゼロになるだろう、現在のTori024は防御力紙だから既に一だけど。
ちなみに、助けに行こうとシートベルトを外した日には俺もああなります。
ならなくても助ける気はないのだけれど。
「キッ! ズナァ!」
「何だ?」
「たずっ! けばっ!」
「………………なんて?」
ちなみに俺が普通に話せているのは、シートベルトをするとこの馬車が生み出す衝撃やら重圧やらを全て遮断できるからである。
設定としてはそういった魔法が掛けられているからということらしい。
何も掴まる物の無い空間でスピードを出されれば否応なくあぁなるのは必然だから、まあこれは一種の遊び心の様なものだろう。
「ヘルパーッ!」
「は、ブェ!?」
バウンドしたTori024が俺の膝に乗ったかと思った次の瞬間に大きな石を踏んだのか最大の揺れ、膝の上からも飛んだTori024はあろうことか俺にしがみ付いた。
腰に腕、首に脚という姿勢で。
「な、にを……! は、なせぇ!」
「い、やだぁ! 殴打ぁ! キズナぁ!」
俺にしがみ付いたことでギリギリ言葉になった声を上げるTori024だが、しがみ付かれる方はたまったものではない。
首に脚って時点で分かると思うが、何で股間に顔突っ込まされてんだよ、ふざけんな。
なんとか引き剥がそうと恐らく腰の部分であろう腹部を掴み、力一杯押すが、Tori024がホールドを解かない為に首が締る。
やばいやばいやばい、死ぬ、これ死ぬって。
「シートベルト、しなかった、お前の、責任、だろぉ!」
「教えて、くれなかった、キズナのせい、だぁ!」
なんという責任転嫁。
俺はシートベルトをしないのかと聞いたじゃないか。
ところで関係ないけれど、何故『責任転嫁』って最後に『嫁』って言葉は文字を用いるんだろうな? 日本の男は都合の悪い事を起こした要因を妻に押し付ける奴がいたとか、そんなんか。
ゲスいなぁ。
ちなみに馬車の速さは距離によっても変動する、一番遠くの街に行こうとしたらマッハ40位で軽く20分は走られるんじゃないか? もっとも肥大化を続けているこの世界ではその距離も伸びるのだろうが。
馬車が止まったのは、それから二分が経過してからのことだった。
四〇〇キロ出ていた馬車が減速も無く静止、Tori024はそれでも剥がれる事は無かった。
そして、止まった今も硬直したまま動こうとしない。
Tori024を引き剥がせなかった俺と、俺に必死にしがみついたTori024。その姿はまるで……。
「お客さん、着きまぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 妖怪だぁぁぁぁぁ!」
扉を開けて、目的地への到着を告げようとした御者が悲鳴をあげる、
最近のAIは元より高性能だが、『VAO』のAIはそんな中でも群を抜いて高性能だ。
イレギェラーに対し、そのキャラ性に合った反応をして見せてくれるのだから。
────俺達の姿は今、魔物蔓延る世界の住人にすら絶叫される妖怪に相違なかった。
「……キズナ、僕今人に見られてるのにキズナとなら普通に話せる。凄いだろ」
「そうか……」
その妖怪には哀愁が漂っているのだった。
そっと悪魔合体を解いた俺とTori024は、馬車を降りて唖然とする男に礼をを告げてその場を後にするのだった。正気を取り戻した男はドン引きしていたのだけれど、もう馬車出禁とかないよな? 『VAO』で態度の悪い客は乗車拒否とか本当にあるらしいけど、大丈夫だよな?
「……あ、トリはコレ飲んどけよ」
「なにこれ?」
「HP回復ポーション。お前のHP今一な」
これは、先程クエストの報酬で貰った下級HPポーションだ。
よく考えてみれば買い出しすらせずにここまで来てしまったのだ。
まあ普通に準備不足だよな、けど今の状態で街を歩くのは得策じゃない。
例え、他にプレイヤーがいなくともだ。
「うわマジだ! これ石につまずいて転んでも死ぬじゃん! 勘弁しろよな!」
「良いから早く飲め」
「うん」
Tori024は俺から受け取ったポーションを瓶牛乳でも飲むかのように腰に手を当てて一気飲みすると、瓶を投げ捨て叩き割った。
割れた瓶はそのまま消失する。
「ゲロ不味い!」
「へぇ、やっぱり市販ポーションは不味いままなんだな」
βテストで不評だったから修正されているかとも思ったけど。
だからβテスト時には生産職の作ったフルーツ味のポーションが好まれてたっけ。
味は兎も角、Tori024のHPは何の問題も無く回復されて行き、半分位まで行ったところで止まる。
「ほいもう一本」
「鬼かお前」
「いや、これから狩りに行くのにHP半分とか有り得ないから」
「鬼なのはこんな味にした運営か……」
言いながら、二本目に口を付けるTori024。いや、厳密に言えばグラりー社は関与していない。正しくはAI『ゼウス』が求めるリアリティのせいだろう。
創造神の名を持って本当に創造主にでもなった気なのかね。
「うえー不味ー……」
「飲んだな? じゃあ行くぞートリー」
「……ところでさ、その呼び方っておかしくない?」
「ん? おかしくねーよ、呑まれたか」
「呑まれてねーよ! 酒じゃないんだぞ! ポーション酔いってか!」
「誰が上手い事言えと」
「じゃないし! 脱線させん無し!」
「あー……なんだっけ? 呼び方? トリ024だからトリだろ、略すなって事か?」
「違うし! 僕は自己紹介したじゃないか! 何で未だにトリなのさ!」
「えぇー……鳥野花子だっけ?」
「夏季鳥湊だ! かすりもしてないし!」
「いや、多分漢字にしたら鳥は合ってる」
「合ってるからなんだ!」
何だよ面倒臭い。別にTori024でいいじゃんか。
周囲に本名晒しながら歩くのかよ。
いや、俺もキズナっていう本名晒しながら歩いてるけどさ。
「……じゃあお前はなんて呼んで欲しいのよ」
「え? 名前なんてここ数年呼ばれてないんだぞ、そんな僕に何を問おうというのだね」
「どうしろというのだね……」
「うーん……そうだ! 昔は母ちゃんにミナトって呼ばれてた!」
────今は?
いや自分の娘相手に『おい夏季鳥!』とは呼ばんだろうから今も変わらずだろうけど。
ま、良いけどね、どうでも。
「へいへい、じゃあそれで良いんじゃね? 行くぞーミナト」
「お前キズナって名前の癖に友情とかアウトオブ眼中だよな……」
「お前こそ、ミナトって名前の癖にお前の元には誰も来ないな」
「字違うし、港湾の港じゃなくて湊城の湊だし……」
港湾施設の水上部分か陸上部分かの違いしか見当たんないんだけど。
多分分かってないんだろうな。
思いの外傷付いた風にTori024もといミナトは哀愁漂わせながら、俺の後に続くのだった。