005 馬車
βテスト参加者には二つの特典がある、一つは金だβテスト中に稼いだ金を所持金として持ってスタートすることが出来る、そしてもう一つは、一度行ったことのある町へ行く事の出来る『馬車』で行ける場所に、βテストで行ったことのある場所も含まれるということだ。
とは言っても、広大なフィールドが広がる『VAO』においては二ヶ月のβテストで行けた場所は多い奴で最初の街を含めて合計六ヶ所しか行く事が出来なかった。
つまりダンジョン一つ分のフィールドが広がったというのは、グラりー社が申告しただけで本当に見たプレイヤーはいないということである。
で、俺は当たり前の様にその六ヶ所へ行った人間の一人である。
本来βテストは抽選によって決められるものであるが、俺は親のコネで参加した。
まあ、その話は良いだろう。
兎にも角にも俺は現在でも馬車を使うことが可能だ、馬車には一緒にパーティメンバーも乗せる事が出来て、出発から平均一分で別の街への移動を可能にしている。
ゴブリンで、最初の町近辺の魔物の設定された強さは大体分かった、これなら二段階上レベルが上の街へ行っても問題なさそうだ。
馬車は、街門の近くに駐車場があって、そこに沢山の馬車が並べられていて、御者に行く街を伝えて一律1000L渡せば良い。
「まず、パーティを組むぞ」
「あ、うん」
俺が出したパーティ加入申請に対し、トリが承認することによってパーティが組まれる、パーティリーダーは俺。
パーティは組むとメンバーのHP、MPバーが見えたり、遠くに居ても居場所がわかるようになったりする、他には経験値は分配されて頑張らない人間が居ると損をする人間が出て来るということ位か。
このゲームでは武具の熟練度が物を言う為、そういったことを利用する寄生プレイへの規制は無いが、金でそういう取引でもしてなければ自由度の高いこのゲームでは即魔物の餌コースだろうな。
……そういえば、このゲームでのモンスタープレイヤーキラー、つまりは魔物を用いた人殺しはどういう処断が下されるのだろう。
「よし、じゃあ行くか」
「待つんだキズナ! 一つ忘れていることがないかね!?」
「何だ? 装備とフォーメーション確認はチャットで散々やったし、実戦してみるにしてもここでやる必要はないだろう」
「違うな、間違っているぞ!」
「……あん? じゃ、何」
「僕は人前に出れない」
「えっと……パーティ解散は、と」
「待ってぇ! 見捨てないでよぉ!」
人前に出れないと言った時のTori024の汗の掻き方は異常でした。
……じゃなくて。
「見捨てるも何も……お前居たらモロにプレイへ支障が出て来るだろうが!」
「うえーんキズナぁ! 見捨てないでよぉ!」
「泣くな、取り敢えず発声練習してから出直せ」
「何だよ何だよぉ! 僕らは二人で一人だろぉ!?」
「何処のWだよ。てかお前マジで何で俺は大丈夫なんだよ!」
「ここまで一緒に頑張って来た仲間だからだろう、その位分れよなぁ!」
「何で引き籠りの癖に理由が熱血体育会系っぽいの?」
話が脱線したが、マジでどうすんだコレ。
俺一人で……ってのはまあ出来ないこともないんだろうが、やっぱり魔法使いがメンバーに居るアドバンテージは高い、しかもここでトリを見捨てた場合、最悪トリは死にかねない。
トリの性格柄、例え俺と別れても『VAO』を下りたりはしないだろうが、フィールドで他のプレイヤーと接触しただけでこれだとあっと言う間に死にかねない。
「……じゃあ、最悪どうなれば人前に出れる」
俺は妥協点、つまりはトリが出来るギリギリのところを聞く。
「え……そ、そうだな……こうやってフード被って、周囲の視線を感じにくくして僕の視界に人間が写らなければなんとか……」
「難易度たけぇよオイ……例えプレイヤーはいなくてもNPCは居るんだぞ? ……あれ、お前NPCは行けんの?」
「無理ですた」
「オワコン」
いや無理だってコレ、目を瞑って移動とかどんな縛りプレイ?
移動する方向は俺が誘導すれば良いが、それにしたって……。
「そうだ!」
「なんだ?」
「良い事思い付いたっ!」
「そうか、じゃあ俺はこれで」
「何でだよ! 協力してくれよ!」
「いやだって嫌な予感しかしねぇもんよ」
「冷たすぎだろ! 一応女な僕を労わってくれよな!」
「……で、良い事って何だよ」
「キズナ本当に冷たい……何だよ、僕が何か悪い事……一杯してたよ」
分かってるじゃないか、何かもうグダグダなんだよ。
それから五分後、俺はNPCの視線を集めまくっていた。
主に『何だアレ』という視線、奇行に反応するその姿はAIと思えぬ本当の人を思わせるが、現状では羞恥心を蓄積させる要因でしかない。
馬車の駐車場まで後少しとなったところで俺は決壊する。
「……おい」
「ふご?」
「ふご? じゃねーよ、現在進行形で視線集めまくってるけど」
「ほふうふふほほほひひふふはほは!」
「日本語でOK」
「ほふはひへへふははひふへはいはははいほうふ!」
「訳が分からないよ……」
俺が現在視線を集めている理由、それはTori024はフードを深く被り俺の背中に顔面を強く押し付けることで周囲の視線をシャットアウトしたことにある。
Tori024は鎧の無い腰のインナー部分に顔を押し付けてきている為に呼吸をされる度に生暖かい息が吹きかかり気持ち悪い、男だったらと考えると尚気持ち悪い。
腰に大きな布の物体が引っ付き、随分と歩き難そうに移動している絵を想像して貰えると分かりやすいだろうか。
もっというと、呟きの一つに『ケンタウロス……?』というものがあった。
因みに俺はケンタウロスでは無い。
半径一メートル何処行った。寧ろ一キロ離れろや。
下半身は良い案としてコレを提示し、実行に移してから断固として離れようとせずこれならお前が目を瞑って俺が手を繋ぐなりなんなりして誘導すればいいだろ! というツッコミに対して『ほふははひはふふひほはひはほほへふはは!』と返して来た時点で、もういいや、という気持ちになり草薮を出て街道を歩いていたが、やっぱ駄目だった。
心成しかゴーレムも少し離れた位置に居た気がするし(気のせい)。
……もう疲れた。なんか羞恥心を捨てれた気もするけど。
「おや、ケンタウロスのお客さんかい?」
「違います」
断じて、と続ける俺に冗談だと言って笑うのは御者の男だ。
たどり着く頃には奇怪な目で見られた俺も(精神的に)辛い姿勢をしていたTori024も(肉体的に)疲労困憊。正直ゲームでこんな疲れ方をするとは思わんかった。
俺は二人分の馬車代を支払う。
「で、何処まで行く?」
「カルバティまで」
「カルバティかい? 君らのレベルだとまだ早い気もするが……」
「良いんだ、連れは人が居ると常にこんな感じでさ。人が少ない所じゃないとまともに活動もできないんだ……」
「そ、そうか……まあ、理由があるなら止めはしないが……」
馬車に乗り込み、御者の視線が無くなった瞬間、俺の腰からTori024はキャストオフされた。
「はっふぃ……服越しで少なくなってない酸素が美味いなぁ」
「おい、さっさとシートベルトをしろ」
「シートベルト? おいおい馬車にシートベルトだなんて、必要な訳ないだろう?」
「そうか、まあ止めはしないが」
「……? なん……」
「おぉい、そろそろ出発するよ! 準備は良いかい!」
「……はぃ」
「大丈夫、発進してくれ」
マジかこいつ、俺と話してる時と声のボリュームが違い過ぎるぞ。
先程まで馬車内で立ち上がって大言を振るっていたと思ったら、俺がシートベルトを締めて座ってる横で小さくなって座った。
「姿が見えぬと油断していた……」
「声が聞こえるだけでも駄目なのか……」
じゃあさっきも結構ギリギリ? ……超先が思いやられるんだが。
「じゃあ、発進するが、シートベルトをしないお客さんは殴打に気を付けてくれ」
「………………ぉぅだ?」
Tori024の疑問を外に、馬車は発進した。
時速四〇〇キロで。