003 セクシャリティ
そう思いながらゴブリン狩りを続け、終わったのは一時間後だった。
結構早く終わったと思っているが、途中から人が群がりすぎて効率が落ちたからな……クエストに煩わされてない奴はさっさと次に行ってしまったかもしれない。
急いで街に戻ってクエスト完了報告をしなければ。
そう思ってゴーレムを置いて行かないよう速度に気を付けながら街へ戻り、先程のおじさんの所へ。
「はい、棍棒二十本」
「おぉ、ありがとう助かったよ。こいつは礼だ。受け取ってくれ」
「わぁ、こちらこそ」
────クエスト『棍棒のおつかい』を完了しました。
────報酬:下級HPポーション×20 リンゴ×10 200L
ふむ、最初のクエストにしては結構良いんじゃないかな?
というかよく考えたら俺回復アイテムも買わずに飛び出してたよ、デスペナルティとか考えて無かった。
本来の初期所持金は1000Lだったっけ、下位HPポーションだったら五個分だ。
今回は無傷で熟せたから黒字だ、一時間掛かった報酬としてもまあ……ソロにしては良い方か。
兎にも角にもこれでクエストクリアだ。
あんな人の多い所じゃ狩れる獲物も減ってしまう、次の街へ行こう。
「なあアンタ」
「え?」
俺がクエスト報酬の品定めをしていると、急に話し掛けられた。
振り向くとそこには初期装備に身を固めた……つまりはプレイヤーが居た。
典型的な日本人顔に似合わぬ重戦士スタイルの大鎧を身に纏った男だ。
「何?」
「あ、いや。アンタさ、キズナとかいう奴を知らないか?」
「……え、何で?」
俺です、とは言わなかった。
何か嫌な予感がした、いや、用があるのはキズナって名前の別人かもしれないんだけどさ。
別にキズナなんて名前最近じゃ珍しくも無いだろうし。
「あっちの物陰で恐らく人名であろうキズナって単語をブツブツ呟いて蹲ってる奴がいるんだが話し掛けても反応しなくて不気味でな……関わる気は無いが一応見かけたプレイヤーには声を掛けておこうと思ってな」
何それ怖い。
一体何処のどいつだ? きっとそいつは友達が居なくて一緒にやろうっていった奴に置いて行かれたんだろう……な? あれ?
置いてかれた……置いてったのはキズナ……。
…………………………あ、あー。
「へ、へぇー……」
「ま、キズナって奴を見かけたら向こうの茂みにお前を探してる奴が居るって伝えてくれよ」
「わ、分かった……けど別に人名じゃないかもしれないんじゃない?」
「まあな、だからもし見かけたらって話だ。じゃあな、狩りが俺を待ってるんだ」
俺も狩りを待たせてるんだけど。
俺は想像する、現引き籠りの不摂生な男が蹲って俺の名前を呼び続ける姿を。
考えたくない、そんな光景。
……呼びかけてそしたらすぐ逃げよう。
そんなことを思いつつ、男の言っていた街を徘徊すると男の言っていた茂みはすぐに見つかった。
人がチラチラ茂みの方を見ていたから。
ただ、時間が結構立っているせいかそこに近寄ろうという者は居ない。
茂みの中に入るとそこには頭を抱える髪の長い人間らしき何かが蹲っていた。
引き籠りつっても髪が邪魔なら自分で切るモノではなかろうか、そいつの髪は普通に地面につくほど長く、顔は伺えない。
何をブツブツ呟いているのかと近づいてみると、呪詛の様な声が壊れたレコーダーの様に呟かれていた。
「キズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナキズナ……三十回なんて三千回前に終わったのに……クソ、クソ、クソぉ……キズナめぇ……」
なにこれ怖……。
え、コレを永延リピートして呟き続けてるの? 日頃喋っていないのか声がガラガラで怖さ百倍、なんでこっちでまでガラガラ? そこまで再現するか『VAO』。この場合その凄さが逆効果だと言いたい。
Tori024は重度の対人恐怖症であるとチャットで言っていた。
視線が怖い、気配が怖い、人混みが怖い、正面向いて会話なんて出来るわけが無い。
とあるネトゲで知り合った俺だが、当時名前はTori002だったと言えば親しくなるのにどれだけ時間を掛けたか理解して貰えるだろうか。
正直、ネット上での付き合いなんて浅く薄くが常識だがTori024のゲームテクニックは神掛かっていて、ゲームの趣味も合っていたから繋がりを持つことはメリットに繋がったし、打ち解けてみればなんてことは無い、中々楽しい奴だった。
チャットをすればフライプもする、何だかんだ言って一番ネット上で交流が深かったのはTori024だろう、だからそれなりに事情も知っていたが、あくまでも文字の上でTori024がコミュ障であるということだけ、ここまで重度な対人恐怖症であるとは思わなかった。
ログインした瞬間、人混みの中に一人放り込まれた訳か、こいつストレスで吐いたんじゃね?
で、何でコイツ俺の名前連呼してんの?
目の前にいるTori024という男は、どれだけの間髪を切らなかったのかと言う程に長く、女顔負けな程サラサラな髪が全身に覆いかかって黒い塊、見る人が見れば妖怪と間違えるんじゃないかという風貌をしていた。
おまけに同じ単語をガラガラ声で永遠呟いている訳だ。
キモいんだけど、俺もお前の嫌いな他人の一人だぜ?
「……お前、何やってんの? トリ024」
話掛けたくはないが、話掛けざるをえないだろう、このまま行くとコイツGMコールされて開始から一日で強制退場だぞ。
「き、キズナか?」
「キズナだが。……じゃあなトリ!」
「キズナこの゛やろ゛ぉぉぉぉぉぉぉ!」
「ヘブッ!?」
先程考えた通り、即時に逃げようとした俺の腹部にクリティカルヒットした突進、もといホールドだった、あぶねぇ、もう少し下だったら股間に頭部がクリティカルだぞ、ワンキルありえたぞ。
腕が背中に回され振り解こうとしてもほどけない、クソ。チャット越しに俺の性格を見抜き、逃げると予想したか。
「お、おい、トリなのか? 落ち着け、もち付け」
「ボグをおいでぎやがっでぇぇぇ!」
「うんうん、そうだな」
「ボグがどんなおぼいをじだがぁぁ!」
「怖かったんだろ? 分かってる、分かってる」
「キズナのぜいだろぉぉぉ゛ぉぉ゛!」
「どうどうどうどうどうどうどうどうどうどう、よぉーしよしよしよしよしよしよしよしよし」
「動物あづがいずるなぁ!」
言って、Tori042には俺を突き飛ばす。
男が泣き叫んでも気持ち悪いだけなので、美少女になってから出直して来いと言いたい。
そんな心境を外に突き飛ばされて、初めて見えたTori052の全様。
先程から見えていた異様に伸びた長い髪に合わぬ小柄の……んん?
「……あれ、お前女だったの?」